
★要点
東急不動産ホールディングスは、気候変動と自然関連課題を統合したシナリオ分析を実施し、都市開発、住宅、再生可能エネルギー、物流施設、ウェルネスなど主要事業におけるリスクと機会を評価した。さらにCDP2025のサプライヤー・エンゲージメント評価で最高評価に6年連続で選定され、スコープ1・2は2019年度比77%減、スコープ3の一部も30%減と公表している。一方、BSIグループジャパンはネットゼロ戦略の実効性を検証する「ネットゼロパスウェイ認証」の日本展開を進め、早稲田大学などの研究チームはネイチャーフットプリントの精度を高める新手法を発表した。企業環境経営は、CO2を減らすだけでなく、自然への依存と影響、サプライチェーン、第三者認証、投融資判断まで含めて評価する段階に入っている。
★背景
これまで企業の環境経営は、温室効果ガス排出量の削減を中心に進んできた。だが、気候変動と自然資本の損失は別々の問題ではない。都市開発は土地を変え、水や緑、生態系サービスに依存する。再生可能エネルギーも土地利用や生物多様性と関わる。建設資材、原材料、物流、金融、投融資先まで含めれば、企業の環境影響は自社の敷地内だけでは完結しない。SSBJ、TCFD、TNFD、CDP、SBT、第三者認証、ネイチャーフットプリントの広がりは、企業に「宣言」ではなく、測定・開示・検証・改善を求めている。これからの経営は、気候と自然を同じ地図の上で読み、事業戦略へ組み込む力が問われる。
脱炭素だけでは、もう企業の環境経営は語れない。CO2を減らすことは重要だ。だが、都市開発は土地を変え、建物は資材を使い、再生可能エネルギーは風や光や土地に依存し、ホテルやリゾートは自然の魅力を価値に変える。企業活動は、気候だけでなく、水、森、土、生きもの、地域の景観とつながっている。東急不動産ホールディングスは、気候と自然を統合したシナリオ分析を実施し、CDPサプライヤー・エンゲージメントでも最高評価を得た。BSIはネットゼロ戦略を第三者が検証する認証を日本へ展開しようとしている。ネイチャーフットプリントは、土地利用が生物多様性に与える影響を場所ごとに測ろうとしている。企業は、気候と自然を同時に読む時代へ入った。
CO2だけを見ていては、環境経営は足りない
企業の環境経営は、長い間、CO2削減を中心に進んできた。
省エネ、再エネ調達、排出量算定、SBT、ネットゼロ。これらは、いまも最重要課題である。温室効果ガスを減らさなければ、気候変動はさらに激しくなる。極端な暑さ、豪雨、干ばつ、海面上昇、災害リスクは、企業活動にも生活にも大きな影響を与える。
だが、CO2だけを見ていればよいわけではない。
企業は、自然に依存している。水を使う。土地を使う。木材や鉱物を使う。農産物や水産物を使う。景観や緑地、海や山の魅力を事業価値に変える。自然は、単なる背景ではなく、経営資源である。
同時に、企業は自然へ影響も与える。土地造成、建設、資材調達、排水、廃棄物、原材料生産、物流、観光利用。どこかの土地が変わり、どこかの水が使われ、どこかの生態系が圧迫される。
気候変動と自然資本の損失は、互いに影響し合う。気候変動が進めば、生態系は傷む。森林や湿地が失われれば、CO2吸収力や水循環も弱る。自然が劣化すれば、災害リスクも高まり、企業の事業基盤も揺らぐ。
だから、これからの環境経営は「脱炭素か、生物多様性か」ではない。
脱炭素と自然資本を、同時に読む必要がある。
東急不動産HDが進める、TCFD/TNFD統合シナリオ分析
東急不動産ホールディングスは、気候変動と自然関連課題を統合したシナリオ分析を実施した。
対象は、都市開発事業、住宅事業、再生可能エネルギー事業、物流施設、ウェルネス事業など、グループの主要事業である。不動産会社にとって、気候と自然は遠いテーマではない。建物はエネルギーを使い、土地を使い、人の生活と地域の環境を変える。ホテルやレジャー施設は、自然の魅力に依存する。再生可能エネルギー事業は、脱炭素に貢献する一方で、土地利用や地域環境とも関わる。
