★ここが重要!

★要点
群馬県みなかみ町を拠点とする株式会社plowerが、イヌワシの生息環境を整える森林管理で伐り出された「イヌワシ木材」を原料の一部に使い、「イヌワシコットンシャツ」を開発した。
木材を紙にし、その紙を細く撚って糸に変え、コットンと織り上げて生地にする。木材、製紙、撚糸、織布、縫製まで、すべて国内で行われる。建材の規格に収まりにくい木を、日常で着る一枚の服へ変える試みだ。

★背景
森を守ることは、すべての木を伐らずに残すことではない。
みなかみ町の「赤谷の森」では、戦後に増えたスギなどの人工林の一部を計画的に伐採し、イヌワシが上空から獲物を見つけやすい狩場をつくりながら、多様な自然林への回復が進められている。
だが、保全のために伐った木に使い道がなければ、伐採、搬出、森林管理を地域経済として続けることは難しい。木材の価値と生物多様性の価値を、同じ循環の中に置けるかが問われている。

森を守るためにつくられたシャツがある。
素材は、群馬県みなかみ町の森から運び出された木。建物の柱や板になるのではなく、まず紙になり、細い糸になり、コットンと織り合わされ、軽やかな一枚の服になった。
その名は「イヌワシコットンシャツ」。
イヌワシは描かれているだけのシンボルではない。この木が森から伐り出された理由そのものだ。
森を守るためには、木を伐ることが必要な場合がある。そして、伐った木を無駄なく使い、地域に価値を戻さなければ、その森林管理は続かない。
保全活動を寄付や啓発で終わらせず、素材、ものづくり、仕事、買い物へつなげる。
一枚のシャツから、ネイチャーポジティブと地域産業の新しい関係が見えてくる。

木が、紙になり、糸になり、服になる

イヌワシコットンシャツを制作したのは、みなかみ町で宿泊施設や店舗などの地域事業を手がける株式会社plowerだ。
生地に使われた「イヌワシコットン」は、ラッシュジャパンと紙の専門商社・石崎商事が共同開発した。
最初の素材は、赤谷の森から伐り出されたイヌワシ木材。その木を使って「イヌワシペーパー」をつくり、紙を細く撚って糸にする。さらにコットンの糸と一緒に織り上げ、衣服に使える生地へ変えた。
木材から紙へ。
紙から糸へ。
糸から生地へ。
生地からシャツへ。
原料となる木材だけでなく、製紙、撚糸、織布、縫製まで、すべて国内の工場で行われている。
第1弾は、plowerのスタッフが日常業務で着るワークシャツとして企画された。
袖をまくって留めやすいドローコード、動きやすいゆとりのあるシルエット、光沢を抑えたボタン。仕事着としての機能を持ちながら、街でも着られるデザインに仕上げた。
イヌワシのロゴタグは、外側ではなくシャツの内側に付けられている。
森の物語を大きく主張するのではなく、着る人だけが知る場所へ置く。自然の中で簡単には見つからないイヌワシの姿とも重なる、小さな仕掛けだ。

森を守るために、木を伐る

「森を守る」と聞けば、木を一本も伐らず、そのまま残すことを想像しやすい。
だが、日本の森林では、それだけが正解とは限らない。
群馬県と新潟県の県境に広がる「赤谷の森」は、約1万ヘクタールの国有林だ。イヌワシ、クマタカ、ツキノワグマなどが生息し、利根川上流の水源林としても重要な役割を持つ。
この森で2003年から続く「赤谷プロジェクト」は、地域協議会、林野庁関東森林管理局、日本自然保護協会が協働し、生物多様性の復元と持続可能な地域づくりを進める取り組みだ。
森の一部には、戦後の拡大造林によって植えられたスギやカラマツの人工林が広がっている。
常緑の人工林が密集すると、上空を飛ぶイヌワシから地上の獲物が見えにくくなる。そこで、一部の人工林を計画的に伐採し、イヌワシが狩りをできる開けた空間をつくる。
2015年に約2ヘクタールのスギ林を伐採した試験地では、その後、周辺にイヌワシが現れる頻度が高まった。2016年には、赤谷の森で7年ぶりにイヌワシのヒナが巣立ったと報告されている。
木を伐ること自体が、自然破壊なのではない。
どの森で、何を目的に、どの木を、どれだけ伐り、その後をどう管理するのか。
問題は伐採の有無ではなく、森林全体の再生につながる使い方になっているかどうかだ。

