★ここが重要!

★要点
2026年7月15日、熊本市で開かれた「GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026」では、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)、資本連合、世界持続可能な開発のための経済人会議(WBCSD)、GRI基準を設定するグローバル・サステナビリティ基準審議会、第一生命グループ、国際標準化に関わる専門家が、自然関連情報開示の相互運用性について議論した。
会場で共有されたのは、すべての基準を一つに統一するという単純な構想ではない。
自然への影響を示すGRI。自然が企業の財務へ及ぼすリスクと機会を示すTNFD。企業の経営管理へ生物多様性を組み込むISO。企業の行動と指標を結ぶWBCSD。投資家向けの世界的な基準づくりを進めるISSB。
異なる目的を持つ仕組みを、共通の概念とデータによってつなぐ。
一度集めた自然情報を、報告相手ごとに何度も集め直すのではなく、異なる目的に再利用する。「一度測り、何度も使う」開示への転換である。

★背景
自然関連情報開示をめぐる枠組みは、急速に増えてきた。
TNFD、GRI、ISSB、SBTN、CDP、ISO、欧州サステナビリティ報告基準。さらに各国の法令や証券市場の規則が加わる。
企業にとっては、自然への対応を進める前に、どの基準へ、どのデータを、どの形式で報告するのかを調べるだけで大きな負担になる。
一方、自然はCO₂のように一つの単位へ置き換えにくい。
森林、川、湿地、土壌、海、草原。地域によって生態系も、企業が依存する自然の機能も異なる。現在の実績を測るデータと、将来のリスクを予測するデータも同じではない。
必要なのは、基準を増やすことではない。
異なる基準が同じデータを使い、企業、投資家、行政、市民が、それぞれの目的に応じて自然の状態を判断できる仕組みである。

会場のスクリーンに映し出されたのは、大きなジグソーパズルだった。
TNFD。
GRI。
ISSB。
ISO。
自然資本プロトコル。
CDP。
企業の情報開示や自然測定に関わる、多数の枠組みと組織。
線で結ばれた名称は、自然関連情報開示の現在地を表していた。
企業から見れば、複雑に絡み合った迷路にも見える。
どの基準を使えばよいのか。
同じ水使用量や生物多様性データを、基準ごとに集め直す必要があるのか。
10カ国で事業を展開する企業は、10通りの報告書をつくらなければならないのか。
2026年7月15日、熊本市で開かれたパネルディスカッション「ネイチャーポジティブな成果に向けた、基準・測定・指針の枠組みにおける相互運用性」。
登壇者たちが目指していたのは、ジグソーパズルのすべてのピースを同じ形に削ることではなかった。
ピースをつなぎ、一枚の絵として使えるようにすることだった。
自然関連開示は、報告書を増やすためにあるのではない。
どの自然に依存し、どの自然へ影響を与え、どこにリスクがあり、どこへ投資すべきか。
企業と金融機関が、より良い意思決定を行うためにある。
開示のために自然を測るのか。
自然を回復させるために、開示を使うのか。
熊本で問われたのは、その順序だった。

グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)副議長
グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)
待場智雄氏
オーストラリア規格協会
開発担当最高責任者
アダム・スティンゲモア氏
GNPS2026パネルディスカッション終了後、休憩時間の一コマ。
地元熊本のお抹茶が振る舞われ、大勢の参加者が楽しみながらひと息ついた。

