
★要点
札幌文化芸術交流センター SCARTSと北海道大学CoSTEPによるアート&サイエンスプロジェクトは、アーティスト・永田康祐の新作映像作品展「風を掘る」を開催する。テーマは「リジェネラティブ」。北海道各地でのリサーチをもとに、風力発電、再生可能エネルギー、AI、データセンター、都市と地方、消費と生産の関係を映像作品として提示する。エネルギー問題を技術や政策だけでなく、風景、身体感覚、暮らし、未来への想像力として考える展覧会である。
★背景
再生可能エネルギーは、脱炭素社会を支える重要な技術である。一方で、風車や送電線、データセンター、発電施設は、地域の風景や土地利用、自然環境、住民感覚とも深く関わる。さらに生成AIの普及によって、デジタル社会を支える電力需要は拡大している。エネルギーの未来は、発電量や効率だけでは語れない。どこでつくり、誰が使い、どの風景が変わり、どの地域が支えるのか。アートは、社会実装の前にある違和感や問いを可視化し、技術と暮らしのあいだに想像力の余白をつくる。
風は見えない。だが、風車が立てば、風景は変わる。AIも見えない。だが、データセンターが動けば、電力は使われる。再生可能エネルギーとデジタル社会は、未来を明るくする言葉として語られることが多い。だが、その未来はどこに建ち、誰の土地を通り、どの風景を変え、どれだけの電気を必要とするのか。札幌文化芸術交流センター SCARTSと北海道大学CoSTEPによる展覧会、永田康祐「風を掘る」は、その問いをアートから掘り起こす。技術論では届きにくい場所へ、映像が入り込む。エネルギーの未来を、数字ではなく風景として見る試みだ。
テーマはリジェネラティブ——維持ではなく、再生へ
展覧会の出発点は「リジェネラティブ」である。
サステナブルが、環境への負荷を減らし、いまある状態を維持しようとする考え方だとすれば、リジェネラティブはさらに一歩踏み込む。自然が本来持つ再生力を引き出し、環境をより良い状態へ育てていく考え方だ。
農業、漁業、林業、都市づくり、観光、建築、エネルギー。多くの分野で、リジェネラティブという言葉が使われ始めている。
だが、その中身は簡単ではない。何を再生するのか。誰にとって良い状態なのか。自然を回復するために、人間はどこまで介入してよいのか。技術は、自然を助けるのか、それとも別の負荷を生むのか。
永田康祐「風を掘る」は、この複雑さを避けない。
再生可能エネルギーは、一般に環境に良いものとして語られる。
だが、風力発電の風車は土地に建つ。山や海岸や牧草地の景観に入り込む。送電線が必要になり、工事が発生し、地域の合意形成が求められる。再エネはクリーンな技術であると同時に、土地を使う現実のインフラでもある。
リジェネラティブを考えるなら、発電方法だけでなく、その場所に生まれる関係まで見る必要がある。
風を電気に変えること。
その電気を都市が使うこと。
AIがその電力を消費すること。
地方の風景が、デジタル社会を支えること。
こうしたつながりは、見えにくい。だからこそ、アートの出番がある。

北海道の風力発電とエネルギーの風景
北海道は、風の土地である。
広い平野、海岸線、山地、寒冷な気候、強い風。
再生可能エネルギーのポテンシャルが高い地域として、風力発電をはじめとする導入が進んできた。
北海道の風は、自然現象であると同時に、エネルギー資源として見られるようになった。
だが、風を資源として見るとき、風景の意味も変わる。
ただ美しい草原や海岸だった場所が、発電の候補地になる。
遠くに風車が並ぶ。送電網が必要になる。建設予定地が議論になる。地域の期待と不安が生まれる。
収益、雇用、景観、生態系、騒音、鳥類への影響、地域還元。再エネは、地域に新しい問いを連れてくる。
風力発電は、化石燃料を燃やさずに電気をつくる。だから重要だ。だが、風車が立つ場所に暮らす人にとっては、地球規模の正しさだけでは足りない。
自分の町の風景がどう変わるのか。誰が決めるのか。利益はどこへ行くのか。自然への影響はどう測るのか。地域はどう関われるのか。
北海道のエネルギーの風景は、未来の縮図である。
都市は電力を必要とする。地方は再エネの適地を持つ。AIやデータセンターは膨大な電力を消費する。
脱炭素を進めるほど、電気の需要と供給の場所があらためて問われる。
「風を掘る」というタイトルは、象徴的だ。
風は地下資源ではない。掘るものではない。だが、風を電気として取り出す社会は、ある意味で風を採掘している。
石炭や石油を掘る時代から、風や光を取り出す時代へ。採掘の対象は変わっても、土地とエネルギーの関係は残る。
風を掘るとは、風景の奥にあるエネルギーの構造を掘ることでもある。
