
★要点
2026年7月に設立された日本サステナブルリペア協会は、会社ごとに違っていたお直しの技を共有できる形に整え、技能を認定する仕組みをつくることから始めようとしている。
★背景
EUでは「修理する権利」の法整備が進む。日本では、民間の業界団体の動きが目立ち始めた。担い手の高齢化、安い服との価格差、修理にお金を払う習慣の弱さが、越えるべき壁だ。
まだ着たい服がある。けれど、近くに直してくれる店がなかったら……。その店で働く人に、技を受け継ぐ相手がいなかったら……。
「直して使う」という選択を残すには、直す人が仕事を続けられることが欠かせない。2026年10月2〜4日、さいたま市緑区のイオンモール浦和美園で開かれた「Repair Week Japan 2026」の集中イベントは、その課題を考える場でもあった。
主催は、同年7月4日に設立された一般社団法人日本サステナブルリペア協会(JSRA)。後援には経済産業省、埼玉県、さいたま市が名を連ねた。
連載第1回は、協会の設立を呼びかけたリフォームスタジオ相談役の齊藤岳彦さんと、協会の事務所を置くおしゃれ工房の取締役常務執行役員、髙橋庸介さんに話を聞いた。ふたりが描いていたのは、にぎやかな催しの下に敷く、地道な“土台”の設計図だった。
競争相手に、一通ずつメールを送った
齊藤さんがリフォームスタジオの社長に就いたのは2025年春。洋服や靴、バッグを直す店を全国に展開するイオングループの会社で、2026年に創業40周年を迎えた。それまでのイオンでの仕事の大半は、家電や家具、調理用品といった住まいまわりの商品を担当するものだった。洋服の直しの世界では、自分は「決して長い人間じゃない」と齊藤さんは言う。
週末ごとに店を回ると、店の奥では60代、70代、80代の職人がミシンに向かっていた。人が足りない。年配の人が多い。収入も決して高くない。靴の修理は、革靴やヒールを履く人が減り、市場が縮んでいる。社長として、この会社の先をどう描くか。
「業界自体が盛り上がらなかったら、自分たちの成長はない」
ところが調べてみると、驚いたことに業界団体がなかった。業界団体というのは、同じ仕事をする会社が集まり、技術のルールを決めたり、国に意見を届けたりする組織だ。齊藤さんは、同業各社のホームページの問い合わせ窓口へ一通ずつメールを送り、話を聞いて回った。訪ねた一社、おしゃれ工房の髙橋実会長からは「我々も同じことを考えている」という答えが返ってきた。けんかをしていても始まらない。一緒につくろう、と話がまとまった。
協会は2026年7月4日、記念日「ファッションお直しの日」に、5社を発起人として設立された。代表理事は髙橋実会長が務める。活動の柱には、技術の標準化と品質保証、人材の育成と教育、行政や業界をまたぐ連携、修理文化の発信の四つを掲げる。齊藤さんは2025年11月に社長を退き、いまは相談役として協会の仕事と社員の教育に携わる。設立に深く関わりながら、理事への就任は断った。協会を一歩外から、公平な目で見ていたいからだという。



お直し屋の息子が、袖を直せると知らなかった
髙橋庸介さんは、髙橋会長のご子息だ。富士ゼロックスに勤めたのち、5年前に家業のおしゃれ工房へ移った。小学生のころは家と工場がひとつ屋根の下にあり、ミシンに囲まれて育った。それでも、こう打ち明ける。
「お直し屋の息子のはずなのに、袖が直せることを知らなかったんです」
髙橋さんの見立てでは、各社の仕事のおよそ半分強は裾上げなどの寸法直しだ。残りが、傷んだ服を直して使い続けるための修理や、サイズや形を変えるリフォーム・リメイクになる。家業の近くにいた人でさえ知らなかったのだから、普段お直し店を使わない人には、何を頼めるのかが見えにくい。まずはそれを知ってほしい、と髙橋さんは話す。
会場は、その入口になっていた。マジックミシンのブースでは破れ直しやファスナー交換を実演し、おしゃれ工房は端切れなどを生かしたアップサイクルのワークショップを開いた。直す方法を知れば、着なくなった一着にも、もう一度着る道が見えてくる。
レシピをそろえる——技の標準化と資格づくり
業界がいちばん困っているのは人手不足だ、と髙橋さんは言う。持ち込まれる服は一着ずつ形も生地も傷み方も違い、機械に任せるのが難しい。どうしても人の技に頼る仕事になる。
ところが、その技を教える共通の教科書がない。同じスーツの裾上げでも、布を裏返して縫う会社もあれば、裏返さずに縫う会社もある。教え方も、それぞれの会社で受け継がれてきたやり方によって異なる。料理にたとえれば、同じ料理なのに店ごとにレシピが違い、しかも口伝えでしか教わらない状態だ。昔ながらの「見て覚えろ」では、若い人は育ちにくい。
そこで協会は、加盟各社のやり方を持ち寄り、標準となる手順をまとめることを目指す。手順書ができれば、技能を認定する仕組みをつくれる。協会は設立時の発表で技能認定制度に触れており、髙橋さんによれば、資格制度は協会の技術委員会で検討していくことになりそうだという。髙橋さん個人としては、3年ほどをめどに形にしたいと考えている。
