
★要点
乾燥した耕作放棄水田に水を戻し、生きものの反応を観察する。ダム湖の未利用水面で、複数の太陽電池を比較する。イネの葉が水をはじく微細構造を解明し、環境ストレスに強い作物や高機能材料へ応用する。都市のマンション緑化を、居住者の生活満足度や地域の生態系と結び直す。
一見、別々に見える研究や実証事業に共通するのは、新しい人工物を大量につくるのではなく、自然や既存インフラが持つ機能を見つけ直し、回復、再利用、増幅しようとする姿勢だ。
★背景
地球環境対策は長く、「環境への負荷を減らすこと」を中心に進められてきた。CO₂を減らす。廃棄物を減らす。土地改変を減らす。
しかし、すでに失われた湿地、保水力、生息環境、土壌、森林、都市の緑を回復させなければ、負荷を減らすだけでは地球の状態は元に戻らない。
世界の生物多様性目標では、2030年までに劣化した陸域、内陸水域、沿岸・海洋生態系の少なくとも30%を効果的な再生下に置くことが掲げられている。これから必要なのは、破壊を小さくする技術だけではない。失われた機能を取り戻す「地球の修理技術」である。
地球を修理するとは、どのような行為なのだろう。
壊れた機械の部品を交換するように、森林、河川、生態系を完全に元通りにすることはできない。それでも、水を蓄える力、生きものを育む力、炭素を吸収する力、暑さを和らげる力を回復させることはできる。
乾いた水田に水を戻す。ダム湖という既存の空間から電気を生み出す。イネの葉が長い進化の中で獲得した撥水構造に学ぶ。マンションの植栽を、見た目を飾る緑から、地域の生態系をつなぐ緑へ変える。
地球の修理は、巨大な一つの発明によって実現するものではない。
土地、水、植物、建物、エネルギー、人の暮らしをつなぎ直す、小さな技術と知恵の集合体である。
地球の修理とは、失われた「機能」を戻すこと
地球の修理技術とは、自然や地域が本来持っていた保水、浄化、炭素吸収、生息、循環、温度調整などの機能を、科学、工学、地域の知恵、そして継続的な維持管理によって回復させる技術である。
単に「環境に優しい商品」をつくることとは異なる。
省エネルギー性能が高くても、製造時に別の環境破壊を生んでいれば、地球の修理とは呼びにくい。再生可能エネルギーを生み出しても、そのために森林や重要な生息地を大きく損なえば、修理した場所とは別の場所を壊すことになる。
そこで、地球の修理技術を評価する際には、少なくとも五つの問いが必要になる。
1.何が壊れているのか
2.どの地球機能を回復するのか
3.誰が導入し、誰が費用を負担するのか
4.誰が維持管理を続けるのか
5.別の場所に新たな環境負荷を生まないか
国土交通省が進める「流域治水」も、河川だけで水を抑え込むのではなく、流域全体の土地、農地、雨水貯留施設、ダム、企業、住民をつなぎ、水害を軽減する考え方だ。治水と生物多様性を同時に考えるグリーンインフラも、全国の流域治水プロジェクトに組み込まれ始めている。
地球を修理するという考え方は、自然を支配する発想ではない。
自然がどう働いているのかを診断し、その機能が戻る条件を整えること。人間の仕事は、自然に代わってすべてを動かすことではなく、自然がもう一度働ける環境をつくることなのだ。
水を戻す――耕作放棄水田を、湿地と治水の装置へ
千葉県富里市の谷津田で、乾燥した耕作放棄水田に水を引き入れる実験が行われた。
国立環境研究所気候変動適応センター、アースウォッチ・ジャパン、清水建設などが関わり、約1,500平方メートルの水田を一時的に冠水させた。市民ボランティア18人も参加し、20目88分類群、計325件に及ぶ動物の行動を記録した。
水が入ると、カメムシやクモなどの陸上生物は、植物などを伝って上へ移動したり、水面を泳いで横方向へ逃げたりした。一方、冠水によって新たに生まれた水域には、トンボの成虫などが飛来した。
乾いていた土地に水が戻った瞬間、生きものは一斉に動き始めた。
ここで注意したいのは、今回の研究が直接確認したのは、あくまで一時的な冠水に対する動物の行動だという点である。洪水被害がどの程度軽減されるのか、生物多様性が長期的にどれほど回復するのかまでは、今回の調査だけで証明されたわけではない。
それでも、耕作放棄水田は可能性を持つ。
大雨の際に雨水を一時的に蓄えれば、下流へ流れ込む水の速度を遅らせられる可能性がある。平常時に浅い湿地として維持できれば、水生昆虫、両生類、鳥類などが利用する生息空間にもなり得る。
農地として使われなくなった土地を、単なる「空き地」として放置するのではない。水を受け止め、生きものを育み、地域の自然を観察する場所へ変える。
土地の用途を一つに固定せず、複数の機能を重ねる発想だ。
