
★要点
奈良・吉野で約200年続く嘉兵衛本舗が、三姉妹への事業承継を機にクラフト茶ブランド「茶ノ吉」を11月5日に立ち上げ。製茶時期を年間で分散させることで茶農家の労働偏在を解消し、一番茶以外の茶葉にも価値を与えることで、小規模農家の持続可能性と茶業の多様性を追求する。
★背景
国内茶業は農家戸数の減少、高齢化、労働の季節的偏在、市場の二極化など構造的課題が深刻。特に小規模農家は厳しい状況に置かれており、伝統を守りつつも、現代のニーズと働き方に合わせた新たなビジネスモデルとブランディングが求められている。
茶畑に、新しい風が吹く。奈良・吉野の山里で約200年もの歴史を刻んできた老舗茶農家「嘉兵衛本舗」。この伝統ある家業を、三姉妹が受け継ぎ、現代の課題に応えるクラフト茶ブランド「茶ノ吉」として新たな一歩を踏み出した。茶農家が抱える労働の偏りや市場の厳しさに対し、茶葉の「旬」を年間で提案し、多様な味わいと持続可能な働き方を両立させる。日本の茶業が直面する構造的課題に挑む、希望に満ちた挑戦だ。
200年の伝統と現代の継承──三姉妹が紡ぐ「茶ノ吉」
嘉兵衛本舗の歴史は江戸時代中期、天保の時代まで遡る。代々受け継がれてきた茶づくりは、現在の代表である森本正次氏から三姉妹へと託されることになった。当初、家業を継ぐ意思のなかった三姉妹が、出産を機に実家に戻り、父の病気を乗り越える中で、互いに力を合わせる体制を築き上げた。そして、中川政七商店の「経営とブランディング講座」を受講したことが、新ブランド「茶ノ吉」の具体的な構想へと繋がる。2027年4月には法人登記を行い、三姉妹による経営体制への移行を計画。伝統を重んじつつも、現代の女性の視点と感性で、茶業の新しい価値を創造しようとしている。

茶業の構造的課題に挑む──「旬」の分散化が生む持続可能性
日本の茶業は今、深刻な危機に瀕している。栽培農家戸数は大幅に減少し、高齢化が進む。特に、一番茶の時期(4~5月)に労働が集中する「季節的な偏在性」は、小規模農家の経営規模拡大を阻む大きな要因だ。さらに、煎茶や番茶の価格低迷と、高単価な抹茶原料(てん茶)への生産シフトが、小規模農家を厳しい状況に追い込んでいる。「茶ノ吉」は、この構造的課題に対し、革新的なアプローチで挑む。一番茶だけでなく、二番茶、三番茶も収穫し、茶葉の「後加工」の技術を活かして製茶時期を年間で分散させる。これにより、労働の平準化を図り、通年で安定した事業運営と働き方を実現。手作業によるクラフト茶として、産地の特性を最大限に引き出した多様な茶の価値を提案するのだ。

出典:「茶業及びお茶の文化に係る現状と課題(令和6年11月) P.14」(農林水産省)(https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/cha/attach/pdf/230929-4.pdf)
四季折々の「旬」を味わう──釜炒り煎茶から白茶、越冬番茶まで
「いつでも季節の旬が味わえる、手間暇かけてつくるクラフト茶」。「茶ノ吉」のコンセプトは、まさにその言葉通りだ。同じ茶の木から、四季折々の茶葉の状態に合わせて最適な製法を用いることで、驚くほど多様な味わいのお茶が生まれる。デビュー時には、香ばしさと甘みが特徴の「釜炒り煎茶」、渋みが少なく花のような香りの「和紅茶」、強めの焙煎で仕上げた「烏龍茶」の3種類を展開。さらに、12月には自然の風で乾かした清らかな「白茶」、翌年3月には冬の寒さに耐え成分が凝縮された「越冬番茶」、5月には昔ながらの製法を再現した「煎茶」と、季節ごとにラインナップを拡充していく予定だ。パッケージには嘉兵衛本舗の「農業日誌」がデザインされており、茶づくりの手間暇と背景にあるストーリーを垣間見ることができる。

販路を広げ、新たな価値を届ける──オンラインから中川政七商店まで
「茶ノ吉」は、2025年11月5日(水)より、嘉兵衛本舗公式オンラインショップ(https://kaheehonpo.com/)、中川政七商店オンラインショップ(https://nakagawa-masashichi.jp/)、および中川政七商店の一部直営店で発売している。中川政七商店のコンサルティングが、ブランドの立ち上げと販路拡大を強力に後押ししている点は注目に値する。中川政七商店が培ってきた「日本の工芸を元気にする」というビジョンと、「ブランドをつくる」という視点が、「茶ノ吉」の魅力を最大限に引き出し、全国の消費者へ届ける。約200年の歴史を持つ吉野の茶農家が、三姉妹の情熱と現代的なブランディングによって、日本の茶業に新たな息吹を吹き込む。それは、伝統と革新が融合し、持続可能な未来へとつながる「一杯のお茶」の物語だ。

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