
★要点
シンク・ネイチャーは、自然資本ビッグデータと衛星モニタリングを統合した「SBTi-FLAG評価システム」を開始。バイオームは、生物分布予測ツール「BiomeViewer」の分析精度を大幅強化した。共通するのは、企業活動と自然の関係を、国・地域・拠点・種の単位で可視化し、脱炭素とネイチャーポジティブを“測れる経営課題”に変える動きだ。
★背景
企業には、CO2だけでなく、森林、土地、農業、生物多様性への依存と影響を説明する責任が広がっている。TNFD、SBTi-FLAG、自然共生サイト、OECMなどの枠組みが動き出す中、自然資本を「理念」ではなく「データ」で扱う技術が、次の競争力になり始めている。
自然は、これまで“背景”だった。工場の周りの森、農産物の産地、物流の先にある土地、店舗や事業所の近くにすむ生き物たち。決算書には載らず、経営会議でも後回しにされがちだった存在だ。しかし、その前提が崩れ始めている。気候変動対策が進むほど、次に問われるのは「その事業は、どの自然に依存し、何を壊し、何を回復させているのか」という視点である。シンク・ネイチャーとバイオームの新サービスは、この問いにデータで答えようとする動きだ。
自然資本は“見えない資産”から“測る対象”へ変わった
企業経営にとって、自然資本は扱いにくいテーマだった。CO2排出量なら、電力使用量や燃料使用量からある程度計算できる。だが、生物多様性や土地利用の影響はそう簡単ではない。どの原材料が、どの国の、どの土地で、どのような自然改変を経て生産されたのか。事業所の周辺に、どんな種がすみ、どの程度のリスクや機会があるのか。答えようとすると、すぐにデータ不足の壁にぶつかる。
その壁を越えようとしているのが、二つの取り組みだ。シンク・ネイチャーは、森林・土地・農業に関わるGHG排出量算定基準「SBTi-FLAG」に対応した評価システムの提供を始めた。自然関連ビッグデータと衛星モニタリングを統合し、サプライチェーン上流の土地改変履歴や地域固有の排出係数を推定・可視化する仕組みである。
一方、バイオームは、生物分布を高解像度で可視化する「BiomeViewer」を大幅にアップデートした。生物データ量を従来の約2.5倍、対象種数を約1.2倍に拡大し、最大4種類の解析モデルを組み合わせるアンサンブルモデリングや、最新の衛星データを含む高解像度の環境データを導入した。企業の拠点ごと、さらに種ごとに、自然資本との関係を把握するための道具だ。
SBTi-FLAGが突きつける、サプライチェーン上流の“土地の記憶”
シンク・ネイチャーのサービスが焦点を当てるのは、森林、土地、農業、つまりFLAG領域だ。食品、木材、紙、繊維、化粧品、建材、バイオマス。これらの産業は、土地と切り離せない。原材料の背後には、森林伐採、農地転換、土壌劣化、生態系の変化がある。
SBTi-FLAGの難しさは、企業が自社工場の排出量だけを見ていれば済まない点にある。原材料調達の上流で何が起きたのかを見なければならない。しかも、過去20年以上にわたる土地改変履歴や、地域ごとの排出係数まで視野に入る。だが実際には、企業が把握している情報は「品目」と「調達国」程度にとどまることも多い。原料の原産地や生産地域が不明なケースは珍しくない。
ここで自然資本ビッグデータと衛星モニタリングが効く。完全なトレーサビリティがなくても、統計、地理情報、土地利用変化、衛星データを組み合わせれば、ベストエフォートで排出影響を推定できる。もちろん万能ではない。だが、「わからないから測れない」から、「不確実性を含めて推定し、改善する」へ進む意味は大きい。
脱炭素経営は、もはや電力契約の見直しだけでは終わらない。原材料の向こう側にある土地の履歴まで見に行く時代に入った。サプライチェーンは、価格と納期だけでなく、土地の記憶を背負うようになる。
BiomeViewerが示す、拠点ごと・種ごとのネイチャーポジティブ
バイオームの「BiomeViewer」が見ようとしているのは、企業活動と生き物の具体的な接点だ。事業所、工場、店舗、物流拠点、開発予定地。その周辺にどのような生物が生息しやすいのか。重要な種や生態系がどこに重なっているのか。これを高解像度メッシュで可視化する。
ポイントは、「自然」を大ざっぱな緑地面積で終わらせないことだ。緑が多いから良い、森林があるから豊か、という話ではない。そこにどんな種がいて、どの環境条件に依存し、事業活動がどんな影響を与える可能性があるのか。ネイチャーポジティブを実務に落とし込むには、この粒度が必要になる。
