★ここが重要!

★要点
成人の心臓線維芽細胞が炎症刺激(TNF-α/IL-4)でVCAM1陽性サブタイプへ変化し、修復因子アドレノメデュリンを分泌してリンパ管新生を促進——浮腫・炎症・線維化を抑え、心機能の回復に寄与する機序を初解明(Scientific Reports、2025年9月16日、DOI:10.1038/s41598-025-17224-6)。
★背景
心不全は超高齢社会で増加が避けにくい国民病。日本は循環器病対策の強化を進め、包括的支援体制を拡充中(厚生労働省「第2期循環器病対策推進基本計画」/2024年度)。炎症とリンパ管新生をテコに“自前の細胞を活かす”治療へ向かう潮流。

心臓は壊れたら戻らない…、その常識が書き換わるかもしれない。LYMPHOGENiX Limitedと名古屋大学の共同研究が、成人の心臓線維芽細胞が炎症を合図に“修復モード”へ切り替わる仕組みを示した。鍵はアドレノメデュリンとリンパ管新生。虚血性心不全の患者自身の細胞を活かす再生医療への道が、実験室の外へとにじみ出し始めた。

炎症がスイッチになる——“VCAM1陽性×アドレノメデュリン”という回路。

発端は心筋梗塞後に残る浮腫と炎症、そして進行する線維化だ。研究チームは、成人の心臓に常在する線維芽細胞が、炎症性サイトカインTNF-αとIL-4の刺激でVCAM1陽性の特殊サブタイプへ転換し、強力な修復因子アドレノメデュリンを産生することを突き止めた。アドレノメデュリンはNF-κB/STAT6シグナルを介してリンパ管新生を後押しし、組織の水分や炎症の滞留をさばいて線維化を抑える。結果として心機能の保持・回復に寄与するという筋道である(Scientific Reports、2025-09-16、DOI:10.1038/s41598-025-17224-6)。
炎症をただ鎮めるのではなく“有益な修復反応の起点”に読み替える視点が要だ。名古屋大学は別領域でもリンパ管新生を活用した治療研究を継続しており、難治性リンパ浮腫での基礎成果も報告してきた(名古屋大学研究成果情報、2022-10-28)。炎症—リンパ管—修復という一本の回路は、循環器の現場で汎用性の高い設計図になり得る。

国の心不全対策に“細胞活用”を接続する——制度と現場の距離を詰める。

心不全は罹患・再入院を繰り返す慢性疾患であり、医療・介護の負荷が重い。厚生労働省は2024年度から第2期循環器病対策を本格化し、相談窓口や多職種連携、総合支援センターの整備を段階的に拡大している(同計画資料、令和6年度)。一方、国際的には心血管疾患が依然として主要死因で、日本でも対策の加速が求められる(WHO Japan “Cardiovascular diseases”、2024年参照)。
今回の機序解明は、既存治療の延長にとどまらない。患者自身の細胞を活かす“自己由来”アプローチは、免疫抑制や高額薬剤への依存度を下げ得る。課題は、バイオマーカーで誰に効くかを見極め、炎症のタイミングに合わせて治療窓を定義すること。医療現場の導線に落とすには、臨床試験の設計、エンドポイントの選定、保険収載を見据えたレギュラトリー戦略が要る。制度の器が整いつつある今、研究と政策の接続速度が勝負どころだ。

“使える技術”にする——トランスレーショナルの実務。

基礎の光を臨床の手順へ。実装には三つの段取りがいる。第一にマーカーの確立。VCAM1陽性線維芽細胞の同定に加え、アドレノメデュリンやリンパ管新生の指標を血中・画像で追える計測系を整える。第二に投与設計。内因性経路を増幅するのか、アドレノメデュリン様作用で代理するのか。既存薬のドラッグリポジショニングも選択肢になる。第三に場づくり。地域中核病院をハブに、心不全チーム医療へ研究プロトコルを統合する。名古屋大学は血管新生や再生療法の多施設研究を先行させてきた実績がある。臨床側の目盛りを持つことが、基礎成果を“使える技術”に変える最短路だ。

社会実装の視点——患者選択・費用対効果・説明責任。

新規機序の治療は期待と不確実性を同時に運ぶ。誰に、いつ、どれだけ効くのか。再入院率やQOL、医療資源の投入量を含む実世界データで、費用対効果の輪郭を早期に描く必要がある。加えて、炎症を利用するという発想は説明責任が重い。炎症制御と修復促進のバランスを臨床現場でどう運用するか。患者・家族へのコミュニケーション設計もプロトコルに含めたい。
“炎症を味方に”。このシンプルな合言葉を、検査・投与・評価の標準手順に落とし込めるか。研究室の成果が、病棟と在宅の風景を変えるのは、その先である。

出典・論文情報:Scientific Reports, 2025-09-16, “Adrenomedullin production by adult cardiac fibroblasts via NF-κB/STAT6 signaling enhances post-infarction lymphangiogenesis and cardiac repair”(DOI:10.1038/s41598-025-17224-6)。

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