★ここが重要!

★要点
北里大学が約3万4,000人の高齢者を最長12年間追跡した研究で、夏季の累積的な暑熱曝露が多い人ほど、認知機能低下のリスクが高いことが示された。一方、国立環境研究所の衛星データ解析では、2023~2024年に北半球中高緯度の陸域生態系によるCO₂の正味吸収量が顕著に減少していた。酷暑は、人間の健康と地球の炭素循環を同時に揺さぶっている。
★背景
2026年、気象庁は日最高気温40℃以上の日を新たに「酷暑日」と命名した。7月21日から28日までの8日間では、全国の観測地点で7日間にわたって酷暑日を記録。40℃は、もはや例外として扱うだけでは足りない。住宅、都市、医療、福祉、労働、森林管理を横断し、暑さから人と自然を守る仕組みを社会インフラとして整える段階に入った。

40℃を超える日が続く日本列島。暑さは誰の上にも平等に降り注いでいるように見える。しかし、受ける被害は平等ではない。
高齢者の脳。社会から孤立した人。冷房を十分に使えない家庭。炎天下で働く人。そして、これまで大気中の二酸化炭素を吸収してきた森林や土壌。
酷暑は、社会と生態系の中にある「弱い場所」を探し当て、そこから機能を壊していく。
北里大学と国立環境研究所が相次いで発表した研究成果は、猛暑を一時的な気象災害としてではなく、人間社会と地球環境の基盤を同時に揺さぶる構造的な危機として捉える必要性を示している。

40℃は、もう「特別な暑さ」ではない

気象庁は2026年4月、日最高気温40℃以上の日を「酷暑日」と定めた。
35℃以上の「猛暑日」だけでは、さらに過酷さを増す日本の夏を十分に表せなくなったからだ。40℃を超える気温が毎年のように観測される状況を受け、気象庁が一般から名称を募集。「酷暑日」が最も多くの支持を集め、正式に採用された。
そして7月、日本列島はその言葉が必要になった理由を突きつけられた。
7月21日は全国278地点で猛暑日、3地点で酷暑日を観測。22日は猛暑日298地点、酷暑日4地点、23日には酷暑日が7地点に増えた。21日から28日までの8日間のうち、酷暑日がなかったのは26日だけだった。
「今年も暑い」という季節の話ではない。
従来の住宅、学校、道路、鉄道、福祉施設、働き方が想定してきた温度域を、日本の夏が超え始めている。気象条件が変わったのなら、暮らしと社会の設計も変えなければならない。

暑さは、高齢者の「脳」に蓄積する

暑さによる健康被害と聞けば、まず熱中症を思い浮かべる。しかし、影響は急性症状だけにとどまらない可能性がある。
北里大学医学部公衆衛生学の引地博之講師らは、日本老年学的評価研究「JAGES」に参加した65歳以上の高齢者3万3,877人を、2010年から2023年まで最長12年間追跡した。
研究では、気温だけでなく湿度や日射も考慮した暑さ指数「WBGT」を使用。参加者が暮らす小学校区ごとの暑熱曝露と、認知機能低下との関連を分析した。
追跡期間中、全体の25.3%に当たる8,571人が認知機能低下を発症した。2年間の夏の暑さへの曝露が多い群では、少ない群と比べ、年間1,000人当たり約12人多く認知機能低下が生じるとの結果が示された。これは暑さと認知機能低下との関連を示す重要な知見だが、個々人について暑さだけが直接の原因だと断定するものではない。
さらに注目すべきは、暑さに対する弱さが年齢だけでは決まらなかったことだ。
65~74歳の前期高齢者では、既存疾患、社会的孤立、生活不活発といった複数の脆弱性が重なるほど、リスクが高くなる傾向があった。
75歳以上の後期高齢者では、精神疾患、骨折、排尿障害など、加齢に伴う疾患やけがが単独でも強い影響を示した。そこに社会的孤立や活動量の低下が重なることで、さらに弱い状態がつくられていた。
暑熱対策は、室温を下げれば終わる話ではない。
誰が独りで暮らしているのか。誰が冷房を使えていないのか。誰が外出できず、食事や水分を十分に取れていないのか。
暑さは医学の問題であると同時に、福祉と地域コミュニティの問題でもある。

森林や土壌も、暑さで呼吸を乱している

酷暑に弱いのは、人間だけではない。
国立環境研究所は、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」の観測データを使い、地表面から放出・吸収されるCO₂の量を解析した。
2024年、「いぶき」が観測した大気中CO₂濃度の年間増加量は3.5ppmに達し、観測史上最大となった。研究チームがその要因を調べたところ、主な原因は化石燃料由来の排出量が急増したことではなく、森林、草地、農地、土壌などを含む陸域生態系の正味のCO₂吸収量が減ったことにあった。
2023~2024年の2年間に、平年より追加的に大気中へ残ったと推定される炭素量は、熱帯地域で約22.2億トン、北半球中高緯度で約8.4億トン。北半球中高緯度だけで、陸域生態系全体の正味吸収量減少のおよそ4分の1を占めた。いずれも炭素換算の数値である。
熱帯地域の変動にはエルニーニョ現象が大きく影響していた。一方、北半球中高緯度の吸収量減少は、主として気温上昇に伴う生態系の変化によるものと分析された。
気温が上がると、植物の呼吸が増える。土壌中の有機物の分解も進み、CO₂の放出が増える。その一方、高温によって光合成が抑えられれば、植物が吸収するCO₂は減る。今回の研究では、森林火災による排出増加の影響は限定的だった。
暑くなるほど陸域生態系の吸収力が弱まり、大気中にCO₂が残る。CO₂が増えれば、地球はさらに暖まりやすくなる。
気候変動が、別の気候変動を呼び込む。炭素循環のフィードバックである。

