「ネイチャーポジティブ」という言葉が注目を集めている。生物多様性の損失を食い止め、自然の状態を回復軌道に乗せることを目指すこの概念は、地球規模の課題に対応する新しい枠組みだ。その背景と重要性について解説する。

自然を回復軌道に――ネイチャーポジティブの基本概念

ネイチャーポジティブは、日本語で「自然再興」を意味する。現代の地球では、生物がかつてない速度で絶滅している。この「ネガティブ」な状態を2030年までに「ポジティブ」な方向へ反転させ、生態系が豊かになる経済活動へ移行することが求められている。具体的には、森林や海洋、淡水などの生態系の保護・回復を通じて、生物多様性の喪失を止め、自然資本を再生可能な形で活用することを指している。
2022年のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)やG7自然協約でも、この目標は大きく取り上げられ、世界的な共通認識としての地位を確立しつつある。日本では2023年3月に閣議決定された生物多様性国家戦略2023-2030の中で、2030年までにネイチャーポジティブを達成することが目標に掲げられた。

なぜ今、ネイチャーポジティブが必要なのか

地球環境は、気候変動や自然資本の破壊といった深刻な課題に直面している。IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の報告では、人間活動による生態系への影響が過去10万年間で最悪のレベルに達しているという。このままでは、自然資本に依存する世界経済の持続可能性が揺らぎかねない。
また世界経済フォーラムの報告によれば、世界のGDPの半分以上(44兆ドル)が自然の損失により脅かされるリスクを抱えている。一方で、ネイチャーポジティブ経済への移行は、3億9500万人の雇用創出と年間10.1兆ドルの取引をもたらす可能性があるともされている。

ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組み

ネイチャーポジティブを実現するためには、多岐にわたるステークホルダーの協力が必要だ。環境省は2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)を通じて、企業や地方自治体、NGOに「ネイチャーポジティブ宣言」を呼びかけている。さらに、一般市民の理解を深めるためのキャラクター「だいだらポジー」も登場した。
また現在、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による「自然資本インパクトドライバー」の枠組みが注目されている。気候変動、土地利用の変化、汚染防止などの具体的な項目を挙げ、自然への影響を数値化する取り組みが進められている。