1729年に創設されたシャンパーニュメゾン「ルイナール」が、フランス・ランスにある本社拠点で新たなパビリオン「4 RUE DES CRAYÈRES」をオープンした。設計を手がけたのは日本人建築家の藤本壮介で、持続可能性と地域資源を重視したデザインが特徴だ。ルイナールの長い歴史と、サステナブルな未来へのコミットメントを象徴するこの施設は、伝統と革新が調和した新しいランドマークとなっている。
歴史と未来の融合、自然素材と持続可能なデザイン
ルイナールはシャンパーニュ地方に深く根を張り、三世紀近くにわたる歴史を刻んできた。この創業の地「4 Rue des Crayères」は、ルイナールのボトルが世界に送り出される拠点であり、同時にそのブランドアイデンティティが詰まった象徴的な場所である。今回、この歴史的な場所に新たなパビリオンが誕生した。設計を手がけたのは、自然と対話する建築で知られる藤本壮介氏だ。
パビリオンは地元ランスの石材「ソワソン石」を主素材とし、木材などの自然素材をふんだんに使用している。これにより、施設全体が自然環境と調和するデザインとなっている。また、雨水利用、太陽光と地熱エネルギーの活用を通じ、建物全体でエネルギーの80%を自給する設計が施されており、エコロジーと機能美が高次元で融合している。内部の大きな出窓からは庭園の眺望が広がり、訪れる人々は外と内が連続するような開放感を味わうことができる。また、窓から差し込む自然光がシャンパーニュの泡のように空間に広がる設計が施されており、場内の雰囲気に一層の気品を与えている。
藤本壮介氏のデザイン理念と未来志向
藤本氏は「歴史あるメゾンの持つエレガンスとサヴォワフェールを現代建築でどのように表現するか」を重視し、約3年にわたる協働の末にデザインを完成させた。西洋と東洋、過去と未来、伝統と革新の調和をテーマに掲げ、訪れる人々が自然と建築が一体となった空間の中で、ルイナールの精神を感じられるように設計されている。
エントランスから中庭までの空間は、来訪者がルイナールの歴史を体感し、同時に未来へといざなわれるように構成されている。空間は一つのシークエンスとして設計されており、庭から見えるパビリオンの曲線的なデザインは、シャンパーニュボトルや泡から着想を得たもので、軽やかさと優雅さが表現されている。
※藤本壮介 (Sou Fujimoto)
日本を代表する建築家の一人。1971年に北海道で生まれ、東京大学工学部建築学科を卒業後、2000年に自身の事務所「藤本壮介建築設計事務所」を設立し、2016年にはパリ事務所「Sou Fujimoto Atelier Paris」を開設。藤本壮介建築設計事務所は、建築、都市計画、イノベーションを専門とする、国籍を問わず50人以上のスタッフが在籍し、数多くのコンペティションでの優勝、いくつかの権威ある国際賞を受賞している。今回のプロジェクト公募により選ばれた藤本壮介氏の独創的な提案は、メゾンの建築ビジョンと持続可能な開発への取り組みに完全にコミットしている。
グエナエル・ニコラ氏のアート性を生かしたインテリアデザイン
インテリアデザイナーのグエナエル・ニコラ氏によって、パビリオンの内部空間は「未来へ向けた導線」としての役割が強調されている。訪れる人々はエントランスから奥へと進むにつれ、現代性と伝統が巧みに交差するデザインを体感し、自由に探索しながらルイナールの世界観に浸ることができる。この空間は、シャンパーニュメゾンが持つ高貴なエレガンスを損なわず、自然との調和とくつろぎを感じさせるものとなっている。
ニコラ氏は、「ルイナールメゾンの偉大さはその未来志向にある」とし、インテリアには素材や動線の工夫が随所に施されている。例えば、建物の内部に取り入れられた流線的なデザインや自然光の差し込み方は、シャンパーニュの気泡が連なる様子を彷彿とさせる。また、背の高いステムのような装飾や、白い島のように配されたソファなど、細部に至るまでこだわり抜かれており、来訪者が視点を変えるたびに異なる表情が見えてくる空間デザインが特徴的だ。
※グエナエル・ニコラ (Gwenael Nicolas)
1998年、スタジオ「CURIOSITY INC.」を東京に設立。空間ではなく時間を旅することを受け入れる都市「東京」で、ラグジュアリーブランド インテリアに向けて、新たな素材、言語、アイデンティティの細部にわたる開発。多様な企業やクライアントのニーズに対し、創造的かつ機能的にも熟考された答えを提供している。
クリストフ・ゴートラン氏による自然との共生を意識したランドスケープデザイン
パビリオンの敷地全体は、ランドスケープ・アーティストのクリストフ・ゴートラン氏によって、シャンパーニュ地方の自然環境を反映した造りとなっている。約7000㎡の敷地には5000㎡に及ぶ保護林が設けられており、そこに植樹されたブナやカエデ、さらにはコルク樫などの多様な植物は、訪れる人々に豊かな緑と四季折々の変化を感じさせる。特にコルク樫の植樹は、シャンパーニュ地方では初の試みであり、気候変動への対応や炭素吸収を目指した革新的な取り組みとして注目されている。
また、庭園のデザインは単に観賞用ではなく、来訪者が庭を探索し、自然と対話するための道筋として設計されている。ゴートラン氏はこの敷地を「ルイナールの精神が息づく、五感を目覚めさせる空間」と表現し、庭園の小道には自然とアートの対話が感じられるようなデザインが施されている。さらに、庭園内の芸術作品は、ルイナールがこれまで築いてきたアートとの歴史的な関係性を反映したものであり、敷地内のいたるところに現代アートのインスタレーションが設置されている。これにより、来場者はルイナールの価値観やビジョンを五感で体験することができる。
※クリストフ・ゴートラン (Christophe Gautrand)
フランス ブロワにあるエコール・ナショナル・シュペリウール・ド・ラ・ナチュール・エ・デュ・ペイサージュを卒業後、2007年、ランドスケープ・アーキテクトの資格を取得。2012年に自身の事務所を設立し、2014年にベンジャミン・デシュリエールが共同経営者として参加。植物の世界をアート、デザイン、建築など他の分野と対話させることを目指し、中庭、庭園、ホテルのスイートルーム、テラス、オフィスのパティオ、イベントなどで数多くの影響を生み出している。
メゾンの歴史と持続可能な未来を繋ぐ新たなシンボル
ルイナールの新パビリオン「4 RUE DES CRAYÈRES」は、フランス建築基準「HQE(High Quality Environmental)」を全て満たしており、自然環境に配慮した新たな建築のモデルケースだ。地域の伝統と新たな技術を融合させ、施設の設計や素材選定には徹底した持続可能性への配慮が施されており、特に環境への負荷を最小限に抑える取り組みが評価されている。
このパビリオンは、単なる施設を超え、未来のサヴォワフェールを生み出す場として、訪れる人々にルイナールの歴史、文化、自然への思いを伝える新たなランドマークとなるとともに、持続可能な建築の先進事例として今後も注目され続けるだろう。