同社は、気候変動について1.5℃、3℃、4℃のシナリオを設定し、自然についてもネイチャーポジティブへの移行が進むシナリオ、自然損失の深刻化を背景に自然関連の移行が強まるシナリオ、自然損失の影響が深刻化しながら自然関連の移行が進まないシナリオを設定している。
これは、単なる環境報告ではない。
将来の政策、規制、市場、資源価格、技術、自然劣化の状態が変わったとき、事業にどのような影響が出るのかを読む試みである。ZEBや土地改変に関する規制強化によるコスト増加はリスクになる。一方で、気候変動・自然対策を行った施設へのニーズの高まりや、再生可能エネルギー市場の拡大は機会になる。
重要なのは、気候と自然を別々の報告書に閉じ込めず、事業戦略と財務影響に結びつけようとしている点だ。
環境対策は、社会貢献では終わらない。規制対応、顧客価値、資産価値、調達、投資、リスク管理、収益機会に関わる。気候と自然を統合して読むことは、企業価値を守るための経営技術になっている。

サプライチェーンを動かせるか? CDP評価が問う実行力
環境経営の難しさは、自社だけでは完結しないことにある。
東急不動産ホールディングスは、CDP2025のサプライヤー・エンゲージメント評価で、最高評価のサプライヤー・エンゲージメント・リーダーに6年連続で選定された。評価対象になるのは、ガバナンス、GHGスコープ3上流排出量の把握、削減目標設定、サプライヤーとのエンゲージメントである。
スコープ1・2は、自社が直接排出する温室効果ガスや、購入電力などに関わる排出である。一方、スコープ3は、原材料、建設、物流、使用、廃棄など、サプライチェーン全体に広がる。企業の環境負荷の多くは、このスコープ3にある。
同社は、スコープ1・2で2019年度比77%減、スコープ3の一部で30%減という削減実績を公表している。さらに建設会社へのアンケート、個別フィードバック、直接面談を通じて、サプライヤーとの協働を進めている。
ここに、環境経営の現場がある。
脱炭素は、社内で照明を消すだけでは進まない。建材、施工、設備、設計、調達、取引先の排出量を把握し、一次データを取得し、計算方法をそろえ、削減方法を共有する必要がある。サプライヤーに一方的に要請するだけでは続かない。共通の算定マニュアル、面談、フィードバック、教育、協働がいる。
CDPの評価は、企業がどれだけサプライチェーンを動かせるかを見ている。
環境経営は、社内の環境部門だけの仕事ではなくなった。調達、建設、設計、財務、営業、広報、投資家対応、取引先との関係づくりまで含む。つまり、経営そのものになっている。


ネットゼロは「宣言」から「検証」へ
ネットゼロを掲げる企業は増えた。だが、宣言が増えるほど、社会は問う。
本当に実現できる計画なのか。
オフセットに頼りすぎていないか。
削減経路に科学的根拠はあるのか。
途中の進捗をどう測るのか。
第三者が確認しているのか。
BSIグループジャパンは、組織のネットゼロ戦略を検証・認証する「ネットゼロパスウェイ認証」の日本市場での提供開始に向けて準備を進めている。
2050年ネットゼロの実現に向け、企業には目標の表明だけでなく、実現可能性の高い移行計画と、その信頼性を客観的に示すことが求められている。
背景には、気候関連情報開示の拡大、GX-ETSの進展、グリーンウォッシュへの警戒がある。
もう「ネットゼロを目指します」だけでは足りない。
どの範囲の排出を対象にし、どの時期に、どの手段で、どれだけ削減するのか。削減できない分をどう扱うのか。計画は、現実の投資や事業構造と整合しているのか。第三者が確認できるのか。
