★ここが重要!

★要点
南海トラフ巨大地震では、自家用車約204万台超が被災する可能性があると日本カーシェアリング協会が試算した。山梨県は富士山噴火などを想定し、外国人観光客の超広域避難と帰国支援の具体化に着手。災害医療を学ぶボードゲーム、緊急地震速報による設備制御など、防災は「避難」だけでなく、災害後の移動、観光、医療、初動を維持する段階に入っている。
★背景
南海トラフ巨大地震、首都直下地震、富士山噴火、豪雨、土砂災害。日本では、複数の巨大リスクが同時代的に重なっている。さらに、高齢化、地方の交通弱体化、インバウンド拡大、医療人材不足、インフラ老朽化も進む。災害対応は、非常食や避難袋をそろえるだけでは足りない。被災後に暮らしをどう動かし続けるか。地域経済をどう止めないか。観光客や医療現場をどう支えるか。防災は、社会の機能を守り、回復させる「メンテナンス」へ広がっている。

地震への備えは、避難袋を用意することだけではない。
大規模災害のあと、通勤や通院に必要な車を失った人は、どう移動するのか。日本を訪れていた外国人観光客は、どのルートで安全に避難し、帰国できるのか。医療現場では、限られた情報と資源のなかで、誰がどう判断するのか。そして、揺れが届くまでの数秒を、社会はどう使うのか。
内閣府は2025年3月31日、南海トラフ巨大地震モデル・被害想定手法検討会の報告書を公表した。南海トラフ地震への備えは、もはや将来の不安ではなく、国土全体の運営課題である。
さらに観光庁は、災害時の外国人旅行者対応について、多くの自治体や観光関連事業者で事前準備やマニュアル整備が十分ではなかったことを課題として示している。外国人旅行者には、日本の災害用語や避難行動がそのまま伝わらない場合もある。
南海トラフ巨大地震、富士山噴火、直下型地震への備えが問われるいま、日本の防災は「命を守る」だけでなく、「災害後の生活をどう維持し、回復させるか」という段階に入っている。防災は、社会のメンテナンスになりつつある。

地震後に失われるのは、家だけではない。204万台の車が問う“移動の備え”

災害後に人が失うものは、家や家財だけではない。移動手段も失われる。
日本カーシェアリング協会は、南海トラフ巨大地震で自家用車約204万台超が被災する可能性があると独自試算した。東日本大震災で被災した自家用車約40.8万台の5倍以上にあたる規模である。
同協会は、東日本大震災を契機に宮城県石巻市で設立された非営利団体だ。全国から寄付で集まった車を活用し、これまで34災害に対応。延べ1万件以上の車の無料貸し出し支援を行い、約2400台の車の寄付を集めてきた。
車を失うことは、単なる財産被害ではない。通勤、通院、買い物、子どもの送迎、行政手続き、家の片付け、仮住まいへの移動。災害後の暮らしは、移動の連続で成り立っている。とりわけ地方部では、自家用車が生活インフラそのものだ。車を失えば、復旧作業に参加できない。仕事に戻れない。病院に行けない。生活再建の速度が落ちる。
避難の次に必要になるのは、移動の復旧である。
道路や橋を直すことはもちろん重要だ。しかし、人が動けなければ、生活は戻らない。災害後のメンテナンスは、建物や道路だけではない。人が生活を取り戻すための“足”をどう確保するか。その設計が、防災計画の中心に入るべき時代になった。

【東日本大震災の5倍以上】南海トラフ巨大地震における自家用車被害推計と車両支援の規模試算
https://www.japan-csa.org/blog/archives/13537

