
★要点
2026年7月、日本の研究機関から、循環経済の輪郭を変える2つの発表が相次いだ。
ひとつは7月10日。産業技術総合研究所、九州大学、東京大学の共同チームが、混ざり合った廃プラスチックの中からポリウレタンだけを選んで分解する触媒を開発した。イリジウム触媒と水素を使い、130〜170℃で反応させる。ポリエステルもナイロンも手つかずのまま残るため、ろ過するだけで分けられる。台所のスポンジ、ストレッチの効いた下着、スマホケース、使用済みの自動車シート——分別コストが高すぎて燃やすしかなかったものが、対象になる。
もうひとつは7月24日。国立環境研究所、東京海洋大学、長崎大学のチームが、日本周辺の海から回収したマイクロプラスチックと大型プラスチックごみの中身を分析した。難燃剤HBCDが110〜590µg/g(=mg/kg)検出された試料がある。EUがPOPs規則で定める非意図的な混入の限度値は75mg/kg。可塑剤DEHPは一部で0.1%を超えた。
分ける技術は進んだ。だが、分けたものを戻していいかどうかは、別の問いである。
★背景
世界で使われたプラスチックのうち、リサイクルされているのは約9%。残りは燃やされ、埋められ、あるいは環境へ漏れ出している。
衣類はさらに厳しい。日本では年間およそ46万トン相当が焼却・埋立に回り、手放された服のうちリサイクルされるのは7%にとどまる。理由のひとつが混紡だ。綿とポリエステル、そこに数%のポリウレタン弾性繊維。伸縮性という快適さのために加えられた素材が、分別を不可能にしてきた。
一方で、リサイクル材には別の宿題がある。過去につくられた製品には、いまは禁止された物質が入っている。HBCDは難燃カーテンや発泡ポリスチレンの断熱材に広く使われ、2013年のストックホルム条約COP6で規制対象となり、日本でも化審法の第一種特定化学物質に指定された。だが、すでに世の中に出た製品は残り続ける。
プラスチック汚染に関する国際条約の交渉も足踏みが続く。2026年2月のジュネーブ会合(INC5.3)は役員選出などの組織的事項を扱うにとどまり、実質交渉には入れなかった。次回の日程は調整中である。
素材を戻す技術と、戻していい物質の線引き。この2つがそろわなければ、循環は「安全な循環」にはならない。
キッチンのスポンジを思い浮かべてほしい。
やわらかいウレタンの本体に、硬い研磨面が貼りついている。使い終われば燃えるごみだ。素材ごとに分けるより、燃やすほうが安い。だからこれまでは、そうしてきた。
ストレッチの下着も、スマートフォンのケースも、役目を終えた自動車のシートも同じである。複数のプラスチックが、接着され、編み込まれ、一体になっている。混ざっているというより、絡み合っている。
2026年7月10日、産業技術総合研究所、九州大学、東京大学の共同研究チームが発表したのは、その絡まりを「ほどく」技術だった。混合物のまま反応させ、ポリウレタンだけを分解する。他の樹脂には触れない。
その2週間後の7月24日。国立環境研究所を中心とするチームが、まったく別の角度から発表を行った。日本周辺の海で拾ったプラスチックを分析したところ、規制されているはずの化学物質が、いまも残り続けていた。
片方は、循環をつくる技術。もう片方は、循環に入れる前に確かめるべきこと。
2つの発表は無関係に見えて、同じ場所を指している。
反応性の常識を、逆にした
化学の教科書には、反応しやすい結合から先に切れる、と書いてある。
今回の触媒は、その順序をひっくり返した。
研究チームが開発したのは、イリジウム触媒とフェノラート塩(カリウム塩基)を組み合わせた系である。水素ガスを使い、130〜170℃で反応させると、ポリウレタンのウレタン結合だけが切れる。ポリエステルのエステル結合も、ナイロンのアミド結合も、より切れやすいはずなのに残る。
九州大学の岩﨑孝紀教授は、こう表現している。もっとも反応しにくい結合が先に切れ、反応しやすい結合は手つかずのまま残る——。
分解されたポリウレタンは、原料に戻って液体になる。ポリエステルやナイロンは繊維のかたちで残る。液体と固体だから、ろ過するだけで分かれる。
実験は、実物で行われた。台所用スポンジ(ポリウレタン+ポリエステル+ナイロン)、3種類が混ざった下着、携帯電話のケース、使用済み自動車のシート。いずれもポリウレタン部分だけが分解され、他の素材は無傷で回収された。
成果は2026年7月9日、ドイツの化学誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版に掲載され、注目論文(Hot Paper)に選ばれた。オープンアクセスで公開されている。
研究チームは、東京大学大学院工学系研究科の山田悠斗氏(研究当時・修士課程)と野崎京子教授、九州大学大学院工学研究院の岩﨑孝紀教授、産業技術総合研究所化学プロセス研究部門の田中真司上級主任研究員。

分別コストが、循環の最大のボトルネックだった
なぜ「選んで分解する」ことが大きいのか。
リサイクルの現場では、素材を混ぜたまま溶かすと品質が落ちる。ポリエステルとポリウレタンを一緒に溶かせば、どちらの用途にも使えない樹脂になる。だから、まず分ける。
