アンリツ株式会社が、人の嗅覚を代替する次世代センシング技術「におい検査機」の一般販売を2025年7月1日から開始した。官能検査の自動化というこれまで困難とされてきた領域に挑戦し、においを“可視化・数値化”する新技術により、品質管理や研究開発現場での利便性が大きく向上する見込みだ。

においを「数値化」し「見える化」する、AIとセンサ技術の融合。
視覚・聴覚・味覚などに比べ、においの定量的な評価は長らく人の感覚に頼らざるを得なかった。特に食品業界などでは官能検査員の経験と勘が重要視されてきたが、人材確保の難しさや個人差といった課題を抱えていた。
そうした中、アンリツが新たに開発した「におい検査機」は、独自のにおい吸着膜センサとAIによる高次元データ処理を組み合わせることで、人の嗅覚に相当する機能を再現する。センサには40種類のにおい吸着膜が備えられており、それぞれがにおい分子と反応し、周波数変化としてデータ化。この変化をAIが解析し、においの特徴を座標軸にプロットして“見える化”する仕組みだ。
これによってスパイスの香りの安定性や、酒類の発酵過程、コーヒーや紅茶のブレンド評価といった場面で、人手による検査を補完または代替することが可能になるという。

検査員の負荷を軽減し、検査工程の効率化と客観性を実現。
「におい検査機」は、最大6本のガラス瓶を同時に装着でき、1サンプル当たりの検査時間は約3分。繰り返し測定や学習を重ねることで、AIがにおいパターンの特徴をより精密に認識し、検査精度の向上につながる。測定結果はその場でクラウドにアップロードされ、解析アプリで即座に類似度や差異を可視化。専門知識がなくても判別できる点は大きな強みだ。
活用分野は多岐にわたる。ゴマ油や小麦粉など香りに敏感な食品の出荷基準判定や、日本酒やワインの熟成度の評価、あるいは消費者からのクレーム品に対する異臭分析など、従来人の五感に頼っていた工程に新たな選択肢を提供する。また製品開発の初期段階においても、競合他社製品との香り比較や、新製品の香り設計に役立つツールとして期待が高まっている。
ガスクロマトグラフィーとは異なる価値、官能検査の「代替」から「補完」へ。
これまで、においの成分分析にはガスクロマトグラフィーが用いられてきたが、同手法はあくまで成分の特定に強みを持ち、実際の香りの良し悪しや違和感の有無といった“官能”の再現には限界があった。
アンリツの「におい検査機」は、成分の解析ではなく、実際に感じるにおいの違いそのものを捉えることに特化した機器だ。まさに“人が感じるにおい”に近い観点から、評価を数値化・視覚化するアプローチであり、従来技術の補完的な存在としての価値も高い。
研究開発や品質保証の現場では、人の主観に左右されにくいデータとして活用でき、製品の香りの一貫性維持や異常検知、さらにはブランド価値の向上にも寄与する可能性がある。
人の五感を補完する「においのインフラ」へ、社会実装の広がりに期待。
アンリツが掲げるのは、「においの標準化」と「検査の自動化」だ。今回の製品は、嗅覚という最も“個人的”かつ“曖昧”な感覚領域に、客観的な技術を導入することで、社会全体の品質管理水準を底上げする可能性を秘めている。
今後は食品業界のみならず、香料、化粧品、医薬品、さらには環境臭や空調設備の管理など、においが重要な要素となるあらゆる領域への応用が見込まれる。