★ここが重要!

★要点
再エネをめぐる課題が、「どう発電するか」から「どうためて、いつ使うか」へ移っている。2026年8月10日、東京理科大学と東京科学大学の研究グループは、ナトリウムイオン電池の正極材料にスカンジウムを加える手法について、結晶の内部に置き換える方法と表面を覆う方法が、それぞれ別の仕組みで電池を長持ちさせることを解明したと発表した。コイン型フルセルでは300サイクル後にも高い容量を維持している。一方、環境省はKPMGコンサルティング、九州電力とともに、再エネが余る昼の時間帯に生活者の電気使用を移してもらう「上げDR」の実証を10〜11月に実施すると発表。参加者募集は8月14日から始まる。ためる技術と、使う時間をずらす技術。方向はまったく違うが、狙いは一つだ。つくった電気を、捨てずに使い切ること。
★背景
太陽光は、晴れた昼に一斉に発電する。だが電力は、つくった量と使う量を常に一致させないと系統が保てない。電力需要が比較的少ない春や秋の昼間には、発電量が需要を上回る場面が増え、再エネの出力制御が発生している。せっかくの再エネが、使われずに止められる。この「余剰」を解く方法は二つしかない。ためるか、使う時間を動かすか。ためるなら大量の蓄電池が要るが、主役のリチウムイオン電池はリチウムやコバルトなどの資源偏在による供給リスクや価格変動が懸念される。資源制約と経済安全保障が絡む以上、電池は一種類では足りない。再エネの本当の勝負は、発電量のグラフではなく、そのあとの設計にある。

晴れた春の昼下がり。
太陽光パネルは、めいっぱい発電している。
そして、その電気の一部は使われずに止められている。
これを出力制御という。
もったいない、では済まない。
発電した分だけ収益が減り、脱炭素の効率も落ちる。再エネを増やせば増やすほど、余りも増えていく。
2026年8月、この「余剰」に対する二つの答えが、ほぼ同じ週に発表された。
ひとつは、材料の研究室から。
ナトリウムイオン電池の寿命を延ばす仕組みの解明。
もうひとつは、行政と電力会社から。
電気を使う時間帯を、生活者に動かしてもらう実証。
電池と、生活習慣。
まるで無関係に見える二つが、同じ問題を挟んで向かい合っている。

リチウムだけに頼る危うさ

まず、なぜナトリウムなのか。
カーボンニュートラルの実現に向けて再エネの導入拡大や電動モビリティの普及が進むなか、安全で低コストな大規模蓄電池の開発が重要な課題となっている。現在主流のリチウムイオン電池は高性能である一方、リチウムやコバルトなどの資源偏在による供給リスクと価格変動が懸念されてきた。この課題を解決する次世代蓄電池として、地球上に豊富に存在するナトリウムを使うナトリウムイオン電池が世界的な注目を集めている。
ナトリウムは、食塩の成分である。
海にも、地殻にも、いくらでもある。特定の国に偏在していない。
これは技術の話であると同時に、外交と経済安全保障の話でもある。
電池が社会インフラになるということは、その原料が国際政治の変数になるということだ。
蓄電池を「リチウムイオン電池」という単一の答えに集約させないこと。
その分散こそが、再エネ社会の耐久力になる。
もっとも、ナトリウムには弱点もあった。
有望な正極材料であるO3型のNaNi1/2Mn1/2O2は高い容量を示す一方で、充放電を繰り返す過程で結晶構造が変化し、容量低下や電圧低下が進むという課題を抱えていた。
たくさん入るが、へたるのが早い。
この一点が、実用化の壁だった。

