★ここが重要!

★要点
長野県小海町・松原湖の全面結氷を舞台に、氷上ダイニングや森・氷上セラピー、ワカサギ釣り、湖底熟成酒「湖底浪漫」の沈めこみ体験を束ねた1泊2日のツアー「The Frozen Earth Table 2026」が開催される。“冬のNature is Luxury”を掲げ、少人数・高付加価値の体験型ツーリズムとして、氷上の「白い大地」をレストランかつ学びの場へと変える試み。
★背景
地球温暖化で、かつて「当たり前」だった全面結氷や雪景色が各地で不安定になりつつある。観光を巡っても、量とスピードを追うマスツーリズムから、季節の儚さを共有しながら地域にお金と関係性を還すサステナブルツーリズムへの転換が進む中、「消えてゆく冬の贈り物」をどう体験に編み直すかが問われている。

長野県小海町・標高1,123mの松原湖は、真冬になると一面が白い氷の大地に変わる。ただ、その光景はもはや「毎年の風物詩」ではない。近年は温暖化の影響で全面結氷しない年も増え、この風景自体が一期一会のものになりつつある。
その氷上に、期間限定のテーブルを浮かび上がらせるツアー「The Frozen Earth Table 2026」が企画された。冬の森を歩き、凍った湖上で食卓を囲み、夜は暖炉の前で過ごし、翌朝にはワカサギを釣ってその場で味わう。最後は日本酒を湖底に沈め、春まで眠りを託す――。
“冬を消費する”のではなく、“冬と付き合う”旅。観光のあり方と、失われつつある季節のかたちを同時に問いかける小さな実験である。

“白い大地”は当たり前じゃない。氷上にひらく1泊2日の物語

舞台は、長野県小海町・松原湖。厳冬期には湖面が全面結氷し、白い大地が森の奥にひろがる。だが、近年はその「全面結氷」が約束されなくなってきた。ツアーを企画する地方創生会社・さとゆめと小海町は、その事実を正面から受け止め、「冬の奇跡」をあじわう旅としてツアーを設計した。
プログラムの骨格はシンプルだ。拠点となる全7室の小さな宿「HOTEL MIYAM」に集合し、町民セラピストと歩く「冬の森・氷上セラピー」で旅が始まる。凛とした空気の中、森を抜けて湖へと向かい、氷を踏みしめる音に耳を澄ませる。体を動かすアクティビティでありながら、「いま自分がどんな環境の上に立っているか」を身体で理解する時間でもある。
メインイベントは、全面結氷した湖上の特設テーブルで開かれる氷上ダイニングだ。冷たい空気の中で立ちのぼる湯気、夕暮れに染まる山と湖。レストランの天井は空、床は氷、壁は森。地元食材を使ったコース料理を、自然そのものがつくる音と光に包まれながら味わう。
観光の世界では「非日常の演出」が常套句になった。だが、ここで提供されるのは特別な装飾ではない。そこにある冬の環境をできるだけそのまま受け取り、「今この瞬間の冬しか提供できない」という事実を、あえて体験価値の中心に据えた構成だ。

町民セラピストと歩く、冬の森・氷上セラピー
Restaurant OTOのシェフが手がける地元食材を使用した氷上ダイニング

氷のレストランと湖底セラー。“時間を味わう”仕掛け

このツアーのユニークさは、「時間」の扱い方にある。氷上ダイニングは、日没に向かう短い時間帯の光を切り取るイベントだ。変化する空の色、冷え込み、風の強さ。そのすべてが、同じメニューでも回ごとに違う体験を生む。
翌朝のワカサギ釣りは、さらに時間軸を伸ばす。日の出とともに湖へ出て、桟橋ドームから糸を垂らす。釣れたワカサギは、その場で朝食の一皿として調理され、「松原湖の朝を食べる」体験に変わる。冷たい空気の中で揚げたての魚をかじる行為は、単なるアクティビティを超えて、「この湖に支えられている暮らし」を想像させる仕掛けでもある。
そして象徴的なのが、ツアーの締めくくりに行う「湖底浪漫沈めこみ体験」だ。参加者は湖面の氷を切り出し、日本酒「湖底浪漫」を湖底へ沈める。完全結氷した冬の湖底で数カ月眠らせ、春以降に引き上げて味わう。
飲むのは、旅から少し時間がたった頃だ。ツアー参加者は、ボトルを開ける瞬間に、凍りついた湖面と白い大地、足元から響いた氷の音を思い出す。旅の記憶が、味覚と重なってよみがえる。
観光の常識では、体験はその場で完結することが多い。「The Frozen Earth Table」は、あえて“後で効いてくる体験”を組み込むことで、旅と時間の関係を引き延ばしている。短期滞在が前提の地方ツーリズムが多い中で、「数カ月後にもう一度思い出してもらう」設計は、地域との関係性をじわりと育てる手法でもある。

