地球環境への負荷を下げなければいけない。
そのためのヒントは、建物の清掃、空調・エネルギー管理など、
ファシリティマネジメントの世界にも隠れている。

写真右から
朝喜 謙二さん|Kenji Asaki /ケルヒャー ジャパン株式会社
小島 博さん| Hiroshi Kojima /ケルヒャー ジャパン株式会社
小口 茂久さん|Shigehisa Oguchi /株式会社マルイファシリティーズ 環境・フードコート事業本部 環境清掃営業部 環境清掃課 担当課長
池谷 真澄さん|Masumi Iketani /株式会社アドダイス マネージング・エグゼクティブ・オフィサー
伊東 大輔さん|Daisuke Ito /株式会社アドダイス 代表取締役CEO
田邉 恵理子さん| Eriko Tanabe/株式会社アドダイス 広報担当
渡辺 由紀さん|Yuki Watanabe /株式会社マルイファシリティーズ 環境・フードコート事業本部 環境清掃営業部 環境清掃課 課長

清掃から除菌・防疫の時代へ コロナ禍で変化したロボット導入

小口 マルイをはじめ全国の商業施設などを運営・管理する(株)丸井のグループ会社であるマルイファシリティーズが、清掃ロボットを本格的に使い始めたのは2019年の秋ぐらいです。その時皆で話していたのは、これからは人手が足りなくなる、高齢化する、そうすると人による清掃ができなくなってくるねということでした。その時はまだコロナ禍直前で、省力化、省人化がテーマでした。そしてコロナ禍に突入し、清掃できれいにするだけでなく除菌、防疫業務が増え、それらの仕事がロボットと非常に相性がいいことが分かってきました。
ロボットは指示した箇所を万遍なく全部やってくれる。そんな視点もあったので、除菌しながら動くロボットを使ってみました。でも私たちのイメージ通りには最後まで走り切らなかった。特に私たちが担当する商業施設だと、ロボットセンサーが目印にしている対象物がしょっちゅう変わる。だから初めの頃は、とにかく全部は清掃しなくてもいい、完走させることが目標でした。
そこからロボットがどんどん進化していって、センサーも良くなりAIも進んできているので、現在はもっと上のレベルを見据えて清掃を捉えるようにしています。

内野 と言うと?

小口 「ロボットが出来ない所を人がやって下さい」ということです。今までの清掃は人がやるもの。でもこれからはロボットが主役で、機械が出来ない所だけを人がやるという考え方にしていく。ただロボットのレベルがまだ満足できるほど高くはないので、まずは清掃自体の考え方をロボット主役に変更して、人がロボットの不得手なコーナーの端とか入り組んだ壁を担当するという流れを進めて、最終的には「清掃職は事務職」にしたいと思っています。現場作業をロボットが担い、人は管理・ディレクションが中心という考え方です。私がデスクでパソコン操作していると施設が全部キレイになる。そこが最終目標ですね。

朝喜 日本の清掃の概念で海外と大きく違うことは、たとえば小学校の時に床を雑巾がけしながら修行をするような、日本の文化に染み付いた精神的な部分。機械などを使って清掃をラクしちゃいけないといった、そういう気持ちが根底にあるような気がします。私は清掃という仕事も、頑張り方に課題があると思っています。
また清掃の現場を分かった人が清掃ロボットをちゃんと作らなければとも思っています。ケルヒャーは清掃機器専業メーカーで、さまざまな現場の事例や声を元に機器を作っています。そのため実はロボットに関して言うと、2018年に一度清掃ロボットを発表しようとしたのですが止めました。なぜ止めたかというと、当時の清掃ロボットは、実体としてはまだロボットの域ではなくコボットだった。それはやめようって話になったんです。ケルヒャーはあくまで完全自立型を目指していこうと。それで一回ストップしました。
そこで軸になってくるものがOSです。このOSをロボットメーカーだけに任せちゃダメだ。自分たちでOSを取り込んでしっかり自社開発して、全部入れ替えて、ようやく2023年に発売ということになったのです。

内野 日本人の優れた性質の一つが、非常に几帳面だということだと思います、塵一つ残したくないというような。でもコロナ禍を通じて清掃に対しては、塵一つ無いように美しくしてほしいというより、ウイルスや細菌などを徹底的に除菌してほしい、美装はその次で良いという意識に変わりましたよね。
清掃に求められるニーズ、ロボティクスとの出会い、ファシリティマネジメントやビルメンテナンスがこれから進む道は、このコロナ対策での経験を抜きにして語れないと思います。

