
★要点
これからの脱炭素社会において、建物は単に電気を消費するだけの箱ではなくなりつつある。東京大学とダイキン工業らによる住宅内電力・空調の一体制御技術PACaaSの実証開始や、環境省が公募をスタートした既存ビルの改修支援事業である脱炭素ビルリノベ2026は、住まいやビルそのものを電力と室内環境を調整する小さなエネルギーインフラへと変貌させる。新築だけでなく、すでに存在する膨大なストックをいかに改修し、手入れしていくかというメンテナンスの視点が、都市の脱炭素の成否を握っている。
★背景
2026年、日本のカーボンニュートラル達成に向けた主戦場は、先進的な新築ゼロエネ建築の建設から既存建築物のアップデートへと移行している。住宅や商業施設、オフィスビルで使われるエネルギーの多くは、空調や給湯が占めている。ここの効率化と管理なくして目標達成は不可能だ。近年の極端な気候変動から建物内の人々の健康を守り、快適性を高めるためにも、建物の外皮断熱化や高効率設備への更新、そしてデジタルによるエネルギー管理の統合が急務となっている。
私たちが暮らし、働く建物は、これまでエネルギーを一方的に買い、消費する場所だった。しかし今、その前提が根底から覆ろうとしている。家庭内の太陽光発電や電気自動車、高効率なヒートポンプ給湯器、空調設備、さらに、ビル全体のエネルギーを管理するBEMSや断熱窓。これらが有機的につながることで、住まいやビルは、地域全体の電力需給と建物内の環境をコントロールする小さな発電所や調整所へと進化を始めている。
脱炭素の未来を創るのは、華やかな最先端の新築ビルだけではない。すでに街に建っている学校、病院、商業施設、そして私たちの住まいをどう手入れし、アップデートしていくか。建物メンテナンスの最前線から、都市のカーボンニュートラルを支える技術と制度の今を紐解く。
家庭の中で、電力と空調を一体制御する——東大とダイキンが挑むPACaaSの将来像
住宅を単なる住処から電力と空気を能動的に整える装置へと進化させる、先進的な試みが動き出している。
東京大学大学院新領域創成科学研究科とダイキン工業らの共同研究グループは、住宅における電力と空調を統合制御する次世代システムPACaaSの実証試験を開始した。これまでの家庭用エネルギー管理は、太陽光パネルの発電量に合わせて蓄電池や電気自動車を充電したり、エコキュートなどのヒートポンプ給湯器を動かしたりする電力の制御が中心だった。そこに、最もエネルギーを消費する空調の制御を完全に融合させようというのが、このプロジェクトの狙いだ。
PACaaSが目指すのは、家庭内の太陽光発電の出力変動、電気自動車の充放電状態、気象予報データなどを連動させることだ。室内の快適性を一切損なうことなく、住宅全体のエネルギー需給を最適化する仕組みだ。たとえば、太陽光の余剰電力が発生する時間帯に、先回りして部屋を冷やしたり温めたりしておく。建物自体を“熱の蓄え”として使う発想で、住宅そのものを蓄電池のように機能させる。住宅が自律的に電力と微気候をコントロールし、地域全体の送電網の安定にも貢献する。そんな、小さなエネルギーインフラとしての住まいの未来像が、この実証試験によって具現化されつつある。
東京大学大学院新領域創成科学研究科:PACaaS実証試験開始
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/0030029.html

既存ビルをどう脱炭素改修するか——環境省 脱炭素ビルリノベ2026事業が示す方向性
住宅におけるデジタル制御の進化と並行して、都市の大部分を占める業務用建築物の物理的なアップデートを促す強力な国家プロジェクトも本格始動している。
環境省は、既存の民間建築物の脱炭素化を強力に後押しする脱炭素ビルリノベ2026事業、すなわち既存建築物における断熱窓等の改修支援事業の公募を開始した。公募期間は2026年6月4日から11月30日までとなっている。この事業は、すでに街に建っている中小型のオフィスビル、ホテル、学校、店舗などを対象に、外壁や窓、屋根といった外皮の高断熱化改修や、高効率空調機器、LED照明、高効率給湯器、そしてBEMSの導入費用を補助するものだ。
