★ここが重要!

★要点
電気自動車(EV)の役割が、単に電力を溜める「走る蓄電池」から、物理的に電力を輸送して孤立を防ぐ「走る電線」へと拡張し始めている。
2026年9月1日、異なる2つのスケールでEVを電力インフラの代替として機能させる注目の成果が公表された。
広域地域スケールでは、北海道立総合研究機構(道総研)、北海道大学、東京都市大学の研究グループが、酪農地帯のバイオガス発電とEVを組み合わせ、送電線が途絶した災害時でも発電所から避難所へ電力をピストン輸送する「仮想配電線」モデルを構築(9月1日付『電気学会論文誌B』に掲載)。最大72時間にわたり重要拠点への電力供給を維持できる可能性をシミュレーションで評価した。
一方、都市・建築スケールでは同日、新電元工業と辰巳菱機が東京都江東区の12階建て高層マンションにおいて、EV2台から三相200V・合計18.8kWを直接給電し、停電時を想定した状況下でエレベーターや揚水ポンプを平常時と同様に安定稼働させる実証に成功したと発表した。
線としての電線網が寸断されたとき、車輪を持ったエネルギーが生活圏をつなぎ直す。日常のモビリティと非常時のインフラが融合する、新しいレジリエンスの設計を読み解く。

★背景
2018年の北海道胆振東部地震による全域停電(ブラックアウト)や、近年の激甚化する風水害・地震災害は、既存の大規模集中型・長距離送電網が抱える脆弱性を浮き彫りにしてきた。
送電鉄塔の倒壊や配電線の断線が起きると、近隣にバイオガスや太陽光などの再生可能エネルギー発電設備が存在していても、電気を被災地や避難所へ届けることが難しくなる。
都市部においても同様に、高層集合住宅では、系統電力が途絶すると非常用発電機の燃料枯渇とともにエレベーターが停止して「高層難民」が発生し、給水ポンプの停止によって飲料水やトイレの確保すら困難になる。
これに対し、日常は移動手段として稼働しながら、非常時には三相交流などの産業用動力電源を賄い、あるいは道路網を伝って発電所と需要地を往復するEVの機動性が、従来の静的なバックアップ電源に代わる「動的な電力インフラ」として注目されている。

地面に固定された送電鉄塔が倒れ、電線が断ち切られたとき、現代社会の機能は瞬時に停止する。
けれど、電気が動けないのなら、電気が走って運べばいい。
2026年9月1日、日本のエネルギーインフラのあり方を更新する2つのニュースが、北の酪農郷と東京湾岸の都市空間から同時に届いた。
北海道の広大な農地では、牛の糞尿から生まれた電気をEVに積み込み、寸断された送電線に代わって避難所へ運ぶ「仮想配電線」のモデルが示された。
そして東京の12階建てマンションでは、駐車場に停めた2台のEVが、停電時を想定した建物のエレベーターと揚水ポンプを平常時と同様に動かしてみせた。
マクロな地域送電網から、ミクロな垂直の建築設備まで。
EVは「走る蓄電池」というバッテリーの枠組みを超えて、電線そのものが切れたときに電気を届ける「走る電線」へと進化し始めている。

広域スケール:北海道の酪農地帯を走る「仮想配電線」

北海道の道東や道北に広がる酪農地帯には、家畜糞尿を原料にメタン発酵させて発電する「バイオガス発電プラント」が数多く稼働している。
バイオガス発電は、天候に左右されず24時間連続して安定発電できる優れた地域分散型電源だ。しかし、これまでは「送電網がブラックアウトすれば、プラント自体は稼働できても集落や避難所へ電気を届けられない」という連系遮断の壁に突き当たっていた。バイオガス発電設備は、原料や敷地の都合から、需要地から離れた場所に立地することも少なくないためだ。
この課題を打開するために道総研、北海道大学、東京都市大学の研究チームが構築したのが、EVを「仮想的な電線」に見立てる地域マイクログリッド運用モデルである。
送電線が寸断された非常時、プラントで発電した電力をEVへ急速充電し、避難所や災害対策拠点まで物理的に走行してピストン輸送。現地の蓄電池や設備へと放電する仕組みだ。

