★ここが重要!

★要点
AI時代のビジネスアイデアソン「大学対抗 デザイン思考選手権2025」で、慶應義塾大学・東北大学・大阪大学が上位入賞。全国19大学・約200人の学生が、「日本の食」と「日本のエンタメ」を題材に、サステナビリティと経済性を両立するビジネスアイデアを競い合った。
★背景
生成AIの普及で「答えを出す力」がコモディティ化する一方、社会は気候危機・人口減少・産業構造転換に直面している。今、問われているのは、日本の若者が「問いを立て、価値をデザインする力」をどこまで獲得できるか——大学・企業・行政が交わる“創造性のインフラ”づくりが正念場に来ている。

大学の序列は偏差値だけでは測れない。AIが文章を書き、データを並べる時代に問われるのは、「まだ誰も見たことがない問いと解決策」を生み出せるかどうかだ。大学生向けビジネスアイデアソン「大学対抗 デザイン思考選手権2025」は、その創造力を競う場として開催され、慶應義塾大学、東北大学、大阪大学がトップ3を占めた。テーマは「持続可能な未来 〜Japan カルチャー〜」。日本の食とエンタメを切り口に、サステナビリティとビジネスをどう両立させるか——日本の未来図を、Z世代が描き直す試みである。

AIが“答え”を量産する時代に、何を競うのか。「デザイン思考選手権」という装置

この選手権は、単なるビジネスコンテストではない。入口に置かれているのは、VISITSが開発した「デザイン思考テスト」だ。日米で特許を取得したというこのテストで高スコアを出した学生だけが招待され、全国19大学から約200人が集った。
測られているのは、知識量ではない。「正解のない問いに向き合い、他者と協働しながら価値のタネを見つけ、形にしていく力」である。生成AIが企画書のたたき台をいくらでも出してくれる時代、差がつくのは「どの問いを立てるか」「どの文脈をつなぐか」という思考の筋肉だ。
テーマは「持続可能な未来 〜Japan カルチャー〜」。具体的には「日本の食」と「日本のエンタメ」が与えられた。フードテックからコンテンツビジネスまで、まさに現在の政府の成長戦略でも重点分野とされた領域であり、学生たちは“教科書の外側”で日本の未来を構想することを求められた。

「日本の食」と「エンタメ」を再設計する——サステナビリティ×ビジネスの現場

決勝に進んだ8大学は、「日本の食」と「日本のエンタメ」を軸に、社会価値と経済価値の両立を競った。審査・メンタリングには、アサヒビール、積水化学工業、キヤノンマーケティングジャパンの社員が参加し、実務の視点からアイデアを磨き込んだ。
「日本の食」では、フードロス削減や地域食材のアップデート、食文化の継承と健康増進をどう結びつけるかが焦点になったとみられる。単に“エコな商品”を提案するだけでは不十分で、サプライチェーン全体のCO₂削減や、地域経済への波及、消費者行動の変容まで含めてデザインする視点が問われるからだ。
「日本のエンタメ」では、アニメ・ゲーム・音楽・スポーツなどを起点に、Z世代ならではの体験設計が試されたはずだ。推し活、ファンダム、バーチャル空間——感情や時間の使い方が大きく変わる中で、環境負荷を抑えつつ熱量を高めるビジネスモデルをどう描くか。
重要なのは、これらが単発の“おもしろ企画”で終わらない構造を持ちうるかどうかだ。たとえば、食のアイデアが地域の生産者と都市生活者をつなぐ新しいマーケットをつくれるのか、エンタメのプランが地方都市のナイトタイムエコノミーや観光戦略と接続しうるのか。デザイン思考は、単なる発想術ではなく、こうした構造設計まで含めた実装の技術でもある。

