★ここが重要!

★要点
京都フュージョニアリングと島津製作所が、トリチウム環境下で運転できるターボ分子ポンプ試作機を共同開発。核融合発電の心臓部ともいえる「フュージョン燃料サイクル」を支える専用機器として、カナダの統合試験プラント「UNITY-2」で実証し、世界の核融合プロジェクトへの供給を狙う。
★背景
世界的な核融合ベンチャー投資が加速する一方で、炉だけでは発電所は動かない。トリチウム燃料の製造・循環・回収、熱の取り出しなど“周辺技術”の整備が遅れれば、カーボンフリー電源としての社会実装は進まない。今回のポンプ開発は、そのギャップを埋める「裏方インフラ」の一歩である。

超高温プラズマ、強力な磁場、巨大トカマクやレーザー装置など、きらびやかな核融合炉のスター達。だが、発電所として動き続けるために必要なのは、もっと地味で、もっと壊れては困る装置たちである。
京都フュージョニアリングと島津製作所が共同開発したターボ分子ポンプは、その典型だ。トリチウムという扱いの難しい燃料を、真空中で安全に循環させるための専用ポンプ。数値上のエネルギー効率だけでは測れない、「動き続ける核融合」を支える基盤技術の姿が見えてくる。

燃料を「回し続ける」技術。フュージョン燃料サイクルとは?

核融合発電を単なる「実験」から「インフラ」に変える条件はシンプルだ。止まらないこと、そして燃料を切らさないこと。
燃料の主役は、水素の同位体である重水素とトリチウム。炉心で反応しなかったガスや、反応の副産物として生じるヘリウムなどを、真空中から効率的に排気し、分離し、また燃料として戻す。この一連のプロセスが「フュージョン燃料サイクルシステム」である。
京都フュージョニアリングは、ジャイロトロンによるプラズマ加熱や熱サイクルだけでなく、この燃料サイクルを構成する装置群を一体で開発してきた企業だ。カナダ原子力研究所との合弁会社のもとで建設中の統合試験施設「UNITY-2」では、トリチウムを実際に用いた燃料サイクルの統合実証を行う計画が進む。
そこに欠かせないのが、今回のターボ分子ポンプである。炉の周辺には、“核融合しなかった”トリチウムが常に行き交う。そのガスを素早く、かつ漏らさず、しかも長期間連続で扱えるポンプがなければ、燃料循環は成立しない。

トリチウム環境に挑む。「オイルフリー」真空ポンプの設計思想

ターボ分子ポンプ自体は、半導体製造や研究施設でおなじみの真空機器だ。しかし、フュージョン燃料サイクル向けに求められる条件は桁違いに厳しい。
トリチウムは放射能を持つ水素同位体であり、素材への侵入や劣化、オイル汚染による取り扱いリスクが問題になる。今回の試作機では、真空と接するガス接触部にトリチウム耐性の高い材料を採用し、内部をオイルフリー構造とした。回転体は磁力で浮上させて支える「磁気軸受」方式で、摩耗を抑え、メンテナンス頻度を下げる狙いもある。
さらに、軽い分子の輸送を強化する「ドラッグ型ステージ」を備え、水素や重水素のような軽い分子に対しても高い排気性能を発揮する。大量のガスを短時間で排気しつつ、圧力や流量の変化に即応する——そんな“俊敏さ”が求められる現場での仕様だ。
すでに水素と重水素による性能試験は終えており、今後はカナダの「UNITY-2」でトリチウムを使った実環境試験に入る。ここで信頼性が示されれば、世界中の核融合プロジェクトに向けて、本格供給の道がひらけていく。

「炉」だけでは動かない発電所。周辺機器ビジネスの胎動

核融合のニュースでスポットライトを浴びるのは、どうしても「世界初の点火」「高温プラズマの閉じ込め」といった派手な見出しだ。しかし、実際の発電所は、無数のポンプ、配管、熱交換器、制御システムが張り巡らされた巨大な“工場”に近い。
燃料サイクル向けのターボ分子ポンプは、その中でも交換が難しく、止まると全体が止まる「ボトルネック機器」になりうる。言い換えれば、ここで信頼性と量産性を確立した企業は、世界のフュージョンプラント網に長期で食い込む可能性を持つ。
今回タッグを組む島津製作所は、産業用ターボ分子ポンプの世界的プレイヤーであり、既に半導体や研究分野で多くの実績を持つ。一方の京都フュージョニアリングは、核融合分野に特化したエンジニアリング企業として、世界中の研究機関やスタートアップとネットワークを築いてきた。
両者の協業は、「核融合のための専用真空機器」という新しい市場を先取りする動きとも読める。炉そのものをつくる企業だけでなく、その周辺を支える“部品産業”が立ち上がることこそ、フュージョンエネルギーの産業化が本格フェーズに入ったサインなのかもしれない。

ポートフォリオとしての脱炭素——核融合は何を埋めるのか

もちろん、核融合だけですべての脱炭素ニーズを満たすことはできない。再生可能エネルギー、蓄電・蓄熱、バイオマス、小規模分散電源……さまざまな技術を組み合わせることで、ようやく「カーボンニュートラル社会」に現実味が出てくる。
たとえば、再エネの不安定さを補う黒鉛蓄熱電池のような技術が、産業の熱需要を支える“サーマルバッテリー”として立ち上がりつつある。余剰電力を熱として貯め、必要なときに取り出すことで、工場やビルの燃料消費を抑えるアプローチだ。
一方、核融合が担うべき役割は、長期的には「天候に左右されない大規模・低炭素電源」である可能性が高い。
そのときに問われるのは、発電原理の斬新さではなく、どれだけ安全に、安定して、メンテナンス可能な形で運転できるかだ。
トリチウムを含む燃料ガスを扱う真空ポンプは、その問いに真正面から向き合う装置である。
華やかなビジュアルとは無縁でも、こうした“縁の下の技術”を一つずつ積み上げることが、未来のフュージョンプラントを現実のインフラに変えていく。
京都フュージョニアリングと島津製作所のターボ分子ポンプは、まだ試作機にすぎない。しかし、「核融合の周辺を固める」という静かな競争は、すでに始まっている。

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