夏は暑すぎ、冬は底冷え。古い集合住宅にありがちな悩みを、科学でほどく実験が動き出した。東京建物・YKK AP・慶應義塾大学の産学連携プロジェクトが、築20年の大規模賃貸マンションに“ZEH水準”の改修住戸をつくり、温湿度や電力だけでなく、睡眠や血圧など人のバイタルデータまで計測。快適性を数字で見える化する狙いだ。省エネの先にある「よく眠れた」「在宅ワークがはかどった」を証明できるか。

なぜ今、既存マンションのZEH改修か?
家庭部門のCO₂は、国内の排出の中でも無視できない規模に膨らんでいる。環境省の最新集計では家庭部門のCO₂排出量は2022年度で約1.58億トン、家庭一戸あたりでは年間約2.47トン。電気由来が約7割を占める構造だ。冷暖房を含む住まいのエネルギー設計を見直す意味は大きい。
健康面の理由もある。世界保健機関(WHO)は、住居内の目安として少なくとも18℃の室温を推奨。低温な住環境は血圧上昇や睡眠の質低下に結びつくリスクが指摘されてきた。
今回の実験は、「ZEH=電気代が下がる」という経済効果だけでなく、体がどう変わるかをデータで確かめる挑戦。日本のストック住宅をどう“いま仕様”にアップデートするか。その現実解を探る。
実験の中身──同じ間取りで「窓」と「断熱」を変える。
舞台は東京・東雲の大規模賃貸「Brillia ist東雲キャナルコート」。同じ規模・間取りの2住戸を並べ、一方はZEH Oriented相当に改修、もう一方は通常改修。高断熱窓の採用や断熱材の追加で外皮性能を底上げした。
またバルコニー側にはアルミ樹脂複合窓をカバー工法で入れ替え、廊下側には樹脂製の内窓を新設。室内は7地点で温湿度を連続測定し、サーモカメラで表面温度の分布も押さえる。被験者(学生)は各住戸に交互に宿泊し、ウェアラブルで体温・脈拍・睡眠・活動量を取得。作業課題で集中度・作業効率も比べる。夏季の計測を終え、冬季も同様に行う予定だ。
ZEH Orientedは、強化外皮基準を満たした上で再エネを除いた一次エネルギー消費を20%以上削減する水準。新築だけでなく、既存住宅の改修でも到達しうる設計目標だ。

電気代だけじゃない、眠りと集中の質。ストック活用の現実解──窓と断熱の“ツボ”を押す。
ポイントは「温度のムラ」と「表面の冷え」をどこまで抑えられるか。窓の断熱を高めると、室内の放射温度が上がり、体の感じる寒さ(体感温度)が変わる。結果として、
■就寝時の中途覚醒が減る
■起床時の血圧上昇を抑える
■デスクワーク中の集中の“切れ”を減らす
といった変化が期待できる。健康系アウトカムは個人差が大きい領域だが、「温熱環境→行動・生理反応」の連鎖を、人のデータで因果に迫るのが今回の研究設計だ。
そして新築偏重からストックの賢い更新へ。既存マンションのZEH改修は、その象徴的テーマになりつつある。今回の実験では、
■窓(熱の出入りの“最大の穴”)をまず手当て
■断熱材で外皮全体の底上げ
■計測で改善点を可視化
という王道を、大規模賃貸でやっている点がポイントだ。管理組合の合意形成が不要な賃貸なら、反復可能な改修メニューとして展開しやすい。数年単位での入退去サイクルを活かし、効果の高い住戸から“面”で置き換える。都市のCO₂削減にも確実に効く。
住まい手が今日からできる“プチZEH化”。
実験の報告を待つ間に、私たちがすぐ打てる手もある。
◎内窓・Low-Eフィルムの導入・・・賃貸でも原状回復しやすい選択肢が増えた
◎厚手カーテン+床際ドラフト対策・・・すきま風はまず止める
◎サーキュレーターで上下の温度ムラを解消
◎適切な換気で湿度コントロール・・・夏は湿気、冬は過乾燥に注意
家庭の電気使用の約7割は電気由来。室温の最適化とムラ解消は、体にも電気代にも効く。
ZEH改修は「断熱×窓×計測」の三位一体。電力量のグラフだけでなく、睡眠スコアや作業効率の差まで開示できれば、住まい手・オーナー・事業者の合意形成は一気に進む。WHOの“18℃”は単なる数値ではない。健康とパフォーマンスの最低ラインだ。古いマンションを“いまの家”にすることは、カーボンニュートラルだけでなく、暮らしの質の底上げでもある。
※参考データ・出典
家庭部門のCO₂排出量・一戸あたり排出量・エネルギー内訳(2022年度):環境省「家庭部門のCO₂排出実態統計調査(確報値)」より。
室内温度の目安(18℃):WHO Housing and health guidelines。
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