
★要点
東京農工大学の研究チームが、レーザー光を熱に変換する薄膜吸収体と熱電デバイスを組み合わせた、新しい光ワイヤレス給電技術を実証した。光を一度熱に変え、その温度差で発電する仕組みにより、IoTデバイス向けの電源供給に新しい可能性が開けた。将来的には、環境中の熱を使うメタマテリアル熱電変換と組み合わせ、平常時は微弱電力、通信時は高出力を補う“ハイブリッド給電”へ発展する。
★背景
住宅、工場、農業、防災、物流、インフラ管理。あらゆる現場でセンサーが増え続ける一方、電池交換や配線、保守の負担が課題になっている。気候変動時代の見守りや省エネ、設備管理を支えるには、センサーが長く、自律的に動く電源技術が欠かせない。小さな発電技術は、暮らしの裏側にある“見えないメンテナンス”を変え始めている。
センサーは、暮らしのあちこちに入り始めている。
住宅の温湿度、橋の振動、農地の水分、店舗の換気、倉庫の温度、災害時の水位。気づかない場所で、小さな機器が環境を測り、異常を知らせ、社会を支えている。
だが、センサーには弱点がある。
電池が切れる。配線が必要になる。交換や点検に手間がかかる。数が増えるほど、メンテナンスの負担も増える。
東京農工大学の研究チームが実証したのは、光と熱を組み合わせた新しい給電技術だ。レーザー光を薄膜吸収体で熱に変え、その温度差を使って発電する。目指す先は、電池交換に頼らないIoTデバイス。暮らしと社会インフラを、静かに動かし続けるための小さな電源である。
IoTの盲点——センサーは増えるほど、電池交換が重くなる
IoTは、便利な言葉になった。
モノがつながり、データを集め、遠隔で状態を把握する。住宅の見守り、工場の設備監視、農業の環境管理、道路や橋の点検。センサーは、社会の細部を見る目になりつつある。
だが、現場では地味な問題が残る。
電源だ。
小型センサーは低消費電力化が進んでいる。それでも、電池はいつか切れる。設置台数が少なければ交換できる。しかし、数百、数千、数万のセンサーが各地に広がれば話は変わる。山間部、橋梁、倉庫の高所、農地、河川、工場の奥。人が行きにくい場所ほど、センサーを置きたい。だが、人が行きにくい場所ほど、電池交換が難しい。
配線も万能ではない。設置コストが上がる。自由度が下がる。災害時には断線のリスクもある。
センサー社会の本当の課題は、測ることだけではない。
測り続けることだ。
だからこそ、環境中の光や熱、振動、電波から電力を得る「環境発電」や、離れた場所から電力を送るワイヤレス給電が注目されている。今回の東京農工大学の研究は、その中でも光と熱を組み合わせる点に特徴がある。
光をそのまま電気にしない。一度“熱”へ変える発想
光ワイヤレス給電は、レーザー光やLED光などの光エネルギーを使い、離れた機器へ電力を送る技術だ。現在、受光部には主に太陽電池のような光電変換が使われている。
しかし、太陽電池型の方式には制約がある。
光が当たった面だけが発電に寄与するため、受光面全体に精密に光を当てる必要がある。小型デバイスや設置角度が変わる機器では、この制御が難しくなる。
東京農工大学の研究チームは、ここで違う道を取った。
光を直接電気にするのではなく、薄膜吸収体で一度熱に変える。その熱によって生じる温度差を使い、熱電デバイスで発電する。
波長450nm、出力1Wのレーザー光を用いた実験では、出力電力2.0mW、変換効率0.2%を達成したとされる。研究チームは、この出力をIoTデバイスの駆動に十分な発電量として位置づけている。
数字だけを見ると、巨大な電力ではない。
だが、IoTセンサーの世界では、ミリワット級の電力が意味を持つ。環境を測り、待機し、必要な時に通信する。小さな仕事を長く続ける機器には、小さく安定した電源が効く。
ここで重要なのは、光を当てる精度への依存を下げられる可能性だ。
研究では、光をデバイスの一部にだけ当てた場合でも、発生した局所的な熱が吸収体基板全体へ広がり、直接光が当たっていない領域を含む複数の熱電素子が発電に寄与することが確認された。
光が当たった場所だけで終わらない。
熱が広がり、周囲の素子も働く。
これは、太陽電池型の光電変換とは異なる強みである。
“平常時は微弱電力、通信時は追加給電”という現実解
IoTデバイスの電力需要は一定ではない。
温度や湿度を測るだけなら、必要な電力は小さい。
しかし、データを無線送信する時には、一時的に大きな電力が必要になる。普段は省エネで眠るように動き、通信時だけ力を出す。多くのセンサーは、そうした使い方をする。
東京農工大学の研究が面白いのは、この現実に合った“ハイブリッド給電”を見据えている点だ。
研究チームは、均一な熱輻射環境下で発電するメタマテリアル熱電変換と、今回の光ワイヤレス給電を組み合わせる構想を示している。平常時は、周囲の熱輻射を使って微弱電力を常時供給する。無線データ伝送など、一時的に高い電力が必要な場面では、光を当てて追加のエネルギーを供給する。
これは、センサーの使われ方に合っている。
常に大きな電池を積むのではない。
必要な時だけ、必要な分だけ補う。
電力供給もまた、オンデマンド化していく。
住宅や施設管理で考えると、この発想はわかりやすい。普段は温湿度や振動を低頻度で測る。異常が近づいた時、あるいは定期通信時だけ、強めに電力を与えてデータを送る。電池交換の頻度を下げ、配線の制約を減らせれば、センサーの設置場所は広がる。
見守り、防災、農業、物流、工場。
小さな電源技術は、暮らしの裏側で多くの機器を動かす土台になる。
暮らしのセンサーは“見えないインフラ”になる
