地域の風土と人の知恵が織りなす「農」のかたち——島根県奥出雲町の伝統的農業が、「日本農業遺産」に認定されてから5年が経つ。日本古来の製鉄法「たたら製鉄」を起点に築かれた独自の資源循環型農業が今、映像で語りはじめている。日本の農業が抱える課題に対し、持続可能なヒントを投げかける奥出雲の挑戦に注目が集まる。

農の価値を次世代につなぐ「日本農業遺産」とは?

「日本農業遺産」は、農林水産省が2016年度に創設した制度だ。国連食糧農業機関(FAO)が主導する「世界農業遺産(GIAHS)」の国内版として位置づけられ、食料の安定供給や地域の生計維持に加え、農業生物多様性、伝統知識、文化的景観、自然災害へのレジリエンス、多様な主体の関与、6次産業化の推進といった8つの認定基準を満たす地域の農林水産業システムが対象になる。
認定の条件は厳格で、単なる特産品の存在や観光資源としての価値ではなく、100年以上にわたって継続されてきた伝統的な農の営みであることが前提で、現代社会における持続可能性、地域内資源の循環利用、文化や景観との結びつきが深く評価される。
2025年現在、日本農業遺産は全国で28地域が認定されており、それぞれの地域が持つ独自の知恵と工夫が、未来の農業像を考える手がかりとして注目されている。また、いくつかの地域はさらに「世界農業遺産」へと発展し、グローバルな農業文化の保全にも貢献している。

たたら製鉄の山が、仁多米を生んだ、奥出雲の循環型農業。

その中でも、島根県奥出雲町の「たたら製鉄に由来する資源循環型農業」は、鉄と米、そして文化の融合による特異なシステムとして知られている。平成31年2月に日本農業遺産として認定されたこの地域は、中国山地の山間部に位置し、古くから「たたら」と呼ばれる砂鉄精錬技術が盛んに行われてきた。
たたら製鉄では、山を削って砂鉄を採取するために水路やため池が整備される。鉄の採掘が終わった土地は、次第に棚田へと姿を変えていった。この過程で培われた水利技術や土地改良の知恵が、稲作を可能にし、「仁多米」と呼ばれる日本有数のブランド米を育てる土壌を形づくったのである。
さらに17世紀には農耕や運搬のために改良された和牛の知見を応用し、「奥出雲和牛」や「仁多牛」の畜産が発展。牛ふんと山草を堆肥にして土壌改良を行い、棚田での稲作に活用した。林業では、製鉄に必要な薪炭林を30年周期で伐採・再生し、現在ではシイタケ栽培にも利用されている。また、水田畔に棲むハナバチ類が在来ソバの受粉を促進し、全国的に知られる「出雲そば」の文化もこの地で根付いた。
棚田の中には、かつての鉄穴流し(かんなながし)と呼ばれる砂鉄採掘技術の残丘が神木や墓地として祀られ、日本人の宗教観と農の営みが交差する独特の景観を形成している。自然と共に生きる知恵と祈りが、風景そのものに刻まれている。

映像で伝える奥出雲の営み、「たたらの恵み」を次代へ。

奥出雲町では、こうした資源循環型農業の価値を国内外に発信するため、イメージ映像を新たに製作・公開している。YouTubeで配信されているこの約26分の大作プロモーション映像「奥出雲の農業遺産」は、奥出雲の農業遺産を題材に、奥出雲の四季や生き物、自然と共生する農林畜産業、特に、稲作、和牛飼育、木炭生産、原木シイタケやソバ栽培など代々受け継がれてきた農業と里山の景観、たたら製鉄の操業を映像に収めたものだ。
映像は単なるPRではなく、奥出雲の美しい景観とともに地域に受け継がれてきた「農の知恵」と「文化的景観」を、次世代につなぐ優れたイメージドキュメンタリーにもなっている。
現代日本の農業は、後継者不足や耕作放棄地の拡大、環境負荷の問題など、さまざまな課題に直面している。そうした中で、奥出雲のように「土地・水・森林・動物・人間」が連関しながら持続可能な循環を実現している事例は、未来の農業のひとつの指針とも考えられる。
奥出雲が示すのは、かつての伝統をただ守るのではなく、現代の技術や社会と結びつけながら新たに価値を生み出す「生きた遺産」としての農業の可能性だ。鉄とともに育まれた米と文化が、日本の未来を耕そうとしている。

日本農業遺産について
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/giahs_1_2.html

島根県奥出雲町ホームページ
https://www.town.okuizumo.shimane.jp/www/contents/1747726373153/index.html