古賀 喜郎さん / 東急不動産株式会社サステナビリティ推進部 企画推進室 室長

人は到底自然なくして生活できるものではない

 そう語った渋沢栄一。自然に恵まれた人間都市江戸で生きてきた渋沢は、ヨーロッパで得た知見を加えた日本型の田園都市デザインとして、田園都市株式会社を通じ「田園調布」という新たな住宅都市をこの国に生み出した。
そして彼のこの自然都市哲学と街づくり会社を源流に持つ東急不動産だからこそ、他のデベロッパーとはひと味違った環境都市戦略を進めている。

― 渋沢栄一さんを起点にして今日に至るまで、東急不動産は、環境に対する思いがかなり深い企業ですよね。

古賀 その通りだと思います。私たちは、ありたい姿として「価値を創造し続ける企業グループ」を掲げ、2030年を目標とした長期ビジョン「GROUP VISION 2030」を策定しました。
そして多彩なライフスタイル、ウェルビーイングの街と暮らし、サステナブルな環境、デジタルの時代価値、多彩多様な人材が生きる組織風土、成長するガバナンスをマテリアリティに定めて取り組んでいる真っ最中です。
渋沢栄一と田園都市開発から始まり、東急不動産初代社長の五島昇の時代から国内外の都市開発を進めてきました。
その当時の象徴的な話ですが、太平洋のミクロネシア地域の島国パラオでリゾート開発を行った際に「現地のヤシの木よりも高い建物を建ててはいけない」といった自然と調和する建物建設にこだわり、今ではその自然と建物の調和がパラオの風景となりました。
「その土地にとって一番最適な建物を建てよう」という思いを今でも持ち続けています。
単にデベロップメントで一番効率の良い建物を建てるというよりも、そこで求められる建物を建てていきたい、街づくりをしていきたいという強い思いが東急不動産らしさなのではないかと思っています。

― 2000年代に入ってからは、都市づくりの中心に立つデベロッパーにとって「環境」への配慮が最優先される時代に変わりましたね。

古賀 田園調布の街づくりが1923年から始まっているので、2023年でちょうど100年が経過し、東急不動産の創設で70周年です。
この間たとえば1974年には、長野県蓼科で森との共生をテーマにしたリゾートタウンを形成しました。また先ほどもお話ししたパラオの環境保全型リゾート開発。東急不動産では1998年に環境理念を掲げており、早い段階から気候変動や生態系への配慮など自然環境を意識した人間空間づくりを行って来たと言えます。

― 現在力を入れている、再生可能エネルギーへの取組みはいつ頃からですか?

古賀 2012年に国として再生可能エネルギーの拡大を目指すべく固定価格買取制度「FIT」が始まり、それに呼応するように当社は2014年に再生可能エネルギー事業に参入しました。ちなみにその4年前の2010年には、愛知で開催された生物多様性COP10(生物多様性条約第10回締結国会議)のフェアに参画しています。
また直近のところでは、2019年に「気候関連財務情報開示タスクフォース」とも呼ばれるTCFD 気候変動開示(Taskforce on Climate-related FinancialDisclosures)の提言に賛同し、東急不動産の気候変動への取り組みの具体的開示をスタートさせました。
さらに使用する電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブ「RE100」にも加入し、2021年にはパリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標「SBT(Science Based Targets)」に沿った1.5℃目標を掲げています。

― まさに環境をキーワードに企業経営している。

古賀 「WE ARE GREEN」をグループの旗印とし、全社方針「環境経営」と「DX」を根幹に据えています。
2022年に中期経営計画を策定した際に、長期ビジョンの中で何を重点課題とするかを考え、「脱炭素社会」「循環型社会」「生物多様性」の3つを重点課題に据えました。

*世帯当たりの電力使用量4,743kWh/年を目安に算出(太陽光発電協会「表示ガイドライン2022年度」より) 
**環境省・経済産業省公表の『電気事業者別排出係数(2021年度実績)における一般送配電事業者のCO₂排出係数「435 g-CO2/kWh」( 沖縄電力㈱以外の全国平均係数)』を使用
※共同事業を含みます。※定格容量・CO2 削減量は持分換算前の値です。※総事業数・定格容量・ CO2 削減量にはルーフトップ等1事業(稼働済/開発中案件含む)を含みます。※ルーフトップ等の棟数には低圧バルクは含みません。※MWはパネル等容量で記載しています。

東急不動産の再生可能エネルギーですでに原子力発電所1基分以上の発電

「脱炭素社会」については再生可能エネルギーや省エネ推進、環境性能の高い商品やサービスも含まれ、「循環型社会」では廃棄物の削減や既存ストックの活用、地域との共生も捉えています。「生物多様性」は都市の緑化と地方の生態系の保全ということで、都市と地方の事業でいかに生物多様性と森林保全をしていくかが課題です。

― 日本人は大地震による電力供給の課題に直面しましたし、核融合の実現には未だ60年はかかるという話もあります。そういった意味でも再生可能エネルギーの社会ポテンシャルを高めることは極めて重要なことだとMaintainable®では考えています。

古賀 我々が2014年から推進している再生可能エネルギー事業ですが、現在は1,762メガワット(2024年1月末時点)になっています。

― 定格容量1,762メガワットというと、どのくらいの量のエネルギー発電をまかなえる計算なんですか?