TNFDは「車輪を再発明しない」ことから始まった

自然関連財務情報開示タスクフォース、TNFDのトニー・ゴールドナー氏は、TNFDが2021年後半に活動を始めた際、最初に決めた方針を紹介した。
新しい仕組みを、すべてゼロからつくらない。
すでに存在する優れた考え方、ツール、指標を使う。
いわゆる「車輪の再発明」を避けるという判断だった。
TNFDのLEAPアプローチの中心には、資本連合が開発した「自然資本プロトコル」の考え方がある。
企業が、どの自然に依存しているのか。
事業活動が、自然へどのような影響を与えているのか。
その依存と影響が、事業のリスクや機会へどのようにつながるのか。
自然資本プロトコルが整理してきた経路を、TNFDは財務情報開示へ接続した。
水、廃棄物、汚染などの指標では、GRIやCDPの蓄積を活用した。報告書の構成では、気候関連財務情報開示タスクフォース、TCFDの考え方を引き継いだ。
TNFDは、他の枠組みを置き換えるために生まれたのではない。
既存の枠組みをつなぎ、企業と金融機関が自然関連のリスクと機会を把握できる形に組み直す試みだった。
TNFDとGRIが共同で公開している相互運用性マッピングでは、両者の開示項目と指標の高い整合性が示されている。企業が同じ自然情報を、異なる目的の報告へ使えるようにするための対応表である。

自然関連財務情報開示タスクフォース
CEO
トニー・ゴールドナー氏

40の方法を一つのプロトコルへ

資本連合のマーク・ゴフ氏は、自然資本を測る手法が増え、再び統合へ向かっている歴史を説明した。
2012年ごろ、自然資本を評価する方法は世界に約40存在していたという。
企業ごと、研究機関ごと、コンサルティング会社ごとに異なる方法が使われれば、結果を比較できない。
そこで約4年をかけ、関係者を集め、考え方を整理した。2016年にまとめられたのが、自然資本プロトコルだった。
しかし、統合されれば終わりではない。
新しい課題が見つかれば、新しい組織、新しい指標、新しいツールが生まれる。試行錯誤が進めば、再び仕組みが増える。そして一定の段階で、統合や合併が必要になる。
ゴフ氏は現在を、自然関連の測定や評価をめぐる「統合・合併の時期」と表現した。
ハーバード大学で進められてきたインパクト加重会計や、企業の社会・環境価値を測るValue Balancing Allianceなどの知見も、共通の仕組みへ組み込まれ始めている。
2030年から2033年ごろには、現在よりも統合が進むだろう。
ただし、その後には次の課題に答える新しい仕組みが生まれる。
基準づくりは、最終的な一つの答えへ向かう直線ではない。
社会が新しい問題に気づき、分化と統合を繰り返す循環なのだ。

資本連合
CEO
マーク・ゴフ氏

GRIとTNFDは、同じ自然を異なる方向から見る

自然関連情報開示を理解する上で重要なのが、GRIとTNFDの違いである。
GRIは、企業や組織が環境、人、社会、経済へどのような影響を与えているかを開示するための基準だ。
企業から自然を見る。
工場の操業が、地域の水や森林へどのような影響を与えるのか。
原材料の調達が、生物多様性や地域社会へ何をもたらすのか。
外側へ向かう影響の視点である。
一方、TNFDが重視するのは、自然に関する問題が企業の財務へどのようなリスクと機会をもたらすかだ。
自然から企業を見る。
水不足によって工場が停止する。
森林劣化によって原材料価格が上がる。
生態系の変化が、観光や農業の収益を損なう。
自然の変化が、企業価値へ戻ってくる経路である。
二つは競合するものではない。
自然に対する企業の影響と、自然から企業が受ける影響。
両方を見ることで、企業と自然の関係を立体的に捉えられる。
GRIとTNFDは2024年、両者の開示項目を対応させる相互運用性マッピングを公開した。GRI 101「生物多様性2024」でも、自然関連課題を特定・評価する方法としてTNFDのLEAPアプローチが参照されている。
報告を二度行うのではない。
一つの自然データを、異なるレンズを通して利用する。
目指しているのは、「一度報告し、複数の目的へ使う」状態である。

相互運用性とは、同じ基準にすることではない

相互運用性という言葉は、分かりにくい。
英語ではinteroperability。
異なるシステムや仕組みが、互いに情報を受け渡し、連携して使える状態を意味する。
自然関連情報開示の場合、すべての基準を一つに統一することとは違う。
投資家が必要とする情報。
行政が必要とする情報。
地域住民が必要とする情報。
企業が自社の戦略を決めるための情報。
目的が異なれば、必要な見せ方も異なる。
たとえば、ある工場が使用する水の量は一つだ。
その水使用量を、地域の水資源へ与える影響としてGRIで説明できる。
水不足が工場の操業へ与える財務リスクとして、TNFDで説明することもできる。
企業の環境管理プロセスとして、ISOの仕組みに組み込むこともできる。
同じ基礎データを、目的の異なる報告へ使う。
相互運用性とは、すべてを同じにすることではない。
違う目的を持つ仕組みが、同じ事実を共有できる状態をつくることだ。

