
★要点
久米仙酒造(沖縄)とJA全農かながわが連携し、特Aランク米「はるみ」の規格外米を原料とした「湘南はるみ ジャパニーズシングルライスウイスキー」を発売。世界的に珍しい「発芽玄米糖化」技術を用い、食品ロス削減と高付加価値化を同時に実現した。
★背景
米の国内消費量が減少を続ける中、加工用米の新たな出口戦略が農業界の課題――食用不適とされた米を世界的ブームのウイスキーへ転換させることで、地域農業の持続可能性と国産米のブランド価値再定義を狙う。
「米は食べるもの」という固定観念は、もう捨てた方がいいのかもしれない。神奈川県産のブランド米が、海を渡り、沖縄の蒸留所で琥珀色の液体へと生まれ変わった。「湘南はるみ ジャパニーズシングルライスウイスキー」。これは単なる新商品ではない。気候変動や市場縮小に直面する日本の農業が、世界的なウイスキー熱をテコにして仕掛ける、資源循環と価値創造の実験だ。
“選ばれなかった米”が主役になる――フードロスを価値に変えるアップサイクル
プロジェクトの起点は、畑のリアリティにある。神奈川県産「はるみ」は食味ランキング特Aを獲得する実力派だが、農業の現場ではどうしても、粒の大きさや形が規格に満たない「加工用米」が発生する。これまで安価な加工品に回るか、余剰となっていたこれらの米を、久米仙酒造は見逃さなかった。 あえて規格外米を積極的に採用する。食べるには不揃いでも、醸造・蒸留すれば、そのデンプン質は極上のアルコールへと昇華する。サステナビリティが叫ばれる今、廃棄や格下げを嘆くのではなく、別のステージへ“栄転”させる発想が、地域農業の収益構造を支える杖になる。
世界も驚く「発芽玄米糖化」――沖縄の風土が時間を加速させる
ウイスキーづくりにおいて、デンプンを糖に変えるのは通常、大麦麦芽(モルト)の役目だ。だが、この一本は「発芽玄米」を使って糖化を行う。世界的にも極めて珍しいこの製法は、泡盛づくりで培った久米仙酒造の技術と、栄養価の高い玄米のポテンシャルが掛け合わさって実現した。 さらに特筆すべきは「時間」の圧縮だ。沖縄の亜熱帯気候は、寒冷地スコットランドの数倍の速さで樽熟成を進める。スパニッシュオークとバーボン樽で熟成された原酒は、短期間で濃厚な色と香りを纏う。 冷涼な土地で何十年も眠らせるのがウイスキーの常識だったが、気候変動で世界各地の気温が上がる中、亜熱帯での短期熟成モデルは、未来の酒造りのスタンダードになり得るだろう。

テロワールを飲む――和の甘みが語る「米の系譜」
グラスに注ぐと立ち上るのは、ビターチョコレートやビスケットの香り。口に含めば、煮豆やみたらし団子を思わせる、どこか懐かしい和の甘みが広がる。これこそが、大麦ではなく米を選んだ理由、「ライスウイスキー」のアイデンティティだ。 神奈川の土壌で育った「はるみ」が、沖縄の熱気の中で熟成され、再び消費者の元へ届く。この酒には、二つの土地の物語がブレンドされている。 生産者の川口さんは「お米が見直されるきっかけになれば」と語る。日本人の主食である米が、嗜好品として世界市場(ウイスキーマーケット)に接続されること。それは、食卓の変化に苦しむ日本の稲作にとって、小さくとも確かな希望の光だ。

農地と酒蔵の新しい関係――“飲む”ことで守れる風景がある
国産ウイスキーの定義が厳格化され、ジャパニーズウイスキーの価値が高騰する中、原料まで「100%日本産」であることの意味は重い。輸入穀物に頼らず、地域にある余剰資源を最高級品に変える。この「湘南はるみ」のモデルは、他の産地、他の品種でも応用可能だろう。
米を食べる量が減ったなら、形を変えて楽しめばいい。楽しみながら、結果として農地が守られ、生産者が潤う。そんな循環の仕組みが、グラスの中に完成している。
【商品情報】
商品名:湘南はるみ ジャパニーズシングルライスウイスキー
販売価格:11,000円(税込)
販売場所:JAタウン、久米仙酒造オンラインショップ、神奈川県内JA直売所、他
公式サイト:https://kumesen.co.jp/
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