★ここが重要!

★要点
い草を座面に用いた家具「SAKYU CHAIR」が国際的デザイン賞「iF DESIGN AWARD 2026」を受賞。日本の伝統素材を現代デザインと融合し、世界市場で評価された。
★背景
脱炭素・循環経済が世界の潮流となる中、自然素材や地域資源の価値が再評価されている。日本のい草文化も、家具や空間デザインを通じて新しいサステナブル産業へと進化し始めている。

畳の香りは、日本の家から消えつつある――そう言われて久しい。しかし、その素材である「い草」は今、世界のデザイン市場で静かに存在感を強めている。福岡の家具メーカー・アダル(本社:福岡市博多区、代表取締役社長:武野 龍)が展開するサステナブルブランド《Look into Nature》の「SAKYU CHAIR」が、世界的デザイン賞「iF DESIGN AWARD 2026」を受賞。畳文化の象徴だった素材が、グローバルデザインの舞台で再び脚光を浴びている。

畳の素材がモダン家具へ――「SAKYU CHAIR」という挑戦

受賞作「SAKYU CHAIR」は、日本の伝統素材であるい草を座面に採用したチェアだ。
特徴は、無駄を削ぎ落としたミニマルな構造にある。細身のスチールフレームに、立体的に編み込まれたい草の座面を組み合わせることで、自然素材の温もりと現代的なデザインの緊張感を同時に成立させた。
い草は本来、畳の表面材として使われてきた植物繊維だ。吸湿性や消臭性に優れ、触れたときの柔らかさも特徴。だが住宅様式の変化とともに畳需要は縮小し、産地の衰退が長年の課題となっていた。
その素材を家具として再解釈したのが、この椅子である。座面は複数の編み仕上げから選択可能で、ホテルやレストランなどのホスピタリティ空間にも対応。日本の生活文化を、グローバル市場に向けて再編集したプロダクトと言える。

自然素材の価値が再浮上――サステナブルデザインの世界潮流

今回の受賞の背景には、世界的な価値観の変化がある。
デザインの世界では近年、単なる美しさではなく「環境への配慮」が評価軸になりつつある。家具産業も例外ではない。石油由来素材や大量生産モデルに依存してきた従来の製造は、資源消費や廃棄物問題と切り離せないからだ。
その中で注目されるのが、再生可能な自然素材である。竹、麻、木材、そしてい草。こうした植物素材は、適切に管理された栽培であれば持続的に供給でき、使用後も自然循環に戻る。
い草の特徴は、環境性能だけではない。香りや触感、視覚的な柔らかさといった「身体感覚」に訴える素材でもある。
無機質な都市空間が増えるほど、人は自然の気配を求める。い草家具の価値は、単なる素材の再利用ではなく、空間に自然の気配を取り戻す装置としての役割にもあるだろう。

伝統素材を“輸出する”時代――ミラノから広がるい草文化

ブランド《Look into Nature》は2019年からミラノデザインウィークに出展し、海外市場への発信を続けてきた。
2025年にはミラノに現地法人を設立。ヨーロッパ市場で「い草のある生活」を提案する体制を整えた。
興味深いのは、日本国内よりも海外の方が素材の新しさに敏感に反応する点だ。
ヨーロッパでは近年、「ウェルビーイング」や「バイオフィリックデザイン(自然との共生を取り入れる設計)」への関心が高まっている。自然素材の家具や内装は、その象徴的存在だ。
つまり、畳文化の縮小が必ずしも素材の終わりを意味するわけではない。むしろ、用途を変えることで新しい市場が開く。
日本の地域資源を再定義し、世界に輸出する――。SAKYU CHAIRの受賞は、その可能性を示す小さくも象徴的な出来事だ。

素材の物語が価値になる――サステナブル時代のデザイン

現代のプロダクトに求められるのは、機能だけではない。
どこから来た素材なのか。誰が作ったのか。どんな文化背景を持つのか。
その「物語」そのものが価値になる時代だ。
い草は、日本の農業、住文化、職人技術が重なり合った素材である。椅子というグローバルな家具に組み込まれたとき、その背景ごと世界へ伝わる。
デザインとは形だけではなく、文化を翻訳し、未来へ運ぶ装置でもある。
畳の素材から生まれた一脚の椅子。その存在は、伝統とサステナビリティが交差する新しい風景を示している。

iF DESIGN AWARD 受賞ページ:https://ifdesign.com/en/winner-ranking/project/sakyu-chair/755260

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