小島 仰る通りで、コロナ渦になって清掃と除菌の概念は大きく変わりました。そうすると、床の清掃などでもこれまでのバキューム掃除機だけで本当にいいのかという疑問も生まれてきて、一歩質を上げた清掃がどうしても必要になってきていると思います。

小口 清掃を発注するファシリティマネジメントの立場から見ると、清掃会社は完璧を求めます。清掃後に少しでも汚れが残っていたら、クレームが来るかもしれないというリスクを避ける為、ついやり過ぎてしまうのです。

内野 発注者と清掃従事者の間に共有できる「汚れの数値化」、清掃の完成度合いは何%くらいで良い、そういった共通指標があると良いでしょうね。

小口 清掃会社はどうしても100%やろうとするのですが、たとえば入札価格が安い場合は70%で十分みたいな、その根拠にできる新しい清掃指標ができると仕様を変えていけるはずです。

「汚れの数値化」はAIが得意とする領域

がん細胞の予兆変化と清掃の汚れを結ぶAIの進化

内野 伊東さん、この「汚れの数値化」は、実はAIが得意とする領域ですよね?

伊東 そうですね、そういった所はAIが作れる領域かもしれないです。私たちアドダイスが開発しているAIは、医学の取組みからスタートしています。病院で、がん細胞を取り出して、プレパラートで挟み光学顕微鏡で見るんですけどやっぱり見落としがあるので、東京大学医科学研究所で病理診断科長をしている大田泰徳先生と一緒に、がん細胞の検査をAIでできるようにしようと開発をはじめました。

内野 がん細胞の予兆や変化をAIで診断する。

伊東 そうです。がん細胞は同じ状態でも、実は先生によってどう扱うかが異なります。要はがんがあるか無いか0か1かじゃなく、その間に細胞がちょっとがん化し始めているかも知れないとか、腫瘍かも知れないとか、そういった微妙な状態があります。そういう典型的なパターンからどのくらい離れているのか、あるいは一致しているのかを、パソコンの画面やスマホの画面で画像で判断できるように可視化し、ゲージのメモリーで示しながら、どのラインだったらアウトにするかなどの線引きが出来るように技術開発しました。

内野 画像を使ったAI テクノロジーは、ロボティクスと組むことで清掃の汚れ判断にも利用できますね。

伊東 そう思います。いま皆さんがお話になっていた清掃の汚れという現象についても、画像で診断できるし、汚れの基準や指標づくりも行えます。そしてクラウドで発注者と清掃従事者がお互いに状態を確認出来ますから、仕事の受発注についての新しい基準づくりも出来る時代に来てるんじゃないでしょうか。

渡辺 ただ、清掃の現場を見ると、これまでの経験と勘で成り立っている業界なので、指標などを「見える化」しても皆が共通して理解し合わないと、なかなか話が前に進まないという現実もあります。
マルイファシリティーズではトイレにもセンサーを設置して、トイレの使用頻度と清掃回数の検証も行っていますが、実際にトイレの使用頻度をデータで示すことで、清掃従事者の方たちと清掃回数について話し合い、無駄を減らす第一歩になりました。

池谷 この10年間でディープラーニングが登場して、人間の勘と経験というものが、AIでも学習出来るということが分かってきました。そこで私たちもAIをシステムとして普通にサービス提供していますし、契約後にすぐクラウドで使える形にもしています。

小島 AIも含めテクノロジーはかなりいろいろな部分で活用出来る部分が多くなってると思います。一方で欧米と比べて日本で機械化が遅れている理由の一つが、人件費が安いということ。欧米に比べて半額以下です。だからロボットを使うなら人のほうが安くていい、清掃は人でやってよと言うお客さまがいまだに多い。ここがやっぱりボトルネックなのかもしれない…。

小口 人件費について言うと、2020年のコロナ渦の時に最低賃金が上がらず、その後の上がり幅も小さくなりました。そこが大きいです。
当時、私たちは、ロボットの使用者が拡大して導入台数が増えれば利用経費は安くなるだろうと考えていました。この損益分岐の変わり目にコロナ禍になってしまって、人件費が横ばいになってしまった。賃金が上がらず、ロボットより人の方が安くて良いという空気が残ってしまいました。
2~3年前に最低賃金が普通に上がっていれば、ロボットの必要性がもっと出ていたと正直思います。

