
★要点
写真家・腰塚光晃さんがWOOLRICHのARCTIC PARKAとともに北極圏グリーンランド、アイスランドを撮影。急速に失われる氷河の現場に立ち、気候変動の現実と人の生き方を視覚で伝えるコンテンツを公開した。
★背景
北極圏の温暖化は世界平均の数倍で進行し、海氷消失や異常気象として中緯度地域にも影響が及ぶ。環境危機が抽象論で語れなくなった今、表現者とブランドが現場に立つ意味が改めて問われている。
氷は、音もなく消えていく。写真家・腰塚光晃さんが立ったのは、地球温暖化の最前線、北極圏グリーンランドだった。極寒の地でシャッターを切り続けた視線の先にあったのは、壮大な自然美と、その背後で確実に進む崩壊の兆し。WOOLRICHのARCTIC PARKAは、防寒具である前に、人が自然と向き合うための「境界」として機能していた。
北極は遠くない――温暖化はすでに私たちの足元にある
北極圏の気温上昇は、北半球中緯度の約3~4倍。もはや研究者だけの警告ではない。豪雨、猛暑、干ばつといった形で、その影響は日常に入り込んでいる。腰塚さんが北極行きを決めたきっかけは、「2030年代夏にも北極海の氷が消える可能性」という研究報告だった。
数字で語られる危機を、風景として可視化する。それが彼の選んだ方法だった。氷山が崩れ、海に溶け出す瞬間は、美しくもあり、取り返しのつかない現実を突きつける。

ARCTIC PARKAという“装備”――自然と人の間に立つ存在
撮影地は、北半球でも有数の活動量を誇るヤコブスハブン氷河。極寒、強風、刻々と変わる光。過酷な条件下で腰塚の身体を守ったのが、WOOLRICHの象徴的存在、ARCTIC PARKAだった。
「寒さを感じたのは顔だけだった」という言葉は、単なる性能評価ではない。自然に挑むのではなく、自然の中に身を置くための道具。ARCTIC PARKAは、ブランドのルーツである“過酷な環境で生きる人を支える”という思想を、現代に引き戻す役割を果たしていた。

夕陽と墓地――氷河の風景に重なる人類の記憶
帰国前夜、赤く染まる空と氷山が織りなす光景は、言葉を失うほどだったという。その帰り道、腰塚さんが辿り着いたのは、19世紀末から使われていたイヌイットの墓地だった。
自然と共に生き、自然に還った先人たちの痕跡。氷河の崩壊と、人の営みの記憶が重なる瞬間、風景は単なる被写体ではなくなる。写真は、美しさと同時に、時間の重みを写し込むメディアになる。


「下山する勇気」――アイスランドで見えた未来像
アイスランドでは、かつて氷床に覆われていた大地が露わになっていた。腰塚さんはそこに、グリーンランドの未来を重ねる。
「人類は、すでに答えを持っている」。頂上を目指し続ける成長の物語ではなく、一段下り、自然と折り合いをつける生き方。その言葉は、環境問題をライフスタイルや価値観の転換として捉え直す視点を示す。
サステナビリティは我慢ではない。選び直すことだ。
表現とブランドの責任――現場に立つという選択
WOOLRICHがこのプロジェクトで示したのは、環境配慮を語る姿勢ではなく、現場に立つ覚悟だ。過酷な自然環境に寄り添ってきたブランドの歴史と、写真家の問題意識が重なり合うことで、メッセージは静かに、しかし強く立ち上がる。
氷が消える速度は止められないかもしれない。だが、見ないふりをするか、直視するかは選べる。腰塚さんとWOOLRICHの北極行は、その選択を私たち一人ひとりに委ねている。
The Story of ICE 前編 https://www.woolrich.jp/info/thestoryofice01
The Story of ICE 後編 https://www.woolrich.jp/info/thestoryofice02
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