「10カ国で10通りの開示」は避けられるか

第一ライフグループの秀島弘高氏は、投資家と情報開示を行う企業の両方の立場から、相互運用性の重要性を語った。
国際的な枠組みが共通化しても、企業が実際に直面するのは、各国の法律や規制である。
10カ国で事業を行う企業が、国ごとに全く異なる10通りの報告書をゼロからつくる。
それが、企業にとって最も負担の大きい状態だ。
理想は、一つの情報開示ですべての国に対応できること。
現実には、世界共通の部分を一度作成し、各国固有の要求だけを追加する形になるだろう。
世界的な共通基準は必要条件である。
しかし、それだけで十分ではない。
各国の規制が、どの程度その共通基準を採用し、どの部分を独自に変更するのかが、企業の負担を左右する。
会場で行われた投票でも、将来の開示制度について最も多かったのは、地域ごとの義務的規則と自主的な枠組みを組み合わせるという予想だった。
世界で完全に同じ制度が、同じ時期に導入されるわけではない。
世界共通の土台と、地域ごとの調整。
二層構造が現実的な姿となる。

第一ライフグループ
グローバルインテリジェンスユニット
兼サステナビリティユニット
フェロー
秀島弘高氏

日本はTNFDの採用で世界をリードする

トニー・ゴールドナー氏は、日本について、サッカーのワールドカップであれば「決勝に進出する位置にある」と表現した。
自然関連情報開示への対応が、世界でも特に進んでいるという意味だ。
会場での説明によると、TNFD採用を表明した日本企業・金融機関は約235組織。TNFDへの正式な採用表明とは別に、AIを使って実際の公開報告を調査したところ、TNFDに沿った報告を行っている日本企業は約250社に達する可能性があるという。
公式情報でも、日本はTNFD採用組織数が世界最多の国とされている。
先行することには、二つの意味がある。
一つは負担だ。
まだ方法が固まっていない段階で、データを集め、社内体制を整えなければならない。
もう一つは競争力である。
自然関連情報の把握が、将来の規制や金融判断の基礎になるなら、早く取り組んだ企業ほど、調達先、事業拠点、投資先のリスクを早く理解できる。
自然関連開示は、報告書づくりの競争ではない。
自然の変化に耐えられる事業へ、どれだけ早く転換できるかという競争でもある。

開示を、経営戦略を説明する機会へ

情報開示を、規則に従うための作業としてだけ捉えると、企業の負担は増える。
この項目を埋める。
別の基準の表へ転記する。
前年と同じ形式で文章をつくる。
報告書を期限までに提出する。
それだけでは、自然は回復しない。
第一ライフグループの秀島氏は、開示をコンプライアンス作業としてではなく、自社の経営戦略を説明する機会として捉える必要性を指摘した。
自社は、どの自然に依存しているのか。
その自然が失われれば、事業へどのような影響が出るのか。
自然への負の影響を、どのように減らすのか。
自然の回復によって、どのような新しい価値を生み出すのか。
経営の中に自然への明確な考え方があれば、報告書はその戦略を外部へ伝える手段になる。
反対に、経営戦略がなければ、どの基準を使っても、開示は数字と文章を並べる作業で終わる。
開示の質は、表現の巧さでは決まらない。
その企業が、自然について何を決め、何を変えたかによって決まる。

