
★要点
「Femtech Japan Innovation Pitch 2026」では、竹繊維のトップシートと、でんぷん由来の高分子吸収体を使った生理用ナプキン「take bamboo」が金賞を受賞した。銀賞には、下半身麻痺と排泄障がいを経験した当事者が設計した機能性下着が選出された。病気の体験談と入院日数、費用などを共有するサービスも表彰されている。
一方、認知症、発達障がい、LGBTQ+、育児と仕事の両立などを一人称視点で疑似体験するVR研修が、「HRアワード2026」のプロフェッショナル部門に入賞した。
分野は異なる。しかし、共通しているのは、当事者に我慢や適応を求めるのではなく、商品、情報、職場、制度の側にある障壁を取り除こうとしている点だ。
★背景
従来のケア用品や福祉サービスは、最低限の困りごとを解決することが優先され、デザイン性、選択肢、環境性能、使う人の気持ちが後回しにされることがあった。
だが、機能が備わっているだけで、人の尊厳が守られるとは限らない。
服を自分の好みで選ぶ。生理用品を必要な場所で入手する。病気になったとき、同じ経験をした人の情報にたどり着く。性的指向や性自認、家族の形によって、福利厚生や社内制度から排除されない。
こうした一つひとつの「選べること」が、生活の質と心の安全を支える。
世界保健機関は、障がいを個人の健康状態だけでなく、利用しにくい建物や交通、否定的な態度、社会的支援の不足といった環境との相互作用によって生じるものと位置づけている。人が弱いのではない。社会の設計が限られた人しか想定していないとき、その人が不利な状況に置かれるのだ。
選べないことは、人を少しずつ弱らせる。
必要な機能は満たしているが、身につけたいとは思えない下着。突然必要になっても、近くに置かれていない生理用品。病名や治療法は説明されても、入院期間や費用、その後の暮らしが見えない不安。
職場では、自分の家族やパートナーについて自然に話すことができない。研修を受けても、制度や申請画面は以前のまま。猛暑の中で助けを求めたくても、認知機能の低下や社会的孤立によって支援へたどり着けない。
それらは、一つひとつを見れば、命に直結する大きな危機には見えないかもしれない。
しかし、「自分で選べない」「自分の事情を何度も説明しなければならない」「周囲に合わせて隠さなければならない」という小さな負担は、日常の中で積み重なっていく。
いま、フェムテック、ファッション、情報サービス、VR、人事制度の領域で、人を既存社会へ適応させるのではなく、社会の側をつくり変える試みが始まっている。
ケアとは、誰かを特別扱いすることではない。
誰もが選択肢を持てる状態を、社会の標準にすることである。
人が弱いのではない。選択肢の少ない社会が、人を弱くする
「障がい」という言葉を、身体や心にある個人の問題としてだけ捉えると、解決策は本人の治療や訓練に偏りやすい。
階段しかない建物では、車椅子を利用する人は移動できない。だが、エレベーターやスロープがあれば、同じ人が自分で移動できる。
文字だけの案内では情報を得にくい人がいる。音声、図、やさしい日本語、読み上げ機能が用意されれば、情報へたどり着ける人は増える。
不利な状況を生んでいるのは、身体だけではない。建物、商品、情報、制度、周囲の態度との組み合わせだ。
国連の障害者権利条約も、障がいのある人の社会参加を妨げるものとして、個人の機能だけでなく「さまざまな障壁との相互作用」を挙げている。また、ユニバーサルデザインを、特別な改造を必要とせず、可能な限りすべての人が利用できる製品、環境、プログラム、サービスの設計と定義する。
この視点に立てば、ケア用品は「困っている人へ与える特別な道具」ではなくなる。
誰もが年齢、病気、けが、妊娠、出産、介護、災害、気候変動などによって、昨日まで使えていた商品や制度を使えなくなる可能性がある。
今日の多数派が、明日も多数派であるとは限らない。
選択肢の多い社会は、一部の人を助けるためだけにあるのではない。変化するすべての人を受け止める、社会の柔軟性なのだ。