AIとデータセンターの時代に、電力をどう考えるか
いま、AIは、画面の中にあるように見える。
文章を生成する。画像をつくる。音声を処理する。翻訳し、検索し、分析する。
使う側から見れば、軽く、速く、ほとんど重さのない技術に思える。
だが、AIは電力で動く。
大規模なAIモデルの学習と運用には、膨大な計算資源が必要になる。その計算を支えるのがデータセンターである。
サーバーが並び、冷却設備が動き、電力が流れ続ける。
AIは、デジタルな魔法ではない。電力、水、土地、半導体、建物、送電網に支えられた物理インフラである。
ここで、再生可能エネルギーとの関係が浮かび上がる。
AIが広がるほど、電力需要は増える。データセンターが増えれば、地域の電力インフラにも負荷がかかる。その電力を再エネでまかなうなら、どこかに太陽光パネルや風車が必要になる。
つまり、都市やデジタル産業の便利さは、別の場所の風景とつながっている。
永田康祐のリサーチが、再生可能エネルギーだけでなくAIにも着目している点は重要だ。
再エネは、発電所単体の話ではない。AI社会、情報産業、都市の消費、地方の資源、土地利用、環境保護が複雑に絡む。
私たちがスマートフォンやパソコンでAIを使うたび、その背後には電力がある。その電力のどこかに、風車や送電線やデータセンターがある。
便利さは、どこかの風景に支えられている。
この当たり前の事実は、日常の中では見えにくい。アートは、その見えにくさを見えるものに変える。
データセンターの数値ではなく、風景として。電力需要のグラフではなく、場所の記憶として。技術の効率ではなく、人間の感覚として。
AI時代のエネルギー問題は、専門家だけの課題ではない。使う人すべての課題である。

アートとサイエンスが交差する理由
SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクトは、アートとサイエンスを横断する取り組みである。
社会的に関心の高い科学的トピックを出発点に、アーティストがリサーチを重ね、表現へ結びつける。成果展だけでなく、トークイベントやワークショップも行う。
この形式は、いまの時代に合っている。
気候変動、再生可能エネルギー、AI、生物多様性、地域再生。これらのテーマは、科学だけでも、アートだけでも、政策だけでも扱いきれない。
データは必要だ。だが、データだけでは人は動かない。制度は必要だ。だが、制度だけでは実感が生まれにくい。
アートは、そこに感覚と言葉にならない問いを持ち込む。
エネルギー問題には、数字がある。発電量、CO2削減量、稼働率、送電容量、消費電力量、設備投資額。どれも重要だ。
だが、数字では測りにくいものもある。風景の違和感。地域の誇り。土地への記憶。未来への不安。変わっていく日常の感触。
アートは、その部分を扱える。
科学は、現象を明らかにする。
アートは、その現象をどう受け止めるかを揺さぶる。
社会実装には、その両方がいる。
再エネもAIも、最終的には人の暮らしの中に入る。ならば、実装の前に想像する時間が必要だ。
風車が立つ前に、その風景をどう感じるかを考える。
データセンターが建つ前に、その電力をどこから得るのかを考える。
AIが当たり前になる前に、その背後の資源を考える。
アート&サイエンスは、未来を決める会議ではない。だが、未来を考えるための感覚を育てる。
未来のエネルギーへ手紙を書く
関連イベントとして、北海道大学CoSTEPはワークショップ「Letter to F~未来のエネルギーへの手紙~」を企画している。
50年後の未来、自分が望むエネルギーの使い方について、未来の自分に短い手紙を書くという内容だ。
これは、単純だが深い。
エネルギー問題は、遠い未来の話に見えやすい。国の政策、企業の投資、発電所の計画、専門家の議論。生活者は、どこか受け身になりやすい。
だが、電気は毎日使う。スマホを充電し、部屋を暖め、AIを使い、移動し、料理し、働く。エネルギーは、暮らしの一部である。
未来のエネルギーへ手紙を書くことは、自分の生活を未来へ接続する行為だ。
どんな電気を使いたいのか。
どんな風景を残したいのか。
どこまで便利さを求めるのか。
誰の土地や自然に負担を預けているのか。
50年後の自分は、いまの選択をどう見るのか。
こうした問いは、政策文書だけでは生まれにくい。手紙という形式だからこそ、自分事になる。
アートは、未来を予言しない。だが、未来を考える姿勢を変えることはできる。
エネルギーの未来を、ただの技術選択ではなく、暮らし方、地域との関係、自然との距離として考え直すきっかけになる。
アートは、社会実装の前にある想像力をつくる
