
★要点
人と野生動物の境界をめぐる発表が、環境省から同じ日に相次いだ。
環境省は2026年10月30日、令和6年度末時点のニホンジカとイノシシの個体数推定の結果を公表した。ニホンジカは全国で中央値約310万頭(90%信用区間:約114万〜843万頭)、イノシシは中央値約157万頭(同:約91万〜270万頭)。国は両種を2011年度の水準から半減させる目標を令和10年度(2028年度)まで延長しているが、環境省は個体数が「未だ高い水準にあり」としている。
同じ日には、ドローンやAIカメラ、アプリなどを使って市街地のクマ対策を検証する技術導入実証事業の実施団体として、応募56件から10団体を選んだと発表した。北海道石狩市で計画される陸上風力発電事業と、千葉県銚子市沖の洋上風力発電事業に対しては、オジロワシやウミガラスなど希少な鳥類への影響を減らすよう求める環境大臣意見を出した。
森、里、街、そして空と海。人と野生の境界は一本の線ではなく、手入れを続けなければ保てない「帯」であることを、同じ日の発表から読み解く。
★背景
シカやイノシシによる農林業被害、クマの市街地への出没は、各地で深刻な課題となっている。農林水産省によると、令和7年度の野生鳥獣による農作物被害額は183億円で、そのうちシカによる被害が76億円を占めた。
シカの食害は、農作物だけでなく森林そのものにも及ぶ。九州大学の研究チームは2024年、宮崎県の山岳林で、シカの強い採食によって森の構造が変わった場所では、生態系全体の炭素蓄積量が最大49%減っていたと発表している。
一方、野生動物の管理を担う人の側は細っている。環境省が公表する2021年度までの統計では、狩猟免許の所持者は1975年度の約51.8万人から2021年度には約21.3万人に減り、60歳以上が半数を超える。
人の暮らしと野生の生息地が重なる境界をどう保つか。個体数を把握し、出没を早く知り、開発の場所を慎重に選ぶ。そのどれもが、境界を手入れするための仕事だ。
山の斜面で若木の芽が食べられ、林の床から下草が消えていく。
里の田畑では、収穫を前にした作物が荒らされる。
街の通りや住宅地には、クマが姿を見せるようになった。
そして空では、海鳥や猛禽が飛ぶ道に、新しい風車が計画されている。
人と野生の境界は、地図に引かれた一本の線ではない。森から街まで続く幅のある「帯」であり、放っておけば少しずつ崩れていく。
10月30日、環境省が同じ日に公表した、野生動物の個体数推定、クマ対策の技術実証、風力発電事業への環境大臣意見という3つのテーマから、その帯をどう手入れするかを考える。
シカ約310万頭、イノシシ約157万頭――「幅」のある推定をどう読むか
環境省は10月30日、令和6年度末時点のニホンジカとイノシシの個体数推定の結果を公表した。
ニホンジカは、北海道と本州以南を合わせた全国で中央値約310万頭、90%信用区間は約114万〜843万頭。本州以南に限ると中央値約236万頭(同:約88万〜631万頭)だった。イノシシは全国で中央値約157万頭(同:約91万〜270万頭)。
推定は、捕獲数などのデータをもとに、「ハーベストベースドモデル」を基本とした統計モデルで行う。中央値は、推定された値を大きさの順に並べたときの真ん中の値だ。90%信用区間は、統計モデルと観測データに基づき、個体数が90%の確率で含まれると推定される範囲を示す。シカでは下限と上限に7倍以上の開きがあり、中央値だけを確定した頭数として扱うことはできない。
北海道のシカを含めた全国の推定は、今年4月に公表された前回(令和5年度末時点)から行われている。前回の推定はシカが中央値約303万頭(同:約156万〜589万頭)、イノシシが中央値約122万頭(同:約72万〜206万頭)だった。今回のイノシシの中央値は前回より大きいが、前回・今回ともに信用区間は広く、範囲も大きく重なっている。環境省も前回との比較は示しておらず、中央値の差だけで「増えた」と判断することはできない。
また、捕獲数などのデータは翌年度に集計されるため、推定には時間差がある。今回公表されたのは、1年半以上前の令和6年度末時点の姿だ。
半減目標の期限まで2年あまり
国は2013年、シカとイノシシの個体数を10年後までに半減させる目標を立てた。その後、達成が難しいとして、2023年9月に期限を令和10年度(2028年度)まで延長した。
環境省と農林水産省の資料によると、基準とした2011年度の推定個体数は、シカが310万頭(北海道77万頭、北海道以外233万頭)、イノシシが121万頭。半減目標はシカ約155万頭、イノシシ約60万頭だ。