GOSATから得られるカラム平均大気CO2濃度(いわゆるXCO2)のデータと「逆解析システム」と呼ばれる数値シミュレーションを組み合わせて、地球表面のCO2フラックスを推定。本研究では、大気モデルNICAMをベースとした逆解析システムNISMON-CO2を使用した。

猛暑は「気象災害」であり、「格差災害」でもある

同じ40℃でも、被害の大きさは同じではない。
断熱された住宅に住み、冷房を十分に使える人がいる。一方、断熱性能の低い古い住宅で、電気代を心配しながらエアコンを控える人もいる。
在宅勤務ができる人がいる。炎天下の建設、物流、警備、清掃、農業、設備点検に従事しなければならない人もいる。
近くに家族や医療機関がある人がいる。独居で、体調の変化に気づいてくれる人がいない高齢者もいる。
猛暑を「水分を取りましょう」「冷房を使いましょう」という自己管理の問題だけにすると、自力で対策を講じにくい人へ被害が集中する。
酷暑は、もともと存在していた住宅格差、所得格差、健康格差、地域格差を拡大する。気象災害であると同時に、格差災害なのだ。
必要なのは、住宅の断熱改修や日射遮蔽、学校や福祉施設の空調整備、街路樹や緑陰、水辺の回復、クーリングシェルター、そして高齢者への訪問型見守りを別々の政策として扱わないことだ。
福祉政策、住宅政策、都市政策、労働政策、気候適応政策を「命を守る一つのインフラ」として組み直す必要がある。

森を守ることと、人を守ることは同じ課題になる

人間の健康対策と、生態系の保全は別々のテーマに見える。
しかし、両者を弱らせている原因はつながっている。
都市の樹木や土壌は、日陰をつくり、水を蓄え、蒸発によって周囲の熱をやわらげる。森林は炭素を吸収し、水源を守り、洪水や土砂災害の危険を抑える。健全な自然は、人間社会を外側から支える装飾ではない。暑さに対する防御設備そのものだ。
ところが、高温と乾燥が進み、土壌が劣化し、森林の生育環境が悪化すれば、その防御力も落ちていく。
都市では街路樹を「落ち葉を出すもの」として減らし、地面を舗装する。山では担い手不足によって森林管理が滞る。河川や湿地をコンクリートで覆い、水が染み込む場所を減らす。
そうして自然の冷却機能を弱めた街に、さらに強い暑さがやって来る。
森林や土壌を健全に保つことは、生物多様性保全だけのためではない。地域の気温、水循環、炭素循環を支え、人間の命を守る気候適応策でもある。

我慢ではなく、暑さに壊されない社会をつくる

熱中症への対応では、デジタル技術の活用も始まっている。
国立環境研究所が中心となる研究プロジェクト「気候変動適応の社会実装に向けた総合的研究」は、日本医科大学などと「熱中症判定フリーアプリ」を開発した。
スマートフォンやタブレットから無料で利用でき、症状に応じた重症度の判断、応急処置、医療機関を受診する必要性を案内する。QRコードを使って、その後の状態を記録・追跡する機能も備える。
ただし、アプリは対策の一部にすぎない。
住宅の高断熱化。学校、避難施設、福祉施設の空調整備。高齢者へのアウトリーチ型支援。屋外労働の時間、休憩、服装、作業停止基準の見直し。街路樹、雨庭、水辺、土の地面を生かした都市の冷却。森林と土壌の健全性維持。
これらを組み合わせなければ、40℃時代を乗り越えることは難しい。
暑さへの適応だけでも足りない。陸域生態系のCO₂吸収力そのものが高温によって弱まる可能性が示された以上、温室効果ガスの排出削減を同時に進めなければ、社会が対策している間にも暑さの条件は悪化していく。
酷暑の時代に必要なのは、暑さに耐える精神力ではない。
人間の脳が傷つく前に。孤立した高齢者が倒れる前に。森林と土壌の呼吸が乱れる前に。
社会と地球の弱い場所を見つけ、壊れる前に手を入れること。
暑さ対策は、地球と人間社会を同時にメンテナンスする仕事になった。

環境再生保全機構(ERCA)環境研究総合推進費で実施されている戦略的研究開発課題「気候変動適応の社会実装に向けた総合的研究(S-24)」(プロジェクトリーダー:肱岡靖明 国立環境研究所 気候変動適応センター長)の研究一環として、「熱中症判定フリーアプリ」が開発された。

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