イネとコムギという異なる作物間で、遺伝子資源を融合することはこれまで困難とされてきた。しかし、東京都立大学、鳥取大学、国立遺伝学研究所の共同研究チームが、この課題に挑み、顕微授精法を用いてイネとコムギの交雑植物「イネコムギ」を作出することに成功した。これは、コムギにイネの遺伝子資源を導入できた世界初の成果で、農業や育種の新たな可能性を切り開くものとして注目されている。

顕微授精法で交雑不全を克服

顕微授精法とは、植物の花器官から配偶子(卵細胞と精細胞)を単離し、それらを電気的に融合させて受精卵を作出する手法。今回、研究チームはこの技術を用いて、イネとコムギという異なる亜科に属する作物間での交雑に成功した。イネとコムギの間で自然交配は不可能であり、これまでそれぞれの作物が持つ優良な遺伝資源を相互に利用することができなかった。しかし、顕微授精法を用いることで、これまでの交雑不全を克服し、新たな交雑植物「イネコムギ」を作り出すことに成功した。
研究チームは、コムギとイネの配偶子を任意の組み合わせで顕微授精法により融合させ、その結果得られたイネコムギのゲノム配列を解析した。その結果、イネコムギは、コムギの核ゲノムに加えて、イネとコムギのミトコンドリアゲノムを持つ細胞質雑種であることが明らかになった。また、解析した個体の一部では、コムギの核ゲノム内にイネの核ゲノムが一部残ったことも確認された。これは、イネの遺伝子資源がコムギに導入されたことを示す世界初の成果で、新たな育種技術としての可能性が期待されている。
ミトコンドリアは、植物において乾燥や低温、病原菌感染などの環境ストレスを感知するセンサーとして機能しており、イネコムギはコムギが持たない新たな形質を獲得している可能性が高い。今回の研究成果により、コムギとイネの遺伝資源が相互に利用できることが示され、これまでにない新たな作物の育成が可能になると考えられている。また、顕微授精法は、トウモロコシやパールミレット、サトウキビなどの多くの有用植物にも応用が可能で、今後、さらに多くの交雑植物が誕生することが期待される。
今回の研究は、イネとコムギという異なる作物間での遺伝子資源の融合が可能であることを示した世界初の成果となる。この技術が確立されることで、新たな育種技術が進展し、気候変動や人口増加による食糧危機への対応策にもなりうる。また、他の作物間での交雑植物の作出も視野に入れることで、農業の多様性がさらに広がり、新たな作物の誕生によって、持続可能な食糧生産への貢献が期待されている。


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