「中に混ぜる」と「表面を覆う」は、別の仕事をしていた

今回の成果は、その壁の内側で何が起きていたのかを解きほぐしたものだ。
東京理科大学大学院の守谷洸大氏、鳥海翔氏、同大学理学部第一部応用化学科の熊倉真一准教授、駒場慎一教授らの研究グループは、この正極材料にスカンジウム(Sc)を用いた「結晶内部置換」と「表面修飾」を施し、それぞれが電池性能に及ぼす影響を体系的に評価した。
電池材料の世界では、元素を混ぜる(ドーピング)と、表面を覆う(コーティング)という改良が古くから行われてきた。
だが、両方いっぺんに施すのが普通なので、どちらがどれだけ効いているのかが分からなかった。
これまで一括して議論されることの多かったドーピング効果とコーティング効果を明確に切り分け、それぞれが異なる機構で長寿命化に寄与することを実証した初めての成果である。
結果は、こうだ。
結晶内部への置換は、充電時にナトリウムが抜けることで生じる結晶構造の膨張収縮を抑え、サイクルを繰り返しても安定した構造を維持できるようにする。一方、表面修飾は、電極と電解液が触れる界面での副反応を抑え、長期サイクル時の劣化を低減する。
内側は骨格の話。外側は皮膚の話。
建物でいえば、耐震補強と外壁塗装のようなものだろう。どちらも建物を長持ちさせるが、守っているものが違う。
そして、その違いが分かれば、目的に応じて使い分けられる。
駒場教授も、ドーピングとコーティングを目的に応じて適切に使い分ける材料設計が可能になり、ナトリウムイオン電池の性能向上につながると期待される、と述べている。
科学の進歩とは、性能の数字が伸びることだけを指すのではない。
なぜ伸びたのかが分かることも、同じくらい大きい。

300サイクル後の数字が意味するもの

具体的な数字も出ている。
コイン型フルセルにおいて、300サイクル後の容量維持率はScドープ試料で71.4%、Sc表面修飾試料で91.2%だった。
さらに、電圧の面でも収穫があった。
東京科学大学の館山佳尚教授、Huu Duc Luong特任助教との共同研究による第一原理計算と実験を組み合わせた解析では、Sc置換が電池反応のボトルネックとなるO’3相の形成を抑制することが示され、Scドープ試料では放電プラトー電圧が約0.1V上昇した。
電圧が上がるということは、同じ容量でも取り出せるエネルギーが増えるということだ。
寿命と、エネルギー密度。相反しがちな二つが、同時に改善される可能性が見えてきた。
研究グループは、この成果が、長期間の運転が求められる再生可能エネルギー向けの定置型蓄電池や、高出力・急速充放電特性が求められる産業用途・特殊モビリティ用途への応用拡大につながると期待している。
注目したいのは「定置型」という言葉である。
スマートフォンや自動車の電池は、軽さと小ささが命だ。ナトリウムはリチウムより重く、その勝負では分が悪い。
だが、地面に置きっぱなしにする蓄電池なら話は変わる。重くてもいい。大きくてもいい。安く、長く、安全に働けばいい。
用途を選べば、弱点は弱点でなくなる。
再エネの余剰を吸収する巨大な「電気のダム」には、むしろナトリウムのほうが向いているかもしれない。
今後の課題は、ドーピングとコーティングをそれぞれ最適化し、両者を併用した場合の相乗効果を検証することだという。
実験室から社会実装までには、まだ距離がある。

Sc3+の結晶内部置換と表面修飾が正極材料NNMOのサイクル特性および構造変化に及ぼす影響。(東京理科大学:スカンジウムの結晶内部置換と表面修飾により、ナトリウムイオン電池正極を大幅に長寿命化~結晶構造の安定化と界面反応の抑制、2つの異なるメカニズムを解明~ 2026年8月10日)