今回のシカの推定の中央値(約310万頭)は、数字の上では基準年の水準と変わらない。ただし、基準年の北海道の値は北海道の管理計画の推定を用いるなど、推定の方法や前提は同じではなく、単純に比べるには注意が要る。それでも、環境省が個体数は「未だ高い水準にあり」としているとおり、期限まで2年あまりとなった目標との距離は大きい。

クマ対策は「人の側の体制」へ――56件から選ばれた10の技術実証
市街地に出てくるクマへの対応では、人の側の体制づくりが進んでいる。
2025年9月には改正鳥獣保護管理法が施行され、一定の条件のもとで市町村の判断により市街地で銃猟を行える「緊急銃猟」の制度が始まった。環境省によると、2026年4月までに50件以上の緊急銃猟が行われた。
ただ、出没の件数は大きく変動している。環境省の速報値によると、クマ類の出没件数は令和4年度の11,136件から、令和5年度は24,348件、令和6年度は20,513件、令和7年度は50,801件となった(北海道は出没数を公表していないため含まない)。令和8年度も8月までで19,789件に達している。
こうしたなか環境省は10月30日、「市街地等におけるクマ対策に係る技術導入実証事業」の実施団体として、応募56件から10団体を選んだと発表した。ドローン、カメラ、アプリなどの技術を使ったクマ対策を実際に導入し、その有効性を確かめる事業だ。
選ばれた実証には、赤外線ドローンで市街地のクマを早く見つけて追跡する取り組み(SOARREC、岩手県盛岡市)、データ分析とドローンでヒグマ出没時の人の負担を減らす取り組み(NTT東日本、北海道斜里町)、四足歩行ロボットやAIカメラ、ドローンで早く検知し追い払う取り組み(パーソルビジネスプロセスデザイン、栃木県那須町)などがある。
緊急銃猟は、市街地に出没したクマへの緊急対応の一つだ。その手前の段階で、どこにクマがいるかを早く知り、出会わないように動けるかどうか。少ない担い手でそれを支える道具の検証が、これから始まる。

空と海の境界――風力発電の計画に求められた鳥類への配慮
人と野生の境界は、空と海にも広がっている。環境省は同じ10月30日、2つの風力発電事業について環境大臣意見を経済産業大臣に提出した。
1つは、東急不動産が北海道石狩市で計画する「(仮称)北海道厚田風力発電事業」(最大64,500kW、4,300kW×15基)の環境影響評価準備書に対する意見だ。意見は、国内希少野生動植物種のオジロワシについて、餌場と考えられる漁港の周辺や飛ぶ姿がよく確認される場所、衝突の予測数が相対的に高い場所などにある風車を、取りやめるか、影響を避けられる場所に配置し直すよう求めた。また、対象区域の大半が石狩市の「環境保全エリア」に当たるとして、市などへの丁寧な説明と調整を求めた。オジロワシやオオワシなどが風車に衝突した場合に備え、専門家などによる協議会を設け、稼働停止を含む緊急の保全措置をとることも求めている。
もう1つは、東京電力リニューアブルパワーが千葉県銚子市の沖合で計画する「(仮称)銚子市沖洋上風力発電事業」(最大420,000kW)の計画段階環境配慮書に対する意見だ。国内希少野生動植物種のウミガラスなどの海鳥が確認されているとして、移動の妨げなどの影響を適切に調査し、評価するよう求めた。区域の一部が生物多様性の観点から重要度の高い海域に当たることや、水郷筑波国定公園の眺望点からの景観への影響にも触れている。
再生可能エネルギーの拡大は、気候変動対策として欠かせない。だが、鳥が飛ぶ道や海の生き物のすみかと重なる場所を選べば、別の自然を損なうことになる。計画の早い段階で場所と配置を見直すことも、境界の手入れの一つだ。
境界は「帯」として手入れする
森ではシカが増えすぎないよう数を把握して捕獲を続け、里では農地を守り、街ではクマの出没を早く知って人を守る。空と海では、風車の場所を鳥の暮らしに合わせて選ぶ。
10月30日に公表された3つのテーマは、別々の分野の話に見える。しかし共通しているのは、人と野生の間にある幅のある帯を、データと技術と制度を使って保とうとしている点だ。
その帯は、一度線を引けば終わりではない。シカの推定が毎年更新されるように、境界の状態も変わり続ける。担い手が減るなかで、どこまでを人が担い、どこからを道具や仕組みに任せるのか。境界の手入れは、これからも続く。
【参考】
環境省:報道発表「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について」(2026年10月30日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_05772.html
