
★要点
長期滞在型ホテル「Section L」が東京の6施設で、滞在中に不要になった衣類・日用品などを寄付につなぐ「Giving Bag」を導入。チェックアウト後に回収・確認し、救世軍のバザー活動へ届ける仕組みで、“捨てずに回す”旅の導線をホテルの標準機能に組み込んだ。
★背景
オーバーツーリズムと人手不足が同時進行するなか、宿泊業は「快適さ」だけでなく「廃棄物と地域負荷」をどう減らすかが問われている。持続可能な観光の潮流は、旅行者の消費行動まで設計対象にし始めた。
旅は軽やかであるほどいい。その軽さが、実はゴミを生む。帰国や移動の直前、スーツケースからはみ出す衣類、使い切れなかった日用品、もう読まない本。ホテルの客室には「まだ使えるのに捨てられるモノ」が静かに溜まる。東京のアパートメントホテル「Section L」は、その“旅の副産物”を寄付へ変える「Giving Bag」を導入した。捨てる手間を減らし、捨てない選択を増やす。サステナブルは、理念ではなく導線だと示す試みである。
客室に「寄付の出口」をつくる。6施設で始まった“置いていける善意”
Section Lが導入したGiving Bagはシンプルだ。客室に袋を置き、宿泊客が不要になった物品を入れる。退出後、スタッフが回収して状態を確認し、寄付へつなぐ。東京では八丁堀、浜松町、築地、蔵前、湯島、上野広小路の6施設で2025年12月16日から開始した。
ポイントは「宿泊者の心理的ハードルを削る設計」にある。寄付したい気持ちはあっても、旅先で寄付先を探し、持ち込み、説明し、時間を使うのは難しい。ホテルが“回収のインフラ”になることで、善意が行動に変わる確率が上がる。しかも長期滞在型は、生活用品が増えやすい。相性は良い。
世界で広がる「旅の循環」。ホテルのSDGsが“水回り”から“モノ回り”へ
ホテルの環境施策は長く「節水」「省エネ」「アメニティ削減」に寄りがちだった。だが、客室に流れ込む“モノの量”自体をどう扱うかは、次の論点になる。Giving Bagは、まさにここを突く。運営するGiving Bag社は米国発のソーシャル・エンタープライズで、ホテルから出る不用品を回収し、社会貢献とリサイクルにつなげるモデルを掲げる。共同創業者はホテル経営学の文脈から課題を見立て、廃棄コスト削減とサステナビリティ価値向上を同時に狙うという。
同社は「Travel + Leisure Global Vision Award for Sustainability」を受賞したとも発信している。評価軸が“豪華さ”から“倫理と運用”へ寄っている兆しだ。

寄付先が“地域の受け皿”になる。救世軍バザーという都市の循環装置
回収された物品は、救世軍のバザー活動へ寄付される。ここが効く。寄付の仕組みは、集めるだけでは回らない。仕分け、販売、必要な人へ還元する運営が要る。救世軍のバザーは「人と物の再生」を掲げ、寄贈品の販売収益を支援活動に充てる形で長く続く都市型の受け皿だ。
さらに近年は、バザー活動をより身近にする店舗も展開しているという。寄付→循環→支援のルートが可視化されれば、旅の“置いていく”行為は後ろめたさから解放され、都市にとっても廃棄物の総量を減らす方向へ働く。
サステナブルツーリズムの実装は「気持ちよさ」の設計から始まる
持続可能な観光は、環境・社会・経済のバランスを取りながら長期視点で価値を残す考え方として語られてきた。だが現場で難しいのは、“正しいが面倒”をどう減らすかだ。
Giving Bagは、旅行者に説教しない。分別の啓発ポスターを貼るのではなく、「袋に入れて置く」という1アクションに圧縮する。ホテル側にもメリットがある。客室に置き去りになった物の処分は手間とコストがかかる。寄付ルートが標準化されれば、運用負荷は読みやすくなる。
もちろん論点も残る。受け入れ可否の基準、衛生面、個人情報や忘れ物との線引き、スタッフの作業時間。寄付対象品目のガイドラインを施設ごとに設けるという記載は、その現実への答えだ。
「寄付の見える化」と「観光政策」とをつなぐ
この取り組みを“いい話”で終わらせない鍵は、数字と接続だ。例えば、年間何点が回収され、廃棄がどれだけ減ったのか。Section Lは全施設導入と年間1,000点の寄付を目標に掲げる。ここに回収重量、再利用率、処分費削減などを掛け合わせ、都市の循環指標として提示できれば強い。
さらに観光政策とも接続できる。オーバーツーリズム対策は混雑緩和だけではない。ゴミ、清掃、人手不足——現場のボトルネックを減らす実装が必要だ。旅行者が増えるほど“捨てる量”も増える構造を、ホテルが反転させられるなら、サステナブルは一段現実になる。旅の快適さと地域負荷の低減は、両立できる。導線さえ設計すればいい。
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