「仕方なく着る」から、「着たいから選ぶ」へ
株式会社LeAILEの「ケアエムショーツ」は、機能性とファッション性を両立させた排泄ケア下着だ。
開発したのは、出産後に膠原病の全身性エリテマトーデスと横断性脊髄炎を発症し、下半身麻痺と排泄障がいを経験した同社代表の新藤杏菜氏である。
排泄ケアが必要になったとき、新藤氏が直面したのは、好きな下着を選べなくなることだった。
既存のケア下着には、必要な機能はある。しかし、デザイン性まで備えた選択肢は少ない。相談しにくい領域であるため、利用者自身も「あるものを着るしかない」と諦めやすかったという。
ケアエムショーツには、着脱や介助をしやすくする開閉式構造、パッドがはみ出しにくい設計、においに配慮した素材などが採用されている。同時に、レースやシルエットにもこだわり、「福祉用品に見えない」ファッション性を重視した。
2026年のFemtech Japan Innovation Pitchでは、「ケアエムショーツ」とマタニティーウェア「LeAILE Birth」が銀賞を受賞した。新藤氏が受賞時に掲げたのは、「仕方なく選ぶ」のではなく、「着たいから選べる」状態を当たり前にすることだった。
下着は、人に見せるためだけのものではない。
自分の身体をどう包み、どのような気持ちで一日を始めるか。その人自身の感覚に深く関わる。
排泄をケアする機能が必要になった瞬間、色、素材、デザインを選ぶ自由まで失う必要はない。
選べることは、心のケアになる。
これは装飾を加える話ではない。尊厳を、製品の基本性能に含めるという話である。

生理用品は、肌と環境のどちらかを選ばなくてよい
Femtech Japan Innovation Pitch 2026で金賞を受賞したのが、Musubi LLCの生理用ナプキン「take bamboo」だ。
肌に触れるトップシートには竹繊維を使用。吸収材には、でんぷん由来の高分子吸収体を採用している。石油由来素材への依存を見直しながら、吸収力や使い心地との両立を目指した製品である。
ここで重要なのは、環境に配慮するために、使用者へ新たな我慢を求めないことだ。
吸収力が足りない。肌触りが悪い。漏れへの不安がある。価格が高く、継続して購入できない。入手できる場所が限られている。
こうした製品では、いくら環境性能を掲げても、日常的な選択肢として広がりにくい。
一方、竹やでんぷんなどの植物由来素材を使っていることだけで、「環境負荷がない」「使用後はすべて自然に還る」と断定することもできない。
原材料の栽培と調達、加工に必要なエネルギー、包装、輸送、吸収体以外の部材、焼却や埋め立てを含む使用後処理。製品の環境性能は、ライフサイクル全体で評価する必要がある。
フェムケアと環境配慮は、対立させるべきものではない。
肌への快適さ、安心して使える性能、買い続けられる価格、廃棄時の負荷。そのすべてを同時に改善することが、サステナブルな生理用品の条件になる。
環境のために女性や月経のある人が我慢するのではない。
我慢しなくても環境負荷を減らせる製品を、技術と事業の側がつくるべきなのだ。

生理用品を持参できることを、社会参加の条件にしない
より環境負荷の小さい生理用品が開発されても、それを必要なときに入手できなければ、選択肢は存在しないのと同じだ。
Femtech Japanは、学校、企業、団体などのトイレに生理用品を置き、無償で提供する「誰もが快適な生理を」プロジェクトを展開している。
2026年7月の発表時点で、全国50以上の施設への導入を支援。京都ノートルダム女子大学を幹事校に、生徒、学生、教職員、企業担当者らが生理環境の改善策を考えるサミットも企画された。
生理用品の設置を、経済的に困窮している人だけへの救済と考える必要はない。
突然、生理が始まった。持ってきた分が足りなくなった。家庭の事情で自由に購入できない。初めての生理で、誰に相談すればよいか分からない。災害によって普段使っている用品を入手できない。
