★ここが重要!

★要点
地球温暖化に伴う降雨パターンの極端化(豪雨と干ばつの頻発)が、陸上最大の炭素貯留庫である「土壌」の安定性に影響を及ぼしている。
新潟大学自然科学系(農学部)の永野博彦助教を中心とし、九州大学、岡山大学、森林総合研究所、東北大学、アジア大気汚染研究センター、北海道大学が参画した共同研究チームは、土壌が乾燥と湿潤を繰り返すことで、二酸化炭素(CO₂)放出量が一定水分状態と比べて1.4〜4.8倍にまで増大するメカニズムを解明した(2026年9月4日付で国際学術誌『Progress in Earth and Planetary Science』にオンライン掲載、9月11日公表)。
北海道の森林から採取した表層土壌および数百年〜数千年単位で炭素を留めてきた「埋没腐植層」を用いた室内培養実験により、乾燥・再湿潤の物理化学的ストレスが、これまで有機物を保護していた「金属—有機物複合体」を不安定化させ、微生物による分解を促す可能性を突き止めた。
気候変動予測やネイチャーベースト・ソリューション(NbS)において安定した炭素の隔離場所と見なされてきた土壌が、過酷な天候変化によって“気候疲労”を起こし、温室効果ガスの放出を強めるリスクに注意を促している。

★背景
大気中の約3倍、植物体の約4倍に匹敵する炭素を蓄えている土壌は、地球規模の気候システムにおいて重要なバッファー(緩和装置)の役割を果たしてきた。
しかし、地球温暖化の進行に伴い、総降水量が大きく変わらなくとも「降るときは極端な豪雨になり、降らない期間は土壌が干からびる」という降雨の二極化が世界中で進行している。
乾いた土壌が急速に水を吸うと、一時的にCO₂放出が跳ね上がる現象(いわゆる「バーチ効果」)は知られていたが、それが長期的な乾湿のサイクルとして繰り返された際に、土壌深部や鉱物結合型の難分解性炭素にどのような影響を及ぼすのか、その分子レベルの機構は十分に解明されていなかった。
土壌を単なる「炭素の固定庫」として静的に評価する従来モデルの限界が浮き彫りになりつつある。

空が乾ききり、土がひび割れる。
その数日後、空が破れたかのような土砂降りが地面を叩きつける。
近年、私たちが肌で感じるようになった「極端な天気」のサイクルは、地表を覆う森林や作物の生育を阻むだけでなく、足元の土壌の奥深くにまで目に見えないストレスを蓄積させている。
2026年9月、新潟大学などの研究グループが発表したのは、乾燥と湿潤の繰り返しにさらされた土壌が、通常の水分環境と比べて最大4.8倍ものCO2を放出し得るという事実だった。
これまで何百年、何千年と炭素を抱き留め、気候の激変から地球を守る盾となってきた「土の底力」が、激甚化する天候の乱高下の前に軋みを上げている。
土もまた、過酷な気候変動に晒されて“疲弊”する。
陸域最大の炭素貯留庫でいま何が起きているのか、その構造的な異変を読み解く。

北海道の森と埋没腐植層――1.4〜4.8倍に跳ね上がるCO2放出

新潟大学の永野博彦助教、九州大学、岡山大学、森林総合研究所、東北大学、アジア大気汚染研究センター、北海道大学による共同研究グループは、気候変動下で激化する降雨パターンの変化が土壌生態系に与える影響を追究した。
調査の舞台となったのは、豊かな炭素を蓄積する北海道の森林生態系(北海道大学苫小牧研究林や九州大学北海道演習林など)である。
研究チームは、生物活性が高く有機物が豊富な「表層土壌」に加え、火山灰の堆積などによって地中に閉じ込められてきた「埋没腐植層」を採取。平均水分量を等しく保った「一定水分条件」と、水分が激しく増減する「乾湿繰り返し条件(DWC:Drying-Rewetting Cycles)」の2つの環境を設定し、28日間の室内培養実験を行った。
得られた結果は示唆に富んでいた。
乾燥と再湿潤を繰り返した土壌は、水分を一定に保った対照区と比較して、CO2の累積放出量が1.4倍から最大4.8倍へと著しく増大した。
雨の総量が変わらなくとも、「乾く」と「濡れる」の落差が激しくなるだけで、土壌の炭素放出が大きく促進される実態が実験的に示された。

