★ここが重要!

★要点
京都大学や北海道大学、日本原子力研究開発機構などの国際共同研究グループが、インドネシアの熱帯泥炭地において、人間による排水や火災が過去3,000年かけて蓄積された炭素を短期間で大気中へ放出している実態を解明。地球温暖化を加速させる「古代炭素」の排出リスクが初めて定量化された。
★背景
世界が脱炭素へ向かう一方で、森林や土壌に蓄えられた炭素の喪失が新たな課題となっている。なかでも熱帯泥炭地は、地球規模の炭素循環を支える巨大な貯蔵庫だ。その崩壊は、これまで積み上げてきた気候変動対策の効果を打ち消しかねない。

世界が脱炭素へ向かう一方で、地中に眠る「過去の炭素」が温暖化を加速させる危機が進んでいる。インドネシアの熱帯泥炭地では、人間による排水や火災によって、数千年かけて蓄積された炭素が大気中へ放出されていた。京都大学らの国際共同研究は、地球最大級の炭素貯蔵庫が崩壊しつつある現実を、年代レベルで可視化した。

「炭素の貯金箱」が崩れ始める。地球の0.3%が握る気候の安定

熱帯泥炭地は、世界の陸地面積のわずか0.3%しか占めていない。
しかし、その内部には約1,050億トンもの炭素が蓄えられている。これは世界の土壌炭素の6%以上、大気中に存在する炭素量の約12%に相当する規模だ。
なぜこれほど大量の炭素が保存されるのか。
泥炭地では常に地下水位が高く、植物遺体が完全に分解されない。枯れた植物が何千年も積み重なり、厚い有機質土壌になる。その過程で、本来なら大気へ戻るはずの炭素が地中へ閉じ込められてきた。
言い換えれば、熱帯泥炭地は自然が何千年もかけて築き上げた巨大な「炭素の貯金箱」だ。
近年注目される森林保全や自然資本経営においても、この貯金箱の価値は極めて大きい。

排水が招く静かな流出。18年で500年分の炭素が消えた

研究チームはインドネシア・中部カリマンタン州において、自然状態に近い泥炭林、排水された泥炭林、排水後に火災を経験した元泥炭林を比較調査した。
放射性炭素年代測定法を用いて泥炭層を分析した結果、排水された地域では18年間で過去200~500年分に相当する炭素が失われていた。
原因は乾燥化だ。
農地開発などのために排水路が掘られると地下水位が下がる。それまで酸素から守られていた泥炭が空気に触れ、微生物による分解が急速に進む。炭素はCO₂として大気中へ放出される。
一度排水が始まると、その排出は火災が起きなくても続く。
泥炭地開発は、目に見えない形で何百年分もの炭素貯蓄を切り崩しているのだ。

火災が解き放つ“古代の炭素”。3,000年の蓄積が数週間で消失

さらに深刻なのが火災だ。
排水によって乾燥した泥炭地では、エルニーニョ現象による干ばつなどをきっかけに大規模火災が発生しやすくなる。
研究によれば、排水後に繰り返し火災が発生した地域では、過去3,000年かけて蓄積された炭素が焼失していた。
失われた炭素量は1平方メートル当たり23~32キログラム。
しかも火災は表面だけを燃やすわけではない。地下深くの泥炭層まで焼失させることで、さらに古い炭素を地表へ露出させる。結果として、その後も微生物分解による排出が続く。
火災は単発の災害ではない。長期的な炭素流出の引き金だ。
数千年かけて積み上げられた炭素が、わずか数週間から数か月で大気へ戻る。その非対称性こそ、この問題の恐ろしさだろう。

森林吸収を打ち消す現実。見過ごされてきた巨大排出源

研究チームは、この結果をインドネシア全域の撹乱された泥炭地へ適用した。
その結果、1996年から2014年までの18年間に、排水と火災によって8億~37億トンもの炭素が排出された可能性が示された。
年間換算では最大2.1億トン。
これは地球全体の森林が毎年吸収する炭素量の最大14.7%を相殺する規模だ。
世界各国は植林や森林保全を進めている。しかし一方で、既存の炭素貯蔵庫が失われ続ければ、吸収努力の効果は大きく削がれる。
脱炭素社会の実現は、新たな吸収源を増やす競争だけではない。
今ある炭素を失わないことも同じくらい重要だ。

視えない炭素をどう守るのか

今回の研究が持つ意義は、炭素排出量を算出したことだけではない。
最大の成果は、「いつ固定された炭素が失われたのか」を年代軸で可視化した点にある。
企業のサステナビリティ戦略や自然資本評価が進む中、排出量の見える化は急速に重要性を増している。今後は泥炭地だけでなく、森林、湿地、農地など様々な自然資本の管理にも同様の考え方が広がるだろう。
研究チームは今後、排水路の閉鎖による再湿潤化や、火災後の植生回復、泥炭林の保全・復元といった対策の実装を見据える。重要なのは、失われた炭素を数えることではない。これ以上失わない仕組みをつくることだ。
排出を減らす時代から、蓄積された自然資産を守る時代へ。
熱帯泥炭地で起きている現象は、地球環境問題の最前線だ。未来の気候だけでなく、人類がこれまで積み上げてきた炭素の貯蓄をどう守るか。その問いを突きつけている。

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