齊藤 雅也さん/建築環境学者 公立大学法人札幌市立大学デザイン学部・大学院デザイン研究科・デザイン研究科長・教授 博士(工学)

空気温度ではなく、表面温度のムラづくりが生き物のウェルネスを生む

今回の「風と、森と、エネルギーの治癒力」という章テーマを思いついた時に知りたかったことが、今後の社会を維持していく再生可能エネルギーの現状と、人間が暮らし、生命を守るための建物を「CO2シフトチェンジ」するための入り口は、いったいどこにあるのだろうかということだった。
熱環境設計にメスを入れる「室内気候デザイン」の考え方と、意匠建築家を巻き込んだ新たな実践は、この疑問に答えてくれる道標の一つになるような気がしている。
キーマンの札幌市立大学・齊藤雅也教授に話を聞いた。

― のっけにウイスキーの話題で恐縮ですが、僕の大好きなウイスキーに北海道の厚岸で誕生したブランドがあって、ここのウイスキー作りのテーマが二十四節気なんです。

齊藤 季節の暦ですね。

― そうなんです。大暑とか立冬とか1年を24の季節に分けてそれぞれの季節のイメージを、ウイスキーの味わいに落とし込んでるわけです。言ってみれば、気候感も楽しめるお酒。自然に対するこのものづく
りの接し方は良いなあと思ってまして、これって齊藤先生が取り組んでいる「室内気候デザイン」の感覚にも近いものなのかな? と感じたことがあります(笑)。


齊藤 そうですね(笑)。私たちは五感を通して毎日、周囲環境の変化を感じながら暮らしていますし、日差しや風、雨や雪など多様な環境の要素を、季節や地域特有の感覚として得ながら生きています。
そういった感覚や季節への想像力ということでは、二十四節気という自然の変化に寄り添った暦も「室内気候」づくりと共鳴できる感覚かもしれません。

― 加えて言うと「室内気候」という考え方を知って、建物の外に自然の気候があるように、建物の内部、室内でも自然の中で感じる心地良さとか、穏やかな季節の変化を活かした室内環境づくりができるのかと、実はたいへん驚いたのです。

齊藤 2022年に出版した『季節を味わう住みこなし術 日本建築学会編』(技報堂出版)の中でも触れたのですが、たとえば“ 涼しさ”というのは日本の夏特有の感覚です。
これは伝統的な茅葺屋根の住まいでは屋根の茅の厚さによる断熱、軒の出による日射の遮へい、通風と換気といった手法が組み合わされることで得られる感覚です。
現代の住まいでも、日射や外部からの風のコントロール、緑や水などのポテンシャルを活かすことで、「涼しさ」を得ることができます。
夏の屋外では、強い日差しが建物の外壁や周辺の道路などにあたって、それらの表面から強い放射熱が発せられています。
また都市の緑が減って、熱を蓄えやすいアスファルトやコンクリートで地面が覆われている現在は、それらが都市全体の高温化にさらに拍車をかけています。
住まいの開口部はこれら外からの放射熱に対して無防備になっていることが多いので、窓ガラスの外側で日射遮へいすることで、室内での「涼しさ」を得るのに有効です。

― でも、このところの夏の異常な高温に対処して「涼しさ」を得るためには、エアコン出力を上げるとか、室内の風力装置の台数を増やすとか、気候変動をさらに煽るような行き詰った手立てしか思いつかな
くて…。


齊藤 目先の方法を選ぶと確かにそうなるのかもしれませんけど、いきなり高出力の方法を選択するのではなくて、季節の特性として表れる建物の外壁や内部壁、床、風や空気の流れなども総合的にイメージして、生み出される熱環境を調整しながら「住みこなし」ていける空間を作ること。これが、室内気候づくりの基本的な考え方です。

季節を味わう住みこなし術
~ちょいケアで心地よいライフスタイルに大変身~
居住者がちょっとした手間をかける「ちょいケア」で心地良い暮らしが実現でき、夏・冬に起こりうる住まいの困りごとを解決しながら、室内気候デザインを住まいの中に作り出すための配慮や工夫をわかりやすく解説した一冊。(日本建築学会・編/技報堂出版・発行)