市民が調査に参加したことにも意味がある。研究者だけでは同時に追いきれない多数の生きものの動きを、市民の目で記録する。観察する人が増えれば、地域環境の小さな変化に気づく人も増える。
水田へ戻されたのは、水だけではない。
地域と自然との関係も、少しずつ戻されている。
水面を使い直す――ダム湖を発電空間へ変えられるか
パシフィックコンサルタンツは、長野県内の利水ダムで、水上太陽光発電の実証事業に着手する。
使用するのは、ペロブスカイト太陽電池、薄膜シリコン太陽電池、通常型のシリコン太陽電池。大水深で水位変動の大きいダム貯水池に設置し、太陽光モジュール、フロート、係留設備などの施工性、安定性、維持管理性を比較する計画だ。環境省の「水インフラの空間ポテンシャル活用型再エネ技術実証事業」にも採択されている。
この試みの重要な点は、太陽光発電のために新たな土地を開発するのではなく、すでに存在する水インフラを使い直そうとしていることだ。
大規模な太陽光発電所をつくるために森林を伐採すれば、炭素を吸収する樹木、雨水を蓄える土壌、生きものの生息地が失われる可能性がある。
ならば、ダム湖、港湾、遊水地、建物の壁面など、既存インフラに残された空間を生かせないか。ペロブスカイト太陽電池の軽さや柔軟性も、従来型パネルでは利用しにくかった場所を発電面へ変える可能性を持つ。
ただし、「使われていない水面だから、使ってよい」とは限らない。
水質、水温、水生生物、景観、航行、災害時の安全性、係留設備の耐久性。確認すべき項目は多い。水位が大きく変動するダム湖では、設備を浮かべることよりも、変化に追従させ、安全に維持し続けることの方が難しいかもしれない。
水上太陽光が地球の修理技術になれるかどうかは、発電量だけでは決まらない。
既存インフラの価値を高めながら、水環境への負荷を抑え、長期間安全に管理できるか。その総合点で判断されるべきだ。

生きものに学ぶ――イネの葉は、自分で自分を洗っている
雨上がりのイネの葉をよく見ると、水滴が丸い球のようになって転がっていく。
東京大学大学院農学生命科学研究科と国立遺伝学研究所の研究グループは、イネの葉が示す「超撥水性」の仕組みを、微細構造、遺伝子、進化の三つの面から体系的に解明した。
イネの葉の表面には、1~2マイクロメートルほどの小さな突起が並び、その上をナノサイズのワックス結晶が覆っている。マイクロとナノ、二つの異なる大きさの構造が組み合わさることで、水滴との接触角は約156度に達する。一般に150度以上が超撥水性とされるため、イネの葉はハスの葉に匹敵するほど水を強くはじくことになる。
水滴が葉の表面を転がる際には、付着した汚れや病原体も一緒に運び去られる。いわゆる「ロータス効果」と呼ばれる自浄作用だ。
研究グループは、微細な突起の形成やワックスの量、形状に関わる五つの主要遺伝子も特定した。この性質は栽培によって後から付け加えられたものではなく、野生イネから受け継がれてきた、水辺環境に適応するための形質だと考えられている。
この仕組みを農作物の育種へ応用すれば、洪水や乾燥などの環境ストレスに強い作物の開発につながる可能性がある。
さらに、イネの表面構造を人工的に再現できれば、汚れにくい建材、清掃頻度を減らせる外装材、水や薬剤の使用量を抑えられる製品へ応用できるかもしれない。
ここで大切なのは、自然を単なる原料として見るのではなく、「完成度の高い設計図」として読むことである。
地球の修理技術は、人間が自然を一方的に改造する技術だけではない。自然が長い時間をかけて獲得した構造を理解し、人間の製品や暮らしの方を修正することも含まれる。
それが、バイオミメティクス、生物模倣という考え方だ。
イネの葉は、人間がつくる前から、省メンテナンスの表面材料を実装していたのである。

都市を直す――マンションの植栽を、地域の生態系へ戻す
都市の緑は、量だけでは評価できない。
芝生を敷き、海外由来の園芸植物を並べれば、見た目は緑になる。しかし、その地域に暮らす昆虫や鳥が食べ物や隠れ場所として利用できなければ、生態系としての価値は限られる。
大京、大京アステージ、住友林業緑化、立命館大学は、マンション緑化と居住者の生活満足度との関係を検証する共同研究を開始した。
大京が進める「エコロジカル・ネットワークPASS」では、植栽する樹種の50%以上に在来種を採用し、周辺の公園や緑地との連続性を意識した配置を行う。バードバスなど、生きものの利用を支える設備も取り入れている。2026年7月時点で、東京都を中心に67物件へ採用されている。
研究では、大京が開発したマンションの居住者を対象にアンケートを実施し、物件ごとの植栽や緑地データと組み合わせて分析する。
地域の生態系に配慮した緑地が、居住者の生活満足度や心身の健康へどのような影響を与えるのか。居住者にとって価値の高い緑地とは何か。緑化計画だけでなく、完成後の維持管理も含めて検証する。研究期間は2027年3月までの予定だ。