環境省:報道発表「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について」(2026年4月23日発表、令和5年度末時点)
https://www.env.go.jp/press/press_04062.html
環境省・農林水産省:「シカ・イノシシの捕獲強化対策と捕獲目標について(見直し)」(2023年9月1日)
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort9/kyouka_taisaku.pdf
環境省:報道発表「令和8年度市街地等におけるクマ対策に係る技術導入実証事業の実施団体の決定について」(2026年10月30日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_05783.html
環境省:クマ類の出没件数(速報値、2026年10月14日更新)
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/syutubotu.pdf
環境省:報道発表「緊急銃猟ガイドラインの改訂について」(2026年4月6日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_03867.html
環境省:報道発表「(仮称)北海道厚田風力発電事業に係る環境影響評価準備書に対する環境大臣意見の提出について」(2026年10月30日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_05760.html
環境省:報道発表「(仮称)銚子市沖洋上風力発電事業に係る計画段階環境配慮書に対する環境大臣意見の提出について」(2026年10月30日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_05769.html
農林水産省:全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和7年度)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/index.html
九州大学:プレスリリース「シカの増加は森林の炭素貯留機能を半減させた」(2024年5月23日発表)
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/57410/24_0523-02.pdf
環境省:狩猟免許所持者数(年齢別)
https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs4/nenreibetu.pdf
FAQ
Q. ニホンジカとイノシシは何頭いると推定されていますか?
A. 環境省の推定(令和6年度末時点)では、ニホンジカが全国で中央値約310万頭(90%信用区間:約114万〜843万頭)、イノシシが中央値約157万頭(同:約91万〜270万頭)です。90%信用区間は個体数が90%の確率で含まれると推定される範囲で、幅が大きいため、中央値だけを確定した頭数として扱うことはできません。
Q. 前回の推定より増えたのですか?
A. 前回(令和5年度末時点)の中央値はシカ約303万頭、イノシシ約122万頭でした。ただし前回・今回ともに信用区間が広く、範囲も大きく重なっているため、中央値の差だけで増えたとは判断できません。環境省も前回との比較は示していません。
Q. シカ・イノシシの半減目標とは何ですか?
A. 2011年度の推定個体数(シカ310万頭、イノシシ121万頭)を半減させる国の目標です。当初は2023年度が期限でしたが、令和10年度(2028年度)まで延長されました。目標値はシカ約155万頭、イノシシ約60万頭です。
Q. クマ対策の技術導入実証事業とは何ですか?
A. ドローン、カメラ、アプリなどの技術を使って市街地のクマ対策を実際に導入し、その有効性を検証する環境省の事業です。2026年10月30日に、応募56件から10団体が選ばれました。赤外線ドローンによる早期発見やAIカメラによる検知、ロボットによる追い払いなどが実証されます。
Q. 風力発電の計画に、どのような意見が出されたのですか?
A. 北海道石狩市の厚田風力発電事業には、オジロワシへの影響を避けるため、衝突のおそれが高い場所などの風車の取りやめや配置の見直しを求めました。千葉県銚子市沖の洋上風力発電事業には、ウミガラスなどの海鳥への影響を適切に調査・評価するよう求めました。
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