キリンホールディングス株式会社は、猛暑や干ばつによって品質・収量が低下するホップ栽培の課題に対応すべく、苗の段階で高温・乾燥耐性を後天的に付与する新技術を開発した。品種改良や遺伝子操作を用いず、ホップ本来の香味を損なわずに耐性を高める技術として、国際ホップ生産団体の科学技術会議でも発表済みだ。気候変動下における持続可能なビール原料調達に向け、大きな一歩となる。

地球温暖化が迫るホップ危機と、香味・収量を守るための選択。
ホップは、ビールに苦味と香りを与える重要な原料であり、冷涼な気候を好む植物として知られている。しかし近年、地球温暖化の影響で栽培地の気温が上昇し、猛暑や干ばつによって収量や品質の低下が世界的に問題視されている。とりわけ、ホップの毬花に含まれる有効成分の蓄積が不十分となり、製品の香味に影響を及ぼすリスクが高まっていた。
このような状況を背景に、キリンの飲料未来研究所および中央研究所では、ホップの苗に熱耐性と乾燥耐性を「後天的に」付与する苗作成技術の開発に取り組んできた。従来の品種改良や遺伝子組換えと異なり、環境条件の制御という手法を活用することで、原料としての香味品質を損なうことなく耐性を高めることを可能にした。
ホップの「液体培養」に熱処理を加える、キリン独自技術の中核とは?
この技術は、キリンが長年培ってきた植物培養技術を応用したもので、液体培地においてホップ苗を大量に増殖する過程で、25℃の環境下で6週間にわたり熱処理を施す。これによって、高温や乾燥への耐性がホップ苗に後天的に備わることが確認された。
評価対象となったのは、チェコ産「ザーツ」とドイツ産「ヘルスブルッカー」の2品種。いずれもビール製造において重要な伝統品種で、本来の香味特性が維持されるかどうかは技術評価の鍵だった。結果として、香味の劣化は見られず、草丈や葉緑素(クロロフィル)含量の増加など、生育状態の改善が明らかとなった。
国内圃場での実証実験…、耐性苗は明確な成果を示した!
実験室での評価に加えて、岩手県江刺市および遠野市で実施された圃場実験でも、熱処理を施した苗は未処理の苗に比べて草丈や地上部重量で優位な成長を示した。特に、遠野市より気温が高い江刺市では、毬花の収穫量においても増加傾向が見られた。
このことからも、後天的に高温・乾燥耐性を付与された苗が、実際の気候変動下で有効に機能する可能性が高いことが立証された。従来の育種では数年単位を要する改良プロセスを、この技術では比較的短期間で成果につなげることができる。




世界のホップ生産とサプライチェーンを支える「熱処理技術」の今後。
今回の成果は、2025年6月に国際ホップ生産団体の科学技術会議でも正式に発表された。今後は、苗の大量生産体制の確立、熱処理による生理学的変化の解明、複数の品種や栽培地への適用拡大など、さらなる技術検証が進められる見通し。
キリンはこの技術によって、気候変動下でも安定的なビール原料供給を実現することを目指している。環境課題に統合的に取り組む「キリングループ環境ビジョン2050」においても、バリューチェーン全体を通じた「ポジティブインパクト」の追求として表現されている。環境、農業、そして嗜好品産業。この3つをつなぐキリンの技術開発は、世界のビールづくりの持続可能性をリードしていくだろう。
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