状況は一人ひとり異なる。
トイレットペーパーは施設の標準設備なのに、なぜ生理用品は、利用者が必ず持参すべき私物とされてきたのか。
国連女性機関は、生理用品を購入できないことや、安全な水、衛生設備へアクセスできないことによって、世界の多くの人が学校や仕事を休まざるを得ない状況を指摘している。国連人口基金も、月経を経験するのは女性や少女だけではなく、トランスジェンダー男性やノンバイナリーの人々も含まれるとしている。
生理用品を学校や職場に置くことは、単なる無料配布ではない。
学校施設の標準設備。
職場の衛生・福利厚生。
避難所の防災備蓄。
公共施設の利用環境。
必要な人が必要なときに使え、学習、仕事、移動、イベント参加を諦めなくてよい状態をつくることだ。
ケア用品を持参できることを、社会参加の隠れた条件にしてはならない。
病気になったとき、必要なのは医学情報だけではない
病気が判明すると、医療機関から病名、検査、治療法、薬の説明を受ける。
だが、本人や家族が知りたいことは、それだけではない。
入院は何日くらい続くのか。仕事はどのくらい休むのか。費用はいくらかかったのか。何を持っていけばよいのか。退院後の生活はどう変わるのか。家族や職場へ、どう説明したのか。
株式会社ultim8の「HerGoope」は、病気を経験した人の体験談と、入院日数、費用などのデータを共有するサービスだ。Femtech Japan Innovation Pitch 2026では銅賞を受賞した。
体験談は、医師による診断や治療指示の代わりにはならない。
症状、治療効果、入院期間、費用は、病状や医療機関、保険、生活環境によって異なる。他人の経験を、そのまま自分へ当てはめることには危険もある。
一方、医学情報だけでは埋められない「生活の不確実性」があることも確かだ。
同じ病気を経験した人が、何に困り、何を準備し、どう生活を立て直したのか。その声に触れることで、自分の状況を整理し、医師や家族へ質問すべきことが見えてくる場合もある。
こうした情報サービスには、投稿内容の信頼性、個人情報の保護、誤情報への対応、医療広告との区別が欠かせない。
ケアとは、正しい答えを一方的に与えることだけではない。
同じ経験をした人の声へ、安全にたどり着ける道をつくることでもある。
他者の視点を体験すれば、偏見はなくなるのか
株式会社シルバーウッドの「VR Angle Shift」は、認知症、発達障がい、LGBTQ+、育児と仕事の両立、ハラスメント、異文化コミュニケーションなどを、一人称視点で疑似体験するDE&I研修だ。
講義で知識を得るだけでなく、VRを通して「自分がその立場だったら、何を感じるか」を体験する。その後、参加者同士で気づきを共有し、無意識の決めつけや日常の行動を振り返る。
2016年の提供開始以来、延べ22万人以上が受講。2026年には「HRアワード2026」のプロフェッショナル部門に入賞した。
同社が国内大手自動車メーカーで行った研修には、延べ909人が参加した。
実施企業側の報告によると、研修直後のアンケートでは99%以上が満足と回答。2カ月後の調査では、回答者302人のうち98.3%が意識の変化、93.7%が行動の変化を感じたと答えた。
ただし、VRを数十分体験しただけで、実際の当事者の人生や困難を理解したことにはならない。
認知症の人が経験する世界も、LGBTQ+の人が直面する問題も、一つではない。同じ属性を持つ人でも、家庭、職場、地域、経済状況によって経験は異なる。
疑似体験には、「自分は分かった」と思い込ませる危険もある。
だからこそ、VRは理解を完了させる装置ではなく、問いを始める装置として使うべきだ。
体験の後に、当事者の声を聞く。職場の規定を見直す。会議の進め方を変える。相談窓口を改善する。管理職の行動を変える。
共感は、相手の体験を分かった気分になることではない。
体験の後に、自分の行動や組織の仕組みを変えることだ。

LGBTQ+への対応を、「理解のある人」だけに任せない