― 熱環境の調整と、住みこなし。

齊藤 そうです。先ほどの二十四節気のように、私たちは自分たちが居る地域の四季の特長を認識しながら暮らしています。
これは外気温に対する認識に基づいていると考えられるので、季節感はそれぞれの地域特有の熱的な刺激や、外気温の高低によって生まれている感覚だと言えそうです。
ですのでその地域の季節の気温の変化、湿度、風向きと風速などの気象情報を頭に入れておけば、どんな服装がふさわしくて、窓の開閉やエアコンの運転方法はどのくらいが最適か、自分で判断して調整しやすくなるはずです。
つまり「熱環境に対する想像力」を磨くことが大切なんです。
そしてこの熱環境想像力を活かして、「住みこなし」を効果的に行える建物空間をつくることが極めて重要です。

― つまり、室内環境に良質な気候を生み出すためには、熱がポイントになるということですね。

齊藤 そうなんです。私は熱の専門家として光と熱、空気の動きを一体的に研究していて、外気温に対する部屋の中の空気温度も計算ターゲットにするんですが、現在は研究が進んで「熱」については空気温度よりも表面温度を見ることにしています。

― どうしてですか?

齊藤 何故なら、表面温度が空気温度を決めますし、空気温度はいわば二次的なものだからです。
たとえば外気温は、空の晴れ方と地面の温度によって決まりますよね。ということは、心地良さを決めるポイントも、表面温度にあるということです。

― なるほど。

齊藤 ですから室内気候を考える際にはまず表面温度をしっかり分析することと、もう一つ重要なことが「表面温度のムラ」を作ることなんです。

― 「ムラ」ですか? つまり、空間全体をまるごと均一の温度にはしないと?

齊藤 そうです。このムラ作りがとっても重要なんです。
空間全体をまるごと均一に温度管理するということが、そもそも自然なことではないし、ヒトが居ない空間や隅まで温めたり冷やしたりするためにエネルギーを過剰に使うことも、二酸化炭素排出削減の動きや時代の変化に合っていません。
私が取り組んでいる熱環境デザインは、屋内外を問わず「表面温度を適切な範囲で整えること」です。
これを行うことで、動物やひとの熱的なストレスが大幅に軽減されて、ウェルネスが高まります。
つまりこれは絶えず快適さを生み出すということではなくて、「不快でない」空間と時間を作るデザインなのです。

― 快適さの追求から、不快でないことの維持へ。これってかなり大きな意識の変化ですよね。

齊藤 たとえば同じ室内の窓際と、ちょっと奥まった所の室内気候を考える際に、冬でもちょっとヒンヤリした場所があったっていいじゃないですか?

― 確かに。ヒンヤリした部分があったほうが、他の暖かい空間をより体感できますね。

齊藤 ですから、空間全部を暖めるってことをしないでも、部分部分で表面温度にほどよい差が生まれるように設計して、空間内に表面温度のムラをどう作るかを、遠藤さんのアトリエでも調査して、具現化したのです。

― 先日のダイアローグでもお話になってましたが、そもそもこの室内環境と熱環境デザインが実現されていった発端は、オランウータンの住環境改善だったのですよね。

齊藤 はい。今から15年前くらいのことですけど、札幌にある円山動物園で暮らすオスのオランウータン「弟路郎(ていじろう)」の住環境改善が、今日につながる糸口になりました。
夏の札幌もかなり暑くて、屋外放飼場の弟路郎は奥のほうでジッとしていてまるで動かない。しかも毛並みはボロボロでした。そんな様子を見かねた札幌市長から「何とかしてほしい」と要請があったのです。その改善研究の中で、表面温度の重要性に気づきました。

表面温度60℃の環境で暮らすオランウータンを助ける

夏の日中の外気温が30℃以下でも、地表面温度は60℃近くに達し、オランウータン「弟路郎」くんは影になる場所で微動だにしないでいた。改修後は植栽、芝、水面などを設置し、動く影も生まれた25~35℃の表面温度のムラができたことで、オランウータンの移動距離は3倍になり、行動形態も増えた。

札幌市円山動物園のオランウータン「弟路郎」の住環境に対して行われた熱環境デザイン

― どんな研究を行ったのですか?