観光立国の防災は、外国人観光客の“帰国支援”まで考える段階へ

次の論点は、観光である。
山梨県、内閣府、観光庁、新潟県、長野県、静岡県などは、2026年7月2日、「大規模災害時における外国人観光客の超広域避難具体化研究会」を立ち上げた。富士山噴火を想定し、外国人観光客の避難や帰国支援について、ルート、移送方法、広報手段などを検討する取り組みだ。
背景には、中央日本四県による研究の積み上げがある。新潟県、長野県、静岡県、山梨県は、2025年9月に「大規模災害時における外国人観光客の超広域避難に関する研究」の最終とりまとめを公表していた。
観光立国の防災は、住民だけを守ればよい段階を超えた。富士山周辺、京都、北海道、沖縄、東京、大阪。人気観光地では、災害発生時に多数の外国人観光客が滞在している可能性がある。彼らは土地勘がない。日本語が読めないこともある。地震、噴火、津波、土砂災害の知識も国によって異なる。
だから必要なのは、多言語表示だけではない。
どこへ逃げるのか。誰が案内するのか。どの交通機関を使うのか。空港や港湾へどう接続するのか。宿泊施設、自治体、交通事業者、国、在外公館、旅行会社はどう連携するのか。
観光防災とは、観光地の評判を守るためのものではない。訪れた人の命を守り、地域が「安全に迎え、安全に帰す力」を持つための社会基盤である。インバウンド時代のレジリエンスは、歓迎のデザインだけでなく、非常時の帰路まで含めて設計される。

大規模災害時における外国人観光客の 超広域避難に関する研究報告書
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/122573/02_houkokusyo.pdf

研究会座長山梨県知事の冒頭挨拶
研究会の様子

災害医療は、知識だけでなく“判断を練習する”時代へ

災害時の医療現場には、完全な情報などない。
患者は次々に来る。人手は足りない。物資も限られる。通信が不安定になる。誰を優先するのか。どの情報を信じるのか。チームでどう共有するのか。現場では、教科書通りの正解だけでは動けない。
そこで注目したいのが、日本発の災害医療シリアスボードゲーム『uncri!!(アンクラ!!)』だ。スピカデザインが制作に携わる同作は、国際的なゲームアワード「Games for Change Awards 2026」の「Best Board or Tabletop Game for Impact」部門ファイナリストに選出された。災害医療をテーマにした日本発のシリアスボードゲームとして、日本人初の同部門ファイナリスト選出だという。
『uncri!!』は、災害医療・危機下の意思決定をテーマにした協力型ゲームだ。プレイヤーは、限られた情報、時間、資源の中で状況に対応し、判断を重ねる。チーム連携、優先順位の判断、情報共有の重要性を体験的に学ぶ設計になっている。開発には、国立健康危機管理研究機構 危機管理運営局 DMAT事務局の専門家も関わっている。
災害対応は、マニュアルを読むだけでは身につかない。
とくに医療や救急の現場では、迷う力、話し合う力、限られた条件で決める力が必要になる。
ゲームは、遊びではある。しかし、遊びだからこそ、失敗できる。試せる。話せる。緊張のなかで沈黙する前に、平時から判断の筋肉を鍛えられる。防災教育は、知識の暗記から、危機下の判断訓練へ広がっている。

日本発の災害医療ボードゲーム『uncri!!(アンクラ!!)』
https://www.birdsview.jp/ankura/

直下型地震で問われる「5秒」の価値——初動を自動化する防災技術

災害は、準備が整った時間に来てくれない。
2026年6月26日22時29分頃、山梨県東部・富士五湖を震源とする最大震度6弱の地震が発生した。気象庁は、この地震による津波の心配はないとしたうえで、揺れの強かった地域では家屋の倒壊や土砂災害などの危険性が高まっているとして、今後の地震活動や降雨への注意を呼びかけた。
南海電設は、この地震について、同社の緊急地震速報配信サービス『ProP biz』の配信状況を公表した。リリースによれば、震源地に近い企業の住所は震源から直線距離で約7kmだったが、受信端末から5秒の猶予秒数をもって発報できたという。
5秒。
短い。だが、ゼロではない。
身構える。頭を守る。机の下に入る。機械を止める。エレベーターや設備に制御信号を送る。施設内放送を鳴らす。生産ラインを一時停止する。病院や工場、商業施設、学校、物流施設では、数秒が人と設備を守る境目になることがある。
同社は、わずかな時間でも、受信端末の接点出力機能を使えば設備の自動制御が可能だとしている。
ここに、防災技術の重要な方向がある。
人が気づき、人が判断し、人が操作する。その前に、仕組みが自動で初動を始める。防災を人の努力だけに頼らず、建物や設備の中に組み込む発想だ。
直下型地震では、長い避難時間は期待できない。だからこそ、数秒を拾う。数秒を設計する。数秒を設備制御に変える。初動のメンテナンスとは、そういう技術である。

