★ここが重要!

★要点
自然を守るという言葉は、どこか遠い森や海の話に聞こえるかもしれない。しかし、生物多様性の損失を食い止め、回復へと向かわせるネイチャーポジティブの営みは、都市の公園で見つけた虫や草花をスマートフォンで記録することからも始まる。子どもたちが海岸でアマモ場をのぞくこと、里山の農林業を続けながら絶滅危惧種を守ること、企業が保有する森を調査し管理していくことも、すべてその大切な一部だ。
★背景
2026年現在、世界の環境戦略は自然の減少を食い止めるだけの保護から、官民や市民が一体となって生態系を積極的に回復させる自然再興へのフェーズへと転換している。持続可能な社会を維持するための技術は、巨大な装置や先端プラントだけではない。場所も主体も異なる地域で身近な自然の変化を知り、人と地域が主体的に関わり続ける「観察と記録のシステム」こそが、これからの地球を手入れするための基礎知識となる。

東京都とバイオームによる東京いきもの調査団 2026夏編、広島県江田島市のアマモ場観察会、SAVE JAPANプロジェクトが支援するサシバの里自然学校の自然共生サイト認定、そして北海道福島町にあるリフラの森の自然共生サイト認定。
一見すると、場所も主体も全く異なる四つの取り組みだが、その根底に共通しているのは、生きものを「見る」「記録する」「守る」「育てる」という実直な行為だ。デバイスを通じた市民科学から、地域に根ざした環境教育、企業の資産管理まで、足元から社会の持続可能性を紡ぎ直すネイチャーポジティブの最前線を追う。

東京の生きものを、みんなで記録する

都市のコンクリートの隙間や整備された公園にも、多様な生命の営みが隠されている。その変化をデジタルの力で可視化する試みが東京で始まった。
東京都と株式会社バイオームは、デジタル版野生生物目録である東京いきもの台帳の作成に向け、市民参加型のいきもの調査「東京いきもの調査団 2026夏編」を開始した。調査期間は2026年7月1日から8月31日までとなっている。参加者はスマートフォンアプリ「Biome」を使い、東京都内で見つけた生きものを撮影して投稿する仕組みだ。
この取り組みの意義は、単に生きものの写真を集めることにとどまらない。都市の自然は、気温の上昇や外来種の拡大、緑地の減少、河川や公園の管理状況によって、日々刻々と変化している。専門家や行政の調査員だけでは到底追いきれない広大な都市の変化を、市民一人ひとりの目によって補い、網羅的なデータとして蓄積していく点に、このプロジェクトの先進性がある。
都市に暮らす人が自分の足元にいる虫、鳥、草花、魚に気づき、スマートフォンの画面を通して記録する。こうして集まった膨大なデータは、将来の生物多様性保全を支える強固なインフラ基盤となる。ネイチャーポジティブは、遠い原生林の奥深くへ行かずとも、東京の歩道や身近な公園、川辺から十分に始められるのだ。

参照元: 東京都 x バイオーム『東京いきもの調査団 2026夏編』開始
https://biome.co.jp/news/20260701_press/

江田島の海には、海のゆりかごが残っている

都市部のデジタル調査から一転して、地域のリアルな自然環境に身体ごと飛び込み、生態系の豊かさを五感で学ぶ現場がある。
広島県江田島市では、一般社団法人フウドが運営する「えたじま未来の海づくり大作戦」により、海のゆりかご観察会が荒代海岸で開催された。2026年6月14日に行われたこの観察会には、親子を含む10グループ37名が参加し、アマモ場や干潟、藻場、岩場に暮らす多様な生きものを間近で観察した。
アマモ場は、多くの魚や小さな生きものが身を隠し、卵を産み、稚魚が育つ場所であることから、「海のゆりかご」とも呼ばれる重要な沿岸生態系だ。実際の観察会でも、アマモに産み付けられたアオリイカの卵や、タコ、ウミウシなど、豊かな生態系を示す多くの生きものが確認された。
海を守るという行為は、ただ砂浜のゴミを拾う清掃活動だけでは完結しない。そこにどんな生きものが暮らし、どのような環境が残り、何が失われつつあるのかを知る知的探求が不可欠だ。子どもたちが実際に海に入り、砂をかき分け、岩陰をのぞいて生命を見つける。そのリアルな体験こそが、将来の里海を維持管理していく人材を育てる原点となる。アマモ場の再生や環境教育を包括する江田島の試みは、海を単なる美しい景色として消費するのではなく、生命を育む立体的な場所として見直す先進事例だ。

