
★要点
シミュレーションと生成AIを往復させ、科学計算の成果を“使える知”に変換。理化学研究所は「富岳」を核に、医療・防災・素材の現場へ計算資源とワークフローをパッケージで届ける。
★背景
気候変動、医療逼迫、産業競争の多正面作戦。計算資源の分断がブレーキだ。共通データ基盤、標準化された実験パイプライン、人材循環が整えば、研究は実装へ最短距離で滑り込める。
スパコンは“速さ”だけでは社会を動かせない。必要なのは、課題定義からモデル化、検証、現場運用までを一気通貫で回す仕組みだ。理化学研究所は「富岳」を軸に、AI for Scienceの作法を産業・自治体へ横展開。医療画像や気象・防災、創薬や材料開発に向け、シミュレーションとAI学習を循環させる“共同計算の作法”を示した。
富岳×生成AI——シミュレーションを学習データに変える。
研究の現場はデータが足りない。そこで“合成”が効く。高精度シミュレーションで作った仮想データを、生成AIの教師として与える。逆に、生成AIが提示した仮説をシミュレーションで潰す。この往復運動が、少量実測でも高性能を引き出す鍵だ。
医療では、希少疾患の病変パターンを合成データで補強。防災では、極端気象の“もしも”を数万通りに増幅し、避難誘導やインフラ点検のシナリオを前倒しで検証する。素材分野では、量子計算化学の結果を生成モデルに学習させ、条件探索の迷路をショートカットする。計算資源は“研究の現物”から“政策・設計の道具”へ。
研究のスピードを社会実装へ——ワークフローを打ち抜く。
速いだけのスパコンでは現場に届かない。理研が押し出すのは、
・領域別の標準ワークフロー(前処理→学習→検証→推論→可視化)
・監査可能なログ、再現可能性を担保するコンテナ化
・データ主権に配慮した連合学習/セキュア共有
の三点セットだ。これにより、自治体の防災部門や病院のAI開発チームでも、研究所と同じ手順で“回せる”。現場にボトルネックがあれば、ワークフローのどこで詰まるかが見える。改善が設計できる。
医療・防災・エネルギー——“計算の公共インフラ”化。
計算資源は社会のバックエンド。救急需要の波や感染症の局地的流行、河川氾濫の連鎖、再エネの出力変動……どれもリアルタイムの予測・最適化が利益になる。理研は、大学・企業・自治体と連携し、
・医療:画像診断の補助、術前計画、創薬スクリーニング
・防災:降雨・流域・交通を結ぶ統合シミュレーション
・エネルギー:需要予測と系統安定化の数理最適化
を横並びで推進する。個別最適の寄せ集めではなく、共通KPIで横断管理する思想が肝だ。
オープン連携と人材循環——“できる組織”を増やす。
重要なのは装置ではなく文化だ。コード、データ、解釈の最小単位を“持ち出せる形”に刻む。教育は“講義”より“共創実習”。企業側のエンジニアが研究ワークフローを回し、研究側の若手が現場の制約を体得する。産官学の境界をまたぐ人材循環が、実装のスピードを底上げする。富岳の次章は、計算の民主化と可搬化。スパコンの価値は、速さより“届き方”に宿る。
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“共同計算権”で、成果の外だしを加速
◎横展開の詰まりは、評価と権利にある。——精度・頑健性・推論レイテンシ・運用コスト・説明可能性——を共通ダッシュボード化。次に“共同計算権”の仕組みだ。モデルやデータに加え、実行枠(GPU/CPU時間)そのものを共同研究契約に織り込み、成果の再現実験を第三者が即実行できる状態にする。公共調達は、このダッシュボードに準拠した“性能・運用の両面評価”を必須化。ベンダーはブラックボックスを避け、更新可能なワークフローを提出する。計算の公共インフラ化は、透明性が通貨になる。
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取材・撮影 柴野聰
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