
★要点
2026年8月18日、東北大学の宇野裕美准教授らの研究グループが、北海道大学、東京大学との共同研究の成果を発表した。原生に近い山地氾濫原が残る北海道北部のブトカマベツ川をモデルに、約10kmの区間を調べたところ、631本の倒木と77のログジャム、19の分流、29のよどみ、38の池が確認され、倒木の多い場所ほど、よどみや池といった氾濫原特有の水域が多く分布する傾向があった。さらに、成魚が本流に見られるイワナやイトウも、稚魚はその大半がよどみや池を主に利用していることが明らかになった。川沿いの森(渓畔林)は、隠れ場所や日陰、餌の供給といった直接的な効果だけでなく、倒木によって川の地形を複雑にし、多様な生息場を生み出す間接的な効果も持っていた。倒木は、川をふさぐ障害物ではない。生息場をつくる装置である。
★背景
日本の川は、長い時間をかけて「まっすぐ、速く、安全に流す」方向へ整備されてきた。洪水から人命と財産を守るための当然の営みである。だがその過程で失われたものがある。森林伐採、河川の直線化、護岸、農地化。多くの河川は人の手で大きく改変され、私たちは自然本来の河川の姿がどのようなものだったのかを忘れてしまっている。人口縮小の時代に入り、ネイチャーポジティブの機運が高まるなかで、そもそも何を目標に自然再生へ取り組めばよいのか。いままさに、自然本来の姿とは何かが問われている。修理をするには、直す前の状態を知らなければならない。カルテのない患者を治療できないのと同じである。この研究は、その基準点を描き出す試みだ。
台風のあと、川に横たわる大きな木。
多くの人は、それを「片づけるべきもの」として見るだろう。
橋に引っかかれば危険だ。水をせき止めれば氾濫を招く。実際、流木被害は災害報道の定番でもある。
だが、その木を上流の谷まで遡って見たとき、風景の意味は変わる。
北海道北部、北海道大学雨龍研究林を流れるブトカマベツ川。
原生に近い山地氾濫原が残るこの川の約10kmを、研究チームが歩き、ドローンで撮影した。
数えられた倒木は、631本。
そして倒木が多い場所には、必ずといっていいほど、よどみと池があった。
そこは、イワナやイトウの子どもたちが育つ場所だった。
倒木は、川を壊していたのではない。
川を、複雑にしていた。
「まっすぐ、速く」の代償
まず、私たちが見慣れた川の姿を疑うところから始めたい。
コンクリートで固められた護岸。まっすぐな流路。均一な川底。
水はよどみなく流れ、増水しても速やかに海へ向かう。
治水としては合理的だ。氾濫のリスクは下がり、沿川の土地は使える。
戦後の日本の河川整備は、この方向で進んできた。
だが、川の側から見ればどうか。
一本の水路になった川は、環境としては「単純」である。
流れの速い場所ばかりで、止まった水がない。深いところと浅いところの差がない。隠れる場所も、卵を産む場所もない。
森林伐採、河川の直線化、護岸、農地化。多くの河川は人の手により大きく改変されており、私たちは自然本来の河川の姿がどの様なものだったのか忘れてしまっている。
忘れた、というのが重要だ。
壊したことを知っているなら、戻すことができる。だが、何が本来の姿だったのか分からなければ、何を目指せばいいのかも決められない。
人口縮小時代、ネイチャーポジティブの機運もある中で、そもそも何を目標に自然再生に取り組めばよいのか。今まさに、自然本来の姿とは何かが問われている。
この問いに答えるには、まだ改変されていない川を探して、丹念に測るしかない。

10kmを歩き、ドローンで二度撮る
選ばれたのが、ブトカマベツ川だった。
原生に近い山地氾濫原が残る北海道北部、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター雨龍研究林を流れる川である。
調査の手法が、実に手堅い。
約10kmの川沿いについて、倒木、ログジャム、分流(常に流水)、よどみ(半止水:増水時のみ水が流れ、低水時は池)、池(常に止水)などの分布を調べた。増水時と低水時の二回、ドローンによる空撮を実施し、それぞれの時の水の広がりと流れを調べることで、水域の生息場を流水・半止水・止水にカテゴリー分けした。さらに低水時には10kmを踏査して、倒木とログジャムの分布を調べている。
ここに二つの工夫がある。
ひとつは、二度撮ること。
川は、水位によって別の顔になる。低水時には陸に見える場所が、増水時には水路になる。一度きりの撮影では、その二面性が消えてしまう。
もうひとつは、歩くこと。
上空からは、水面下の倒木も、木立に隠れた構造も見えない。10kmを自分の足で踏査してはじめて、631本という数字が出てくる。
空から見る。地上を歩く。時期を変えて二度見る。
自然を測る技術は、ドローンや衛星だけでは完結しない。ここでも、スケールの違う観測を重ねることが効いている。
