
★要点
北米の都市が取り組んでいるのは、木を増やすことではない。木を維持する制度を、都市の中につくることだ。米国フェニックスは、木陰を「必要な場所へ優先的に配る」ための計画を動かしている。カナダ・トロントは、街路樹1本あたり最低30立方メートルの土壌へのアクセスを開発事業者に求めている。オレゴン州ポートランドは、2026年6月に完成した国際空港の巨大な木造屋根に、空港から300マイル圏内の木材だけを使った。そしてブリティッシュコロンビア州のグレートベア熱帯雨林では、「何を良い森と呼ぶのか」を先住民族と州政府が交渉によって決めてきた。配る、育てる、買う、決める。森と生きる都市の条件は、面積ではなく制度である。
★背景
都市の緑は、これまで景観や環境の話として語られてきた。だが猛暑が常態化し、熱中症による死者が毎年更新されるなか、木陰は健康と生死に直結するインフラになった。同時に、街路樹は植えただけでは育たない。舗装の下で固く締め固められた土は、根の成長を止める。植えた本数を数えても、枯れた本数を数えなければ都市の樹冠は増えない。さらに建築の木造化が進むにつれ、「どの森から木を買うか」という公共調達の設計が、遠く離れた森林の運命を左右し始めている。都市の中の森、都市の外の森。この二つを一本の制度でつなげるかどうかが、いま問われている。
木は、平等に生えていない。
同じ市内でも、街路樹が茂る地区と、真夏の歩道に日陰が一つもない地区がある。そしてその差は、たいてい所得の差と重なる。
米国フェニックス。全米有数の酷暑都市であるこの街の「Shade Phoenix Plan」は、その不均衡を正面から扱った計画だ。今後5年で27,000本以上の樹木と550の日陰施設を整備し、投資総額の50%超を低〜中所得地域へ、85%を低・中所得層を含む地域へ振り向ける。総額は約6,000万ドル。
木陰を、公共サービスとして配る。
連載「森と生きる都市」第4回は、北米へ渡る。欧州篇で見たのが「森の恵みを住民へ還す回路」だったとすれば、北米で見えてくるのは「都市の側に、森を維持する仕組みを組み込む」設計思想だ。
フェニックス——木陰は「公平に」配られなければならない
フェニックスの樹冠率は、地区によって大きく異なる。市の資料によれば、その幅は2%から30%、中央値は11%程度とされる。
一本の木の有無が、体感温度を10度以上変えることは珍しくない。日陰のあるバス停と、ない バス停。日陰のある通学路と、ない通学路。それは快適さの差ではなく、リスクの差である。
計画は36のアクションと11の戦略的優先事項で構成され、市が年間に植える樹木の本数をほぼ倍増させる。財源には連邦予算と、市民投票で承認された一般財源債が充てられた。アメリカン・フォレスツのジャド・デイリー代表は、フェニックスが米国で初めてツリー・エクイティ(樹木の公平性)の達成を掲げた都市だと評価している。
興味深いのは、樹木だけに頼らない点だ。日陰は、木でも人工の屋根でもいい。地元アーティストやブルームバーグ・フィランソロピーズと組み、パブリックアートを機能する日陰へ変える「¡Sombra!」のような取り組みも計画に含まれる。乾燥地で大木を育てるには時間も水も要る。ならば、育つまでの20年をどう凌ぐか。その現実的な答えが、人工日陰との併用である。
そして、この計画のもっとも重い数字は、植える本数のほうではない。
市の報告によれば、フェニックスは過去14年でおよそ33,000本を植えたが、同時に21,000本を失っており、正味の増加は約12,000本にとどまっていた。
植えた本数ではなく、生き残った本数。
都市林業とは、植樹イベントではなくメンテナンスの事業である。この一点を、フェニックスの数字は突きつけてくる。





トロント——木を植える前に、地下に30立方メートルの「居場所」をつくる
街路樹が育たない最大の理由は、水でも品種でもない。土である。
歩道の下は、舗装が沈まないように締め固められている。締め固められた土に、根は入っていけない。だから都市の街路樹は、小さな植樹枡の中で根を巻き、20年ほどで衰えていく。植え替え、また枯れる。その繰り返しにコストが吸い込まれる。
トロントは、この構造そのものを規制で書き換えた。
トロント・グリーン・スタンダードは、街路沿いに大きく育つ日陰樹を植える場合、1本あたり最低30立方メートルの土壌へのアクセスを求めている。この30立方メートルは、良質な土壌を深さ0.8メートル以上1.6メートル以下で確保することを前提とした数字だ。舗装の下に木を植える場合には、非圧縮土壌を保持しながら舗装荷重を支え、雨水も貯留する「ソイルセル」と呼ばれる地下構造体の使用が推奨される。
基準はもともと15立方メートルだった。それが30立方メートルへ引き上げられたのは、大きく育つ木を前提にしたからである。
面白いのは、必要土量の出し方だ。敷地面積の40%を66平方メートルで割り、30立方メートルを掛ける——という計算式で、その敷地が用意すべき総土量が決まる。目標樹冠率から逆算して、地下の体積を義務づける。発想が完全に土木である。
実例もある。トロント郊外エトビコークの交差点改良事業では、300本を超える街路樹がソイルセルの上に植えられ、1本あたり30立方メートル以上の土壌を確保。1万個以上のセルが敷地の雨水集水域の55%を管理し、地下に巨大な貯留・浄化槽をつくった。
木を植えることは、緑化ではなく、地下インフラの整備である。
50年後に大木が立っている都市をつくるには、いま地面の下に投資するしかない。