職場にLGBTQ+への理解がある上司や同僚がいても、人事制度が異性同士の結婚と家族だけを前提にしていれば、排除は残る。
同性パートナーには住宅手当を適用できない。慶弔休暇を取れない。介護や育児に関する申請で、家族として扱われない。社内システムに通称名を登録できない。
本人がその都度、説明し、交渉し、例外対応を求めなければならない状態は、制度として整備されているとは言いにくい。
一般社団法人work with Prideは2026年6月30日、経団連会館で「結婚の平等に向けて企業にできること」をテーマとするカンファレンスを開催した。
同性婚の法制化に賛同する企業・団体を可視化する「Business for Marriage Equality」の賛同数が700社を超えたことも発表。法制度の変化を見据え、企業が必要な対応を整理する「同性婚アクション・プラン作成ワークシート」も公開された。
企業が確認すべき領域は、人事制度だけではない。
同性パートナーへの福利厚生。
慶弔休暇や育児・介護制度。
社内書類の性別、続柄、配偶者欄。
通称名の利用。
健康診断、更衣室、制服の運用。
相談窓口とプライバシー保護。
顧客向け申込書の家族欄。
結婚や家族を前提とした広告表現。
店舗やサービス現場での顧客対応。
個人の理解が進んでも、制度上の選択肢がなければ排除は続く。
DE&Iは研修だけでは完成しない。
人事、法務、情報システム、商品開発、広報、店舗運営を含め、企業全体を定期的に点検し直すメンテナンスである。


猛暑もまた、「平均的な人」を基準にすると救えない
選択肢を奪うのは、商品や制度だけではない。
気候変動による猛暑も、人によって異なる危険をもたらす。
北里大学の研究グループは、65歳以上の高齢者約3万4,000人を最長12年間追跡し、夏季の累積的な暑熱曝露が認知機能低下のリスクを高めることを報告した。
影響は年齢だけで決まるものではなかった。
65~74歳の前期高齢者では、既存疾患、社会的孤立、生活不活発など複数の条件が重なることでリスクが高まった。75歳以上では、精神疾患、骨折、排尿障害など加齢に伴う疾患やけがも強い影響を持っていた。
「暑ければ冷房を使う」「水分を取る」「体調が悪ければ助けを求める」。
平均的な認知機能、経済力、住宅環境、社会関係を前提にすれば、対策はこうした自己管理に偏る。
しかし、認知機能が低下している人は、室温の危険性に気づけないかもしれない。独居の人には、異変を見つける家族がいない。電気代への不安から、冷房を控える人もいる。クーリングシェルターがあっても、そこまで移動できない人がいる。
必要なのは、本人から助けを求められることを前提にしない支援だ。
訪問や電話による見守り。
冷房使用を妨げる経済的要因への支援。
認知機能に配慮した分かりやすい情報。
クーリングシェルターまでの移動支援。
医療、福祉、住宅、地域コミュニティの連携。
平均的な人を基準にした対策では、最も危険な人に届かない。
気候適応もまた、選択肢を奪わない社会設計の一部なのである。
身体を服に合わせるのではなく、服と社会を身体に開く
2026年8月26日、東京国立博物館の表慶館で「インクルーシブ・ランウェイ2026」が開催される予定だ。
障がいの有無、性別、年齢、国籍、文化、目に見える違いと見えない違いを超え、出演者が同じランウェイを歩く。コンセプトは「境界を溶かす」。障がいのある人を支援される側としてではなく、自らを表現する主体として舞台の中心に置く試みだ。
ファッションの世界では長く、限られた身体、年齢、性別のモデルが「美しさの標準」とされてきた。
その標準から外れる身体には、着られる服が少ない。広告や雑誌、ランウェイに自分に似た人が登場しない。機能性を備えた衣服は、装いではなく福祉用品として区分される。
だが、問題は身体が標準から外れていることではない。
服の設計、サイズ展開、着脱方法、販売方法、広告表現が、限られた身体しか想定していないことにある。