再生可能エネルギーは必要だ。AIも、社会に深く入り込んでいくだろう。
だが、必要だからすぐ進めればよい、便利だから広げればよい、という話ではない。
技術には、いつも風景が伴う。
風力発電には、風車のある景色がある。
データセンターには、電力と冷却の現場がある。
AIには、使う人の見えない場所で動くインフラがある。
脱炭素には、地域の土地利用と合意形成がある。
社会実装とは、技術を社会へ置くことである。
置く以上、場所が変わる。関係が変わる。見え方が変わる。その変化を、実装後に慌てて考えるのでは遅い。
アートは、社会実装の前にある想像力をつくる。
この風景に風車が立ったら何が変わるのか。AIの便利さを支える電力はどこから来るのか。都市が使うエネルギーを地方が引き受けるとき、どんな関係が生まれるのか。リジェネラティブとは、単に自然を回復する言葉なのか、それとも人間の欲望の形を問い直す言葉なのか。
こうした問いは、答えを急がない方がいい。
すぐに賛成か反対かへ分ける前に、見つめる。調べる。聞く。歩く。撮る。映す。対話する。
そこから、技術と社会の距離感が見えてくる。
「風を掘る」は、風力発電を批判する展覧会ではない。AIを否定する展覧会でもない。むしろ、そのどちらも必要とされる時代に、私たちが何を見落としているのかを問う展覧会である。
未来のエネルギーは、発電方式だけでは決まらない。
それを受け入れる風景と、語り合う言葉と、使う人の想像力によって決まる。
風は見えない。
電力も、ふだんは見えない。
AIの裏側も、見えにくい。
だからこそ、アートはそれを見えるものにする。
再エネ社会の未来は、数字と制度だけではなく、風景をどう想像できるかにかかっている。
SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト
展覧会 永田康祐『風を掘る』
https://sapporo-community-plaza.jp/event_scarts.php?num=5115
(アーティストプロフィール)
永田康祐(Kosuke Nagata)
アーティスト
1990年愛知県生まれ、神奈川県を拠点に活動。自己と他者、自然と文化、身体と環境といった近代的な思考を支える二項対立、またそこに潜む曖昧さに関心をもち、写真や映像、インスタレーションなどを制作している。近年は、食文化におけるナショナル・アイデンティティの形成や、食事作法における身体技法や権力関係、食料生産における動植物の生の管理といった問題についてビデオエッセイやコース料理形式のパフォーマンスを発表している。主な個展に「イート」(gallery αM、東京、2020)、グループ展に「見るは触れる 日本の新進作家 vol. 19」(東京都写真美術館、2022)、あいちトリエンナーレ(愛知県美術館、2019)など。
ウェブサイト:knagata.org
FAQ
Q. 永田康祐「風を掘る」とは何か。
A. 札幌文化芸術交流センター SCARTSと北海道大学CoSTEPによるアート&サイエンスプロジェクトの展覧会で、アーティスト・永田康祐が「リジェネラティブ」をテーマに、北海道の風力発電、再生可能エネルギー、AI、データセンター、都市と地方の関係をリサーチし、新作映像作品として提示する。
Q. なぜ風力発電とAIが同じ展覧会で扱われるのか。
A. AIはデジタル空間だけで完結する技術ではなく、データセンターと大量の電力によって動く物理インフラである。その電力を再エネで支えるなら、風力発電や地域のエネルギー生産と結びつく。風力発電とAIは、未来の電力需要と供給をめぐってつながっている。
Q. リジェネラティブとは何か。
A. 環境への負荷を抑えて維持する「サステナブル」から一歩進み、人間の働きかけによって自然が本来持つ再生力を引き出し、環境をより良い状態へ育む考え方である。
Q. アートはエネルギー問題にどう役立つのか。
A. アートは発電効率や設備計画を直接決めるものではない。だが、風力発電やAIインフラが地域の風景、暮らし、感覚、未来像にどう関わるのかを可視化し、社会実装の前に必要な想像力と対話を生む役割を持つ。
Q. なぜ北海道が重要なのか。
A. 北海道は豊かな自然と広い土地、風力など再生可能エネルギーの可能性を持つ一方で、気候変動、人口減少、エネルギー供給、データセンター需要などの課題にも向き合う地域である。再エネ社会の未来を考えるうえで、北海道の風景とエネルギーの関係は重要な論点になる。
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