もうひとつの答えは、材料ではなく人間の側にあった

ここで舞台が変わる。
環境省は、KPMGコンサルティング、九州電力とともに、「令和8年度昼の再エネ余剰電力需要創出モデル実証」の参加者を8月14日から募集すると発表した。「デコ活」と呼ばれる脱炭素につながる暮らしの国民運動の一環である。
テーマは「上げDR」。
聞き慣れない言葉だが、中身は単純だ。
ディマンド・リスポンス(DR)とは、消費者が電力の使い方を制御して需要のパターンを変えること。そのうち「上げDR」は、再エネの余剰電力を機器の稼働で消費したり、蓄電池やEVへの充電で吸収したりして、電気の需要量をあえて増やすことをいう。
節電の逆である。
電気が余っている時間に、むしろ使う。
洗濯機を回すのは夜ではなく昼。EVの充電も昼。給湯器のお湯を沸かすのも昼。
それだけで、捨てられるはずだった再エネが仕事をする。
実証期間は令和8年10月から11月。募集は8月14日から23日まで、九州電力のサイトを通じて行われる。
蓄電池が「時間を運ぶ装置」なら、上げDRは「人が時間へ歩み寄る方法」だ。
どちらも、電気を余らせないための技術である。片方はハードウェア、片方はソフトウェア。それだけの違いにすぎない。

なぜ「スポーツファン」に着目するのか

この実証で目を引くのは、検証の切り口である。
ひとつは、パーソナルレコメンドに着目した効果検証。参加者のライフスタイルやユーザー特性に合わせたメッセージを送ることが、上げDRの実施率にどう影響するかを調べる。もうひとつは、スポーツファンコミュニティーに着目した効果検証。スポーツへの関心に着目したインセンティブの設定や、参加者同士の連携を促すことが、実施率と継続率にどう効くかを検証する。
環境政策の実証で、スポーツファンである。
一見、突飛に見えるかもしれない。
だが、ここには冷静な現実認識がある。
「地球のために昼に洗濯してください」と言われて、何年も続けられる人がどれだけいるだろうか。
正しさは、行動の入口にはなる。だが、継続の燃料としては弱い。
応援するチームのために、仲間と競い合いながら、ついでに電気の使い方も変わる。そのほうが、たぶん長く続く。
検証項目にも、DR量の定量評価だけでなく、実施率および継続率、ユーザーの受容性や行動変容の実態が並ぶ。
つまりこの実証が測っているのは、削減量だけではない。
人が続けられるかどうか、である。
脱炭素は長期戦だ。
一度きりのキャンペーンで下がった数字より、10年続く生活習慣のほうが強い。

再エネの主戦場は、発電所の外へ移った

ナトリウム電池と、上げDR。
研究室と、家庭の分電盤。
まったく違う場所の話だが、同じ構図の中にある。
これまでの再エネ論議は、量の競争だった。
どれだけパネルを並べるか。どれだけ風車を建てるか。設備容量という一つの数字で語られてきた。
だが、発電したのに使われない電気が出はじめた時点で、その物差しは限界を迎えている。
つくる(発電)

ためる(蓄電)

いつ使うか(需要の設計)
この三段目こそが、いまの主戦場だ。
そして三段目には、材料科学も、電力市場も、アプリの通知文も、応援するチームの試合日程も、全部が関わってくる。
エネルギー政策が、化学と経済学と行動科学の交差点になったということである。

「増やす」から「使い切る」へ

余剰は、豊かさの証でもある。
足りない時代には、余る心配などしなくてよかった。
再エネが余りはじめたということは、それだけ導入が進んだということだ。
問題は、その豊かさを受け止める器がまだ整っていないことにある。
器を大きくするのが蓄電池。
器の形に暮らしを合わせるのが上げDR。
どちらか一方では足りない。
電池だけに頼れば資源と費用がのしかかり、行動変容だけに頼れば天候任せの日々に人間が振り回される。
今回のナトリウム電池の研究も、応用はこれからだ。上げDRの実証も、秋の2カ月間で何が分かるかはまだ見えない。
それでも方向は、はっきりしている。
再エネを「増やす」から、再エネを「使い切る」へ。
晴れた春の昼下がりに止められていた電気が、誰かの給湯器を温め、誰かのEVを満たし、誰かの街の蓄電池に収まる日。
そのとき初めて、太陽光は本当の意味で主力電源になる。
発電量のグラフの高さではなく、使い切った面積で測る。
再生可能エネルギーの評価軸は、静かに書き換わりつつある。