BiomeViewerは、専門家データに加え、バイオームが運営するいきものコレクションアプリ「Biome」から得られた市民科学データも統合している。2026年5月時点で同アプリは累計125万ダウンロードを突破し、1,000万件を超える生物データを持つとされる。市民が見つけた生き物の記録が、企業のTNFD対応や自然共生サイト候補地の評価に使われる。ここに面白さがある。自然資本のデータは、研究機関だけでなく、生活者の観察からも積み上がる。

CO2と生物多様性を別々に扱う限界
これまで企業の環境対応は、CO2削減が中心だった。再エネを入れる。省エネを進める。排出量を開示する。それ自体は重要だ。しかし、気候変動対策と生物多様性保全は、時に衝突する。大規模な再エネ開発が生態系に影響を与えることもある。バイオマス利用が、土地利用や森林管理の問題を引き起こすこともある。農産物の低炭素化が、地域の水資源や土壌に負荷をかける可能性もある。
だからこそ、SBTi-FLAGとBiomeViewerのような技術は、単なる開示支援ツールではない。気候と自然を同じテーブルで見直すための基盤になる。どの地域で原材料を調達するのか。どの拠点を優先して保全・再生するのか。どの生態系への影響を下げれば、事業リスクも下がるのか。自然資本データは、企業の意思決定そのものに入り始めている。
ネイチャーポジティブは、広告コピーでは済まない。数字、地図、種名、土地履歴、衛星画像、現地データが必要だ。耳ざわりのよい宣言から、検証可能な行動へ。環境経営の重心は、そこへ移りつつある。
“測れる自然”が金融・調達・地域政策を変える
自然資本を測れるようになると、変わるのは企業の開示だけではない。金融も変わる。投資家や金融機関は、企業がどの自然リスクを抱え、どの程度管理できているのかを評価しやすくなる。調達も変わる。原材料の価格だけでなく、土地改変リスクや生物多様性リスクが選定基準に入る。地域政策も変わる。自治体は、自然共生サイトやOECM候補地をデータに基づいて絞り込める。
ただし、注意も必要だ。データ化は自然を理解する入口であって、自然そのものではない。モデルが示す分布予測は、現場の観察や地域の知恵と組み合わせて初めて意味を持つ。衛星画像が森の状態を映しても、その森に暮らす人々の関係性までは読み切れない。AIが種の分布を予測しても、現地で起きている小さな変化をすべて拾えるわけではない。
それでも、測らなければ始まらない。自然資本を「感覚」で語る段階から、「仮説を立て、測り、改善する」段階へ移すこと。そこに、今回の二つの取り組みの意味がある。
自然資本データを“経営の共通言語”にできるか
今後の焦点は三つある。
まずデータの標準化だ。企業ごと、サービスごとに指標がばらばらでは、比較も評価も難しい。TNFD、SBTi-FLAG、自然共生サイト、地域の保全計画をつなぐ共通言語が必要になる。
次に現場との接続。地図上でリスクを特定しても、調達先、工場、地域、農家、行政が動かなければ自然は回復しない。データは、現場の対話を始めるための“地図”であるべきだ。
最後に経営判断への組み込みだ。自然資本評価をサステナビリティ部門だけの仕事にしてはいけない。商品開発、調達、投資、出店、M&A、金融、広報まで含めて使う必要がある。自然資本は、CSRの脇役ではなく、事業継続の条件になっている。
シンク・ネイチャーとバイオームの取り組みは、異なる角度から同じ問いに向き合っている。企業は、自然をどこまで正確に見られるか。そして、見えた自然に対して、どこまで責任を持てるか。
ネイチャーポジティブの時代に必要なのは、自然を美しく語る力だけではない。自然を測り、守り、増やすための技術と意思決定だ。森も、農地も、川も、拠点周辺の小さな生き物も、経営の外側には置けない。自然資本は、いよいよ企業の“見えない前提”から、“見える経営資源”へ変わろうとしている。
参考情報:
シンク・ネイチャー「SBTi-FLAG評価システム」
https://think-nature.jp/news/sbti-flag-assessment-service/
バイオーム「BiomeViewer」分析精度強化
https://biome.co.jp/news/press_20260511/
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