認証は、飾りではない。
信頼を保つための点検である。
BSIの資料では、日本企業のネットゼロへの自信やコミットメントがG7の中で最も低いという調査結果にも触れている。政策の不確実性、人材不足、データの信頼性が重荷になっているという指摘だ。
これは、弱さであると同時に伸びしろでもある。
日本企業には、省エネ、品質管理、現場改善、長期取引、ものづくりの蓄積がある。
だが、それをネットゼロの移行計画として、国際的に通用する形で示す必要がある。宣言を、工程表へ。工程表を、検証可能な計画へ。計画を、経営と投資へ。
ネットゼロは、スローガンからマネジメントへ移る。
ネイチャーフットプリントは、自然への影響を場所ごとに測る
自然資本の難しさは、場所ごとに違うことだ。
同じ1ヘクタールの土地改変でも、都市近郊の空き地と、希少種がすむ森では意味が違う。同じ農地開発でも、生物多様性の豊かな地域と、すでに改変が進んだ地域では影響が違う。自然は、平均値では測りにくい。
早稲田大学、MS&ADインターリスク総研、森林総合研究所などの研究チームは、土地利用の変化が生物多様性に与える影響を、世界規模で高精度に把握する手法を開発した。将来の土地利用変化による生物多様性への影響を、ライフサイクルアセスメントで使える「被害係数」として、全世界0.25度四方という高解像度で算定した。
これにより、従来の国ごとの一律評価ではなく、どの地域でどの程度、生物種の絶滅リスクが増加するかを場所ごとに評価しやすくなる。
これは、自然版のカーボンフットプリントに近い発想である。
カーボンフットプリントは、製品や活動に伴う温室効果ガス排出量を見える化する。
一方、ネイチャーフットプリントは、企業や組織の活動が自然や生物多様性に与える影響を定量的に把握しようとする。
ただし、自然はCO2より複雑だ。CO2は地球全体で混ざるが、生物多様性は場所に深く根ざす。どこで土地を使うか。どの生態系に触れるか。どの種の生息地に影響するか。その場所性が重要になる。
ネイチャーフットプリントは、企業のバリューチェーンや金融機関の投融資先の自然関連リスクを、より精密に見る道具になり得る。
原材料の産地、開発予定地、投資先の事業地域。そこが自然にどんな影響を与えているのかを可視化できれば、回避、低減、復元、代替、資金配分の判断が変わる。
自然を“良さそう”で語る時代から、場所ごとに測る時代へ。
その転換が始まっている。


気候と自然は、同じ経営地図の上にある
気候と自然を分けて考えると、経営判断を誤ることがある。
例えば、再生可能エネルギーは脱炭素に必要だ。だが、設置場所によっては土地利用や生態系への影響が生じる。
建物の省エネ化は重要だ。だが、建材調達や建設過程で自然への負荷がある。
都市緑化は暑熱対策や生物多様性に役立つ。だが、維持管理、水利用、外来種、地域生態系への配慮も必要になる。
つまり、気候対策が自然への負荷を生むこともあれば、自然回復が気候対策を助けることもある。
森林、湿地、草地、海藻藻場、都市の緑。これらはCO2吸収、水循環、暑熱緩和、防災、生物多様性、人の健康に関わる。自然は、気候適応のインフラでもある。
企業が見るべきなのは、単独の指標ではない。相互作用である。
脱炭素投資は、自然にどんな影響を与えるのか。
自然保全は、事業のレジリエンスをどう高めるのか。
サプライチェーンの調達は、どの地域の生物多様性と関わるのか。
施設開発は、地域の水や緑や生態系サービスにどう依存しているのか。
投資家や金融機関は、そのリスクをどう評価するのか。
東急不動産HDの統合シナリオ分析、CDPのサプライヤー・エンゲージメント、BSIのネットゼロパスウェイ認証、ネイチャーフットプリントは、それぞれ別の道具に見える。だが、向かっている方向は同じだ。
企業活動を、気候と自然の同じ地図の上に置くこと。