参照:

「スカンジウムの結晶内部置換と表面修飾により、ナトリウムイオン電池正極を大幅に長寿命化~結晶構造の安定化と界面反応の抑制、2つの異なるメカニズムを解明~」(東京理科大学・2026年8月10日公開/論文はSmall誌に8月8日オンライン掲載)
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260807_9165.html

「『令和8年度昼の再エネ余剰電力需要創出モデル実証』への参加者の募集について ~一人ひとりの関心や課題に着目したDR実証~」(環境省・KPMGコンサルティング・九州電力/2026年8月7日)
https://www.env.go.jp/press/press_05402.html

FAQ

Q. ナトリウムイオン電池とは何ですか?
A. リチウムの代わりにナトリウムをイオンとして使う蓄電池である。ナトリウムは地球上に豊富に存在し、特定地域に偏っていないため、資源の供給リスクや価格変動の影響を受けにくい次世代蓄電池として期待されている。

Q. リチウムイオン電池と比べて何が課題でしたか?
A. 今回対象となった正極材料は高い容量を示す一方、充放電を繰り返すうちに結晶構造が変化し、容量や電圧が低下することが課題だった。耐久性とエネルギー密度の向上が実用化の鍵とされてきた。

Q. 今回の研究は何を明らかにしたのですか?
A. スカンジウムを結晶の内部に置き換える方法と、表面を修飾する方法が、それぞれ別の仕組みで電池を長持ちさせることを切り分けて実証した。内部置換は結晶構造を安定させ、表面修飾は電極と電解液の界面で起きる副反応を抑える。

Q. なぜ効果を「切り分ける」ことが重要なのですか?
A. 従来はドーピングとコーティングが同時に施されることが多く、どちらがどう効いているのか区別が困難だった。仕組みが分かれば、目的に応じて手法を使い分ける材料設計ができるようになる。

Q. どんな用途に向いていますか?
A. 長期間の運転が求められる再生可能エネルギー向けの定置型蓄電池や、高出力・急速充放電が必要な産業用途などが期待されている。重量や体積の制約が比較的ゆるい用途と相性がよい。

Q. 「出力制御」とは何ですか?
A. 電力は発電量と需要量を常に一致させる必要があるため、発電量が需要を上回るときに発電側の出力を抑えることをいう。電力需要が少ない春や秋の昼間に、再エネの出力制御が発生している。

Q. 「上げDR」とはどういう意味ですか?
A. 再エネの余剰電力を、機器の稼働や蓄電池・EVへの充電によって消費し、電気の需要量をあえて増やすこと。節電(下げDR)の逆で、余っている時間帯にむしろ使うという発想である。

Q. 今回の実証では何を検証するのですか?
A. 一人ひとりの特性に合わせたメッセージ(パーソナルレコメンド)の効果と、スポーツファンコミュニティーに着目したインセンティブや参加者同士の連携の効果を検証する。DR量に加え、実施率や継続率、受容性も測る対象となる。

Q. なぜ「続けられるか」を測るのですか?
A. 脱炭素は長期の取り組みであり、一度きりの行動では効果が積み上がらない。環境的な正しさだけでは行動が定着しにくいため、楽しさや動機づけを含めた仕組みの有効性が問われている。

Q. 蓄電池と上げDRは、どちらが重要ですか?
A. どちらか一方では足りない。蓄電池は電気を時間的に運ぶ器を大きくし、上げDRは暮らしの側を余剰の時間帯に寄せる。ハードとソフトの両輪で、はじめて再エネを使い切ることができる。

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