そして数えられた結果が、これだ。
631本の倒木。77のログジャム。19の分流。29のよどみ。38の池。
倒木が、川を枝分かれさせる
では、倒木は川に何をしていたのか。
結果は明快だった。倒木の多いところに、よどみや池など氾濫原特有の水域が多く分布する傾向があった。
メカニズムは、こう説明されている。
渓畔林からの倒木が川の地形を複雑化して複数の流路を形成し、流路の変更に伴って形成される旧流路(河跡湖)が、たまりや池となって多様な水辺をつくる。
順を追うと、こうなる。
木が倒れる。流れがせき止められ、迂回する。新しい流路ができる。古い流路が取り残される。そこに水がたまり、池になる。
一本の川が、いくつもの水路と水たまりの集合体になる。
氾濫原と呼ばれる、この複雑な地形が生まれる。
ログジャムとは、倒木が川の流れなどによって寄せ集められてできた構造物を指す。
77か所という数字が示すのは、倒木が単独ではなく、絡み合って一種の構造物として機能していたということだ。
治水の常識からすれば、これは「障害物」である。
だが生態系から見れば、地形を耕す道具である。
面白いのは、この装置が自動で更新されることだ。
森が育ち、木が倒れ、川が形を変える。数年から数十年のスパンで、繰り返される。
人がコンクリートで作った構造物は、老朽化すれば劣化するだけだ。
だが渓畔林は、上流に森があるかぎり、倒木を供給し続ける。
メンテナンス費用のいらないインフラ。
それが実は、川沿いの森だった。

イワナもイトウも、子どもの頃は「よどみ」で育つ
この研究のいちばんの発見は、生き物の側にある。
水生生物の野外調査により推定した各生物の密度情報を、生息場の情報と組み合わせ、流域全体での生息場の利用実態を算出した。その結果、よどみや池といった氾濫原特有の水域環境は、河川本流に比べて面積は小さいものの、その特有の水辺環境を主に利用している水生生物が多いことが分かった。
面積は小さい。だが、そこにしかいない生き物がいる。
そして——
成魚が河川本流に見られるイワナやイトウも、実は稚魚はその大半がよどみや池などの環境を主に利用しているという実態が明らかになった。
これは、川の見方を変える発見だ。
大人のイワナは、本流にいる。釣り人が竿を出すのも本流だ。
だから「イワナの生息地=本流」と考えてしまう。
だが、その魚が生まれ、稚魚として生き延びた場所は、本流ではなかった。
流れのゆるい、面積の小さな、よどみと池だった。
イトウは、日本最大の淡水魚として知られ、環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されている。
その保全を考えるとき、本流だけを守っていたのでは足りないことになる。
生き物は、一生のあいだで違う場所を必要とする。
人間だって、生まれた病院、育った家、通った学校、働く職場は違う。
どこか一つを残せば足りる、という話ではない。
保全のロジックとして、これは重い。
面積で守る発想では、小さな水たまりは切り捨てられる。だがそこが、次の世代を生んでいる。
川に生息する多くの生物にとって、複雑な水の流れが大切であることが分かった。

森が川にしていた、もう一つの仕事
川沿いの森が川の生態系に効く、という話自体は新しくない。
これまでにも、魚の隠れ場所の提供、陰を作ることによる河川水温の低下、渓畔林から落下する昆虫が魚の餌資源になることなど、さまざまな効果が知られてきた。
隠す。冷やす。食べさせる。
どれも、森が川に「直接」与える恵みである。
今回の研究は、そこに第四の役割を加えた。
近年の地形学の研究では、渓畔林の存在が川の深みや茂みを作るのみならず、川を複流路化させるなど、地形を複雑化させることが指摘されていた。研究チームは、渓畔林による河川の複雑な水の流れが、間接的に河川生態系へ大きな役割を果たしていると考え、渓畔林から河川の地形、水の流れ、水生生物までを結びつけて、自然本来の山地河川の姿を描き出す研究に着手した。
森が、川の形をつくる。
つくられた形が、生息場になる。
森 → 倒木 → 地形 → 流れ → 生き物。
この連鎖を、一本につないで実証したことが今回の成果である。
分野をまたぐ研究だからこそ見えた。
森林生態学だけでも、地形学だけでも、魚類学だけでも、この鎖はつながらない。
研究チームは今後、河川生態学・森林生態学・地形学・水文学などを専門とする国際研究チームを立ち上げ、ブトカマベツ川をモデル河川としてさらに詳細な研究を行う予定だという。
自然の修理には、分野横断の視点がいる。
どの学問も、川の一部しか見ていないからだ。

失われ、忘れられた生態系
研究チームの問題提起は、さらに踏み込んでいる。