ポートランド——都市は「どの森から木を買うか」で森林を変えられる
2026年6月30日、ポートランド国際空港(PDX)のメインターミナル再建事業が完了した。
11年をかけた総額21億5,000万ドルの事業で、オレゴン州史上最大の公共インフラ事業。空港を一日も閉鎖せず、工期も予算も守り切った。設計はZGF、事業主体はポートランド港湾局。約9エーカーのマスティンバー屋根が、太平洋岸北西部の森を歩くような空間をつくり出している。
だが、この建物の本当の新しさは、屋根の美しさではない。
木材の買い方にある。
空港から300マイル圏内の木材が100%。うち73%は、FSC認証を受けているか、生態系に配慮した森林経営を実践する林業家によるものだった。建築家、持続可能な林業の専門家、代々の林業家、地域の部族、地元の製材所が6年かけて協働した結果である。
公共建築が木材を使う。それ自体は珍しくなくなった。
問題は、その木がどこから来たかを、誰も追えないことだ。安い木材は、どこかの大規模伐採とつながっているかもしれない。追跡できなければ、木造化は森林破壊の輸入になりうる。
PDXは、そこに手を入れた。小規模林業家、コミュニティフォレスト、部族の森。従来なら大手商社の供給網に入りづらかった主体を、意図的にサプライチェーンへ組み込んだ。
効果は森だけに留まらない。港湾局は140社を超える地域の中小企業に2億7,400万ドル以上を発注し、専任22人のチームが伴走した。
性能も落としていない。建物は約40%大きくなったが、単位面積あたりのエネルギー使用量は半減。約50のトップライトと高さ36フィートの窓壁が自然光を採り込み、オレゴン州最大級の地中熱ヒートポンプが2026年後半には化石燃料使用量を95%削減する見込みだ。
公共調達は、最大の環境政策である。
都市は、規制で森を守ることもできるが、「買い方」で森を変えることもできる。どちらが速いかは、状況による。

マスティンバーの強さと美しさが壮観だ。




グレートベア熱帯雨林——では、その森を「誰と決める」のか
ここで、ひとつの問いが立ち上がる。
都市が「良い森から買う」と決めたとして、そもそも何を良い森と呼ぶのか。それを、誰が決めるのか。
ブリティッシュコロンビア州の北・中央沿岸に広がるグレートベア熱帯雨林は、約640万ヘクタール。世界最大の手つかずの温帯沿岸雨林であり、世界に残る温帯沿岸の原生林の25%がここにある。
この森の管理ルールは、州政府が単独で決めたものではない。
2016年のグレートベア熱帯雨林(森林管理)法と2023年の土地利用命令は、コースタル・ファーストネーションズ、ナンワコラス評議会、そしてBC州政府による広範な政府対政府(government-to-government)の交渉の結果として生まれた。
これらの合意と一連の土地利用決定により、森林の85%(310万ヘクタール)が伐採対象から外れ、保護される原生林の割合は50%から70%へ引き上げられた。残る15%(55万ヘクタール)は、地域の雇用を支えるために伐採が認められている。この地域には26のファーストネーションズが暮らす。
注目すべきは、100%保護ではないことだ。
15%を残した。そこで働く人がいるからである。生態系の統合性と、人間の幸福度。その両方を同時に高い水準に保つことを、この地域は「生態系ベースの管理」と呼んでいる。
自然を守るために人を排除しない。
どこかで聞いた話だ。ネイチャーポジティブの議論で繰り返される「ヒューマンポジティブ」と、構造はまったく同じである。違うのは、それが理念ではなく、法と土地利用命令として実装されている点だ。
そして——「何が良い森か」を決める席に、その森とともに生きてきた人々が座っている。
PDXの木材調達が意味を持つのは、こうした土台があるからだ。認証ラベルは、その背後に交渉と統治がなければ、ただのシールになる。
© 2026年ブリティッシュコロンビア州政府



