★ここが重要!

★要点
多摩川沿いの聖蹟桜ヶ丘北地区で、高規格堤防の基準に準拠した盛土と、ZEHマンションや河川空間の活用を一体的に進めた「まちごとレジリエンス」の取り組みが、環境省「気候変動アクション大賞」を受賞。防災・脱炭素・にぎわい創出を同時に実現する都市モデルとして浮かび上がった。
★背景
豪雨・猛暑・台風が常態化し、川沿いのまちは「リスク」と「ポテンシャル」を同時に抱える時代に入った。堤防は守るためのインフラであると同時に、公共空間や住宅開発と組み合わせることで、暮らしの質や地域経済を底上げする装置にもなりうる——そんな発想転換が問われている。

水害リスクが高まる川沿いの土地は、長らく「避けるべきエリア」と見なされがちだった。だが、多摩川に寄り添う聖蹟桜ヶ丘北地区は、その常識を書き換えようとしている。高規格堤防に準拠した盛土の上に、ZEHマンションと公園、河川空間を一体的につくり込む。災害に強く、日常も心地よく、気候変動の緩和と適応を同時に進める「まちのインフラ」が立ち上がりつつある。今回、環境省の「気候変動アクション大賞」を受賞したこの取り組みは、日本の川沿い都市づくりの次の教科書になるかもしれない。

高規格堤防を「生活の土台」に。気候危機を機会に変える

聖蹟桜ヶ丘北地区は、駅前の利便性と多摩川の自然を併せ持ちながら、そのポテンシャルを十分に生かしきれていなかったエリアだ。そこに近年の豪雨・台風による災害激甚化が重なり、水害対策と防災力向上は先送りできない課題になっていた。
この状況を、関係者は「制約」ではなく「機会」と捉え直した。土地区画整理事業、住商複合開発、エリアマネジメントを束ねて、「気候変動の緩和・適応と納涼」を正面から掲げたのである。
象徴的なのが、高規格堤防の基準に準拠した30分の1勾配の盛土だ。堤防決壊や浸透に強い宅盤を整備しつつ、盛土によって敷地と堤頂部の高低差を解消。結果として、堤防上に避難道路や防災設備を備えた公園を配置できるようになった。
「守るための堤防」を、「歩ける、集える、逃げられる」生活基盤へ。インフラを“納涼”と日常の回遊性にまでつなげた点に、このプロジェクトの視点の広さがにじむ。

ZEHタワーと省エネ設備。エネルギー負債を減らす住まいの標準

高台の安全性を確保したうえで、住宅側も気候変動と正面から向き合う。「Brillia Tower聖蹟桜ヶ丘 BLOOMING RESIDENCE」と「Brillia聖蹟桜ヶ丘 BLOOMING TERRACE」は、外壁の断熱強化や高断熱サッシ、高効率給湯設備などをフルに組み合わせ、ZEH-M Orientedの性能をクリアした。屋上には太陽光発電システムを設置し、再エネを自ら生み出す。これらの取り組みにより、2棟合計で年間810トン超のCO₂排出削減効果が見込まれるという。
ここで重要なのは、「省エネ設備付きの高級マンション」という限定的な話に留めていない点だ。高規格堤防と一体的に計画することで、そもそも浸水リスクを低減し、設備の被災・停止によるエネルギー損失も抑える構造にしている。
エネルギー危機と気候危機が絡み合う時代に、「どれだけ使うか」だけでなく「どれだけ止まりにくいか」までをセットで考えた住宅づくりといえる。

設備を地上へ、浸水の記憶を設計に織り込む

令和元年東日本台風では、多くのマンションで地下階の電気・給水設備が浸水し、長期にわたる停電や断水が発生した。この地区の開発では、その教訓を設計に織り込んでいる。
本来は地下階に置く想定だった電気・給水設備を、あらかじめ地上階へ移設。国土交通省・経済産業省の「電気設備の浸水対策ガイドライン」にも、先進事例として紹介されるレベルの対策だ。
設備を「守りやすい場所」に置き直すことは、コストも手間もかかる。それでもやるのは、一度止まったインフラが、どれほど住民の日常と経済活動を麻痺させるかを、首都圏がすでに経験してしまったからだ。
気候危機時代のレジリエンスとは、「起きた災害を忘れない」ことからしか始まらない。このプロジェクトは、その記憶を図面と仕様に刻み込んだ。

緑の25%と“川の涼”。ヒートアイランドを抑え、いきものと暮らす

気温上昇とヒートアイランドは、都心だけの問題ではない。河川沿いの市街地でも、コンクリートとアスファルトの面積が増えれば、熱は確実にたまる。
聖蹟桜ヶ丘北地区の住商一体開発では、約3,770㎡の緑地を確保し、緑化率は25%超。タワー棟では生物多様性への貢献が評価され、「いきもの共生事業所®認証(ABINC認証)」も取得した。
単なる景観向上ではなく、熱を吸収・緩和し、生きものの生息空間を確保するインフラとしての緑。多摩川の水辺と連動することで、川沿い全体の“涼しいライン”を太くしていく狙いも見えてくる。
気候変動適応のキーワードは「陰と風」だと言われる。日陰をつくり、風の通り道を塞がない。巨大な設備以上に、地味な緑の配置が、人といきものの生存戦略を支えている。

河川空間を開く。納涼イベントが防災にも効いてくる

この取り組みのユニークな点は、堤防の外側、つまり河川区域を「にぎわいの場」として開いたことにある。
国土交通省の指定を受け、河川空間を管理運営する民間事業者として「聖蹟桜ヶ丘エリアマネジメント(エリマネ)」を設立。河川敷での営業活動が可能になったことで、納涼イベントやキッチンカー出店、スポーツ観戦のパブリックビューイングなど、多様なプログラムが展開されている。
一見すると、ただの“楽しいイベント”に見えるかもしれない。だが、ここには重要な副作用がある。
・非常時にどこへ逃げればいいか、住民が自然と把握する
・川や堤防の状態に日常的に触れ、変化に気づきやすくなる
・河川空間を「自分たちの場所」と感じることで、維持管理への関心が高まる
防災訓練だけでは生まれない「場所との関係」が、納涼やエンタメを通じて育っていく。これもまた、気候変動適応の一部と言っていい。

5者連携の「聖蹟モデル」は、全国の川沿い都市に広がるか

このプロジェクトを支えるのは、東京建物、東栄住宅、京王電鉄、伊藤忠都市開発、そして一般社団法人 聖蹟桜ヶ丘エリアマネジメントという5者連携だ。土地区画整理、マンション開発、鉄道事業者、エリマネ組織が、それぞれの役割を持ちながらも「気候変動の緩和・適応」という共通ゴールを掲げている。
結果として、「気候変動アクション大賞」をはじめ、グリーンインフラや土地活用に関する複数の賞をすでに受賞してきた。評価されたのは、個々の技術やデザインだけではない。
・高規格堤防と宅地整備を一体で計画すること
・ZEHマンションや再エネ導入で、地球温暖化の“原因”側に手を打つこと
・河川空間とエリマネで、猛暑や豪雨と共存する“適応”策を並走させること
緩和と適応、防災と日常、住宅と公共空間——分断されがちなテーマを、一つの地区で束ねて見せたことに、この取り組みの価値がある。
気候危機は、特定の自治体や企業だけで解けるパズルではない。しかし、こうした「具体的な成功例」が増えれば増えるほど、全国の川沿い都市は学び合い、真似し合えるようになる。
聖蹟桜ヶ丘北地区は、多摩川の風が吹き抜ける一角から、日本のまちづくりのアップデートを静かに促している。

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