「規格外」ではなく、森の形のまま使う

イヌワシの生息環境を整えるために伐られる木は、建築用材として育てられ、同じ太さや長さに整えられた木ばかりではない。
形や太さが不揃いで、節や曲がりがある。一般的な製材規格に収まりにくく、建材や家具材として高い価格が付きにくい木も含まれる。
使い道がなければ、チップや薪にするしかない。搬出費用に見合わず、森に残される場合もある。
そこで、イヌワシ木材では、建材、家具、紙、香り、積み木、糸、生地へと用途を広げている。
木を一つの規格へ無理に合わせるのではなく、それぞれの形や性質に合う使い道を探す。低価格の燃料へ一括して変える前に、より長く、身近に使える製品へ価値を高める発想だ。
重要なのは、需要があるだけ木を伐る仕組みにしないことだ。
イヌワシ木材が目指すのは、「際限のない需要に森を合わせる」のではなく、森林管理によって生じる限られた量の木材に、適正な用途と需要をつくること。
森の都合より市場の都合を優先すれば、保全を掲げた商品が新たな過剰伐採を生む危険がある。
森から出てくる量に、人間の生産と消費を合わせる。
その順序の逆転こそ、この素材の本質だ。

保全活動を、地域の仕事へ変える

生物多様性保全は、資金が途切れれば続かない。
調査する人。木を伐る人。森から運び出す人。製材する人。紙をつくる人。糸を撚る人。生地を織る人。服を縫う人。販売し、森の物語を伝える人。
イヌワシコットンシャツには、多くの仕事が重なっている。
森を守る活動から木材が生まれ、木材が地域の商品になり、販売によって新たな経済価値が生まれる。その価値が森林管理や地域産業を支えれば、保全は善意だけに依存しない循環へ近づく。
世界では、企業に対し、生物多様性への影響や依存関係を事業活動とサプライチェーン全体で把握し、開示することが求められ始めている。昆明・モントリオール生物多様性枠組のターゲット15やTNFDも、企業と自然との関係を原料調達から販売まで追う必要性を示している。
その意味で、木の伐採理由と生産地が見えるイヌワシコットンは、単なる自然素材ではない。
「どこから来た木なのか」だけでなく、「なぜその木を伐ったのか」まで説明できる素材だ。

「国産」「木由来」だけで、サステナブルとは言えない

木を原料に使い、国内で生産しているからといって、環境負荷が自動的に小さくなるわけではない。
木材を紙へ加工し、細く撚って糸にし、生地を織り、服へ仕上げるまでには、エネルギー、水、薬剤、輸送が必要になる。
今回の発表では、木由来の糸とコットンの混用率、製造全体の温室効果ガス排出量、水使用量などのライフサイクル評価は示されていない。使用後の回収、再資源化、生分解性についても、現段階では明確ではない。
だからこそ、今後は素材の物語と同時に、数字も必要になる。
どれだけの木材を有効活用できたのか。
一般的なシャツと比べ、環境負荷はどう違うのか。
何年着られるのか。
破れたときに修理できるのか。
役割を終えた後、回収や再利用ができるのか。
一枚を長く着られなければ、どれほど物語のある素材でも、大量生産・大量廃棄の流れに飲み込まれる。
森の時間は長い。服の流行は短い。
この二つの時間を、どう近づけるかが次の課題になる。

森を「知る」から、森を「着る」へ

環境保全活動は、現場から離れた人には見えにくい。
イヌワシを実際に見る機会は少ない。人工林の密度や狩場の不足も、都市で暮らしていれば実感しにくい。
だが、服なら毎日触れられる。
袖を通す。洗う。乾かす。着て働く。そのたびに、素材の向こう側にある森と人を思い出せる。
イヌワシコットンシャツは、森の写真を印刷した記念品ではない。森林管理によって生じた木そのものを、日常生活へ持ち込む製品だ。
森を守ることと、木を使うこと。
生物多様性と、地域の仕事。
自然保護と、ファッション。
別々に語られてきたものを、一枚のシャツの中でつなぎ直す。
木を着ることが、直ちに森を救うわけではない。
それでも、自分が身につける物が、どこの自然とつながり、誰の仕事を支え、どの生きものの未来に関わっているのかを知ることはできる。
森を遠くから守る対象として眺めるのではなく、日常の素材として関係を結び直す。
イヌワシの姿は見えなくても、その森の一部を、私たちは着ることができる。

商品情報:
「イヌワシコットンシャツ」
販売開始:2026年8月4日予定
素材:イヌワシペーパー由来の糸を織り込んだコットン生地
サイズ:ユニセックス XS/S/M/L/XL
販売場所:イヌワシストア店頭、公式オンラインストア
店頭価格:25,300円(税込)
オンライン価格:26,400円(税込)
※販売時期、価格、在庫などは変更される可能性があります。

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