現段階では、「在来種を植えれば生活満足度が上がる」と結論づけることはできない。まさに、その関係をこれから調べる研究だからだ。
それでも、研究の問いそのものに価値がある。
都市緑化はこれまで、緑化率、植栽面積、樹木の本数などで評価されることが多かった。そこへ、生きものにとっての価値、居住者にとっての価値、管理する人にとっての持続可能性を加える。
緑地が地域の鳥や昆虫を呼び戻し、住民に季節の変化や心地よさを与え、住民同士の会話を生むとすれば、ネイチャーポジティブとヒューマンポジティブは同じ場所で実現できる。
地球を直すことと、人間の暮らしを豊かにすることは、対立するとは限らない。
正しく設計され、丁寧に管理された緑は、都市と人の両方を回復させる可能性を持つ。





住友林業緑化みどり価値サイト:https://www.sumirin-sfl.co.jp/corporation/consulting/
修理の前には、正しい「診断」が必要だ
壊れた場所を修理するには、まず本来の状態を知らなければならない。
北海道大学、パシフィックコンサルタンツ、鉄道建設・運輸施設整備支援機構の研究グループは、北海道新幹線建設に伴う環境アセスメントで得られたデータを解析した。
調査範囲は木古内町から札幌市周辺までの200キロメートル以上。人が入りにくい山奥の小さな沢を含む747地点の情報が使われた。
その結果、人間活動の影響が少ない森林内の調査地点では、94.4%という高い割合で絶滅危惧種ニホンザリガニが確認された。生息地は、川幅数十センチ、水深5センチ程度の小さな河川源頭部に集中していた。
ニホンザリガニは、北海道と青森県の一部に分布する日本固有種だ。河川改修、森林開発、外来種ウチダザリガニの侵入などによって減少し、現在では希少な生きものと考えられている。
しかし今回の結果は、ニホンザリガニがもともと特殊な場所にしか生息できなかったのではなく、人間活動の影響によって「珍しくされてしまった」可能性を示す。
生きものがいなくなった場所だけを見ていると、もともと少なかったのだと誤解してしまう。
人間の影響が小さい場所を調べ、本来の生息状況を推定することで、初めて何が失われたのかが分かる。
環境修復を始める前には、次の診断が欠かせない。
本来、どこに何がいたのか。
どの水温、流れ、森林環境が必要なのか。
何によって生息地が分断されたのか。
どこを守り、どこをつなぎ直すべきなのか。
この研究には、もう一つ重要な意味がある。
環境アセスメントのデータを、工事の許認可を得るためだけの資料で終わらせず、生物多様性の研究と保全へ還元したことだ。
道路、鉄道、ダム、住宅開発などに伴って、日本各地では膨大な環境調査が行われている。その情報を共通形式で蓄積し、研究機関、自治体、地域住民が活用できれば、地球の修理に必要な「診断データ」になる。
測定して終わるのではなく、回復に使う。
環境アセスメントもまた、修理技術の一部になり得る。

地球を直した後、誰が手入れを続けるのか
技術は、導入した瞬間が最も注目される。
水田に水を入れた。水上太陽光を設置した。在来種を植えた。生きものの生息地を再生した。
しかし、地球の修理は完成式で終わらない。
水田は、水位、水路、外来種、植生を観察しなければ、望んだ湿地環境を維持できない。水上太陽光は、係留設備、腐食、汚れ、配線、台風や増水への対応が必要になる。
都市の植栽も同じだ。植えた樹木が成長すれば、日照、根、剪定、安全性の条件が変わる。在来種を植えたとしても、過度な剪定や薬剤散布によって、生きものが利用できなくなる可能性がある。
自然環境は、設備のように完成時の状態で止まってはくれない。
成長し、移動し、枯れ、増え、減り、気候によって変化する。だからこそ、修理後の自然を定期的に観察し、必要に応じて手を入れ、時には人間が手を引く判断も必要になる。
ここに、Maintainable®︎という考え方の核心がある。
地球環境問題を、目標を達成すれば終わる一度限りのプロジェクトとして扱わないこと。変化を見ながら修正を続ける、長期のメンテナンスとして捉えることだ。
耕作放棄水田、ダム湖、イネの葉、マンションの緑、山奥の小さな沢。
地球の修理技術は、すでに私たちの周囲で芽を出している。
必要なのは、それらを珍しい実証実験として眺めるだけではなく、何を直し、どの機能を戻し、誰が手入れを続けるのかを社会の仕組みにすることである。
地球の修理は、完成した瞬間に終わる工事ではない。
人が自然の変化を観察し、手を入れ、時には自然に任せながら続ける、終わりのないメンテナンスなのだ。
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