
★要点
国土交通省のBDASは、藻場や干潟などのブルーカーボン生態系を地図で可視化する新しい道具だ。環境再生保全機構が運営する自然共生サイトは、地域の生物多様性を維持・回復・創出する制度として広がる。大林組は千葉県柏市の自然共生サイト「下田の杜」で、グリーンインフラ技術や環境モニタリング技術の実証を進める。佐賀県唐津市では、高校生がニホンミツバチの百花蜜を収穫し、里山の生物多様性を地域ブランドへつなげている。
★背景
気候変動、生物多様性の損失、里山の荒廃、沿岸環境の劣化が同時に進むなか、自然は「守る対象」から「修理し、使い続ける社会インフラ」へ変わり始めている。海の藻場や干潟はCO2を吸収し、生きものを育て、沿岸の環境を支える。里山は、水、土、昆虫、農業、教育、地域経済とつながる。これからの地球メンテナンスには、自然を測る技術、地域で管理する制度、企業の保全参加、そして子どもや生活者が関われる手触りある仕組みが必要になる。
地球を修理する技術は、巨大な機械だけではない。海の藻場を地図で見ること。里山の生きものを記録すること。建設会社が森の維持管理に関わること。高校生がニホンミツバチの蜜を収穫し、地域の自然を味に変えること。国土交通省のBDAS、自然共生サイト、大林組の「下田の杜」保全支援、唐津Farm&Foodの百花蜜プロジェクトは、別々のニュースに見える。だが、根にある問いは同じだ。壊れかけた自然を、どう見つけ、どう手入れし、どう次世代へ渡すのか。地球をメンテナンスする時代が、海と里山から始まっている。
海の森を地図で見る。BDASはブルーカーボンの“診断装置”になる
海にも森がある。アマモ場、海藻藻場、干潟、湿地、マングローブ。陸の森林ほど目立たないが、これらのブルーカーボン生態系は、CO2を吸収し、生きものを育て、海の環境を整える。いわば、海の生命維持装置だ。
国土交通省港湾局は、藻場などのブルーカーボン生態系を地図で視える化するBlue carbon Data Archive System、通称BDASの利用を開始した。藻場・干潟・生物共生型港湾構造物などを「ブルーインフラ」と位置づけ、CO2吸収源の拡大、生物多様性の向上、豊かな海の実現を目指す取り組みの一つである。
これは、単なる地図サービスではない。海を修理するための診断装置だ。
どこに藻場があるのか。どこで失われているのか。どの港湾周辺に再生の余地があるのか。どの場所で干潟や生物共生型構造物が機能しているのか。見えなければ、手入れはできない。測れなければ、効果も語れない。
これまで沿岸の自然は、専門家や漁業者、地域の経験知に支えられてきた。一方で、藻場の衰退や磯焼け、沿岸開発、気候変動による海水温上昇は、広域で進んでいる。必要なのは、現場の知恵とデータをつなぐ道具である。
BDASは、その入口になる。海の森を地図にすることで、自治体、企業、研究者、漁業者、地域住民が同じ画面を見ながら議論できる。ブルーカーボンを「良いことらしい」で終わらせず、どこを修理し、どこを増やし、どれだけ維持するのかを考える基盤になる。

ブルーインフラという発想。海を“保護区”ではなく“働く自然”として扱う
ブルーカーボン生態系の価値は、CO2吸収だけではない。
藻場は小魚や貝類のすみかになる。干潟は底生生物を育て、水質を浄化し、鳥の餌場にもなる。湿地やマングローブは波を和らげ、沿岸の暮らしを守る。生物共生型港湾構造物は、コンクリートの港を生きものがすめる空間へ近づける。
つまり、ブルーインフラとは、海の自然を社会インフラとして扱う考え方である。堤防や岸壁が人の暮らしを守るように、藻場や干潟もまた地域を守る。しかも、炭素を吸収し、生物多様性を高め、水産資源を支え、環境教育の場にもなる。
ここに、地球メンテナンスの新しい文法がある。自然を壊さないように囲い込むだけではない。自然の働きを読み解き、必要な場所に戻し、社会の仕組みの中で維持する。海を“使う”ことと“守る”ことを分けない発想だ。