慶應・東北・阪大が上位に。“偏差値”では測れない大学の新しい序列

結果は、1位慶應義塾大学、2位東北大学、3位大阪大学。いずれも研究力・ブランド力で知られる大学だが、このランキングが示唆するのは「既存の序列」をなぞったという話ではない。
慶應は、もともと起業やビジネスコンテストの文脈で“実践志向”の学生が集まりやすい土壌を持つ。東北は、震災復興を通じて地域課題と向き合うプロジェクト型教育を積み重ねてきた。大阪大学は、工学・人文・医学など多様な分野が交差する総合大学として、異分野連携の土壌がある。
今回の結果は、こうした「見えにくい教育文化」がデザイン思考コンテストの場で可視化された一例とも読める。重要なのは、ランクインしなかった大学を含め、19大学すべてが「答えを当てる」ではなく「問いをつくる」競争に飛び込んだという事実だ。
AIが過去の成功パターンを高速で学習し、最適解を提示してくれるほど、人間に残るのは「まだデータになっていない問い」を見つけ出す仕事である。そうだとすれば、「最も創造的な大学」という称号は、偏差値でも論文数でもなく、どれだけ“良い問い”を生み出す場を設計できるかで決まっていく。

企業×Z世代の共創は“採用イベント”で終わらせない。サステナビリティフェスの狙い

このデザイン思考選手権は、「サステナビリティフェス」と呼ばれるプログラム群のひとつとして位置づけられている。オンラインで全国(時には海外)から学生が参加し、特別イベントには誰でも参加できる一方で、スコア上位者だけが招待されるプログラムも用意されている。
表向きは“コンテスト”だが、その裏側には、企業とZ世代がサステナビリティについて本気で議論する「実験場」としての機能がある。企業側は、自社の事業やサステナビリティ戦略を学生に説明し、メンタリングの場でフィードバックを行う。学生は、企業の現実の制約と向き合いながら、それでも社会価値と経済価値を両立させる案をひねり出す。
これは、従来型の“会社説明会”では生まれにくかった対話だ。採用広報のメッセージを一方的に届けるのではなく、「共に問いをつくるパートナー」として学生を扱う。そのプロセス自体が、企業のマインドセットを揺さぶる。
一方で、この手のプログラムには「一部の意識の高い学生だけのイベント」に閉じてしまうリスクもある。鍵になるのは、ここで生まれたアイデアや失敗のプロセスを、大学教育や社内研修の中にどう“還元”していくかだ。

AI・成長戦略・人材育成——“創造する大学”への期待

いま、日本政府は「日本成長戦略本部」を立ち上げ、17の戦略分野を掲げた。その中には、今回のテーマと響き合う「コンテンツ(アニメ・ゲームなど)」や「フードテック」も含まれている。産業政策の文書にも「創造性」「デザイン思考」といった言葉が並ぶようになった。
しかし、政策文書に書かれた言葉が、大学のキャンパスや企業の会議室で生きた行動に変わるには、具体的な「場」と「経験」が必要だ。大学対抗デザイン思考選手権の価値は、まさにそのギャップを埋める“小さなインフラ”であるところにある。
求められているのは、ここから先だ。
大学側には、こうしたコンテストを「課外活動」で終わらせず、カリキュラムや評価の仕組みと接続していくことが問われる。学部横断のプロジェクト科目や、地域・企業と連携した実践型授業の中に、デザイン思考のプロセスをどう埋め込むか。
企業側には、「優勝チームからアイデアを一本採用する」といったスポット的な関わりにとどまらず、継続的な共創の枠組み——例えば、インターンシップや新規事業部門との連動、地域社会を巻き込んだ実証プロジェクトなど——を設計することが求められる。
そして行政には、こうした大学・企業の取り組みを、地域の成長戦略や人材育成政策とつなぐ役割がある。AIが社会の前提を塗り替えつつある今こそ、「創造性をどう公共インフラ化するか」という視点が必要だ。
大学対抗 デザイン思考選手権2025は、その答えを一気に示してはくれない。だが、「最も創造的な大学はどこか」という問いを、偏差値や研究費の額とは違う軸で投げかけた。その問いにどう応えるか。試されているのは、大学だけではなく、日本社会全体だろう。

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