「報告の視点」から「重要性の視点」へ

WBCSDのクレア・カスケ=クック氏は、企業が「報告のレンズ」から「重要性のマインドセット」へ移る必要があると語った。
どの項目を開示するか。
どのページに書くか。
どの指標へ対応するか。
そこから出発するのではない。
長期的な事業の回復力、業績、価値創造へ、最も大きな影響を与える自然関連課題は何か。
まず、それを特定する。
食品企業であれば、農地、土壌、水、受粉する昆虫かもしれない。
建設会社であれば、土地利用、森林、河川、都市の緑地かもしれない。
金融機関であれば、投融資先を通じた世界各地の自然への影響となる。
企業によって、重要な自然は異なる。
WBCSDは、企業が自然への依存、影響、リスク、機会を把握し、優先すべき行動と指標を探せる「Nature Action Portal」を公開している。100社を超える企業との協働によってつくられ、主要な自主基準と規制の枠組みに対応した指標を探せる仕組みだ。
すべての自然情報を、同じ深さで集める必要はない。
重要な場所と課題を見つけ、そこへ人、資金、測定を集中する。
相互運用性は、報告負担を減らすだけではない。
企業が本当に重要な自然課題へ集中するための仕組みでもある。

持続可能な開発のための世界経済人会議
パートナーシップ&ステークホルダー・エンゲージメント
担当ディレクター
クレア・カスケ=クック氏

自然を測る共通の土台をつくる

企業が同じ自然を異なる方法で測れば、結果を比較できない。
ある企業は、森林面積を測る。
別の企業は、確認された生物種の数を測る。
別の企業は、自然再生活動へ使った金額を報告する。
いずれも意味はある。
しかし、その数字が自然の状態改善を示しているとは限らない。
木を植えた本数が増えても、生態系が回復したとは限らない。
保全費用が増えても、自然への負の影響が減ったとは限らない。
そこでWBCSDやNature Positive Initiativeなどが進めているのが、「Nature Measurement Protocol」の開発だ。
新たな報告基準を一つ増やすのではない。
複数の基準が共有できる、自然測定の基礎をつくる。
何を、どの方法で、どの範囲まで測るのか。
自然の状態を示す指標と、企業の行動を示す指標をどう区別するのか。
測定結果の信頼性を、どう確認するのか。
温室効果ガス排出量を測るGHGプロトコルのように、自然についても科学に基づく共通の測定方法を整えようとしている。
Nature Positive Initiativeが2026年に公開した測定ガイダンス案では、自然の状態を示す指標を、自主的な評価や情報開示だけでなく、規制対応、企業戦略、目標設定、進捗管理へ利用することが想定されている。
測定は、報告の最後に行う作業ではない。
戦略を決める前に、自然の現在地を知るための作業になる。

自然は、CO₂ほど単純ではない

自然関連開示の標準化には、気候変動とは異なる難しさがある。
CO₂は、どこで排出されても同じ温室効果ガスだ。
排出量を二酸化炭素換算し、一つの単位で合計できる。
自然は違う。
1ヘクタールの森林を失い、別の場所へ1ヘクタールの木を植えれば、同じとは限らない。
古い天然林。人工林。湿地。草原。サンゴ礁。農地。
同じ面積でも、暮らす生きもの、地域社会との関係、水や土壌への働きは異なる。
自然には、場所がある。
歴史がある。
地域固有の生態系がある。
ISO 17298は2025年、生物多様性を組織の戦略と業務へ組み込むための初の国際規格として発行された。組織の規模や業種を問わず、自然への依存と影響を理解し、具体的な行動へつなげる枠組みを示している。
ただし、ISOも世界中の自然を一つの数値へ変えるものではない。
共通化するのは、考え方と手順。
測る対象と目標は、地域の自然に合わせなければならない。

実績値と将来予測を混ぜない

自然データについては、「データが足りない」という意見と、「データが多すぎる」という意見が同時に聞かれる。
第一ライフグループの秀島氏は、この混乱を整理する方法として、実績値と将来予測値を分けて考えることを提案した。
実績値は、現在や過去に起きたことを示す。
どれだけの水を使ったか。
どの土地を改変したか。
どの生態系へ影響を与えたか。
どの自然へ依存しているか。
TNFDのLEAPでいえば、自然への依存と影響を把握する段階では、すでに利用できるデータも少なくない。
一方、リスクと機会には将来予測が入る。
気候変動で水不足はどう変わるのか。
生物多様性規制はどこまで強化されるのか。
自然の劣化によって、原材料価格はどう変化するのか。
将来予測は、前提によって結果が変わる。
一つの正解ではなく、複数のシナリオが必要になる。
実績値を予測のように扱わない。
予測値を確定した未来のように扱わない。
二つを分けて示すことが、自然関連開示への信頼を高める。

