
★要点
木を使うことは、森を減らすことなのか。今、日本国内ではその問いを逆転させる動きが広がっている。国産材を建築に積極活用し、適切な伐採と利用を進めることで森林を手入れし、地域経済を回しながら災害時の住まいにも転用する取り組みだ。国産材を活用した応急仮設住宅の国会展示や、平時は宿泊施設として使いながら災害時には仮設住宅へと変わる多機能コテージの整備、そして次世代の構造材であるスギCLTの海外展開まで、木造建築を都市と森林を繋ぐ新しい動脈インフラとして位置づける社会実装が本格化している。
★背景
2026年現在、戦後に植えられたスギやヒノキなどの人工林が本格的な利用期を迎えている。日本の森林は、使わずに放置するだけでは維持できず、伐って、使って、植えて、育てるという健全なサイクルがなければかえって荒廃し、土砂災害などのリスクを高めてしまう。森林資源を手入れし続けるためには、都市や建築の現場に確固たる木材の出口を作る必要があり、環境対策、防災政策、そして地方創生を横断する多層的な森林循環経済の構築が急務となっている。
木造建築は、単に温かみのあるデザインの建物という枠を超え始めている。それは、適切に手入れされた森林資源を社会へと還流させ、平時は地域の資産として経済を回し、非常時には人々の命と暮らしを守るレジリエントな社会インフラへと進化を遂げつつある。
プレハブ主体の仮設住宅から森を支える建築への転換、眠らせる備蓄から使いながら備える資産への発想転換、そして国産材の出口を世界へと広げる先進の材料技術まで。国会での展示や林野庁の事例、各地の実証プロジェクトから、これからの日本に求められる森と建築のメンテナンスの現在地を紐解く。
木を使うことは、森を守ることにつながる
環境保護の本質は、自然に手を触れずにそのまま残すことだけではない。特に、戦後日本の国土に植えられたスギやヒノキをはじめとする人工林においては、使わないことで守られるという固定観念は、かえって森の健康を害する要因となっている。
人工林は、適切な間伐や主伐を行い、光を地面まで届け、再び苗木を植えて育てるという一連の循環が途絶えると、林内に光が届きにくくなり、下草が育ちにくくなることで、土壌流出や災害リスクを高める可能性がある。つまり、木材の利用は森林資源を消費して減らす行為ではなく、森林環境を健全に維持するための能動的な手入れの一部なのだ。
ここで重要なのは、木造建築は森の出口であるという視点だ。どれほど山林を整備しようとしても、切り出された木材が都市の建築物として消費される出口がなければ、経済的な基盤が成り立たず、森林の手入れを継続することはできない。国産材を建築にふんだんに活用することは、山林の静脈的なメンテナンスを、都市の経済という動脈へ接続するための最も確かなアプローチとなる。
国会議事堂に展示された、国産材の応急仮設住宅
国産材の利用を単なる住宅政策から、国家レベルの防災、森林、地域産業政策を横断する重要テーマへと引き上げる象徴的な動きが国会の中心で起きた。
一般社団法人日本オフサイト建築協会は、超党派国会議員有志による国産材を活用した応急仮設住宅を推進する会が国会議事堂内で行った展示について、設計や製造から設置に至るまでの実務面を担い、その活動記録映像を公開した。この展示では、国産材を活用した応急仮設住宅の実物が国会内に実際に設置され、衆議院会場では2026年6月8日から12日まで、参議院会場では6月15日から19日まで公開された。
このプロジェクトの切り口は、仮設住宅を従来のプレハブから森を支える建築へ変えることにある。災害時の住まいは、単に短期間だけ寒暑をしのぐための仮の箱ではない。木の温もりによって被災者の心身のストレスを和らげ、地域材の活用によって地元経済に貢献し、役目を終えた後は別の場所へ移築して再利用できる柔軟性が求められる。国会の中心で実物を可視化したこの動きは、木造の仮設住宅が、今後の防災住宅の選択肢として存在感を高めていることを示している。

参照元:超党派議員有志の会「国産材を活用した応急仮設住宅を推進する会」による国会議事堂内展示 活動記録映像を公開
https://offsite.or.jp/news/1ffLhVHn
道の駅ほうじょうの多機能コテージ。平時は宿泊、災害時は住まい
国会で示されたオフサイト建築、すなわち工場で高精度に製造して現場へ移送する建築技法は、すでに地域の防災拠点での実装が始まっている。
日本オフサイト建築協会は、鳥取県北栄町および鳥取県と連携し、道の駅ほうじょうのオートキャンプ場内にモバイル建築による多機能コテージを整備した。2026年7月18日から利用開始を予定しているこの施設は、平時は観光客向けの宿泊コテージとして営業し、大規模災害時には被災地へ移動させ、災害対応施設や宿泊施設、仮設住宅として活用できる多機能なスペックを持つ。
このコテージは、国の省エネ基準を上回る鳥取県独自の高断熱・高気密住宅、NE-STのTG-2性能を確保しており、内装や外壁、ウッドデッキには鳥取県産の木材がふんだんに活用されている。さらに、設置先である道の駅ほうじょうは国土交通省の防災道の駅に選定されており、広域防災拠点としての機能強化が進められている。
ここにあるのは、木造建築を災害時だけの備えにしないという先進的な思想だ。防災備蓄や避難施設は、倉庫や専用敷地に眠らせておくだけでは維持管理のコストがかさむ。平時は魅力的な観光資源や省エネ住宅の体験の場として稼働させ、地域に利益を生み出しながら、有事には迅速に移動して命を守る盾となる。建築を眠る備蓄から、使いながら備える動的な資産へとアップデートするリノベーションの形がここにある。