「自然の山地河川というと、切り立った谷間を川が流れる渓流を想起しがちだが、本来は山間の谷底平野の中を河川が複流路になって流れ下る、本研究で記述したような山地氾濫原が多く存在していたはずである。」
ここは重要だ。
私たちが「自然の川」としてイメージするのは、岩がごろごろした急流だろう。
だが、それは山の川の一面にすぎない。
平らな谷底を、いくつもの筋になって流れる川。
水たまりが点在し、増水のたびに姿を変える川。
そういう川が、かつては各地にあった。
なぜ消えたのか。理由は身も蓋もない。
現状として、平地で利用価値の高い山地氾濫原の河川が直線化され農地化された結果、山地氾濫原が“失われ忘れられた生態系”なのではないかと考えている。
谷底平野は、山地では貴重な平らな土地だ。
田んぼにするにも、道を通すにも、家を建てるにも都合がいい。
だから最初に開発され、最初に川がまっすぐにされた。
残されたのは、開発する価値のない急峻な渓流ばかり。
その結果、私たちの「自然の川」の記憶自体が、偏ってしまった。
失われたことに気づかない喪失を、シフティング・ベースライン(基準の移動)と呼ぶ。
壊れた状態を、生まれたときから見ていれば、それが普通に見える。
修理の第一歩は、正しい設計図を取り戻すことだ。
ブトカマベツ川の10kmは、その設計図の一枚である。

それでも、倒木は流れてくる
ここで、当然の反論に向き合わなければならない。
倒木は、危ない。
これは事実だ。
豪雨で流された流木が橋脚に引っかかり、水をせき止め、越水を招く。土石流とともに家屋を破壊する。近年の水害では、流木被害が繰り返し報じられてきた。
だから河川管理では、流木の捕捉と除去が重要な業務になっている。
それは、人命を守るための必要な仕事である。
この研究は、その仕事を否定するものではない。
論点は、「倒木を残すか除くか」という二択ではない。
どこで除き、どこで残し、どこで意図的に木を戻すか、である。
住宅地の直上流と、人家のない源流域では、条件がまったく違う。
橋梁のある区間と、ない区間でも違う。
だから、川を一本の線として一律に管理するのではなく、流域全体を面として捉え、区間ごとに役割を割り振る発想が要る。
ここは徹底して守る。ここは自然に任せる。
ここでは、あえて木を入れて複雑さを取り戻す。
海外では、木材を意図的に川へ設置して生息場を再生する手法が実践されている。
日本でも、既存の護岸をすべて撤去することは現実的ではないが、部分的に流れを緩め、たまりをつくる工夫は可能なはずだ。
今回の成果について研究チームは、自然再生事業などの目標設定において重要な基盤情報になるとしている。
再生の目標値を、感覚で決めないためのデータ。
10kmに631本という数字は、そのための物差しになる。
人口が減る時代の、川の使い方
そしてもうひとつ、時代の条件がある。
研究の背景として挙げられていたのは、「人口縮小時代」という言葉だった。
日本の人口は減少局面にある。
中山間地域では、耕作放棄地が増え、集落の維持が難しくなっている。
これは、悲観だけの話ではない。
かつて川をまっすぐにしてまで確保した農地の一部は、いま使われていない。
守るべき資産が減れば、守り方も変えられる。
すべての区間を同じ強度で管理し続ける必要はなくなる。
人が退いた土地を、川に返す。
氾濫原としての機能を取り戻し、洪水時の水を受け止める余地をつくる。
これは自然再生であると同時に、治水でもある。
水をどこかで受け止められれば、下流の負担は減る。
流域治水という考え方が、近年の水害対策の柱になりつつある。
堤防で押さえ込むだけでなく、流域全体で水を分担して受け止める。
自然の複雑さを取り戻すことと、災害への強さを高めること。
この二つが、同じ方向を向く場面が確実にある。
もちろん、土地の所有や合意形成という現実の壁は高い。
だが、選択肢として存在することを知っているかどうかで、20年後の川の姿は変わるだろう。
自然に任せる、という修理技術
地球の修理技術というと、新しい装置や工法を思い浮かべる。
藻場を再生する構造物。生態系を再現する水槽。緑地を評価する衛星データ。
だが、この研究が示すのは、もっと素朴で、もっと強力な方法だ。
条件を整えて、あとは自然に任せる。
川沿いに森があれば、木は倒れる。木が倒れれば、流れは分かれる。
流れが分かれれば、たまりができる。たまりができれば、稚魚が育つ。
人がやることは、その最初の条件——渓畔林——を確保することだけである。
あとの工程は、川と森が自動で回してくれる。
しかも無料で、永続的に、地域ごとの条件に自動で最適化されながら。
これほど費用対効果の高いインフラは、そう多くない。
管理された人工物は、必ず劣化し、必ず更新費がかかる。
自然のプロセスは、放っておけば続く。ただし、続く条件を壊さなければ、という但し書きつきで。
メンテナンスとは、すべてを人が手作業で維持することではない。