標準化とは、すべての服を同じ方法で直すことではない。同じ看板を掲げる店が全国に何百もあれば、お客はどの店にも同じ品質を期待する、と齊藤さんは言う。だから、まず「どこに出しても安心」という基本をそろえる。そのうえで、飛び抜けた技を持つ人には光を当てる。底上げと突き抜けの両方が要る、というのが齊藤さんの考えだ。
学ぶ場づくりも課題になる。齊藤さんによれば、服飾の学校では服のつくり方は教えても、直し方の授業はほとんどない。齊藤さんは服飾の名門校を訪ね、「半期に1時間でもいいから」と、お直しを学ぶ時間をつくってほしいと頼みこんだ。
芽はある。ドレスメーカー学院では、科目「造形実習」の企画として、おしゃれ工房の指導でお直しやリメイクを学ぶ取り組みが行われてきた。髙橋さんによれば、数年の実績を重ね、いまではカリキュラムとして定着しているという。ただ、ほかの学校ではまだ、産学連携の授業を展開できていない。こうした場を多くの学校で当たり前にできれば、服をつくる仕事と並んで、直す仕事も進路の選択肢に入ってくる。

「いいこと」と「お金を払うこと」のあいだ
直して使うのは良いことだ。そう考える人は多い、と髙橋さんはある広告代理店の人たちから聞いたという。ただ、そのためにお金を払うかどうかは別の話になる。ファストファッションが広がり、「直すより買ったほうが安い」場面は珍しくない。
一方で、直す側には、一着ごとに違う服を見極めて手を入れる手間がかかる。料金のあり方も変わり始めた。量販店で無料だった裾上げなどのサービスは、有料になる例が増えた。修理はただではない、という受け止めが広がり、事業者どうしの取引価格が上がれば、一般向けの料金も上がっていく、と髙橋さんはみる。注文は衣替えの春と秋に集中し、ほかの季節は落ち込む。閑散期をどう埋めるかも、業界の宿題だ。
お直し店の働き手の多くは、店の近くに住む人たちだろう、と髙橋さんは見る。地域で働ける人がいなくなれば、その街からお直しが消える。だから髙橋さんは、郵送で服を受け付けて工場で直すような、デジタルを使った仕組みも必要だと考えている。
「ビジネスとして成り立たなかったとしても、お直しは残したい」

補助金の前に、技能の「ものさし」を
国の後押しはどうか。齊藤さんは社長時代から、経済産業省で資源の循環を担当する人たちと会合を重ねてきた。
話題にのぼるのが、フランスの「修理ボーナス」だ。2023年11月に始まった制度で、衣料品の分野を担う団体Refashionからラベル(認定)を受けた修理店で服や靴を直すと、料金から一定額が差し引かれる。開始時の額は、修理1件あたり6〜25ユーロ。差し引いた分は基金から修理店に支払われ、その基金は、服や靴を市場に出す事業者が払う「エコ拠出金」で支えられている。
齊藤さんは、この仕組みがつくり手のコストを増やすだけになりかねないと疑問を持ちつつも、修理を守るために何らかの支援で後押しすることは大切だと考え、経済産業省や環境省と話を続けている。
ただ、お金の話はまだ先だという。支援を求めるには、この仕事の価値を示す裏づけが要る。「この店なら安心」「この人はこの技を持っている」と示せる資格を整えることが先だ。これまでは、業界として国に提言する窓口すらなかった。協会ができ、最初のハードルは越えた。2026年は協会の土台をつくり、2年目に課題を整理し、3年目に実際に動き出す。それが齊藤さんの見立てだ。
会員集めも始まっている。髙橋さんは今年度中に正会員と賛助会員を合わせて50社を見込み、将来は洋服のお直しだけで200社に広がればと話す。そこまで来れば、一店舗で営む個人店も多く加わり、業界全体の声として国にも届けやすくなる。

行動は本当に変わるか——催しは「実験」でもある
今回の催しには、会場での体験をその後の行動につなげる狙いもある。主催者は、修理や相談の件数、参加者の意識や行動の変化などを、可能な範囲で測ると発表している。
齊藤さんがこだわるのは、約1か月後のアンケートだ。会場では多くの人が「直してみたい」と思う。だが、その気持ちのまま、実際に修理を頼んだのか。会場内のお直し店で受付がどれだけ増えたかも比べるという。結果の公表を待ちたい。
開催地にさいたま市を選んだ理由はいくつかある。大きいのは、イオン時代の地域づくりの仕事で生まれた、十数年来の縁だ。市の側にも「埼玉発の取り組みをしたい」という思いがあった。市には「さいたま市みんなのアプリ」があり、行動の変化を確かめる仕組みに生かせると考えた。
Repair Weekは、2020年にロンドンで始まった催しで、その後、英国のほかの都市へも広がった。日本版の名称の使用は、ロンドンでこの催しを展開するReLondonの承認を得ている。髙橋さんは、九州や東北など各地のお直し会社が主催者となり、日本でも各地へ広がっていく姿を思い描く。
言ってみれば「パンケーキの土台」を、大人が焼く
若い世代のやりたいことと、制度づくりの現実。その間の溝について尋ねると、齊藤さんはパンケーキにたとえた。
「僕らがつくるのは、いちばん下の土台。その上の二層目、三層目の、目に見えて、食べておいしいと思われる部分は、若い人たちがやりたいようにやったらいい。この先10年、20年、30年を生きていかなきゃいけないのは彼らなんだから」