渡辺 人かロボットかという選択肢以前に、地球環境への負荷という目で見ると、基本的に清掃しないのが一番いいという見方もあります。

小口 要するに、清掃をしない空間づくり。

渡辺 清掃をすると水を使うし、電気も使うし、環境に悪いので、汚れない空間づくりを最初から出来ればいいなと。そういう建物をどんどん増やしていく。

小口 脱炭素時代のファシリティマネジメントを突き詰めていくと、気持ちがそういう部分に向かっていきますよね。

内野 建築物の作り方、マテリアルの選び方、使用エネルギーの内容など、デベロッパーやゼネコンの意識はそちらに向かっています。

渡辺 私たちもノーワックスの床に変えたりしています。それによってロボットで日常清掃をするだけで十分だなとか、清掃自体をもっと省力化していける。そして施設の価値を上げるために、違う所にお金を使いたい。

内野 環境と経済と社会の三つの価値づくりにきちんと取り組まなくちゃいけない時代になって、建物も以前のように意匠系の建築だけじゃダメだと、省エネ構造でメンテナンスしやすくということを建築家も積極的に取り組むようになってきました。
そのためにDXもGXもAIも最初から取り入れた設計デザインを行う時代です。渋谷マルイも丸井グループの考える「インパクト」の一つである「将来世代の未来を共に創る」の実現に向けた象徴的な取り組みとして、2026年に木造高層施設に生まれ変わりますね。

渡辺 そうなんです。時代の変化とともにみんな変わってきています。でもその中で、清掃の仕方だけが全然変わっていないんですよ。

朝喜 ビルメンテナンスの問題なのか…、オーナーの問題のような気もするんですけどね。日本はオーナーが優しいんですよ。欧米は厳しいです。任せてOKではない、疑いの目で見ますから。そういう意味で「質」はやっぱり可視化されて、「汚れ度合い」も何となくではなく、具体的な数値が評価対象になります。

清掃の仕方だけが全然変わっていない

DXもGXもAIもプラットフォーム化することで状況は一気に改善される

伊東 清掃の世界も技術革新に合わせて制度を変えるとか、契約書の仕様も月に何回やりなさい毎日何回やりなさいではなく、汚れの度合いに応じてやればいいという考え方に変えてみる。契約の仕方、制度設計、使うテクノロジー、目に入る半径の所まで時代に合わせてそろそろ変えるべきではありませんか?

小口 汚れ状態のAIチェックゲージで言ったら、ここは10のうち7までキレイになったらいいよと、それを皆がスマホなどでチェックするとすぐに判るというような感じで…。

伊東 センサーで清掃エリアの画像を撮っておいて、そこにAIを繋いでしまえば関係者全員で見ることができます。そしてその7の数値に応じた清掃力を投入するだけで止めればいい。

渡辺 新しい形の契約が成立します。

池谷 ファシリティー全体のサービスを受ける人たちがどう感じるか。その反応によって清掃力をさじ加減するということになるでしょう。

朝喜 それと、それらの業務全体をプラットフォーム化すべきですよね。

内野 そこです。空間の清掃や使用エネルギー、設備管理をプラットフォーム化すること。それがまだ事業者によって、あるいは自治体などでも、てんでバラバラなんですよ。仕様も定まっていない。
Maintainable®では数多くの専門家を領域横断して、CO2排出量・削減量の可視化から再生可能エネルギーの現状、気候変動時代の高温対策と空間の高断熱化、あるいは室内気候デザインなどの話を聞き、みんなが同じ目的を持って活動していることを知っています。なのにそれらのヨコグシ化が未成熟なんです。DXもGXもAIもプラットフォーム化することで、状況は一気に改善されていくはずです。

プラットフォーム化を会社の垣根を越えてやってみたい

朝喜 清掃の部分で、まさにケルヒャーはそのプラットフォーム化を目指したいと思っていて、欧米ではそれを進めています。そして日本でも導入を進めていこうと考えています。

渡辺 マルイファシリティーズも以前から同じ構想を持っています。

朝喜 契約としては性能発注されたいっていうことですよね。

渡辺 そうです。清掃の状態やデータが可視化できて、プラットフォーム上で皆が同じ基準で判断できるイメージです。

伊東 可視化は非常に重要な要素ですね。

小島 ケルヒャーが進めているのは、清掃内容の可視化データをカスタマインターフェースとして、そのままオーナーさんに透明化して見てもらうシステムです。それを行うともう報告書もいらないし、時間も浪費しません。また建物内のセンサーとの連動でトイレの利用回数データですとか汚れとの相関などを読み取って、総合的に判断して清掃のタイミングを調整できます。さらに管理ツールで清掃場所にあった清掃道具で清掃の省力化を図り、清掃スタッフ管理もデジタル化する。他にも多様な機能を揃えてプラットフォーム開発を進めています。