ところが、その分別に金がかかる。人が手で仕分けるか、比重や光学で選別するか。いずれにせよ、複雑に一体化した製品には歯が立たない。分別コストが素材の価値を上回れば、リサイクルは経済的に成立しない。
結果、混合廃プラスチックの多くは焼却か、埋立へ回ってきた。
今回の技術は、その順序を変えるものだ。分けてから処理するのではなく、処理しながら分ける。分別工程そのものを化学反応に肩代わりさせる発想だ。
似た問題意識の研究は、ほかにもある。大阪大学の宇山浩教授らは2025年10月、マイクロ波加熱を使い、綿とポリウレタン弾性繊維の混紡から弾性繊維だけを分解する手法を発表した。約200℃で数分照射し、綿を95%以上の回収率で取り出す。
日本国内では、混紡を含む繊維が年間およそ47万トン廃棄され、その95%が焼却または埋立に回るとされる。衣料品の半数近くを占める綿/ポリエステル混紡に加え、数%しか含まれない弾性繊維が、分別を阻んできた。
数%の素材が、100%の資源化を止めていた。その数%を狙って外す。アプローチは違っても、向かう先は同じである。
海に出たプラスチックは、化学物質を抱えたまま
一方、7月24日の発表は、循環の“入口”ではなく“外側”を見ている。
国立環境研究所資源循環領域の鈴木剛室長、田中厚資主任研究員、宇智田奈津代高度技能専門員、東京海洋大学の内田圭一教授と東海正名誉教授、長崎大学の松下吉樹教授らのチームは、日本周辺で採取したマイクロプラスチック48試料と、海洋に流出した大型プラスチックごみ308試料を分析した。
採取地は、東京湾、玄界灘、太平洋沿岸、日本海沿岸、北海道沖、北海道日高沖、東シナ海、長崎県沿岸域、そして東京都内の河川。材質はFTIRで特定し、含まれる化学物質はGC-MSで測った。
浮かび上がったのは、3つの異なるふるまいだった。
酸化防止剤のIrgafos 168に由来する化合物は、ポリエチレンとポリプロピレンのプラスチックから広く検出された。プラスチックの内部から周囲へ、溶け出し、変化していく物質である。
可塑剤のDEHP(フタル酸ビス(2-エチルヘキシル))は、一部の試料で1,000µg/g、つまり重量比0.1%を超えた。EUのREACH規則では、可塑化材料中のDEHPを含む4種のフタル酸エステル合計が0.1%以上だと制限対象になる水準だ。海の表層を漂うマイクロプラスチックのほうが、海底の大型ごみより濃度が高い傾向にあった。周囲の海水から吸着している可能性がある。
そして難燃剤のHBCD(ヘキサブロモシクロドデカン)。玄界灘、太平洋沿岸、日本海沿岸で採ったマイクロプラスチックから、110〜590µg/gが検出された。µg/gはmg/kgと同じ単位である。EUのPOPs規則が定める非意図的な微量含有の限度値は、原則75mg/kg。バーゼル条約の低POPs含有量基準は1,000mg/kg。
つまり、海を漂う小さな粒の中に、EUなら「廃棄物として扱えない」水準の物質が入っていた、ということになる。
論文は2026年7月14日、米国化学会の『Environmental Science & Technology』に掲載され、同誌の表紙(Supplementary Cover)にも選ばれた。
細かくなれば薄まる、という直感は当たらない。マイクロプラスチックは小さくなっても、化学物質の懸念は小さくならなかった。


「何%リサイクルしたか?」から「何を戻していいのか?」へ
この2つの発表を並べると、循環経済の評価軸がずれてくる。
これまで、リサイクルの成績は「率」で語られてきた。回収率、再資源化率、有効利用率。何トン集め、何%戻したか。
だが、戻したものの中身は問われにくい。
HBCDは、かつて難燃カーテンや発泡ポリスチレンの断熱材に広く使われた。ポリエステル繊維の難燃加工に用いられていた時期もある。2013年のストックホルム条約COP6で規制対象となり、日本では化審法の第一種特定化学物質に指定された。生殖毒性があり、分解されにくく、生物に蓄積する。
規制は物質の製造と使用を止められる。だが、すでに世の中に出た製品を回収することはできない。建材として壁の中にあり、カーテンとして窓辺にあり、いずれ廃棄物になる。
そして、その一部は海へ出る。今回の分析は、その事実を数字で示した。
ここで問題になるのが、リサイクルの意味だ。
古い素材を回収して新しい製品にすることは、資源としては正しい。しかし、規制物質を含んだ素材をそのまま循環に戻せば、禁止したはずの物質を社会の中で回し続けることになる。EUがPOPs規則で「非意図的な微量含有」に限度値を設けているのは、まさにこの穴を塞ぐためである。
何%リサイクルしたか。
その問いの隣に、何を戻していいのか、という問いを置く。
測るべきは量だけではない。中身だ。
イリジウムは、金より高い
ただし、選択的分解の技術がすぐ現場に降りてくるわけではない。
最大の壁は触媒である。イリジウムは、金よりも希少で高価な金属だ。研究チーム自身が、コストとスケールアップが今後の課題だと明言している。より安価な代替金属の探索と、触媒効率の向上が次のテーマになる。