港湾はこれまで、物流、産業、エネルギーの拠点だった。これからは、そこに生物多様性と炭素吸収の機能が重なる。港は、ただ船を受け入れる場所ではない。海の森を育て、沿岸の自然を修理する拠点にもなる。
自然共生サイト——自然を“守る場所”から“回復させる場所”へ
陸では、自然共生サイトが広がっている。
自然共生サイトは、民間や地域の取り組みによって生物多様性の保全に貢献する区域を認定する仕組みである。里山、社有林、企業緑地、学校林、農地、牧場、寺社林、都市の緑地。国立公園のような特別な場所だけでなく、人の暮らしや仕事の近くにある自然も対象になる。
重要なのは、「保護」だけではなく、「維持・回復・創出」を重視する点だ。生物多様性は、放っておけば必ず守られるものではない。里山は、人が薪や落ち葉を使い、草を刈り、水路を手入れすることで保たれてきた。人の関わりがなくなると、荒廃する自然もある。
自然共生サイトは、そうした場所を社会の中に位置づけ直す制度である。地域の生きものを守る場所であり、企業のネイチャーポジティブ経営の実践地であり、子どもたちの学びの場であり、農業や観光、地域ブランドの土台にもなる。
地球を修理する技術は、機械やAIだけではない。制度もまた技術である。誰が管理し、どの価値を認め、どう支え、どう継続させるのか。自然共生サイトは、生物多様性を“善意の保全活動”から“社会で支える管理技術”へ引き上げる仕組みだ。

建設会社が里山を守る。大林組「下田の杜」の意味
建設会社の役割も変わり始めている。
大林組は、千葉県柏市の自然共生サイト「下田の杜」の持続的な保全と生物多様性の維持・向上を目的に、下田の杜里山フォーラム、下田の杜の自然を守る会と連携協定を締結した。下田の杜を、グリーンインフラ関連技術や環境モニタリング技術の実証フィールドとして活用し、保全活動の高度化・効率化を支援する。
これは、建設会社が「建てる」だけの存在ではなくなっていることを示す。
従来の建設業は、ビル、道路、橋、トンネル、ダムといった人工構造物をつくる産業として見られてきた。だが、気候変動と生物多様性の時代には、コンクリートの構造物だけでは都市を支えきれない。雨を受け止める緑地、暑さを和らげる樹木、水をためる土壌、生きものの通り道になる草地。自然の働きもインフラになる。
大林組が下田の杜で行おうとしているのは、自然の維持管理を高度化する試みだ。環境モニタリングによって、生きものや植生、土壌、水の状態を把握する。グリーンインフラ技術を実証し、得られたデータやノウハウを地域の保全活動に戻す。社員も整備活動やイベント運営に参加し、地域住民や教育機関と連携する。
里山は、完成しないインフラである。樹木は伸び、草は茂り、水路は詰まり、生きものの状態も変わる。だからこそ、つくって終わりではなく、観察し、手を入れ、学び直す必要がある。
建設会社が里山に関わる意味は大きい。都市と自然を分けてきた産業が、今度はその境界をつなぎ直す側に回る。土木の仕事は、自然を制御するだけではない。自然が働ける場を整え、その機能を維持することへ広がっている。


ミツバチが教える里山の回復力。唐津の百花蜜プロジェクト
自然共生サイトの価値は、データや制度だけでは伝わりにくい。そこに、味が加わると話は変わる。
佐賀県唐津市では、佐賀県初の環境省認定自然共生サイト「相知町横枕自然共生区域」で、唐津南高校の食品流通科の生徒たちがニホンミツバチの百花蜜を収穫している。唐津Farm&Foodが進めるこのプロジェクトは、ニホンミツバチ、里山、生物多様性、地域教育、ふるさと納税、地域ブランドをつなぐ取り組みだ。
百花蜜とは、ミツバチが複数の花から集めた蜜である。単一の花の蜜ではない。季節、土地、花の種類、周辺の植生が味に現れる。つまり、百花蜜は里山の状態を映す食べものだ。