朝喜 ドイツの開発チームと日本にしかないカスタマイズも行いながら、グローバルに使えるオープンプラットフォームにしたいと思っています。

渡辺 私たちは、清掃会社とロボットメーカーとエレベーター会社などの清掃関連メーカー、それと大学にも参加してもらって一緒にプラットフォームを作りたいと思っています。
なぜなら私たち丸井グループにはいろいろなタイプの施設があって、たとえば有楽町マルイだとフロアによって床の素材が違ったりもします。またロボットも6種類のメーカーを使っているので、それらの多様な情報をプラットフォームを通じて関係者全員で共有したほうが、事故が起きた時にも対処が速いでしょうし、データ蓄積によって次のアクションに確実に繋がると考えています。
そのプラットフォーム化を会社の垣根を越えてやってみたい。そうしなければ全体的な動きが加速しないでしょうし、何より怖いのは現場の人たちがロボットは嫌だって思ってしまうこと。ですので、さまざまな情報を一本化したい。こういった部分もITの得意な所なんじゃないかなと思ってます。

伊東 今の時代のIT の世界はAPI 化と呼ばれていて、お互いのシステムをコミュニケーションにできるわけです。会社ごとそれぞれのAI が、例えば汚れの判定のところだけコミュニケーションして判定結果を介しておいて、ユーザーとしてはバックヤードでAIが動いていることを知らなくてもプラットフォームを共有できる。

池谷 AI は人間の勘とか経験とか、微妙なグレーの判断みたいなことと非常に相性が良いのが特長です。アドダイスは鉄道グループ会社で空調の制御をAI で行って、省エネを実現させました。建物から得られる温度や湿度の情報、外部の天候情報、そういう情報も融合した形でAIに判断させるというものです。それまでは全体的な判断をオペレーターの方が、天候に合わせて温度設定を変えたりしていました。そこを全部AI に学習させると、より的確に快適な空間を目指していける。このAI 導入で暑い寒いなどの館内からのリクエストが8割減りました。そしてエネルギー使用量は年間で8%、冬場だけの場合は15.8% 減らせました。

内野 それはオーナーさんが喜んだでしょう。

池谷 はい。しかもAIは使っていくほどデータが蓄積され、学習能力が向上するので、やりながら精度がさらに上がっていく。使えば使うほど人力を追い越していくところがあるので、そこはロボットの導入や普及と非常によく似ているなと思います。

伊東 建物においては、空調費がエネルギー費の中で一番大きいんですね。電気代の高騰も凄くて、さまざまな会社の利益を圧迫しつつあります。AIで空調費をいかに節約するか、電気代と熱量の削減を同時に確実に行う。そのために省エネスコアを可視化してあげています。

小口 今、清掃は最適解がない状態ですが、AI によって最適解を機械的に作れるわけですよね。最終的には発注者の満足度が答えになってくると思いますが、この最適解を短時間で出せるようなもの、それが維持出来るシステムがあったらいいなと感じます。

朝喜 労働集約にも限界がありますし。

内野 さまざまな変動情報を横断的に判断するDX、GXのプラットフォーム。これを機能させるためには、人間のマネジメント力とロボット、AIのチカラが欠かせません。


マルイファシリティーズが構想する清掃DXプラットフォーム
清掃DXのプラットフォームを、清掃会社・ロボットメーカー・エレベーター会社・清掃関連メーカー・大学と構築するイメージ。多様な商業施設、テナント、施設利用者を持つ丸井グループならではの発想で、次世代に向けた共創関係を考えている。

アドダイスのAIによる「汚れ」の可視化
細胞のがん化状態を「ゲージで可視化」するところからスタートしたアドダイスのAI (特許技術)。この技術を応用し空間の汚れなどをゲージ上で可視化し、清掃の自動化、情報や判断の共有化・共通化に貢献する。同社は空調管理のAIコントロールでも実績を上げ、社会基盤の自律神経としてのAI提供を目標にしている。

ケルヒャーの完全自律型清掃ロボット「KIRA B 50」
ドッキングステーションを使用し、床面清掃の際に最大限の自律性を発揮。清水タンクへの給水、排水タンクへの排水と洗浄、強力なリチウムイオン電池の充電が可能。複数のドッキングステーションを利用して、非常に広いエリアの洗浄ができる。