水素の調達も課題として残る。130〜170℃という条件は化学プロセスとしては穏やかな部類だが、水素を安定して安く使える設備が前提になる。
それでも、この研究の価値は落ちない。
「混ざったものは分けられない」という前提を崩したこと。分別を物理から化学へ移せる可能性を示したこと。そして何より、実験室の純粋な試料ではなく、スポンジや下着や自動車シートという現実の製品で確かめたこと。
研究は、いつも実装の何歩か手前にいる。だが、その一歩が向きを決める。
循環経済は、化学物質管理と同じテーブルにつく
2026年8月現在、プラスチック汚染に関する国際条約の交渉は、まだ結論に届いていない。
2025年8月にジュネーブで開かれたINC5.2は、生産規制などをめぐる対立が解けず、合意を先送りした。2026年2月に同じジュネーブで開かれたINC5.3は、新議長にチリのフリオ・コルダノ氏を選び、6地域から10名の代表理事を確認する組織的な会合にとどまった。日本からは小野洋・環境省参与が、アジア太平洋地域の代表理事に就いている。次の再開会合の日程は調整中だ。
交渉の主な争点のひとつが、まさに化学物質である。どの物質を「懸念される化学物質」として名指しし、どう扱うのか。生産量の上限を設けるのか、下流の管理で対応するのか。
この論点は、抽象的な国際政治の話に見えて、今回の2つの研究と直結している。
分ける技術が進めば、混合廃プラは資源になる。だが、資源になった素材に何が入っているかを測れなければ、循環は信頼されない。逆に、中身を測れるようになれば、「これは戻していい」「これは循環から外して確実に破壊する」という判断ができる。
循環経済(サーキュラーエコノミー)と化学物質管理は、これまで別々の部屋で議論されてきた。廃棄物の担当と、化学物質の担当。産業政策と、環境保健。
その壁を取り払うことが、次の課題になる。
国立環境研究所のチームも、今後の課題として、環境へ流出したあとのふるまいを考慮したリスク評価の必要性を挙げている。つくるときの管理だけでは足りない。使い、捨て、漏れ出し、漂い、また拾われる。その全行程を通した設計が要る。
「ほどく」ことは、手入れの技術である
くっつけるのは簡単だ。ほどくのは難しい。
接着し、編み込み、コーティングし、複合化する。性能を上げるために、私たちは素材を混ぜてきた。軽くて丈夫で伸びて水を弾く。その快適さの代償が、分解不能である。
今回の触媒は、その代償に手をつけた。混ぜたまま、選んでほどく。
そしてもうひとつの研究は、ほどいた先で何が出てくるのかを教えた。過去の設計判断は、いまも海を漂っている。
循環とは、輪を閉じることだと説明される。だが、閉じる前に確かめることがある。輪の中に、入れてはいけないものが混ざっていないか。
つくるときに、後でほどけるように設計する。使うときに、何が入っているかを記録する。捨てるときに、戻すものと止めるものを選り分ける。
これはリサイクルの話であると同時に、モノとの付き合い方——メンテナンスの話でもある。
【参考】
国立環境研究所:海洋を漂流するマイクロプラスチックから管理上注目すべき添加剤由来化学物質を検出
—微細化しても化学物質に関する懸念は必ずしも低下しない—(2026年7月24日)
https://www.nies.go.jp/pr/news-and-updates/2026/Press20260724-1.html
産業技術総合研究所:混合廃プラスチックのリサイクルに新たな手法(2026年7月10日)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260710/pr20260710.html
九州大学:混合廃プラスチックのリサイクルに新たな手法~廃プラスチックのなかのポリウレタンを選択的に分解する触媒の開発(2026年7月10日)
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1514
Angewandte Chemie International Edition:Selective Degradation of Polyurethanes in Mixed Plastic Wastes via Ir-Catalyzed Hydrogenolysis
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.4288189
環境省:プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会再開会合(INC5.3)の結果概要
https://www.env.go.jp/press/press_02873.html
環境省:サステナブルファッション
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/about/
大阪大学 ResOU:アパレル循環の新展開! ストレッチ素材の弾性繊維を混紡繊維から分離(2025年10月14日)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20251014_1
