
★要点
生成AIが瞬時に回答やアイデアを示す時代において、サステナブルな未来を構想するためには、AIを使いこなしながらも、人間が自ら問いを立て、深く考え続ける力を保つことが重要になる。金沢工業大学Beyond SDGs推進センターと情報デザイン学部経営情報学科平本研究室が開発した「SMILE Method™」は、生成AIが得意とする「速さ」だけに依存せず、人間が本来得意とする「ゆっくりさ」や「深さ」を重視する学習メソッドだ。学習者がまず自分の知識や経験を使って考え、その後に生成AIを壁打ち相手として活用するという順序を設けることで、AIへの過度な依存を避けながら、発想や視点を広げていく。人間とAIが状況に応じて主導権を交替・共有する「Mixed Initiative」の考え方を取り入れ、AIに答えを委ねるのではなく、人間の主体的な探究を深める新たな教育のあり方を提示している。
★背景
教育やビジネスの現場では、生成AIを使って文章をまとめたり、アイデアを生み出したりすることが急速に一般化している。一方で、課題に向き合う初期段階からAIに回答を求めることが、内容の記憶や成果物への主体感、自分で試行錯誤する経験に影響する可能性も指摘され始めている。被災地の復興やSDGsのような社会課題には、唯一の正解があるわけではない。複数の立場や価値観を考慮し、何を課題として捉え、どの未来を選ぶのかを判断する必要がある。AIを情報整理や視点の拡張に活用しつつ、問いの設定と最終的な判断を人間が担うための教育設計が、いま重要になっている。
わからないことがあれば、検索窓に打ち込む。あるいはAIチャットボットに問いかける。それだけで、数秒後には美しく整理された答えが手に入る。そんな便利な時代において、私たちは知らず知らずのうちに「深く立ち止まって考えること」を省略していないだろうか。 だが、持続可能な社会、すなわちネイチャーポジティブやSDGsが求める未来の設計には、効率や既存データだけでは答えを導き出せない複雑な問いが満ちている。そこで重要になるのは、技術を使いこなしながらも、人間の思考力を保つための「思考のメンテナンス」だ。金沢工業大学が新たに発表した「SMILE Method™」という学びの設計図から、AI時代における人間の知性の守り方を考える。
AIがすぐに答えを出す時代に、何が失われるのか
生成AIは、膨大なデータを背景に「それらしい答え」を即座に構造化して提示してくれる。レポート作成、ビジネスアイデアの構築、プログラミングのバグ修正など、AIは私たちの知的な作業効率を劇的に引き上げた。
しかし、この圧倒的な便利さは、学習者が自ら試行錯誤する機会を減らす可能性もある。AIに早い段階から回答を委ねる学習方法については、課題への主体的な関与や内容の記憶、成果物に対する所有感に影響する可能性を示す研究も報告されている。
AIが示した回答を十分に検討せず、そのまま受け取る使い方にとどまれば、「悩む」「仮説を立てる」「異なる可能性を比較する’」といった思考の過程を経験する機会が少なくなるおそれがある。その結果、自ら問いを設定し、情報を評価し、判断する力を十分に伸ばせなくなる可能性がある。また、発想が既存の情報や似通った表現に収れんする可能性もある。
大学の発表文では、AIへの早期・過度な依存による「認知負債」や「発達阻害」への懸念が示されている。ただし、根拠として紹介された研究は生成AIを用いた作文課題を扱ったものであり、生成AIが人間の長期的な認知機能全般に与える影響については、現在も研究途上にある。
金沢工業大学が発表したSMILE Method™とは
こうしたAI依存の課題に対し、教育現場から具体的な学習アプローチが提示された。それが、金沢工業大学Beyond SDGs推進センターと、情報デザイン学部経営情報学科の平本研究室が開発した「SMILE Method™」である。
SMILE Method™は、生成AIを学びの現場から排除するのではなく、むしろ積極的に活用しながらも、人間が主体的な意思決定を担い続けることを重視した学習設計だ。本記事では、この人間側の主体性を「思考の主権」と呼びたい。
生成AIが得意とする「速さ」だけを追い求めるのではない。人間が本来得意とする「ゆっくりさ」や「深さ」を重視する。テクノロジーの進化スピードに脳を合わせるのではなく、人間が深く思索するための適切なプロセスを守り抜くこと。それが、このメソッドに貫かれている最も基本的な哲学である。
人間が先に考え、AIを後から使う理由
SMILE Method™の核心は、「人間が必ず自分の頭で考えたのちに、生成AIによってその考えを発展させる」という厳格なプロセス設計にある。 公式発表の内容を整理すると、学習プロセスは次の3段階として捉えることができる。
・人間による初期思考
課題に対し、まずはAIに回答を求める前に、自分自身の知識や経験を使って問いに向き合い、仮説やアイデアを考える。