齊藤 弟路郎が暮らす動物舎にサーモカメラを当てたら、奥はヒンヤリしていて、手前はゴルフ場やテニスコートみたいに真っ赤になっていることが分かったのです。驚きましたよ。だって外気温は28℃でしたが、表面温度が60℃になっていたのですから。

― それじゃあさすがに身動きしたくないですよね…。

齊藤 人間の感覚で言えば私たちは広い空間を自由に移動できますから、心地良い場所を探して移ることができます。でもオランウータンの彼は狭い場所に居て、その選択肢が無いわけです。
それに、いくら生息地のインドネシアやボルネオのDNAを持っていても、表面温度が60℃になっている場所は、彼らの故郷には存在しません。
このサーモカメラの結果を見て、弟路郎が動かない理由は外気温つまり空気温度のせいではないということがわかり、表面温度を至急何とかしてあげなければいけないと、動物園の飼育スタッフと協議しながら住環
境の改善を始めました。

― 具体的には?

齊藤 熱が溜まらないようにアスファルトもコンクリート床も剥がして、起伏のある土に変え、植栽や鉄柱、ロープなどの遊具を付けて、影のできる場所を作ったり、水場を設けたりしました。
そのようにしてオランウータンの住環境にヒンヤリした部分、涼しい部分、逆にホットな部分と熱のムラを作って、熱環境状態をガラリとデザインし直したのです。

― その結果は?

齊藤 弟路郎はまるで別人のように生まれ変わりました。この動画を見てください。

― わ、これ同じオランウータンですか? 毛がフッサフサですし、もの凄く動き回ってますね!

齊藤 今はもう、こんなにふてぶてしくなっちゃって(笑)。画像でビフォー・アフターを比較するとさらによくわかりますよ。

― なるほど、これは別人ですね。

齊藤 毛並みの良さは飼育されている環境の質がもろに出ます。ちなみに糞を調査したら、やはりストレスが大幅に減っていることがわかりました。彼とは会話はできませんが、住環境にクールスポットとホットスポットの表面温度のムラを作って、空間の中にいろんな居場所の選択肢があることで、オランウータンの心身状態は格段に改善されたわけです。

― この熱環境づくりの結果は、人間にも当てはまると考えた?

齊藤 はい。人間の住環境でも同じことが言えます。外なので空気温度は一緒ですが、住まいの庭では実は微気候によって表面温度を下げていて、それによって人間の行動が変わります。家はまず断熱状態を高断熱にして、その上で室内にいろいろな温度のムラを作って居場所の選択肢を作ることで、行動形態も増えることがわかっています。

― 高断熱化も、室内気候デザインの重要な要素なのですね。

齊藤 空間の高断熱化は、気候変動時代の重要な機能だと思います。私は北海道からこれらの実証を進めていますが、実は日本各地で応用できると考えていて、東京の住宅でも室内気候デザインの導入実験を行っています。高断熱の空間にエアコンは小型一台のみ。室内に表面温度のムラを作りだし、太陽光も使い経済効果も実証できています。
床面積の広い家は断熱が悪いと空間の半分も使っていないことが多いし、高断熱化と表面温度のムラ作りを意識することで、住まい全体をまるごと活用できるようになるはずです。

熱環境分析と室内気候デザインを行った遠藤建築アトリエの温度ムラ分布(冬季)

快適な室内気候(表面温度分布)の形成流体解析の結果として得られた温度分布・気流速度が概ね実現し、冬季の穏やかな室内気候が形成されていることがわかった。

スタッフの熱環境適応
1回目の実測(2019/12)では「寒さ」を感じたスタッフも見られたが、2回目の実測(2020/2)では多くが快適に感じていた。建物躯体(コンクリート内部)の温度が上昇し、スタッフの多くが「寒冷馴化」したことによって同じ温度でも寒暑感・快適感に違いがみられた。

温度想像力の養成
スタッフがオフィス内の温度計を時々確認して空間のおおよその温度を把握していると考えられる。「いま、何℃ぐらいになっているか」を知っていることは体調管理に重要と考えられる。