FAQ
Q. 混合廃プラスチックとは何ですか?
A. 複数の種類のプラスチックが混ざった、あるいは一体化した廃棄物を指す。台所用スポンジ、混紡の衣類、家電の筐体、自動車の内装などが典型である。素材ごとに分けないと品質の高い再生材にならないが、分別に費用がかかるため、多くは焼却や埋立に回されてきた。
Q. 今回の触媒技術は、何が新しいのですか?
A. 混ざった状態のまま、ポリウレタンだけを選んで化学分解できる点である。イリジウム触媒と水素を使い130〜170℃で反応させると、より切れやすいはずのポリエステルのエステル結合やナイロンのアミド結合は残り、ウレタン結合だけが切れる。分解物は液体、残った繊維は固体なので、ろ過で簡単に分けられる。
Q. 実用化はいつごろですか?
A. まだ研究段階である。最大の課題は触媒に使うイリジウムが金より希少で高価なこと。研究チームはコストとスケールアップを今後の課題とし、より安価な金属への置き換えと触媒効率の向上を目指すとしている。
Q. HBCDとはどんな物質ですか?
A. ヘキサブロモシクロドデカンという臭素系の難燃剤である。発泡ポリスチレンの断熱材や、ポリエステル製の難燃カーテンなどに使われてきた。分解されにくく、生物に蓄積し、生殖毒性が指摘されている。2013年のストックホルム条約COP6で規制対象となり、日本では化審法の第一種特定化学物質に指定されている。
Q. 110〜590µg/gという数字は、どのくらいの水準ですか?
A. µg/gはmg/kgと同じ単位である。EUのPOPs規則が定めるHBCDの非意図的な微量含有の限度値は原則75mg/kg。検出値はこれを上回る。なお、バーゼル条約が定める低POPs含有量基準は1,000mg/kgである。
Q. DEHPは何が問題なのですか?
A. プラスチックをやわらかくする可塑剤で、内分泌かく乱作用が指摘されている。EUのREACH規則では、可塑化材料中のDEHPを含む4種のフタル酸エステルの合計が0.1%(1,000µg/g)以上だと制限対象になる。今回、一部の海洋プラスチック試料がこの水準を超えていた。
Q. マイクロプラスチックは小さくなれば安全になりますか?
A. 今回の研究は、その逆を示している。細かくなっても含まれる化学物質の懸念は下がらず、表層を漂うマイクロプラスチックのほうが海底の大型ごみよりDEHP濃度が高い傾向も見られた。周囲の海水から化学物質を吸着している可能性がある。
Q. なぜ衣類のリサイクルは進まないのですか?
A. 混紡が理由のひとつである。衣料品の半数近くを占める綿/ポリエステル混紡に加え、伸縮性を出すために数%だけ加えられるポリウレタン弾性繊維が分別を阻んできた。日本では手放された衣類のうちリサイクルされるのは7%にとどまり、年間およそ46万トン相当が焼却・埋立に回っている。
Q. プラスチック汚染に関する国際条約は、いまどうなっていますか?
A. 2025年8月のINC5.2(ジュネーブ)は生産規制などをめぐる対立で合意を先送りした。2026年2月のINC5.3は新議長と代表理事の選出という組織的事項にとどまり、実質交渉には入っていない。次回の再開会合の日程は調整中である。
Q. 企業や消費者は何から始めればよいですか?
A. 企業は、自社製品にどの素材とどの添加剤が使われているかを把握し、後で分解・分離できる設計(デザイン・フォー・リサイクル)へ移すこと。消費者は、長く使い、手放すときは自治体や店頭の回収ルートに乗せること。「何%リサイクルされたか」だけでなく、「何が戻されているか」を問う視点が、次の循環経済をつくる。
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