自分で回り続ける仕組みを、回り続けさせることだ。
川にも、カルテがいる
倒木631本、ログジャム77か所、分流19、よどみ29、池38。
数字の羅列に見えるが、これは川のカルテである。
健康な川が、どれくらいの複雑さを持っているのか。
その基準がなければ、いま目の前の川がどれだけ単純化されているかも判定できない。
観測。診断。修理・再生。維持管理。再評価。
自然を直す手順は、どこでも変わらない。
そして、いちばん飛ばされやすいのが最初の観測である。
研究チームは今後、精緻な地形データの解析と、過去から現在への土地利用の変化を調べることで、山地河川の変遷と実態を明らかにし、山地氾濫原の自然再生の可能性についても模索していくとしている。
失われたものを取り戻すには、まず失われたことを証明しなければならない。
過去の地形図と、現在の航空写真。その差分が、修理すべき量になる。
台風のあと、川に横たわる木を見たとき。
それが片づけるべきごみなのか、川が取り戻しつつある複雑さなのか。
見分ける目を持つことが、川の修理技術の出発点である。
倒木は、決してごみとは限らない。
参照
「倒木が複雑な川の水の流れと多様な水生生物の生息場を支える―― 渓畔林と川の生物のふか~い関係」(国立大学法人東北大学大学院生命科学研究科/国立大学法人北海道大学・2026年8月18日)
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/260818_pr4.pdf
論文:Large wood supports hydrologically variable floodplain environments and aquatic biodiversity
著者:宇野裕美(東北大学大学院生命科学研究科 准教授/責任著者)、根岸淳二郎、森田健太郎、岸田治、Ellen Wohl
掲載誌:Ecosphere(2026年8月12日付)
https://doi.org/10.1002/ecs2.70700
FAQ
Q. 今回の研究は、何を明らかにしたのですか?
A. 北海道北部のブトカマベツ川の約10km区間に631本の倒木と77のログジャムが存在し、倒木の多い場所ほど、よどみや池といった氾濫原特有の水域が多く分布する傾向があることを示した。さらに、それらの水域が多様な水生生物の生息場になっていることを明らかにした。
Q. 「渓畔林」とは何ですか?
A. 川沿いに成立する森林のことである。これまで魚の隠れ場所や日陰の提供、落下昆虫による餌の供給といった直接的な効果が知られてきたが、今回は倒木を通じて川の地形を複雑にする間接的な効果も示された。
Q. 「ログジャム」とは何ですか?
A. 倒木が川の流れなどによって寄せ集められてできた構造物を指す。今回の調査区間では77か所が確認された。
Q. イワナやイトウについて、何が分かったのですか?
A. 成魚は河川本流に見られる一方、稚魚はその大半がよどみや池などの環境を主に利用していることが明らかになった。本流だけを見ていては、これらの魚の生活史を捉えきれないことになる。
Q. なぜ小さな水たまりが重要なのですか?
A. よどみや池は本流に比べて面積は小さいが、そこを主な生息場としている水生生物が多い。面積の大小と、生態系における重要性は必ずしも一致しない。
Q. 「山地氾濫原」とは何ですか?
A. 山間の谷底平野の中を、河川が複数の流路に分かれて流れ下る地形である。研究チームは、平地として利用価値が高いため直線化・農地化が進み、”失われ忘れられた生態系”になっているのではないかと指摘している。
Q. 倒木は、川にとって危険ではないのですか?
A. 流木が橋に引っかかって水をせき止めるなど、災害につながる場面があるのは事実である。重要なのは、どこで除き、どこで残すかを流域全体で判断することであり、一律に扱う話ではない。
Q. どのように調査したのですか?
A. 増水時と低水時の二回、ドローンによる空撮を行って水の広がりと流れを調べ、生息場を流水・半止水・止水に分類した。さらに低水時には約10kmを踏査し、倒木とログジャムの分布を記録している。
Q. この成果は、何に使えるのですか?
A. 自然再生事業などの目標設定における基盤情報になる。健康な川がどれくらいの複雑さを持つのかが分かってはじめて、目の前の川をどこまで戻すべきかを判断できる。
Q. 今後の研究予定はありますか?
A. 倒木と地形、水の流れ、生物の関係を因果関係を含めてさらに詳細に調べるほか、河川生態学・森林生態学・地形学・水文学の専門家による国際研究チームを立ち上げ、ブトカマベツ川をモデル河川として研究を進める予定とされている。
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