配る、育てる、買う、決める——北米が示した4つの回路
北米篇から取り出せる制度を、整理しておこう。
①木陰を配る(フェニックス)
樹冠率という平均値ではなく、地区ごとの分布を見る。足りない場所へ優先的に資源を回す。そして、植えた本数ではなく生き残った本数を問う。
②土をつくる(トロント)
植樹の前に、地下30立方メートルという「木の居場所」を義務づける。数量規制ではなく、体積規制。50年後の樹冠を、いまの土木で決める。
③森から買う(ポートランド)
公共建築の木材調達を、距離と林家の属性まで含めて設計する。誰から買うかを決めることは、どの森を残すかを決めることでもある。
④誰と決めるかを決める(グレートベア)
良い森の定義を、政府だけで決めない。そこに生きる人々との交渉によって決め、法と命令に落とす。
日本に置き換えるとどうか。
街路樹は各地で「安全のため」に伐られ、更新の議論が続く。だが土壌容量を明示的に定めた基準を持つ自治体は多くない。猛暑対策としての緑陰整備も、公園単位では進むが、どの地区に日陰が足りないかを地図で示して優先順位をつける発想はまだ乏しい。木材の公共調達についても、合法性の確認から、誰から買うかの設計へ踏み込めているとは言いがたい。
足りないのは、木でも予算でもない。
配る基準、育てる基準、買う基準、決める手続き。この4つの回路である。
森と生きる都市とは、森が近くにある都市ではない。
森を維持し続ける制度を、都市の側が持っている都市のことだ。
連載「森と生きる都市」は全5回。次回は最終回。北米と欧州で見た制度を、日本の自治体でどう組み直せるかを考えてみたい。
参照
City of Phoenix|Shade Phoenix Plan
https://www.phoenix.gov/administration/departments/parks/about-us/phoenixs-urban-forest.html
City of Toronto|Toronto Green Standard
https://www.toronto.ca/city-government/planning-development/official-plan-guidelines/toronto-green-standard/
Port of Portland|PDX main terminal completion(2026年6月30日)
https://www.portofportland.com/Newsroom/Story/we-made-it-pdx-our-journey-to-create-the-local-est-airport-yet-is-complete
Province of British Columbia|Great Bear Rainforest
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/environment/natural-resource-stewardship/great-bear-rainforest
FAQ
Q. ツリー・エクイティ(樹木の公平性)とは何ですか?
A. 樹木や木陰の恩恵が、所得や人種にかかわらずすべての地区へ行き渡るようにする考え方である。市全体の樹冠率という平均値ではなく、地区ごとの分布を見て、足りない場所へ優先的に資源を配分する。
Q. Shade Phoenix Planの規模を教えてください。
A. 今後5年間で27,000本以上の樹木と550の日陰施設を整備する計画で、総額はおよそ6,000万ドル。投資の50%超が低〜中所得地域へ向けられ、市が年間に植える本数はほぼ倍増する。
Q. なぜ人工の日陰も併用するのですか?
A. 乾燥地で大木が育つには長い年月と水が要る。木が育つまでの期間をしのぐ手段として、屋根やパブリックアートを兼ねた構造物が使われる。日陰は木でなければならない、という前提を外している。
Q. 街路樹に30立方メートルの土壌が必要なのはなぜですか?
A. 舗装の下の土は締め固められており、根が伸びられない。大きく育つ日陰樹が成木になるまで生きるには、非圧縮の良質な土壌が一定量必要になる。トロントはこれを開発基準として義務づけている。
Q. ソイルセルとは何ですか?
A. 歩道などの舗装の下に設置する地下の構造体である。舗装の荷重を支えながら、内部に締め固めない土壌を保持する。根の成長空間を確保すると同時に、雨水の貯留・浄化にも機能する。
Q. PDX空港の木材調達は何が新しいのですか?
A. 空港から300マイル圏内の木材だけを使い、その多くを認証林や生態系配慮型の経営を行う林家から調達した点である。小規模林家やコミュニティフォレスト、部族の森もサプライチェーンに組み込まれた。
Q. 木造建築が増えると森林は守られるのですか?
A. 自動的には守られない。調達先が追跡できなければ、木造化がどこかの過剰伐採を招く可能性もある。どこから、誰から買うかを設計して初めて、木材需要が森林の質へつながる。
Q. グレートベア熱帯雨林の合意は、なぜ参考になるのですか?
A. 森林管理のルールが、州政府と先住民族による政府対政府の交渉を経て決められた点にある。何を守るかだけでなく、誰がそれを決めるのかという手続きが制度化されている。
Q. なぜ100%を保護しないのですか?
A. 地域には森林で働く人々の暮らしがあるためである。合意では85%が伐採対象から外され、残る15%は厳しい基準のもとで伐採が認められている。生態系の健全性と人間の幸福度を、同時に高い水準で保つ考え方に基づく。
Q. 日本の都市はまず何から始めればよいのでしょうか。
A. 地区ごとの樹冠率と日陰の分布を可視化し、不足地域を特定すること。次に、植樹本数だけでなく生存率と土壌容量を基準に組み込むこと。そして公共建築の木材調達に、産地と供給者の条件を設計することである。
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