『ProP biz(プロップビズ)緊急地震速報配信サービス』
https://propbiz.jp/

防災は、災害後の生活を維持する“社会のメンテナンス”になる

今回見た四つの取り組みは、一見ばらばらに見える。
被災した車の支援。外国人観光客の超広域避難。災害医療を学ぶボードゲーム。緊急地震速報による初動制御。だが、根は同じだ。どれも「災害後に社会機能をどう維持するか」という問いに向き合っている。
防災は、かつて「備蓄」と「避難」が中心だった。もちろん、それはいまも重要だ。水、食料、トイレ、電源、避難経路、安否確認。基本の備えは欠かせない。
しかし、災害が大規模化し、社会が複雑化したいま、それだけでは足りない。被災後にも通院する人がいる。介護が必要な人がいる。仕事に戻る人がいる。観光客がいる。外国人労働者がいる。医療現場がある。物流がある。建物を維持する人がいる。地域経済がある。
つまり、防災は「止まった社会をどう動かし直すか」という課題になっている。
ここで必要なのは、平時からの接続だ。
車両支援のネットワークをつくる。観光地で避難と帰国のルートを決めておく。医療現場で判断訓練を重ねる。建物や設備に自動制御を入れる。自治体、企業、NPO、医療機関、交通事業者、観光事業者が、災害前から顔の見える関係をつくる。
災害は、突然来る。
しかし、回復力は突然生まれない。

「命を守る防災」から「暮らしを続ける防災」へ

地震国日本に必要な備えは、非常食や避難袋だけではない。
被災後の移動手段をどう確保するか。観光客をどう安全に帰すか。医療現場の判断力をどう育てるか。揺れが届くまでの数秒をどう使うか。これらはすべて、防災を「点」ではなく「面」で考えるための論点だ。
まずは「移動の備え」を考えたい。
車両支援を制度化し、自治体の公用車、企業の社用車、レンタカー、カーシェア、福祉車両を災害時にどう動かすか、平時から設計する必要がある。
次に「観光防災」という視点も必要になる。
観光地は、住民避難だけでなく、滞在者避難、帰国支援、多言語情報、交通接続までを含む危機管理計画を持つべきだ。観光は平時の産業であると同時に、非常時には人流管理の課題になる。
第三に「判断訓練」。
医療、介護、学校、自治体、企業では、災害時の「正解のない判断」を練習する仕組みが必要だ。シリアスゲームや机上訓練は、単なる研修ではなく、組織のレジリエンスを鍛える道具になる。
そして「初動の自動化」も進めなければならない。
地震速報、施設内放送、設備停止、エレベーター制御、避難誘導表示。数秒の猶予を使える施設は、被害を減らせる可能性がある。防災は、建物管理、設備管理、ビルメンテナンスの領域にも深く関わる。
防災は、命を守る入口である。
同時に、暮らし、観光、医療、仕事、地域経済を止めないための社会のメンテナンスでもある。
災害に強い社会とは、壊れない社会ではない。
壊れても、早く支え直せる社会だ。
そのためには、避難袋の中身だけでなく、社会の仕組みそのものを点検し、更新し続ける必要がある。
地震国日本の備えは、まだ完成していない。
だからこそ、メンテナンスできる。
移動をつなぎ、観光を守り、医療を支え、初動を速める。
防災は、これからもっと生活に近く、もっと実装的なものになる。

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