CFOが納得する「監査できる数字」へ

自然の価値を、美しい物語だけで語っても、企業の投資判断には入りにくい。
一方、自然を一つの数字へ無理に置き換えれば、地域固有の価値を失う。
パネルでは、財務責任者、CFOが判断できる数字の必要性が議論された。
測定の方法が明確であること。
同じ条件で測れば、同じ結果に近づくこと。
使用したデータを追跡できること。
第三者が検証できること。
将来、監査の対象にできること。
国際規格の役割は、企業へ特定の結論を押しつけることではない。
数字がどのようにつくられたのかを確認できる「信頼の構造」をつくることにある。
ISO 14001などの環境マネジメント規格は、目標を決め、実行し、結果を確認し、改善する管理の手順を企業へ根づかせてきた。
ISO 17298も、自然への依存と影響を把握し、優先順位を定め、行動し、見直す経営管理の仕組みとして利用できる。
数字と物語は、対立するものではない。
数字が変化を示す。
物語が、その意味を説明する。
企業に必要なのは、監査できる数字によって支えられた、信頼できる物語である。

デジタル化とAIは、報告負担を減らせるか

自然関連データは、量も種類も多い。
衛星画像。生物の観測記録。水使用量。土地利用。
サプライチェーン。工場や店舗の位置情報。法規制。過去の環境影響評価。
これらを手作業で集め、基準ごとに整理すれば、大きな費用と時間がかかる。
パネルでは、デジタル化とAIによって、2030年までに多くの企業が自然関連データを日常的に収集するようになるとの期待が示された。
すでにTNFDは、企業が公開した報告書をAIで調査し、TNFDに沿った情報開示が実際にどの程度行われているかを分析している。
AIは、異なる報告書から共通項目を探す。
複数の基準へデータを振り分ける。
不足項目を知らせる。
過去との変化を分析する。
技術が進めば、以前は数日かかった整理作業を、短時間で行える可能性がある。
だが、AIは自然データの質を自動的に保証しない。
間違った位置情報。
古い生物データ。
推定値と実測値の混在。
地域の自然を反映しないモデル。
入力が不正確なら、出力も不正確になる。
AIが報告書を速くつくれる時代ほど、何を、誰が、どの方法で測ったのかが重要になる。

2030年、任意開示から制度へ

自然関連情報開示は、企業の自主的な取り組みから、制度へ移る過程にある。
昆明・モントリオール生物多様性枠組の目標15は、特に大企業、多国籍企業、金融機関に対し、自然への依存、影響、リスクを定期的に評価し、透明性を持って開示するための法的、行政的、政策的措置を各国へ求めている。
パネルでトニー・ゴールドナー氏が2030年までの重要な目標に挙げたのも、この目標15の実現だった。
自主的なTNFDの取り組みを、ISSB、GRI、ISOなどと連携させ、各国の義務的な制度へつなげる。
その動きは、すでに始まっている。
国際サステナビリティ基準審議会、ISSBは、TNFDの提言や指標を基礎に、自然関連開示の基準設定を進めている。2026年10月には、自然関連情報開示に関するIFRS実務記述書案を公開し、意見募集を行う予定だ。
自然関連情報開示は、任意で先進企業だけが行うものから、事業を続ける企業に求められる共通の経営情報へ移ろうとしている。

