★ここが重要!

★要点
公益財団法人旭硝子財団は、2026年の第35回ブループラネット賞の受賞者として、リンダ・S・バーンバウム博士とエドワード・バービエイ教授を発表した。バーンバウム博士は、環境化学物質の毒性評価と科学に基づく政策形成に貢献し、バービエイ教授は、自然資本や生態系サービスの価値を経済政策へ組み込む道筋を示してきた。二人の業績は、見えないリスクを測り、自然の価値を社会の意思決定へ入れるという、地球を修理するための基礎技術である。
★背景
気候変動、生物多様性の損失、PFASなどの化学物質汚染、自然資本の劣化が同時に進むなか、地球環境問題は「善意」や「規制」だけでは解けなくなっている。必要なのは、体内に残る化学物質の影響を科学的に見抜く力と、森林・湿地・水・生態系の価値を経済の言葉で示す力だ。2026年のブループラネット賞は、環境と健康、自然と経済、科学と政策をつなぎ直すことで、社会をメンテナンスする時代のものさしを提示している。

地球を修理するには、まず壊れ方を知らなければならない。空気や水に残る化学物質が、胎児や子どもにどんな影響を与えるのか。森や湿地や水が、経済や暮らしをどれだけ支えているのか。2026年のブループラネット賞は、その二つの問いに長年向き合ってきた研究者に贈られた。リンダ・S・バーンバウム博士は、残留性化学物質や内分泌かく乱物質の健康リスクを明らかにし、科学を公衆衛生の政策へつないだ。エドワード・バービエイ教授は、自然を「ただの背景」ではなく、経済と人間の幸福を支える資本として捉える道を開いた。地球を守る時代から、地球を診断し、価値を測り、修理する時代へ。その転換を映す受賞である。

ブループラネット賞とは何か?“青い地球”を未来へ渡すための国際賞

ブループラネット賞は、公益財団法人旭硝子財団が1992年に創設した地球環境国際賞である。
1992年は、リオデジャネイロで地球サミットが開かれた年でもある。気候変動、生物多様性、森林破壊、海洋汚染。人類が地球環境の限界を世界規模で意識し始めた時代に、この賞は生まれた。
名称の「ブループラネット」は、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの「地球は青かった」という言葉にちなむ。青い地球を、人類の共有財産として未来へ残す。その祈りが込められている。
2026年で第35回。毎年原則として2件を選定し、受賞業績1件に対して賞状、トロフィー、副賞賞金50万米ドルが贈られる。
これまでの受賞者には、気候科学、生態学、環境経済、持続可能な開発、生物多様性など、地球環境研究を切り拓いてきた世界的な研究者や組織が並ぶ。
2026年の受賞者は二人。リンダ・S・バーンバウム博士とエドワード・バービエイ教授である。
一人は、化学物質が人体と環境に及ぼすリスクを見抜く科学者。もう一人は、自然の価値を経済の意思決定に組み込む経済学者。
分野は違う。しかし、二人の仕事は同じ方向を向いている。見えないものを見えるようにすることだ。
化学物質のリスクは、目に見えない。自然資本の価値も、市場価格だけでは見えにくい。見えないものは、軽く扱われる。軽く扱われたものは、壊される。だからこそ、測ること、評価すること、政策に反映することが、地球を修理する第一歩になる。

化学物質は“少量なら安全”と言い切れるのか

リンダ・S・バーンバウム博士の業績は、現代社会の便利さの裏側にある化学物質リスクを、科学的に見つめ直した点にある。
私たちの暮らしは、化学物質に囲まれている。プラスチック、難燃剤、農薬、コーティング剤、包装材、電子機器、建材、調理器具。便利で、安く、軽く、強く、長持ちする素材は、現代生活を支えてきた。一方で、環境中に残留し、生物の体内に蓄積し、長期的に健康へ影響する物質もある。
バーンバウム博士が研究してきたのは、ダイオキシン、PCB、臭素系難燃剤、BPA、一部のPFASなど、環境中に残りやすく、生体内に取り込まれ得る化学物質である。博士は、それらが体内でどう吸収され、分布し、代謝され、排出されるのか。そして、どのような仕組みで体に影響を及ぼすのかを明らかにしてきた。
ここで重要なのは、「環境中にどれだけあるか」だけでは足りないという視点だ。
実際に体内へどれだけ取り込まれ、どれだけ残っているか。いわゆる体内負荷を見なければ、慢性的な健康リスクは評価しきれない。
化学物質のリスクは、コップに毒を一滴落とすような単純な話ではない。低用量でも、長く残る。複数の物質が混ざる。体内に蓄積する。胎児期や乳幼児期など、感受性の高い時期に曝露すると、生涯にわたる影響につながる可能性がある。
バーンバウム博士の研究は、「どれだけ浴びたか」だけでなく、「いつ浴びたか」を問うた。
胎児期、乳幼児期、思春期。体がつくられ、ホルモンや神経や代謝の仕組みが形成される時期には、小さな影響が将来の健康に大きく響くことがある。これは、環境健康科学の見方を変えた。
地球を修理する技術とは、海や森を再生することだけではない。人体に入る見えないリスクを測り、弱い立場の人から守ることも含まれる。