最大72時間の生命線を維持――道総研・北大・東京都市大の協調制御モデル

研究成果は、2026年9月1日付の『電気学会論文誌B』に「地域マイクログリッドにおける仮想配電線として機能するEVと蓄電池の協調制御の評価」と題して掲載された。
論文では、車両の移動所要時間、充電・放電のタイミング、避難所側の定置型蓄電池の残容量を組み合わせたエネルギーマネジメントシステム(EMS)を構築。送電網から切り離された自立運転環境下において、バイオガス発電の連続稼働を維持しつつ、最大72時間にわたって避難所の重要負荷へ電力を安定供給できる可能性をシミュレーションで示した。
このモデルの意義は、巨額の投資を伴う「災害時専用の非常用配電線」や過大な非常用自家発電機を新たに建設することなく、既存の分散電源を活かせる点にある。
平常時は地域の移動手段や業務車両として活用されるEVが、ひとたび災害が起きれば、エネルギー輸送の担い手として活用できる。
日常利用と防災インフラを両立させる、地方分散型社会における実用的なアプローチだ。

建築スケール:高層マンションの命綱――三相200V・18.8kW給電の実証

地域を横に走る仮想配電線に対し、都市部で「縦のインフラ」を支える実証も同じ日に現実のものとなった。
パワー半導体や車載電装大手の新電元工業株式会社と、総合設備工事を手がける辰巳菱機株式会社は9月1日、東京都江東区の高層マンション「TEC Residence」(12階建て)において、EVを活用したV2X(Vehicle to Everything)実証に成功したと発表した。
一般的な家庭用V2H(Vehicle to Home)は、単相100V/200V・6kW程度の出力であり、家庭内の照明や冷蔵庫、家電製品を動かすことを主眼としている。
しかし、マンションの共用部にあるエレベーターや給水用の揚水ポンプ、機械式駐車場などを動かすには、強力な「三相200V(動力電源)」が不可欠となる。
今回の実証では、新電元工業が開発した三相200V・出力9.4kWの産業用V2X充放電器2台を並列接続。合計18.8kWの電力を、乗用EV2台(40kWh搭載車と91kWh搭載車)からマンションの動力制御盤へダイレクトに給電した。

「高層難民」を防ぐ――エレベーターと揚水ポンプを動かす意味

約1時間に及ぶ給電試験では、通常の乗客昇降だけでなく、最大積載に近い重量物を積んだ状態での最上階(12階)への連続昇降を実施。瞬時的な負荷変動が大きいエレベーターの起動電流に対しても、電圧降下を起こすことなく平常時と変わらない昇降制御を維持できることが確認された。
さらに、屋上の高置水槽へ地下から水を汲み上げる揚水ポンプの同時駆動も検証された。
現代の都市災害において、高層住宅の停電は単に「明かりが消える」ことにとどまらない。
エレベーターが止まることで高齢者や乳幼児を抱える住民が地上へ降りられなくなる「高層難民化」や、ポンプ停止に伴う全館断水、トイレの機能不全は、在宅避難を難しくする大きな要因とされてきた。
停電時であっても、住戸の敷地内にある社用車や住民のEVをコネクタにつなぐことで、垂直方向の移動路と水インフラを維持できる可能性がある。
都市生活の生命維持装置を、車輪の上のバッテリーが肩代わりできることが示された。

固定された電線網から、車輪を持つインフラへ

北海道の広域モデルと、東京湾岸のマンション実証。
スケールも環境もまったく異なる2つの事例が指し示している本質はひとつだ。
エネルギーインフラは、「敷設された金属線の中を固定的に流れるもの」から、「必要に応じて物理空間を移動するもの」へと概念の拡張を始めている。
気候変動によって極端気象が日常化し、大地震の切迫が叫ばれる日本列島において、すべてのインフラを固定的なハードウェアの増強だけで賄うには財政的にも空間的にも限界がある。
だが、走る機能を備えたEVが地域や街の各所に分散して存在していれば、電線網が途絶した瞬間に、それらを「動くインフラ網」として再構成できる可能性がある。
普段は走行時に排気ガスを出さない移動手段として走り、有事には電線として命をつなぐ。
都市と地方の双方で始まったこの試みは、エネルギーとモビリティを不可分なものとして統合する、次世代レジリエンスの確かな第一歩である。

【参考】

北海道大学:プレスリリース「走る電線!EVで停電時の電気インフラを確保へ!」(2026年9月1日発表)
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/260901_pr3.pdf

北海道立総合研究機構(道総研):プレスリリース資料(2026年9月1日)
https://www.hro.or.jp/upload/58112/press_260901-2_industrial.pdf

電気学会論文誌B:地域マイクログリッドにおける仮想配電線として機能するEVと蓄電池の協調制御の評価(林田淳、原亮一、九蘭和樹、中島達人/2026年9月1日発行)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejpes/146/9/146_544/_article/-char/ja

新電元工業:プレスリリース「防災の日」に集合住宅のエレベータをEV放電で駆動、辰巳菱機協力のもと当社製V2X充放電器で実証へ
https://www.shindengen.co.jp/information/newsrelease/202609_v2x-bousai.html

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