相互運用性は、地域性を消すことではない

世界共通の基準をつくることには、大きな意味がある。
企業を比較しやすくなる。
投資家は、一貫した情報を得られる。
国ごとに報告書をつくり直す負担を減らせる。
だが、共通化を進め過ぎれば、自然の地域性を失う危険もある。
北海道の森林と、沖縄のサンゴ礁。
熊本の地下水と、瀬戸内海の藻場。
都市の小さな緑地と、広大な熱帯林。
同じ指標だけでは評価できない。
世界共通の基礎項目を持ちながら、地域固有の生態系、文化、産業、住民の知識を加える。
相互運用性とは、すべての自然を同じ形にすることではない。
共通の言葉を持ちながら、地域ごとの違いを説明できる状態をつくることだ。
会場の投票で、世界共通の義務的要件よりも、地域別の義務的・自主的ルールの組み合わせが多く選ばれたことは、その現実を映している。

「一度測り、何度も使う」ための条件

自然関連情報の相互運用性を実現するには、少なくとも五つの条件がある。
第一は、共通の概念。
依存、影響、リスク、機会、自然の状態など、同じ言葉を同じ意味で使う。
第二は、共通の基礎データ。
水、土地、生態系、種、汚染などの情報を、一度収集し、複数の目的へ利用できる形で管理する。
第三は、実績と予測の区別。
測った事実と、前提に基づく将来シナリオを混ぜない。
第四は、検証可能性。
データの出所、測定方法、計算過程を明らかにし、第三者が確認できるようにする。
第五は、地域への翻訳。
世界共通の基準を、地域の生態系、法制度、文化、産業に合わせて使う。
一度測ることは、測定を一度だけ行うという意味ではない。
自然は変化する。
継続して測り、変化を追い、行動を見直す必要がある。
一度つくったデータの仕組みを、開示、経営、投資、調達、地域との対話へ繰り返し使う。
それが「一度測り、何度も使う」という意味である。

報告書を減らし、自然への行動を増やす

相互運用性の目的は、きれいな報告書をつくることではない。
企業が、同じデータを何度も集める時間を減らす。
異なる基準を照合する費用を減らす。
その分の人材と資金を、自然への行動へ振り向ける。
水使用量を開示した後、工場の水利用をどう変えるのか。
生物多様性への影響を特定した後、調達先や開発計画をどう見直すのか。
森林への依存を把握した後、地域の管理者をどう支えるのか。
報告の価値は、開示した項目数では決まらない。
開示によって、企業の判断と行動が変わったかどうかで決まる。
WBCSDが指摘するように、自然情報が財務情報と同じ厳格さで扱われ、戦略、リスク管理、投資、事業運営へ使われることが重要だ。
自然関連開示は、CSR報告書の一章ではない。
企業が将来も事業を続けられるかを考える経営情報である。

自然を測ることから、自然を回復させることへ

自然の状態を、完全に一つの数字へ置き換えることはできない。
それでも、測らなければ変化に気づけない。
測り方がばらばらなら、企業や地域を比較できない。
比較できなければ、投資や政策の効果も検証できない。
だから、共通のものさしが必要になる。
ただし、そのものさしは、自然の価値を単純化するためのものではない。
何が失われているのか。
どの企業活動が影響しているのか。
どこへ手を入れれば回復するのか。
社会が同じ事実を見て、対話を始めるための道具である。
TNFD。GRI。ISSB。ISO。WBCSD。自然資本プロトコル。
それぞれの仕組みには、それぞれの役割がある。
自然への影響を見る。
財務リスクを見る。
組織の管理を見る。
企業の行動を見る。
投資家が必要とする情報を見る。
重要なのは、どれか一つを選び、他を捨てることではない。
同じ自然を、異なる角度から見ながら、同じ方向へ進むことだ。
一度測り、何度も使う。
何度も報告するのではなく、何度も行動を改善する。
自然関連情報開示の相互運用性が目指すのは、報告書の統合だけではない。
企業、金融、行政、地域が、自然の回復へ向けて動くための共通言語をつくることである。
自然のものさしは、一つになれるか。
答えは、一つの数字に統一することではない。
異なるものさしが、同じ自然の変化を説明できる状態をつくることだ。
そして、その数字を行動へ変えること。
ネイチャーポジティブは、測定した瞬間には実現しない。
測った後に、何を変えたかによって決まる。