・AIとの対話による視点の拡張
人間が考えた仮説やアイデアをAIに入力し、対話の壁打ち相手として活用する。AIに特定のペルソナを設定するなどして、異なる価値観や立場から解決策を検討する。
・人間による検証と判断
AIから得られたフィードバックを批判的に検証し、何を採用し、どのような結論を導くのかを人間が判断する。
AIも質問や論点を生成することはできる。しかし、何を課題として捉え、どの未来を望み、その結果に誰が責任を負うのかを決めるのは人間である。この順序を徹底することで、AIを単なる「解答マシーン」にするのを防ぎ、自らの思考を広げ、深めるためのツールとして活用できる。
SMILE Method™を構成する3つのアプローチ
SMILE Method™は、抽象的な精神論ではなく、次の3つの具体的な手法によって構成されている。
1. システミック・デザイン
個人の潜在的なニーズに目を向ける「デザイン思考」と、社会や組織の構造全体を俯瞰する「システム思考」を組み合わせる。目に見える問題だけでなく、その背景にあるルールや要素同士の関係を捉え、複雑な社会課題の根本的な解決を目指すアプローチだ。
2. 多様性を組み込んだアントレプレナーシップ教育
生成AIに、自分とは異なる価値観や立場を持つ人のペルソナを設定し、複数の視点から課題を検討する。「AI×起業家精神」を通じて、テクノロジーを社会課題の解決へ結びつける発想力を育てる。
3. Mixed Initiative
人間とAIが、状況に応じて主導権を交替・共有しながら課題解決に取り組む考え方だ。AIの出力に一方的に従うのではなく、人間が目的や判断を担いながら、状況に応じてAIの能力を活用する。ただし、AIに最初から答えを委ねるのではなく、まず人間が自分の知識や経験を使って考え、その後にAIを発展のためのツールとして活用する順序を重視している。
教育現場と産業界で重ねてきた実践
SMILE Method™は、単なる机上の理論ではない。2025年上半期から金沢工業大学内において初期開発と試行が重ねられてきた。国連開発計画(UNDP)が提供する起業家育成プログラムや研修から得た知見も取り入れながら改善が進められ、その応用範囲は教育現場から産業界へと広がっている。 これまでには、浜松開誠館の教員向け研修や、TOKAIグループによる静岡県内企業5社の若手交流会など、多様なステークホルダーを対象としたワークショップが実施されてきた。また、金沢工業大学の年間の正規授業へも実装が進められている。 これらの試行を通じて得られた定性的な評価やプロトタイプの知見が、AIと人間が互いの強みを高め合うための具体的なカリキュラム設計へとフィードバックされている。
7月18日に初公開される探究学習とゲーム教材
SMILE Method™を用いた新たな教育プログラムの社会実装第一弾として、2026年7月18日に、教育関係者向けの探究学習アプローチと、高校生向けのゲーム教材が初公開される。 教職員や教育委員会関係者を対象とした「DXハイスクール応援プログラムplus」では、生徒が生成AIに特定のペルソナを設定し、対話を通じて社会課題を多角的に考える探究学習の手法が紹介される。 同日のオープンキャンパスでは、株式会社LODUと共同開発したゲーム教材の体験会を実施する。人間とAIが状況に応じて主導権を交替・共有する「Mixed Initiative」の考え方を、ゲームを通じて学ぶ内容となっている。 金沢工業大学は今後、高等教育だけでなく、初等中等教育や企業内の人的資本強化に至るまで、SMILE Method™の普及を推進していく方針を示している。

AI時代に「思考の主権」を守るために
持続可能な社会を維持するための技術を開発するのも、それを適切に運用していくのも、最終的には人間の倫理や判断、そして深く考え続ける力にかかっている。
金沢工業大学が示すSMILE Method™は、技術の波にのまれず、私たちが自分自身の「思考の主権」をいかに維持管理(メンテナンス)していくかという、きわめて実直でタフな仕組みの提案だ。
AIという強大な知性と共生するこれからの時代。私たちが本当に大切にすべきなのは、AIの便利さを享受しながらも、自ら考えることを放棄しない人間側の主体性である。
生きものを観察する、インフラの漏水リスクを診断する、ごみの循環方法をデザインする。それらすべての持続可能な取り組みの根底には、自分の頭で考え、悩み、最適解の先を想像する人間の意志がある。
AIの手を借りながらも、自らの頭を動かし続けること。そのプロセスを社会のシステムの中に丁寧に組み込んでいくことが、人間とテクノロジーが美しく調和した、真に持続可能な未来の土台を支えていく。
金沢工業大学Beyond SDGs推進センター
https://www.kanazawa-it.ac.jp/sdgs/
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