私たちの生活は、すでに多くのセンサーに支えられている。
エアコンの温度センサー、給湯器の稼働ログ、防犯カメラ、人感センサー、スマートメーター、換気制御、見守り機器。普段は意識しないが、家庭は小さなデータ空間になりつつある。
Maintainableでも、リンナイがCEATEC2025で提示した“暮らし起点のスマートホーム”を取り上げた。給湯・キッチン・空調をIoTで束ね、見守り、省エネ、防災を横断する構想だ。日々の使用ログが家族の安心に変わり、家庭が小さな社会インフラになるという視点だった。
こうした暮らしのIoTが広がるほど、電源問題は重要になる。
高齢者の見守り機器が、電池切れで止まる。
水害センサーが、メンテナンス不足で動かない。
農地の環境センサーが、交換コストで設置できない。
倉庫の温湿度監視が、配線の都合で一部に限られる。
センサーの価値は、設置した瞬間ではなく、動き続けることにある。
東京農工大学の技術は、この“動き続ける”を支える方向にある。
施設管理とインフラメンテナンスにも効く、小さな電源
電池交換の負担は、家庭だけの問題ではない。
施設管理やインフラメンテナンスの現場では、さらに大きい。
例えば、店舗や工場では、温度、湿度、CO2、振動、電流、漏水などを監視するセンサーが増えている。Maintainableでは、ミークの「MEEQ APPS」が、IoTデバイスの死活監視と閾値超過通知を組み合わせ、換気制御機器の遠隔監視や省エネに活用される事例を紹介している。IoTは、設備の稼働状態を見える化し、異常を早く知るための運用基盤になっている。
鉄道や橋梁、下水道でも、点検は人の目からデータへ移っている。JR東日本の新幹線スマートメンテナンスでは、モニタリング車やICTを活用し、状態基準保全への転換が進められている。
こうした流れの中で、センサーをどこまで安定して配置できるかが問われる。配線できない場所、電池交換が難しい場所、人が頻繁に立ち入れない場所。そこに自律型の電源があれば、測れる範囲は広がる。
光と熱のハイブリッド給電は、すぐにあらゆるセンサーを置き換える技術ではない。出力、効率、照射方法、コスト、耐久性、安全性。社会実装には課題が残る。
それでも、方向性は明確だ。
センサーを増やす社会から、センサーを維持できる社会へ。
その移行に、小さな発電技術が必要になる。
エネルギーは“大きく作る”だけではない
再生可能エネルギーというと、太陽光発電所や風力発電所のような大規模設備を思い浮かべる。もちろん、それらは脱炭素の主力だ。だが、エネルギーの未来は大規模電源だけではない。
機器の近くで、必要な分だけ発電する。
環境中の熱や光を拾う。
通信時だけ追加で給電する。
電池交換を減らす。
こうしたマイクロな電源技術は、社会全体のエネルギー効率を底上げする。
特にIoTの世界では、電力を遠くから大量に送るより、機器の近くで小さくまかなう方が合理的な場面がある。センサー1個あたりの消費電力は小さい。しかし、それが何億個、何十億個になれば、設置、交換、廃棄、管理の負担は無視できない。
電源が変わると、設置できる場所が変わる。
設置場所が変わると、取れるデータが変わる。
データが変わると、暮らしやインフラの管理方法が変わる。
光と熱のハイブリッド給電は、まだ研究段階の技術だ。
しかし、その先にあるのは、電池交換を前提としないセンサー社会である。
次の課題——効率、安全、標準化、そして“使い道”の設計
社会実装へ進むには、いくつかの壁がある。
第一に効率だ。今回の実証では変換効率0.2%を達成した。IoTデバイスには意味のある電力でも、実用化には用途ごとに必要電力を見極め、照射条件やデバイス構造を最適化する必要がある。
第二に安全性。レーザー光を使う場合、人体や周辺機器への影響を避ける設計が欠かせない。屋内、工場、屋外、公共空間。それぞれで許容される条件は違う。
第三に標準化。IoTデバイス側の電力要求、給電方法、通信タイミング、メンテナンス手順をどう設計するか。電源技術だけでなく、機器全体の規格づくりが必要になる。
第四に使い道の選定だ。すべての機器に向くわけではない。まずは低消費電力で、電池交換が負担になり、配線が難しい用途から広がるだろう。環境センサー、構造物モニタリング、農業センサー、倉庫管理、見守り、災害検知。適地は多い。
技術の価値は、論文の中だけでは決まらない。
現場の困りごとに接続できるかで決まる。
メンテナンスフリーは、暮らしを静かに変える
メンテナンスフリーという言葉には、少し未来感がある。
だが本質は地味だ。
電池を替えに行かなくていい。
配線を引かなくていい。
センサーが止まりにくい。
見守りが途切れにくい。
異常を早く知れる。
こうした小さな改善が、暮らしや社会インフラを強くする。
気候変動が進むと、見守るべき対象は増える。
高齢者の生活、農作物の状態、河川の水位、建物の劣化、物流倉庫の温度、都市の暑さ。人が常に見に行くには限界がある。だからセンサーが必要になる。だが、センサーを増やすなら、それを支える電源も変えなければならない。
東京農工大学の光と熱のハイブリッド給電は、その問いへの一つの答えだ。
エネルギーを大きく作るだけではなく、小さく拾い、必要な時に届ける。
その積み重ねが、電池交換に追われないIoT社会を近づける。
未来のインフラは、目立たない。
小さなセンサーが静かに動き、異常を知らせ、暮らしを支える。
その裏側で、光と熱を使う小さな電源が働いている。
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