ワカサギ釣りの桟橋ドームであじわう、ワカサギ×冬の朝食
湖底に眠りを託す「湖底浪漫沈めこみ体験」

冬の湖は観光資源か、それとも問いかけか

松原湖の全面結氷は、かつては「毎年やってくる冬の風景」だった。だが、気候変動の影響は山間地域の湖にも忍び寄っている。冬型気圧配置の乱れ、平均気温の上昇、極端現象の増加。国内外でスキー場の営業日数が減少したり、雪・氷を前提にした祭りやイベントの継続が難しくなったりする例はすでに出ている。
松原湖も例外ではない。全面結氷しない年が増えるということは、「氷上ダイニング」という体験そのものが、長期的には成立しなくなる可能性があるということだ。
このツアーは、そのリスクを逆手に取っている。「いつまでも続くとは限らない冬」を、消費しつくすのではなく、「いま、この瞬間だからこそ体験してほしい」と伝える物語として再編集している。
もちろん、氷上イベントは安全性が最優先だ。氷の厚さの確認や気象条件のチェックを徹底し、状況次第でプログラムを変更・中止する判断が欠かせない。ツアー側も、全面結氷を過度に保証するのではなく、「自然条件によって旅の形が変わる可能性がある」ことを前提にコミュニケーションを組み立てる必要がある。
ここで問われているのは、「自然をどう見せるか」だけではない。「変わりゆく自然とどう付き合うか」という視点だ。全面結氷を観光資源と呼ぶか、気候危機のサインと捉えるか。ツアーの参加者は、氷上に立ちながらその両方を同時に感じることになる。

消費しない旅へ。少人数ツアーが示すサステナブルツーリズム

「The Frozen Earth Table」は、最大8名・最小催行2名という小規模ツアーだ。参加費は1人あたり6万5,000〜7万5,000円。決して安くはないが、宿泊、氷上ダイニング、森・氷上セラピー、ワカサギ釣り、湖底浪漫沈めこみ体験が一体となったプログラムとしては、地域に残る価値を考えれば“適正価格”とも言える。
観光の世界では、いまだに「人数×単価=経済効果」という古い公式が幅を利かせる。だが、世界の潮流は変わりつつある。観光客の増加が環境負荷と住民負担を押し上げる「オーバーツーリズム」の反省から、量より質、回数より関係性を重視するサステナブルツーリズムが各地で模索されている。
松原湖のツアーは、“少人数・高付加価値”という方向性を選んだ。氷上ダイニングのテーブルを増やして回転率を上げるのではなく、一組一組が冬の湖とじっくり向き合える密度を優先する。参加費の一部は地域の温泉施設や宿の運営、湖底浪漫の熟成・管理など、地元の事業や関係者に還元される。
また、拠点となるHOTEL MIYAMは、もともと民宿「宮本屋」を引き継ぎ、小さな湖畔の宿として再生された場所だ。全7室という規模感は、大型ホテルのように大量の集客を前提としない。むしろ、ゆっくり滞在し、湖畔での仕事や創作にも使える「余白」を売りにしている。こうした宿と氷上ツアーを組み合わせることで、「泊まる・遊ぶ・考える」が連続する時間をつくり出している。
観光は、地域をすり減らすこともできるし、再生のエンジンにもなれる。鍵を握るのは、「自然と時間をどう扱うか」だ。
消えゆくかもしれない冬の光景を使って大人数を呼び込むのか。それとも、少数の旅人と共有し、記憶と関係性を長く引き延ばす仕組みを整えるのか。「The Frozen Earth Table」は、後者の可能性を試す一つのプロトタイプと言える。
氷が年々薄くなる世界で、冬をどうあじわうか。松原湖の白い大地に浮かぶテーブルは、その問いに対する小さな、しかし具体的な答えのひとつである。

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