特筆すべきは、この事業が単なる省エネやコスト削減のための補助金ではなく、建物を利用する人々の健康や快適性、そして高い生活の質の実現を明確にセットで掲げている点にある。ビルの窓を断熱性の高い複層ガラスに交換し、空調を最新の高効率モデルに更新することは、消費電力を劇的に削減すると同時に、結露を防ぎ、部屋ごとの温度差をなくして働く人の生産性や快適性を引き上げる。制度の力によって、都市の古いビルをクリーンで快適なエネルギー制御拠点へと更新していく流れが生まれつつある。
環境省:脱炭素ビルリノベ2026事業 公募開始
https://www.env.go.jp/press/press_04846.html
脱炭素ビルリノベ2026事業 公式サイト・公募情報
https://bl-renos.jp/r8/
脱炭素の主戦場は新築だけではない——都市のストックを手入れする重要性
私たちが都市のカーボンニュートラルを議論するとき、ついつい最新のネット・ゼロ・エネルギー・ビルや最先端のスマートシティといった新築の華やかな事例に目を奪われがちだ。しかし、都市の現実を見渡せば、建物全体の圧倒的多数を占めているのは、すでに数十年前につくられた既存の建築ストックである。
新築の基準をどれだけ厳しくしても、今建っている膨大な数の学校、病院、商業施設、オフィスビルのエネルギー効率を底上げできなければ、都市全体の脱炭素化は絶対に達成できない。だからこそ、今ある建物の資産価値を損なわずに、時代に合わせた設備へと見直し、補修していくメンテナンスの営みそのものが、最もインパクトの大きい脱炭素アクションとなる。スクラップ・アンド・ビルドの時代を終え、今ある都市の骨組みをそのまま活かしながら、中身のエネルギーシステムを最新のものへ入れ替えていく技法が、これからの建設・不動産業界のコア技術となる。
室内微気候とエネルギー管理を一緒に考える——快適性と省エネの高度な両立
これからの建物メンテナンスにおいて重要なのは、省エネのために快適性を我慢するという古いアプローチからの完全な脱却だ。断熱窓、高効率空調、照明、給湯、そしてBEMSは、それぞれ独立した省エネ設備であると同時に、建物内部の微気候、すなわち一人ひとりが体感する室内の温度や湿度、気流の環境を最適に整えるための統合的なメンテナンス装置として捉える必要がある。
窓の断熱性を高めて外気の影響をシャットアウトすれば、空調は最小限のパワーで稼働できるようになり、BEMSが電力のピークを予測して自動で出力を微調整する。このとき、建物の中は常に一定の快適な温度に保たれ、そこで暮らす人や働く人はエネルギーの存在を意識することなく、健康で質の高い時間を過ごすことができる。エネルギー管理と室内微気候の制御をワンセットで考えること。これこそが、東大・ダイキンのPACaaSや、環境省のビルリノベ事業が目指しているサステナブルな建築運用の本質的な姿だ。
建物のメンテナンスは、都市のカーボンニュートラルを支える技術へ
建物は、ただ雨風をしのぐための静的な構造物から、エネルギーを創り、蓄え、賢く使いこなす動的な小さなエネルギーインフラへと進化を遂げつつある。
住宅内の電力を空気の心地よさと一体で制御するデジタル技術のPACaaSと、既存のビルを一棟丸ごと高断熱・高効率化していくリアルな改修支援である脱炭素ビルリノベ2026。このソフトとハードの両面から進むアプローチが示しているのは、建物の維持管理やリフォームは、これまで目立ちにくいメンテナンス領域だった。しかし今、それは都市全体のカーボンニュートラルを前進させる重要なインフラへと変わり始めている。今ある建物を大切に手入れし、エネルギーを賢く使う拠点として育て直すこと。その積み重ねが、持続可能な都市の未来をつくっていく。
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