★ここが重要!

★要点
農業排水や地下水に含まれる硝酸性窒素を単なる「除去すべき汚染物質」として廃棄するのではなく、農業に不可欠な「資源」として回収・再生する技術パラダイムへの転換が始まった。
北海道大学大学院工学研究院(環境工学部門)の崔閏晶博士研究員、押木守准教授らの研究グループは2026年9月15日、微生物と電気化学反応を融合させ、地下水や河川水中に含まれる希薄な硝酸(約1mM程度)を高効率にアンモニウムへと還元変換する新規な生物電気化学プロセス(BES)を発表した(論文は国際学術誌『Chemical Engineering Journal』に掲載)。
従来の「電極表面に付着したバイオフィルム」だけに電子伝達を依存する方式とは異なり、水中に溶けた電子伝達体(メチルビオロゲン等)が電極から浮遊微生物へと電子を運ぶシャトル機構を導入。生体触媒として大腸菌(E. coli)等を用いた検証において、従来のバイオフィルム型システムと比較して最大8倍となる硝酸還元速度(10.9 mmol-N L⁻¹ day⁻¹)を達成し、実際の地下水や河川水を用いた試験でも、投入した電気のうち目的の反応に使われた割合を示すファラデー効率で50〜59%を確認した。
現段階ではアンモニウムを製品として利用するための後段の濃縮・分離技術との接続が不可欠だが、「汚染物質の無害化」で終わっていた水処理を「物質循環の再生(リジェネレーション)」へと転換する、重要なマイルストーンとなり得る。

★背景
近代農業は、ハーバー・ボッシュ法によって大気中の窒素を固定した化学肥料に依存して成立している。しかし、農地に散布された窒素肥料のうち、作物が吸収しきれなかった余剰分は硝酸となって土壌を浸透し、地下水や河川水へと流出する。これが飲料水源の汚染や閉鎖性水域の富栄養化を引き起こし、深刻な地球環境負荷(プラネタリー・バウンダリーにおける窒素サイクルの危機)となってきた。
これまでの水処理技術は、生物学的な脱窒(窒素ガスとして大気中へ放出する)やイオン交換樹脂などを用いて「水中から硝酸を取り除いて無害化する」ことが目的だった。
だが、莫大な化石燃料エネルギーを消費して大気から合成した窒素を、多大なエネルギーをかけて再び大気へ逃がすプロセスは、資源の不可逆な浪費でもある。
環境水中の希薄な硝酸を捉え、再び肥料や化学原料の基礎となるアンモニア/アンモニウムの形へ戻す「窒素のアップサイクル」が長年模索されてきた。

蛇口から流れ出る地下水の硝酸濃度を下げ、安全な水をつくる。
環境工学が長年挑んできたそのミッションは、これまで「除去」という言葉で語られてきた。
微生物に硝酸を食べさせ、無害な窒素ガスに変えて空へ逃がす。
だが、その窒素はもともと、高温高圧のエネルギーを注ぎ込んで人工的につくり出した貴重な肥料成分ではなかったか。
2026年9月15日、北海道大学が発表したのは、その一方通行の流れを反転させる研究成果だ。
水中の硝酸を、捨てずに「アンモニウム」へと作り直す。
微生物の代謝経路に電気の力を注ぎ込む生物電気化学システムに、溶液中を自由に泳ぐ「電子の運び屋」を組み合わせることで、従来の8倍に達する速度で、硝酸をアンモニウムへ変換できることを示した。
環境負荷をゼロにするための「除去」から、壊れた物質循環を元へ戻す「修理」へ。
水と食料の足元で始まった、窒素リジェネレーションの胎動を追う。

除去から再生へ――窒素循環が抱えていた根本的な矛盾

現代の農業と工業は、窒素の使い捨ての上に成り立っている。
大気中の窒素分子(N₂)は極めて結合が強く、生物が利用できる形にするには、100年以上前に発明された「ハーバー・ボッシュ法」による超高温・超高圧のエネルギー投入が必要だ。
こうして作られた窒素肥料が世界の食料生産を支える一方で、余剰となった窒素は地下水や河川へと流れ出し、硝酸性窒素として環境を蝕んでいる。乳幼児のメトヘモグロビン血症の原因や、沿岸域の富栄養化や赤潮などの一因となるため、水質基準によって厳格な低減が求められている。
しかし、従来の主要な処理手法である「生物学的脱窒」は、硝酸を有機物の存在下で窒素ガス(N₂)へと戻し、大気中に逃がすものだった。
「膨大なエネルギーを使って合成した窒素を、処理コストを払って再び大気へ捨てる」。
このねじれた構造を断ち切り、水中の硝酸をダイレクトにアンモニウム(NH₄⁺)へ戻すことができれば、水質浄化と肥料資源の確保を同時に達成できる。