行政や企業をつなぐ地味な仕事は、自分たちの世代が引き受ける。そのうえで、この活動を誰に届けたいかと聞くと、答えは「普通の人」だった。
「ものを捨てるなと言いたいわけじゃないんです。壊れたから捨てる、じゃなくて、『あ、直せるんだね』と分かってくれればいい。分かったうえで捨てるなら、それでいいと思うんです」
目指すのは、誰もがすべてを直す社会ではない。直せるかどうかを知り、相談し、自分で選べる社会だ。その選択を支える仕事を、どう残していくか。土台づくりは、そこから始まっている。
次回は、この土台の上で、40年以上前のアンプをよみがえらせるオーディオの技術者を訪ねる。
連載「なおす国のつくり方」(全3回)
第1回【「直す」を、続けられる仕事に】お直し業界がつくり始めた“土台”(本記事)
第2回【返すのは、あの日の音】40年以上前のアンプを直す技術者
第3回【直せると知れば、暮らしは変わる】壁紙、包丁、椅子、そして木のお金
参考:
Repair Week Japan 2026 公式サイト(一般社団法人日本サステナブルリペア協会)
https://reform-s.com/repairweekjapan2026/
「Repair Week Japan 2026」初開催に関する発表(一般社団法人日本サステナブルリペア協会、2026年9月17日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000186642.html
日本サステナブルリペア協会(JSRA)、7月4日「ファッションお直しの日」に設立
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000186642.html
【リフォームスタジオ】「Repair Week Japan 2026」に参画
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000006093.000007505.html
Repair Week Partner Guide 2026(ReLondon)
https://relondon.gov.uk/wp-content/uploads/2025/11/Repair-Week-Partner-Guide-2026.pdf
2022年度 自己評価報告書(学校法人杉野学園 ドレスメーカー学院)
https://www.dressmaker-gakuin.ac.jp/media/jikohyouka2022_d.pdf
Bonus Réparation の開始時期に関するFAQ(Refashion)
https://faq.refashion.fr/hc/fr/articles/10367676051229
繊維分野の修理基金の拡大に関する解説(Deloitte Société d’Avocats)
https://blog.avocats.deloitte.fr/extension-du-fonds-reparation-a-la-filiere-textile-dans-le-cadre-de-la-responsabilite-elargie-des-producteurs-rep/
修理する権利指令(Directive (EU) 2024/1799)の解説(欧州委員会)
https://circular-cities-and-regions.ec.europa.eu/support-materials/eu-regulations-legislation/directive-eu-20241799-repair-goods
FAQ
Q. 日本サステナブルリペア協会(JSRA)とは?
A. 洋服などのお直しを手がける企業が集まり、2026年7月4日に設立した一般社団法人。「なおして使い続ける」文化を広げ、お直しを社会に誇れる産業にすることを目指す。代表理事はおしゃれ工房の髙橋実会長。
Q. Repair Week Japan 2026はいつ、どこで開かれた?
A. 全体の期間は2026年10月2日から18日まで。10月2日から4日には、イオンモール浦和美園(さいたま市緑区)で集中イベントが開かれた。後援は経済産業省、埼玉県、さいたま市。
Q. お直し職人の資格はあるの?
A. 現時点で、業界共通の資格はない。協会は加盟各社の技術を持ち寄って標準的な手順をまとめ、技能を認定する仕組みにつなげることを検討している。
Q. お直し店には、裾上げ以外も頼める?
A. 頼める。取材した髙橋さんによれば、各社の仕事のおよそ半分強は寸法直しで、残りは傷んだ服の修理やリフォーム・リメイクだ。直せるかどうか迷ったら、まず店で相談してみたい。
Q. 「修理する権利」とは?
A. 製品を買った人が、壊れたときに修理を受けやすくする考え方。EUでは修理する権利指令(2024/1799)が定められ、加盟国の国内法化の期限は2026年7月31日だった。日本では、今回の協会設立のように、民間の動きが目立つ。
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