参照元: 未来へつなぐ江田島の里海。“海のゆりかご”アマモ場を親子37名が観察、生物多様性の豊かさを体感
https://note.com/fine_phlox1/n/nda6acd112368

絶滅危惧種サシバが暮らす里山を、農林業と教育で守る

地域の自然を維持するためには、人間を環境から排除して囲い込むのではなく、人間の適切な経済活動によって生態系をデザインしていく手法も求められる。
栃木県市貝町で進められている「サシバの里自然学校里地里山保全活動実施計画」は、環境省、農林水産省、国土交通省が推進する自然共生サイトに認定された。これは、日本NPOセンターと損保ジャパンが協働する「SAVE JAPANプロジェクト」が支援する地域として、6例目の自然共生サイト認定となる。
タカの一種であるサシバは、里地里山の生態ピラミッドの頂点に位置する捕食者で、現在は絶滅危惧種に指定されている。サシバが健やかに暮らせる環境があるということは、その下部構造である田んぼ、雑木林、水辺、草地が健全に維持され、多様な在来動植物が生息していることの証明に他ならない。
この保全計画の優れた点は、単なる鳥の保護区づくりにとどまらず、持続可能な農林業、環境教育、そしてグリーンツーリズムの活用を視野に入れている点にある。里山は、放置すればヤブに覆われて荒廃し、かえって多様性が失われてしまう。草を刈り、水路を整え、林を手入れし、農地を使い続ける。人が農業や林業という営みを介して定期的に手入れを続けることで維持される自然を、ビジネスや教育の仕組みと共に守っていく。使いながら守るネイチャーポジティブの、これが一つの理想形と言える。

参照元: 「SAVE JAPAN プロジェクト」を通じて「自然共生サイト」に認定された地域が6例目に
https://www.jnpoc.ne.jp/news/20260703/

企業が森を持ち、調べ、見守る時代へ

市民やNPOの活動が広がる一方で、民間企業が自らの保有資産を活用し、最先端の管理手法を導入して自然をメンテしていく動きも加速している。
北海道松前郡福島町にある「リフラの森 北海道福島町」が、新たに国の自然共生サイトに認定された。品川リフラ株式会社が所有するこの森は、1937年の取得以来、ほとんど人の手が加えられずに維持されてきた、極めて自然度の高い貴重な森林ストックだ。ブナやミズナラを主体とする落葉広葉樹林が大部分を占めており、専門家による調査では、多くの希少な野生動植物の生息・生育が確認されている。
ここで注目すべきは、企業が広大な森を所有しているという事実そのものではなく、その貴重な生態系をこれからどうデジタルとリアルの両面で見守り、生物多様性の増進につなげていくかという管理体制にある。同社は今後、専門家による継続的な現地調査に加え、監視カメラを用いた遠隔観察システムなども導入し、自然災害のリスクや病害虫の被害状況をリアルタイムに診断していく方針だ。
かつて企業の保有する森は、イメージアップのための社会貢献活動や、単なる固定資産として語られることが多かった。しかし今後は、自社の責任において生物多様性を正確に計測し、手入れし、守り抜く場所としての役割が強く求められる。持続可能な社会のパートナーとして企業が参加する、ネイチャーポジティブの新しいメンテナンスの形がここにある。

参照元: 「リフラの森 北海道福島町」が環境省の自然共生サイトに認定
https://ssl4.eir-parts.net/doc/5351/ir_material2/281819/00.pdf

自然を守るには、まず「見える化」することから始まる

東京のいきもの調査、江田島のアマモ場観察、サシバの里山保全、そして北海道福島町の企業の森。これらは一見すると、それぞれ独立した別のニュースに見えるが、その本質はすべて同じだ。自然という抽象的な存在を語るのをやめ、目の前にある生態系を具体的に見て、記録し、関わり続けていることにある。
市民がスマートフォンを片手に、都市の虫や草花、生きものの変化を記録する。親子が泥にまみれてアマモ場に入り、海の生命力を体感する。里山では絶滅危惧種をシンボルに据えて農林業と教育の経済を回す。企業の森では、現地調査と遠隔カメラによって生態系の健康状態を厳密にモニタリングする。
ネイチャーポジティブとは、自然をこれ以上減らさないという消極的な防御ではない。失われつつある自然を回復させ、人間の暮らしや地域経済の中に、持続可能なシステムとしてもう一度組み込んでいく前向きな手入れの技術だ。そのためには、まず何がどこにあり、何がどう変化しているのかをデータとして見える化する必要がある。地球を修理するための第一歩は、壮大な先端技術ではなく、私たちの実直な観察と記録から始まる。

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