脱炭素社会の実現に向けて、不動産業界でも既存建物の環境性能の見直しが急務となっている。そんな中、日建設計が推進する「ゼノベ(ゼロ・エネルギー・リノベーション)」プロジェクトの第一弾として、大阪・中央区にある築57年の「日建ビル1号館」がZEB Ready認証を取得。CO₂排出量を年間約58%削減しつつ、不動産価値の向上も図った。今後の都市再生と環境投資のあり方を再定義するこの取り組みは、「築古=リスク」から「築古=資産」へ、価値観を転換させる先例になるだろう。

既存建物を“脱炭素資産”に変える「ゼノベ」プロジェクトと、年間137トンのCO₂を削減した築57年のビル。
ビルの建替えは必ずしも最善策とは限らない…、新築によるCO₂排出や建設費高騰などのリスクを背景に、環境性能の向上と不動産価値の両立を目指す「環境改修」が今、注目されている。こうした状況下、株式会社日建設計と日本政策投資銀行グループ(DBJ、DBJアセットマネジメント)は2022年に協業を開始し、2024年に「ゼノベ(ゼロ・エネルギー・リノベーション)」プロジェクトを立ち上げた。
このプロジェクトは、既存ビルに対して環境性能と経済価値を同時に高める改修モデルを構築・実証することで、不動産ストックを活かした持続可能な都市開発と市場の再構築を目指すもの。改修の経済性は、CO₂削減量と炭素価格を掛け合わせた手法で定量化され、環境価値の「見える化」にも挑戦している。
そして2025年3月、ゼノベ第一弾として大阪市中央区の「日建ビル1号館」の環境改修が竣工。築57年の中小規模オフィスビルが、汎用性の高い省エネ技術と居住性改善の工夫によって、BELSのZEB Ready認証を取得した。
環境改修内容と主な効果は、以下の4つの点にまとめられる。
①空調設備の高効率化とダウンサイジング
冷暖フリー型マルチパッケージ空調機を採用し、既存システムと比べて空調容量を約40%削減。
②照明のLED化と最適配置
明るさ検知制御や照度補正機能を活用しながら、5W/㎡で500Lxを実現。エネルギー使用量を27%削減。
③断熱性の向上
屋上・外壁の吹付ウレタンフォーム断熱に加え、Low-E複層ガラスと木製建具を用いた二重窓構造を採用。断熱性能指標(BPI)は1.41から0.72へと大幅改善。
④自然換気の導入
階段シャフトを活用した重力換気と、入居者の行動変容を促すインターフェース設計によって、中間期には空調不要の快適環境を実現。
これらの結果、CO₂排出量は年間137トン、標準的なビルと比較して58%の削減が見込まれている(BEI=1.0比/日建設計試算)。
CO₂削減量を「不動産価値」として評価する新手法。「ゼノベ」による環境改修は全国市場を形成する。
今回のプロジェクトでは、CO₂削減量に炭素価格を掛け合わせることで、環境改修による経済的価値が明確化され、不動産投資における「環境性能=価値」という視点の導入に成功した。
それによって従来、環境改修は追加投資とみなされがちだったが、本手法によりその投資回収性が可視化され、環境改修が“コスト”から“価値創造”へと認識を転換させる武器となることがはっきりした。不動産ストックの7割近くが築20年以上とされる中、老朽ビルの環境改修が日本の脱炭素戦略の中核を担う可能性も高くなった。
この取り組みは、2024年度「21世紀金融行動原則 最優良取組事例」で「選定委員長賞」を受賞。選定理由には、環境改修の効果を定量化し、ビルオーナーやテナントの行動変容を促す設計思想、そして不動産市場全体への波及力が挙げられた。
DBJグループと日建設計は「ゼノベ」に賛同する企業の輪を拡大し、行政や金融、建設業界と連携しながら、日本各地の築古ビルを「脱炭素資産」として再定義していく方針だ。