科学を政策へ。リスク評価は社会の防波堤になる

バーンバウム博士のもう一つの重要な業績は、科学と政策をつないだことだ。
研究室で危険性を示すだけでは、人の健康は守れない。
その知見が、規制、評価基準、行政判断、国際的なリスク管理へつながって初めて、社会の防波堤になる。
博士は、米国環境保護庁で実験毒性学部門を率い、その後、米国国立環境健康科学研究所、NIEHSの所長、国家毒性プログラム、NTPのディレクターを務めた。そこで、研究成果を公衆衛生の保護へ結びつける仕組みを整えた。
たとえば、ダイオキシン様化合物の混合物毒性を評価する毒性等価係数、TEFの国際的枠組みへの貢献。膨大な化学物質を迅速に評価するTox21。BPAの健康影響を検証する大規模官学連携研究CLARITY-BPA。災害時に環境曝露と健康影響を迅速に調べるDR2。これらは、化学物質リスクを社会で扱うための道具である。
現代社会では、新しい素材、新しい化学物質、新しい製品が次々に生まれる。すべてを従来型の長期試験だけで評価するには時間がかかる。だが、評価が遅れれば、人と環境への影響が広がる。だからこそ、予測、スクリーニング、系統的レビュー、証拠統合が重要になる。
環境政策は、感情だけでも、産業界の自主努力だけでも動かない。科学的根拠が必要だ。透明性が必要だ。再現性が必要だ。バーンバウム博士の仕事は、その土台を築いた。
地球をメンテナンスする社会では、化学物質にも“健康診断”がいる。
何が残り、どこに蓄積し、誰に影響し、どのタイミングが危ないのか。それを測る力がなければ、社会は便利さの影で劣化していく。

自然は無料ではない。バービエイ教授が変えた経済の前提

エドワード・バービエイ教授の仕事は、自然を経済の外側に置いてきた考え方を揺さぶった。
森は木材を生む。湿地は水を浄化する。干潟は生きものを育てる。河川は水を運び、農地は食料を生み、沿岸の生態系は波を和らげる。これらは私たちの暮らしと経済を支えている。
だが、市場価格がつきにくい。だから、しばしば「無料」とみなされる。
無料とみなされた自然は、過小評価される。過小評価された自然は、壊されやすい。
バービエイ教授は、自然や生態系を「自然資本」という資産として捉え、その価値を政策判断に活用できる形で示してきた。
自然資本とは、森林、土地、水、漁業資源、鉱物、エネルギー資源だけでなく、水質浄化、防災、気候調整、受粉、レクリエーションといった非市場型の便益も含む概念である。
この視点は、経済の見方を変える。
湿地を埋め立てれば、短期的には土地利用の利益が生まれるかもしれない。
だが、その湿地が持っていた水質浄化、防災、生物多様性、漁業資源の育成という機能を失えば、別の場所で大きなコストが発生する。
市場価格だけを見れば得に見える開発が、社会全体では損失になることがある。
バービエイ教授は、そうした自然の価値を測り、政策や投資へ組み込む手法を発展させてきた。自然保護を、経済成長の邪魔者としてではなく、豊かさを支える戦略的投資として捉える考え方である。
地球を修理するには、壊れた自然を元に戻すだけでは足りない。自然を壊す経済の計算方法そのものを直さなければならない。

グリーン経済とは、“自然を犠牲にしない繁栄”である

バービエイ教授の名前とともに語られる重要な業績の一つが、国連環境計画、UNEPの報告書『A Global Green New Deal』である。
2008年の世界金融危機後、各国は経済復興の道を模索していた。
そこで教授は、経済復興、貧困削減、脱炭素化、生態系保護を一体で進める回復戦略を示した。単に景気を戻すのではない。壊れた経済を、壊れた自然の上に再び積み上げない。自然資本への投資を通じて、雇用、貧困削減、環境保全を同時に進める道筋だった。
これは、現在のグリーン経済、ネイチャーポジティブ、自然資本経営、サステナブルファイナンスにつながる発想である。
これまで経済は、自然を使うことで成長してきた。化石燃料を掘り、森林を伐り、湿地を埋め、川を変え、海へ排出する。自然の損失は、外部不経済として扱われた。つまり、誰かが払うべきコストを、社会や未来世代や生態系に押しつけてきた。
グリーン経済は、その前提を変える。
自然を使い潰して成長するのではなく、自然を維持し、回復し、そこへ投資することで繁栄をつくる。脱炭素だけではない。資源効率、生態系保護、雇用、公正な移行を含めた経済の再設計である。
バービエイ教授が強調してきたのは、環境問題と貧困問題を分けて考えないことでもある。
自然の劣化による被害は、弱い立場の人々に集中しやすい。水が汚れれば、代替手段を持たない人が苦しむ。森が失われれば、森に依存する地域の暮らしが壊れる。気候災害も、貧困層ほど深刻な影響を受ける。
環境を守ることと、社会的公正を実現することは、別々の政策ではない。地球環境の修復は、人間社会の不平等の修復ともつながっている。