参照元: 多機能コテージ「in 道の駅ほうじょう」誕生 ~防災&省エネを両立するモバイル建築、鳥取県北栄町にオープン~
https://offsite.or.jp/news/eBQKfRjr
林野庁も進める、木造応急仮設住宅の社会実装
こうした国産材を活用した災害時住宅の動きは、個別の先進的なプロジェクトの枠を超え、国の政策課題としても位置づけられつつある。
林野庁が2026年4月に全国の自治体向けに作成した資料、応急仮設住宅等における木材の活用について(取組事例)に、能登半島地震における木造応急仮設住宅の供給実績が掲載された。この資料は、災害時における被災者の健康維持や心の安らぎ、そして地域経済の活性化を目的として、応急仮設住宅の木造化や木質化を国として推進するものだ。
能登半島地震の際には、石川県七尾市、輪島市、能登町において、実際に国産材を用いた木造応急仮設住宅が建設され、その有効性が現場で実証された。国会での実物展示、道の駅での多機能コテージの実装、そして林野庁による事例集の展開という一連の流れが証明しているのは、国産材を用いた災害住宅が、例外的な試みから全国の自治体が標準的に備えるべき制度化のフェーズへと向かっているという事実だ。

参照元: 林野庁発行の「応急仮設住宅等における木材の活用について(取組事例)」に、能登半島地震での木造応急仮設住宅の供給実績が掲載されました。
https://offsite.or.jp/news/05EyXI-t
スギCLTが広げる、国産材建築の未来
国産材の出口をさらに強固なものにするためには、仮設住宅や一般住宅だけでなく、より大型の建築物や海外の市場にも通用する高度な材料技術が欠かせない。その突破口として世界から注目を集めているのがCLT、すなわち直交集成板と呼ばれる構造材料だ。
木材加工大手の銘建工業は、同社のスギCLTがユニット建築プロダクトであるCLT CELL UNITに採用され、2026年2月から4月にかけて北米で行われた実証・展示会において極めて高い評価を得たと発表した。CLTは、板材の繊維方向が互いに直交するように積層接着した大版の木質材料で、コンクリートや鉄骨に代わる次世代の構造材として期待されている。
この技術はユニット化やモジュール建築と非常に相性がよく、アメリカ現地での実証では、現地の職人2名が初めての作業にもかかわらず約2時間15分でユニットの組み立てを完了させた。国産材を高度な構法と組み合わせることで、災害住宅や国内の宿泊施設に留まらず、世界の建築市場へ向けて国産材を活用した木質建築技術を、海外市場へ展開する可能性を示している。これは、山林を維持するための経済圏をグローバルに拡大していく壮大な戦略だ。

参照元: 世界で注目される「銘建工業のスギCLT」~欧州で生まれ、日本で磨かれたCLTが北米の展示会へ~
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000175346.html
木造のまちづくりと森林循環経済
国産材の出口を作り、大量に建築物へと変えていくことと同時に、私たちが忘れてはならないのが、建てられた木造建築をいかに長く、大切に使い続けるかという時間軸のメンテナンスだ。
岡山県で開催された地方創生フォーラム、「木造のまちづくりを創出し、森林循環経済を実現する」では、産学官の連携による社会実装を見据え、木造建築が持つポテンシャルと森林資源の持続可能な循環利用について活発な議論が交わされた。
このフォーラムにおいて、染めQテクノロジィは木材の劣化を防ぐ独自の木部ソリューション技術を紹介した。紫外線による劣化のカットや、高い防腐、防水効果を持つ先進のコーティング技術は、木材の寿命を劇的に引き上げる。森林循環の設計は、木を伐って建てれば終わりではない。建築物として一度固定した炭素をできるだけ長く街に留め置き、劣化を防ぎ、修繕し、時には移築して再利用する。木材そのものを守るメンテナンス技術の進化こそが、木造のまちづくりを支える静かな土台となる。

参照元: <地方創生フォーラム>「木造のまちづくりを創出し、森林循環経済を実現する」産学官連携での社会実装を見据え技術革新による木造建築の新たな可能性について染めQテクノロジィ が講演
https://somayq.com/news/2026-03-31-2610/
森林再生は、建築の出口をつくることから始まる
森林を守り、地球の環境を手入れするためには、山の奥に入って木を保護するだけでは足りない。街の中で木を伐り、賢く使い、建て、直し、移し、また使うという、社会的な出口のシステムをいかに美しくデザインするかが問われている。
国産材を用いた応急仮設住宅の国会での可視化、道の駅における宿泊と防災を兼ね備えた多機能コテージ、林野庁による標準化の推進、世界を視野に入れたスギCLTの進化、そして建物の寿命を延ばすコーティング技術。これらすべての試みは、森と建築をひとつの持続可能な生命線としてつなぎ直す挑戦だ。
これからの木造建築は、単に環境に優しい、温もりのある建物という情緒的な存在ではない。日本の広大な森林環境を適切に維持管理し、地域経済に富をもたらし、そして災害時には人々の確かな盾となる、最も実直で強靱な社会のメンテナンス技術そのものなのである。
あわせて読みたい記事

【再エネは“つくる”から“使いこなす”へ】太陽電池、蓄電池、燃やさないバイオマスが示す、脱化石燃料時代の電力インフラ

【木造建築は“循環する都市装置”になるか】サーキュラー木造温室が国際デザイン賞を受賞
