
★要点
サンクゼールが管理する「サンクゼールの森」で、鳥類・昆虫・カエルなどの鳴き声を収集するICレコーダーを設置し、AI解析に活用する音響データの取得を開始した。長野県内の自然共生サイトで、この国立環境研究所らの共同研究に基づく観測が始まるのは初めてだ。
★背景
ネイチャーポジティブの時代、守るだけでは足りない。自然共生サイトやOECMを広げるなら、継続的に“どう変化しているか”を測る仕組みが要る。音響観測とAIは、その監視コストを下げ、企業の森を「保全地」から「学習するフィールド」へ変える可能性を持つ。
森を守るとは、木を残すことだけではない。そこに、どんな鳥が戻り、どんな虫が減り、どんな季節変化が起きているかを知り続けることでもある。サンクゼールが長野県信濃町で管理する「サンクゼールの森」で始まったのは、“聞き続ける保全”だ。ICレコーダーで環境音を集め、AIが生き物の気配を読み解く。企業が持つ森が、CSRの象徴から、科学的な観測拠点へ変わろうとしている。
自然共生サイトは、認定で終わらない。必要なのは「測る力」
サンクゼールの森は、長年の森林保全活動が評価され、2025年12月に地域生物多様性増進法に基づく「自然共生サイト」として認定された。サンクゼールの説明では、2014年から信州大学教育学部森林生態学研究室と連携し、植生調査や森林整備、定点調査を継続してきたという。
自然共生サイトは、環境省が進める30by30の流れの中で、生物多様性保全に資する区域を増やしていく制度だ。だが、区域を増やすだけでは生態系の変化は見えない。守れているのか、劣化しているのか、手入れが効いているのか。その判断には観測が要る。今回の音響データ収集は、認定後の次の一手として極めて重要だ。

AIは森を“見る”のではなく“聞く”。音響観測が補うもの
今回協力する共同研究は、国立環境研究所、長野県環境保全研究所、静岡県環境衛生科学研究所、東邦大学などが進める「機械観測と市民参加型調査のシナジーをもたらす生物多様性音響観測支援システムの構築」だ。研究概要では、機械観測とAIによる定点自動観測、市民参加型調査の双方を連携させる仕組みづくりが掲げられている。
森の調査は、人が歩いて確認するだけでは限界がある。なぜなら時間帯、季節、天候、アクセスの制約が大きいからだ。音響観測は、その弱点を補う。人がいない早朝や夜間でも、鳥や昆虫、カエルの活動を連続的に記録できる。森の変化を“風景”ではなく“音の層”として捉える発想だ。
10年の森に、新しい科学を重ねる。企業の保全活動が研究基盤になる
サンクゼールの森では、これまでの10年以上の調査で、植物・昆虫・鳥類など約1000種が確認されているとされる。今回の音響観測は、そうした長期の保全・調査の蓄積の上に、AI解析という新しい層を重ねる試みだ。
ここが面白い。企業の森づくりは、しばしば植樹や整備のニュースで終わる。だが本件では、民間が管理してきた森が、研究のフィールドとして機能し始めている。企業の自然資本が、単なる“所有地”ではなく、公共的な知の基盤に近づく。ネイチャーポジティブ経営が問われる今、その一歩は小さくない。
機械観測と市民参加の接続、“専門家だけの調査”を超えられるか
共同研究の特徴は、AIによる自動観測だけでなく、市民参加型調査との連携を前提にしている点にある。研究概要では、音声データ共有・タグ付けツールや、種判別技能訓練ツールとの連動も構想されており、市民が機械観測データのタグ付けに参加できる仕組みを目指している。
これは重要だ。生物多様性保全を専門家だけの仕事にすると、観測の裾野は広がらない。逆に、市民参加だけに頼ると精度や継続性に限界が出る。機械観測と人の参加をつなぐ設計は、その中間を埋める。AIが全部やるのではない。AIが、人が関われる観測の土台を広げるのである。
“企業の森”は、保全地から観測地へ進化できるか
今後の焦点は三つある。第一に、得られた音響データがどこまで解析精度を高められるか。第二に、その結果を森林整備や保全判断へどう返すか。第三に、将来的に一般公開予定とされるデータを、地域や研究者、市民がどう使えるようにするかだ。サンクゼールは、取得した音声データをAI学習と解析ツール開発につなげるとし、将来的な一般公開にも触れている。
企業が管理する森は、全国に点在している。もしそれらが、自然共生サイトとして認定されるだけでなく、継続的な観測地として機能し始めたらどうなるか。日本の生物多様性保全は、“守る場所”を増やす段階から、“変化を追える場所”を増やす段階へ進めるかもしれない。サンクゼールの森で始まったのは、そのための一歩とも言えそうだ。

あわせて読みたい記事

【森を“動物の目”で見ると、行動が変わる】東急不動産×STYLY、蓼科に常設エデュテインメントVR——観光収益を環境保全へ還元する新モデル

自然共生サイトに広がる循環型農業。佐賀県唐津の里山が育む、ミントとビーツの多様性。

再生型農業・小農支援・GHG削減の現在地点。『ネイチャーポジティブ:自然を基盤とした解決策の最前線』