毒を測る科学、価値を測る経済

バーンバウム博士とバービエイ教授の業績を並べると、2026年のブループラネット賞が示すメッセージが見えてくる。
一人は、環境化学物質のリスクを測った。
もう一人は、自然資本の価値を測った。
測る対象は違う。だが、どちらも「見えないもの」を社会の意思決定に乗せる仕事である。
化学物質のリスクは、目に見えにくい。体内に蓄積する。低用量でも影響することがある。胎児期や乳幼児期には、影響が将来へ持ち越される可能性もある。だから、科学的に測り、評価し、規制や政策へつなげる必要がある。
自然資本の価値も、目に見えにくい。
森が水を蓄える力、湿地が洪水を和らげる力、干潟が水を浄化する力、生態系が地域の生計を支える力。市場価格がないからといって、価値がないわけではない。だから、経済学的に評価し、投資や制度へつなげる必要がある。
地球環境問題の難しさは、見えない損失が積み重なることにある。体内に残る化学物質。失われる生態系サービス。減っていく自然資本。未来世代に押しつけられるリスク。これらは、短期の利益計算には入りにくい。
だからこそ、地球のメンテナンスには測定の技術がいる。
毒性を測る。体内負荷を測る。自然の価値を測る。損失を測る。回復の効果を測る。測ることで初めて、社会は修理の優先順位を決められる。

“地球の修復”は、科学と政策の橋渡しから始まる

ブループラネット賞は、創設時から「地球環境の修復」を願って設けられた賞である。
ここでいう修復とは、壊れた場所を元に戻すだけではない。科学、政策、経済、社会の仕組みをつなぎ直すことでもある。
バーンバウム博士の仕事は、科学と公衆衛生政策の橋渡しだった。研究成果を、妊婦や子どもなど脆弱な集団を守るリスク評価へつなげた。化学物質規制は、産業や生活と深く関わる。だからこそ、感情論でも、無規制でもなく、科学的根拠に基づく政策形成が欠かせない。
バービエイ教授の仕事は、自然と経済政策の橋渡しだった。自然を守ることを、道徳的な選択だけにせず、経済合理性の中に位置づけた。自然への投資は、贅沢ではない。災害を減らし、水を守り、食料を支え、貧困削減にもつながる社会の基礎投資である。
二人の業績は、環境問題を「自然がかわいそう」という話に閉じ込めない。人の健康、経済の安定、社会の公正、未来世代の安全へつないでいる。
地球環境問題は、理科の問題であり、経済の問題であり、政治の問題であり、倫理の問題でもある。
だから、単独の専門分野だけでは足りない。毒性学と政策。経済学と生態学。公衆衛生と社会正義。これらをつなぐ知が必要になる。

地球をメンテナンスする社会のものさしへ

2026年のブループラネット賞から見えてくる次の一手は、三つある。
第一に、化学物質の管理を「使ってから考える」から「使う前から設計する」へ変えることだ。
PFASやBPA、難燃剤のように、便利な物質が後から大きな社会コストを生むことがある。これからの製品開発には、性能だけでなく、残留性、蓄積性、内分泌影響、低用量影響、次世代への影響まで見る視点がいる。
第二に、自然資本を企業会計と公共政策へ組み込むことだ。
自然は無料ではない。森林、湿地、河川、海、土壌、生物多様性は、経済と暮らしを支える基盤である。開発や投資の判断に、自然資本の減耗や生態系サービスの価値を入れなければ、同じ失敗を繰り返す。
第三に、環境対策を社会的公正と一体で進めることだ。
化学物質の影響は、胎児や子ども、労働者、汚染地域の住民など、弱い立場にある人ほど受けやすい。自然の劣化も、資源に依存する地域や貧困層を直撃する。地球を修理することは、人間社会の不公平を見直すことでもある。
地球をメンテナンスする時代には、二つの力が必要になる。
一つは、危険を見逃さない科学。
もう一つは、価値を見落とさない経済。
リンダ・S・バーンバウム博士は、化学物質リスクを見逃さない科学の重要性を示した。
エドワード・バービエイ教授は、自然資本の価値を見落とさない経済の重要性を示した。
青い地球を未来へ残すには、守るだけでは足りない。
測り、評価し、政策へつなぎ、投資を変え、弱い立場の人々を守る必要がある。
ブループラネット賞の2026年受賞者は、そのための知の道具を私たちに示している。
地球を修理する技術は、森を植えることや海を再生することだけではない。毒を測ること。体内に残るリスクを見抜くこと。自然の価値を価格の外側から救い出すこと。貧困と環境の罠を断ち切ること。
地球は青かった。だが、その青さは自動的に守られるものではない。科学と経済を手入れし直すことから、地球の修復は始まる。

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