電極の壁を越える――水溶性電子伝達体が拓く新ルート

北海道大学大学院工学研究院の崔閏晶博士研究員、押木守准教授らの研究グループが着目したのは、電気化学反応と微生物の代謝を結びつける生物電気化学システム(BES:Bioelectrochemical System)である。
従来のBESでは、電極表面に微生物を付着・増殖させて「バイオフィルム」を形成させ、電極から直接電子を受け取らせる手法が主流だった。しかし、この方式では電極と物理的に接触しているごく一部の微生物しか反応に関与できず、厚みの不均一さや電子移動抵抗の大きさから、実用水準の反応速度を出すことが極めて困難だった。
そこで研究チームが導入したのが、「水溶性電子伝達体(メディエーター)」を活用するアプローチだ。
電極から電子を受け取った電子伝達体(メチルビオロゲンなど)が溶液中を自由に拡散し、液中に浮遊する微生物(E. coli 等)へ電子を次々と受け渡す「電子シャトル」として機能する。
これにより、電極表面の面積に縛られることなく、液中に分散した微生物触媒全体を反応に参加させることが可能となった。

環境中へ大量に散逸する硝酸(NO3-)を生物電気化学的にNH4+へ戻し、再生肥料化する。

従来比8倍の還元速度――実環境水でも示したポテンシャル

研究成果は、国際学術誌『Chemical Engineering Journal』に掲載された。
論文によると、水溶性電子伝達体を用いたこのシステムは、地下水や河川水に典型的な希薄な硝酸濃度(約1mM)の条件下において、最大 10.9 mmol-N L⁻¹ day⁻¹ という硝酸還元速度を達成した。これは、従来のバイオフィルム型BESと比較して約8倍の高速化に相当する。
さらに注目すべきは、合成廃水だけでなく「実際の自然水環境」を模した実証を行っている点だ。
自然の地下水や表流水マトリックスを用いた試験においても、投入した電気エネルギーのうち目的のアンモニウム生成に使われた割合を示す「ファラデー効率」は50〜59%を記録した。夾雑イオンが混在する実際の環境水であっても、電気の力で硝酸をアンモニウムへ変換できる可能性が示された。
なお、同グループは電極自体に導電性材料と微生物を包埋するハイドロゲルバイオ電極など、材料工学的なアプローチも並行して探求しており、生体と電気の界面を最適化する多角的な試みが進められている。

肥料プラントへの道――残された「濃縮・分離」という次の課題

ただし、この記事を「汚水からすぐに肥料を量産できるプラントが完成した」と受け取るのは早計だ。
本研究が達成したのは、あくまで水中の希薄な硝酸をアンモニウムという「有用な化学形態へと高効率に組み換えるコア反応」の実証である。
この成果を実際の社会インフラや資源循環ラインへと接続するためには、まだ越えるべき工学的なハードルが存在する。
最大の課題は、生成したアンモニウムの「分離と濃縮」だ。
地下水や河川水から変換されたアンモニウムは、水中に薄く溶けた状態にある。これを農業用肥料や工業原料として運搬・利用するためには、ストリッピング膜やイオン交換樹脂、電気透析などと組み合わせ、高濃度に濃縮・回収する後段プロセスが不可欠となる。
また、水溶性電子伝達体の長期的な安定性や回収再利用の仕組み、実プラント規模へのスケールアップなど、実用化に向けた課題は多い。

地球の物質循環を手入れする、リジェネレーション技術の価値

それらの課題を差し引いても、今回の北大の研究が放つ思想的な意義は大きい。
環境技術の多くは、人間の生産活動がもたらす「負の影響」をゼロに近づけるためのブレーキ(負荷低減・無害化)として設計されてきた。
しかし、大気、水、土壌という地球の生命維持基盤が限界を迎えつつある現代において、求められているのはブレーキにとどまらない。人間の活動領域に散逸してしまった元素を回収し、再び生物圏の健やかなめぐりへと戻す「アクセルとしての修理技術(リジェネレーション)」である。
川や地下水を汚していた硝酸が、電気と微生物の手入れを経て、次の農作物を育む肥料の種へと姿を変える。
自然界の微生物が本来持っている代謝の力と、現代の電気化学を掛け合わせることで、破綻した窒素循環を一本の輪に結び直す道筋が、北の大地の研究室から拓かれようとしている。

【参考】

北海道大学:プレスリリース「微生物と電気の力でアンモニウムの再生に成功~サステイナブルな窒素循環社会の実現に期待~」(2026年9月15日発表)
https://www.hokudai.ac.jp/news/2026/09/post-2443.html

北海道大学大学院工学研究院:環境工学部門 水質変換工学研究室
https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/water/

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