公益財団法人日本ナショナルトラスト(JNT)は、新たな文化遺産支援事業「地域遺産支援プログラム(トラスト・エール)」を開始した。全国の民間団体4者を採択し、2025年度から担い手の確保や資金調達、組織基盤の強化、まちづくりの課題解決など、専門家と連携しながら包括的な支援を行う。この取り組みにより、地域が自立的・持続的に文化遺産を守り、未来へ継承していくための仕組みづくりが進められる。

人口減少と文化遺産の存続危機
近年、日本各地の文化遺産が存続の危機に直面している。人口減少や過疎化が進む中、文化遺産の維持・管理を担う団体の人手や資金が不足し、放置や荒廃が進む事例が増えている。これらの文化遺産は、地域の歴史や伝統を伝える貴重な財産であり、観光資源としても価値が高い。しかし、地方財政の逼迫もあり、公的な支援だけでは十分な保全が難しいのが現状だ。
こうした課題に対処するため、JNTは従来の「文化遺産の所有・保護」から一歩進み、地域が主体となって遺産を守り活用できる体制を構築する支援に乗り出した。その具体策として創設されたのが「地域遺産支援プログラム(トラスト・エール)」だ。
自立した文化遺産の保全・活用を支える新プログラム
「地域遺産支援プログラム(トラスト・エール)」は、JNTが持つノウハウやネットワークを活用し、文化遺産を守る民間団体の自立的・持続的な運営を支援する仕組みだ。本プログラムでは、JNTがコーディネーターとして各団体の活動に伴走し、以下の支援を提供する。
・文化遺産の保存・活用に関するノウハウの提供
・企画立案や活動戦略の支援
・広報・情報発信のサポート
・市民啓発活動への協力
・専門家や支援組織との連携強化
また、助成金を直接支給するのではなく、各団体が自ら資金を調達する能力を高めることを目的としている。JNTは年間100万円を上限に、専門家の派遣を通じて資金調達や組織運営のノウハウを提供し、事業終了後も各団体が自立して活動を継続できる体制を整える。
2025年度の4つの採択団体、地域と社会全体で守る仕組みづくり。
初年度となる2025年度には、全国から4つの団体が採択された。それぞれが独自の文化遺産を対象に、地域と協力しながら持続可能な保存・活用の方法を模索する。
①NPO法人”矢中の杜”の守り人(茨城県つくば市北条地区):旧矢中家住宅(国の重要文化財)の保全と防災を組み合わせた取り組み。
②門脇家住宅等保存協力会(鳥取県西伯郡大山町所子集落):地域住民と連携した重要文化財・門脇家住宅の持続可能な活用。
③滝上ふるさと研究会(北海道紋別郡滝上町):千野家ハッカ釜を活用し、ハッカ文化の継承と地域振興を図る。
④東かがわ市引田 町家マッチングプロジェクト(香川県東かがわ市引田地区):歴史的町家の活用を通じた地域再生の推進。
これらの団体は、JNTと連携しながら各地域の課題に応じた活動を展開し、持続的な文化遺産の保全・活用モデルの構築を目指す。文化遺産の保全は、一部の団体や専門家だけでなく、地域住民や社会全体が関わることで初めて持続可能なものになる。近年、オーバーツーリズムによる文化遺産への悪影響も指摘されているが、地域が主体となり自立的に遺産を守ることで、観光資源としての価値を高めながら持続可能な活用が可能となるだろう。


■公益財団法人日本ナショナルトラストについて
JNTは、英国の環境保護団体である「ザ・ナショナルトラスト(The National Trust)」をモデルに「財団法人観光資源保護財団」として1968年に設立され、1992年に名称を「財団法人日本ナショナルトラスト」とし、その後2012年に公益財団法人となった。日本のすぐれた文化財や自然の風景地などを保全し、利活用しながら次の世代につなげていくことを目的に活動している。
設立以来50年以上にわたり、各地の自然・文化遺産の調査・保護やその価値の普及に取り組んでおり、現在は京都市指定有形文化財・駒井家住宅、東京都指定名勝・旧安田楠雄邸庭園、世界遺産・白川郷合掌造民家、歴史的鉄道車両トラストトレイン等を所有し、保存・活用しています。その活動は、地域の方々や会員・ボランティアをはじめとした方々の支援により行われている。