その地図があって初めて、リスクも機会も見える。
環境経営は、測る・証明する・組み込むへ
これからの企業環境経営に必要なのは、きれいな言葉ではない。動く仕組みである。
まず、測る。
自社の排出量だけでなく、スコープ3、土地利用、水、自然への依存と影響、サプライチェーン、投融資先まで測る。
どこで、何が、どれだけ起きているのかを把握する。測れなければ、減らせない。測れなければ、守れない。
次に、証明する。
自社だけで「やっています」と言っても、信頼は弱い。
第三者保証、認証、CDP評価、SBT、TCFD/TNFD開示、ネイチャーフットプリントのような評価手法が、取り組みを外部から確認可能にする。
グリーンウォッシュへの疑念が高まる時代、証明は防御であり、競争力でもある。
そして、組み込む。
環境情報をレポートに載せるだけでは足りない。
事業戦略、投資判断、開発計画、調達基準、サプライヤーとの協働、金融機関との対話、人材育成に組み込む必要がある。
環境経営は、環境部門の仕事ではなく、経営のOSになる。
東急不動産HDの動きは、その一例だ。
主要事業ごとにリスクと機会を見て、シナリオを設定し、財務影響を評価し、サプライヤーと協働する。
BSIの認証は、ネットゼロ戦略の信頼性を点検する。
ネイチャーフットプリントは、自然への影響を場所ごとに測る。
企業は、自然を外部環境として眺める立場ではいられない。
自然の上に事業があり、気候の中に資産があり、サプライチェーンの先に土地と水と生きものがいる。
脱炭素だけでは足りない。
自然保全だけでも足りない。
開示だけでも足りない。
必要なのは、気候と自然を同時に読み、事業の意思決定へ入れることだ。
環境経営は、守りのCSRから、企業を長く生かすメンテナンス技術へ変わっている。
建物を長持ちさせるように、事業も環境リスクに耐えられる形へ手入れする。
都市を開発するなら、緑と水と生きものを読む。再エネを広げるなら、土地と地域を読む。サプライチェーンを動かすなら、取引先とデータを読む。
企業は、気候と自然を同時に読む時代へ入った。
その読み方の精度が、これからの企業価値を決める。
FAQ
Q. なぜ企業は気候と自然を統合して考える必要があるのか。
A. 気候変動と自然資本の損失は相互に影響し合うからだ。森林や水、土壌、生物多様性が劣化すれば、CO2吸収、防災、水循環、事業の安定性にも影響する。企業活動は気候だけでなく自然にも依存し、影響を与えている。
Q. 東急不動産HDのTCFD/TNFD統合シナリオ分析とは何か。
A. 気候変動と自然関連課題を統合して、都市開発、住宅、再生可能エネルギー、物流施設、ウェルネスなど主要事業のリスクと機会、財務影響を評価する取り組みである。気候と自然を別々ではなく、事業戦略に関わる一体の課題として分析している。
Q. CDPサプライヤー・エンゲージメント評価とは何を評価するのか。
A. 企業がサプライチェーン上流の温室効果ガス排出量を把握し、削減目標を設定し、サプライヤーと協働しているかを評価するものだ。自社だけでなく取引先を含めた脱炭素の実行力が問われる。
Q. ネットゼロパスウェイ認証とは何か。
A. 企業や組織のネットゼロ戦略や移行計画の信頼性を第三者が検証・認証する仕組みである。ネットゼロ目標を掲げるだけでなく、その実現可能性や科学的根拠を客観的に示すことを支援する。
Q. ネイチャーフットプリントとは何か。
A. 企業や組織の活動が自然や生物多様性に与える影響を定量的に把握する考え方である。温室効果ガスを測るカーボンフットプリントに対し、ネイチャーフットプリントは土地利用、気候変動、水消費、汚染、資源利用などを含めて自然への影響を評価する。
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