花がなければ蜜は採れない。農薬や環境変化で昆虫が減れば、採蜜も難しくなる。里山が多様な植物を育て、ミツバチが飛び、地域の人が見守ることで、初めて蜜になる。生物多様性は、抽象的なスローガンではない。瓶に詰められ、食卓に届き、地域の名前を背負うことができる。
高校生が関わることにも意味がある。自然共生サイトは、大人の保全活動だけでは続かない。次の世代が、地域の自然を観察し、学び、商品化し、発信することで、里山は“昔からある自然”ではなく、“これから育てる資源”になる。
地球を修理する技術は、時に甘い。ミツバチの蜜は、里山がまだ働いていることを教えてくれる。生物多様性は、守るべき価値であると同時に、地域の味にもなる。


“測る・守る・使う・伝える”をつなぐ
BDAS、自然共生サイト、下田の杜、唐津の百花蜜。これらの取り組みを一本の線で結ぶと、地球メンテナンスの基本形が見えてくる。
「測る」・・・BDASは、海の森を地図で見えるようにする。環境モニタリングは、里山の状態を記録する。自然は、見えなければ社会の意思決定に乗らない。地図、データ、観察記録は、修理の出発点である。
「守る」・・・自然共生サイトは、生物多様性に価値のある場所を社会的に認める。里山や企業緑地、農地や学校林を、ただの空き地や未利用地として扱わない。守るべき機能を持つ場所として位置づける。
「使う」・・・ブルーインフラはCO2吸収源であり、生きもののすみかであり、水産や教育にも関わる。里山は、学び、農業、地域ブランド、健康、観光とつながる。自然は使ってはいけないものではない。壊さず、働きを生かしながら使うことが重要だ。
「伝える」・・・唐津の百花蜜は、生物多様性を味として伝える。下田の杜の活動は、地域参加や環境教育を通じて自然の価値を伝える。自然共生サイトという制度は、見えにくい保全活動を社会に伝える。
この4つがつながったとき、自然保全は“良いこと”から“続けられる仕組み”へ変わる。
地球の修理技術を社会のスタンダードに
地球を修理するメンテナンス技術を広げるには、3つの転換が必要だ。
第一に、自然をインフラとして扱うこと。藻場、干潟、里山、農地、社有林、都市緑地は、景観や余暇のためだけにあるのではない。CO2を吸収し、水を蓄え、生きものを育て、地域の暮らしを支える。道路や橋と同じように、状態を点検し、劣化を見つけ、補修し、次世代へ渡す対象である。
第二に、企業の役割を広げること。企業は、自然を壊さないだけでは不十分になっている。事業所周辺の緑地、所有林、調達先、建設現場、港湾、物流拠点。企業活動が関わる場所で、どの自然に依存し、どこを回復できるのかを見なければならない。大林組の下田の杜のように、専門技術を地域の自然管理へ戻す動きは、今後の重要なモデルになる。
第三に、地域の人が関われる形にすること。データだけでは自然は守れない。制度だけでも続かない。高校生が蜜を採る。住民が草を刈る。企業社員が里山整備に参加する。漁業者が藻場を見守る。自然の修理は、現場に手を入れる人がいて初めて進む。
地球環境の危機は大きい。気候変動、生物多様性の損失、海洋環境の劣化、里山の荒廃。どれも一つの技術で解決できるものではない。
だが、修理はいつも小さな点検から始まる。海の森を地図で見る。里山を自然共生サイトとして認める。建設会社が保全の技術を持ち込む。高校生がミツバチの蜜を収穫する。
地球をメンテナンスするとは、遠い自然を眺めることではない。身近な海、森、土、花、虫、水の働きを見直し、壊れたところを直し、まだ生きている力を育て直すことだ。
BDASは、海の修理のための道具箱である。自然共生サイトは、地域の自然を社会で支える制度である。下田の杜は、建設技術が里山の保全へ広がる実験場である。唐津の百花蜜は、生物多様性が地域の味になる証拠である。
地球を修理する技術は、もう始まっている。地図の上で、森の中で、港のそばで、そして高校生の手の中で。
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