古賀 一般家庭1世帯当たりの電力使用量が年間約4,743キロワットアワーと言われているので、それで計算すると約81.6万世帯分のエネルギーをまかなえる計算です。
かつこれらの再生可能エネルギーだと年間に約1,684,000トンのCO2量を削減できます。

― 東急不動産の再生可能エネルギーで、すでに原子力発電所1基分以上の発電を行っているわけだ……。

古賀 そういうことになりますね。全国津々浦々に太陽光発電所、風力発電所、バイオマス発電所を建築しており、2025年度の発電目標は2.1ギガワットです。

― 石油の採れないエネルギー貧国の日本ですが、再生可能エネルギー大国になれるのも夢ではない? もし今、渋沢さんが生きてたら、大喜びするでしょうね(笑)。

古賀 そうかもしれません(笑)。我々自身がエネルギーの需要家でありながら発電もしている。これはこれからのスタイルかもしれません。経済産業省からも「新エネ大賞」という評価をいただいております。

― 企業が自社発電をしてエネルギーを生活者とシェアしながら街づくりを行うというスタイルはかなり良いと思います。

古賀 自社の施設を全て再生可能エネルギーに切り替えるという形がとれるのは、弊社の中で発電所をたくさん持っているからです。
東急不動産の中で発電しているものはまだFIT の発電所が多いので、電力は基本的には電力会社に売電という形で行っています。
ですが、FIT の電気は「非化石証書」という環境価値を別取引できるという特徴があり、これらの自社の環境価値、非化石証書を発電所から取ってきて自社施設にトラッキングし、それらによって全量再生可能エネルギー切り替えを完了しているのです。

― 今回は小樽市のリエネ銭函風力発電所を訪問しましたが、その前に建設されていた松前町のリエネ松前風力発電所では、2018年、北海道全域で発生した長時間停電「ブラックアウト」の経験から、災害時にこの風力発電所から電力を送る「地域マイクログリッド」を設置したそうですね。

古賀 これらの風力発電所も太陽光発電所も地域との共生がテーマですから、災害時のエネルギーの自助共助も然り、農業者の方と一緒に行っている営農型太陽光発電「ソーラーシェアリング」も然り、みんなで一緒に循環型社会を作っていくための取組みなんです。

― 以前、埼玉の東松山でお伺いしたリエネソーラーファーム東松山にはTENOHA東松山というオシャレなカフェが併設されていました。あそこで頂いたオーガニックサラダがたいへん美味しかった!

古賀 ソーラーファームで収穫した野菜を、近接したカフェで調理してお出ししていますから、新鮮で美味しかったはずです(笑)!
ちなみに循環コミュニティということで言えば、ファッションブランドの競争で廃棄される衣料品をアップサイクルする仕組みを商業施設の中に組み込む「ニューメイクラボ」なども進んでいます。
このほか地方リゾートにおける森林保全ということで、東急リゾートタウン蓼科にある600ヘクタールほどの森林があり、その中の森林経営計画を進め、Jクレジットを発行し森林保全の見える化にも取り組んでいます。

東急不動産の再生可能エネルギー関連プロジェクト

東急不動産ホールディングスは環境先進企業として全社方針に「環境経営」を掲げ、「WE ARE GREEN」のスローガンや、太陽光、風力、バイオマスなど多様な事業活動を展開し、気候変動時代に対応している。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)

エネルギーと農業問題の両方を解決するための事業。12社のパートナー企業と連携しながら、最適な発電量確保に向けた検証や、作物生育データ収集・分析による営農実証などを行う「リエネソーラーファーム東松山太陽光発電所」を2022年12月に運転開始している。また、発電所近隣には、実証内容の説明や展示の他、カフェ機能も備えた「TENOHA東松山」をオープン。

リエネ松前風力発電所

タワーの高さ94メートル、ブレードを含めた全高は148メートルと、日本最大級の風車12基を採用している風力発電所。北海道で初めて、北海道電力ネットワークの「風力発電設備の出力変動緩和対策に関する技術要件」を満たし、蓄電池システムの利用により、安定した電力供給を可能にしている。地元の人々とさまざまな活動と連携を深め、地域活性化と災害に強い社会基盤整備に取り組んでいる。

リエネ行方太陽光発電所

日本有数の日射量地域である関東平野の霞ケ浦畔に位置するリエネ行方太陽光発電所。行方市の土地の有効活用立案から、FIT権利取得、売電開始まで東急不動産単独で推進。事業地内にあったソメイヨシノを移植対応し、運転開始後の交流スペースに植樹した。地元の小学生との官民連携イベントや、地域住民が気軽に立ち寄れる親しみのある発電所を目指している。

TENOHA(テノハ)

東急不動産が各地域の課題解決や活性化につなげていくことを目的とした地域共生取り組みの活動拠点・舞台となる施設。地域の資産・資源である既存施設の利活用や、環境配慮型建築を通じ、地域交流スペース、コワーキングスペース、カフェなども備えた「人・モノ・コトが育つ」場所を生み出すことを目指している。