【パネルディスカッション概要】

■開催日時
2026年7月15日 9時45分~10時30分
■タイトル
「ネイチャーポジティブな成果に向けた、基準・測定・指針の枠組みにおける相互運用性」
■登壇者
・自然関連財務情報開示タスクフォース
 トニー・ゴールドナー氏
・資本連合
 マーク・ゴフ氏
・持続可能な開発のための世界経済人会議
 クレア・カスケ=クック氏
・グローバル・サステナビリティ基準審議会
 待場智雄氏
・第一ライフグループ
 秀島宏弘氏
・モデレーター
 EY アレクシス・ガッゾ氏

主な参考情報

■GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026
https://www.naturepositive.org/events/summit/

■TNFD・GRI相互運用性マッピング
https://tnfd.global/publication/interoperability-mapping-between-the-gri-standards-and-the-tnfd-recommended-disclosures-and-metrics/

■GRI・TNFD「生物多様性報告を容易にする相互運用性資料」
https://www.globalreporting.org/news/news-center/gri-and-tnfd-make-reporting-on-biodiversity-easier/

■WBCSD Nature Action Portal
https://www.wbcsd.org/nature-action-portal/

■Nature Measurement Protocol
https://www.naturepositive.org/news/latest-news/global-nature-and-sustainable-business-organizations-agree-to-develop-a-nature-measurement-protocol/

■ISO 17298:2025
https://www.iso.org/standard/17298

■昆明・モントリオール生物多様性枠組・目標15
https://www.cbd.int/gbf/targets/15

■ISSB「自然関連情報開示」プロジェクト
https://www.ifrs.org/projects/work-plan/biodiversity-ecosystems-and-ecosystem-services/

FAQ

Q. 自然関連情報開示とは何ですか?
A.企業が自然へ与える影響、自然への依存、自然の変化によって生じるリスクや機会などを、投資家、行政、取引先、市民へ説明する取り組みである。

Q. TNFDとは何ですか?
A. 自然関連財務情報開示タスクフォースの略称である。企業や金融機関が自然への依存、影響、リスク、機会を把握し、経営や財務情報開示へ組み込むための提言と指針を提供している。

Q. GRIとTNFDは何が違うのですか?
A. GRIは、企業が自然や社会へ与える影響の開示を重視する。TNFDは、自然関連課題が企業の財務、事業、投資へ与えるリスクと機会を重視する。二つは補完関係にある。

Q. 相互運用性とは何ですか?
A. 異なる基準やシステムが、共通のデータや概念を使って連携できる状態である。自然関連開示では、一度収集した情報をGRI、TNFD、ISOなど複数の目的へ使えるようにすることを意味する。

Q. 相互運用性が進むと、企業にはどのような利点がありますか?
A. 同じ自然情報を基準ごとに集め直す負担を減らせる。報告の重複を抑え、自然への対策、投資、調達改善などへ人材と資金を振り向けやすくなる。

Q. 自然を一つの共通指標で測ることはできますか?
A. 完全に一つの指標へ置き換えることは難しい。自然は地域、生態系、種、歴史によって異なるためだ。共通化できる測定手順や基礎指標と、地域固有の指標を組み合わせる必要がある。

Q. 実績値と将来予測値は、なぜ分ける必要がありますか?
A. 実績値は、実際に起きた水使用、土地改変、自然への影響などを示す。将来予測値は、前提やシナリオによって変わる。二つを混ぜると、情報の確実性を誤解させる可能性がある。

Q. ISO 17298とは何ですか?
A. 組織が生物多様性への依存と影響を理解し、自然を経営戦略や日常業務へ組み込むための国際規格である。2025年に発行された。

Q. 自然関連情報開示は将来、義務化されますか?
A. 昆明・モントリオール生物多様性枠組の目標15は、特に大企業、多国籍企業、金融機関について、自然への依存、影響、リスクを評価・開示する制度の導入を各国へ求めている。具体的な義務や時期は国・地域によって異なる。

Q. 自然関連開示で最も重要なことは何ですか?
A. 報告書を作成すること自体を目的にしないことだ。測定した情報を、経営戦略、投資、調達、事業運営、自然の保全・回復へ反映し、継続的に結果を確認する必要がある。

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