ケア用品を隠すべきものとせず、装いの一部として再設計する。車椅子で座ったときに美しく見えるシルエットを考える。手指を動かしにくい人でも着脱できる留め具を使う。義足や医療機器を覆い隠すのではなく、その人の表現として生かす。
ファッションは、生命維持に必要なものではないと思われるかもしれない。
しかし、自分の姿を自分で選び、人前へ出て、他者と関係を結ぶことは、社会参加そのものだ。
問われているのは、誰を美しいと呼ぶかではない。
誰に、表現する機会が開かれているかである。

ケアを社会の標準にする、五つの条件
生理用品、排泄ケア下着、医療情報、VR研修、LGBTQ+の社内制度、猛暑対策、インクルーシブファッション。
扱う問題は異なる。それでも、選択肢を奪わないデザインには、共通する条件がある。
1.当事者が企画段階から参加しているか
完成した商品や制度について、後から感想を聞くだけでは足りない。
何が問題なのか。どのような場面で困るのか。何を「使いたい」と感じるのか。問題設定、設計、試作、検証、改善の各段階に、当事者が意思決定者として参加しているか。
当事者の声を聞くことと、当事者へ責任を押しつけることは違う。企業や行政には、その声を商品や制度へ変える責任がある。
2.機能だけでなく、尊厳が守られているか
漏れない。吸収できる。着脱できる。申請できる。情報を得られる。
最低限の機能は必要だ。しかし、それだけでよいとは限らない。
使いたい。着たい。人に見られても恥ずかしくない。自分で決められる。何度も事情を説明しなくてよい。
尊厳は、追加できれば望ましいオプションではない。ケアの基本性能である。
3.選択肢が一つに限定されていないか
障がい、年齢、性別、経済状況を理由に、「あなたにはこれしかない」という状態をつくっていないか。
色、形、価格、素材、入手方法、利用する場所。複数の選択肢があって初めて、人は自分に合うものを選べる。
選択肢が一つしかない状態は、選択とは呼べない。
4.個人の善意ではなく、制度になっているか
理解のある上司が異動したら、支援がなくなる。寄付が集まらなければ、生理用品を置けない。熱心な担当者が退職したら、研修も相談窓口も終わる。
それでは持続しない。
予算、規定、設備、担当部署、評価指標、点検の仕組みとして組み込まれているか。担当者が変わっても、権利と支援が継続する状態をつくる必要がある。
5.環境負荷を、別の誰かへ押しつけていないか
ケアと環境配慮を別々に考えてはならない。
使いやすい製品でも、原料調達や製造現場で人権侵害や環境破壊を生んでいないか。環境配慮商品が高価格になり、限られた人しか買えなくなっていないか。使用後の廃棄物や化学物質を、処理施設の周辺地域へ押しつけていないか。
素材、製造、物流、価格、使用、廃棄までを見る。
人をケアすることと、地球をケアすること。その両方を満たしてこそ、持続可能なデザインになる。
誰もが自分らしく生き続けるための社会メンテナンスとは
人をケアするという言葉には、守る側と守られる側を分ける響きがある。
しかし、人は誰もが、年齢、病気、けが、妊娠、出産、介護、災害、気候変動によって、それまで使えていた商品や制度を突然使えなくなる可能性を持っている。
今日の多数派が、明日も多数派であるとは限らない。
だからこそ、社会は「標準的な一人」だけに合わせてつくられるべきではない。
生理用品を必要な場所に置く。身体に合う下着や服を選べるようにする。病気の経験を安全に共有できるようにする。家族の形が違っても、同じ制度を利用できるようにする。暑さに弱い人を、地域から取り残さない。
それらは、特別な人のための特別な対応ではない。
誰もが弱くなり得る社会で、誰もが自分らしく生き続けるための、基本的なメンテナンスである。
ケアとは、人を社会に適応させることではない。
その人から選択肢を奪っている商品、建物、情報、制度、職場の側を、つくり直すことだ。
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