「金属—有機物複合体」の不安定化――土壌が炭素を手放すメカニズム

なぜ、乾湿が繰り返されるだけで、これほどCO2放出が増えるのか。
その鍵を握っていたのが、アルミニウムや鉄といった活性金属成分と有機物が結びついた「金属—有機物複合体(Organo-metal complexes)」の挙動である。
火山灰土壌をはじめとする多くの日本の森林土壌では、腐植(分解された動植物遺体)が活性アルミニウムや鉄と強く結合することで、微生物が分解しにくい安定な構造をつくり、長期にわたって炭素を固定し続けている。
しかし、激しい乾燥とそれに続く急激な吸水は、土壌微細構造に物理的膨張・収縮ストレスをもたらす。
実験の化学分析により、乾湿サイクルの負荷によって金属—有機物複合体による保護が弱まり、保護されていた有機物が微生物に利用されやすい水溶性有機炭素として間隙水中に溶け出す可能性が示された。
これまで分解を免れていた有機炭素が供給されることで、土壌微生物の呼吸活性が高まり、CO2の放出増大につながったと考えられる。

本研究で提示された乾湿繰り返しによる土壌のCO2放出増大メカニズム

埋没腐植層も例外ではない――深層炭素が動き出すリスク

今回の研究において特筆すべきは、表層の土だけでなく、地中深くに眠る「埋没腐植層」においても同様の放出増大が確認された点である。
埋没腐植層は、過去の火山活動などで地中に埋もれた古い土壌層であり、微生物の菌体量(バイオマス)自体は表層土壌に比べて極めて少ない。
そのため、これまでの土壌学や地球化学の常識では、「生きた微生物が少ない深層土壌は、環境変動に対しても比較的安定であり、炭素を放出しにくい」と考えられてきた。
しかし実験では、微生物バイオマスが少ないはずの埋没層であっても、乾湿ストレスによって金属—有機物複合体が不安定化すると、CO2放出が大きく増大した。その増大量は、培養開始時の微生物バイオマスや培養中のバイオマス減少量の約2倍程度に達し、単なる微生物細胞の破壊・死滅由来の炭素供給だけでは説明がつかない規模だった。残存する微生物群集が、新たに利用可能となった炭素源に反応して分解活動を高めた可能性が示唆されている。
これは、気候の極端化が土壌の表層にとどまらず、これまで安全圏と見なされてきた地中深部の炭素ストックすら動揺させるリスクを意味している。

気候変動予測のブラインドスポット――「一定の土壌水分」という仮定の限界

この発見が投げかける大きな課題は、現在の気候変動予測モデル(地球システムモデル)が抱える構造的な死角だ。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)をはじめとする世界の温暖化シミュレーションにおいて、土壌からの炭素放出は「気温上昇」や「年間平均降水量」といったマクロな指標に基づいて計算されることが多く、降雨イベントごとの「乾湿の頻度や激しさ」が土壌化学に与える非線形な影響は、十分に組み込まれてこなかった。
平均値としての雨量が平年並みであっても、「干ばつのあとのゲリラ豪雨」が繰り返されるだけで、土壌モデルの予測値を超える炭素が大気へ還流してしまうおそれがある。
温暖化が進むことで天候が極端化し、乾湿ストレスを受けた土壌がさらに多くのCO₂を放出し、それがまた温暖化に影響を与える――。
こうした土壌物理化学と気候変動の正のフィードバックは、気候予測モデルに組み込むべき重要な検討要因になり得る。

炭素クレジットと土壌メンテナンスの再設計

土壌に炭素を閉じ込める「土壌炭素貯留」や森林保全は、脱炭素社会に向けたカーボンクレジットやNature-based Solutions(NbS)の主役として世界的な関心を集めている。
しかし、土壌が気候の乱高下によって疲弊し、蓄えた炭素を自ら吐き出してしまうのだとすれば、土壌を静的で不変の貯留タンクとして都合よく扱う前提は見直しを迫られる。
これからは、土壌を単に隔離場所として放置するのではなく、たとえば農地や人工林におけるマルチング(地表被覆)による急激な乾燥の抑制、有機質土壌改良材を用いた団粒構造の保全、保水力を高める植生管理など、土壌にかかる乾湿ストレスそのものを和らげる「土壌のメンテナンス(手入れ)」が、今後の適応策・緩和策として重要になる可能性がある。
気候変動の最前線は、大気や海だけでなく、私たちの足元にある一握りの土のなかにも広がっている。

【参考】

新潟大学:研究成果発表(2026年9月11日公表)
https://www.niigata-u.ac.jp/news/2026/1224969

東北大学:プレスリリース「乾湿繰り返しによる土壌CO₂放出増大の原因を解明 ―金属と有機物の結合が鍵、気候変動下の炭素循環予測の精緻化へ―」(2026年9月11日公表)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/09/press20260911-01-co2.html

岡山大学:研究成果リリース(2026年9月11日公表)
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1605.html

森林総合研究所:研究成果発表資料(2026年9月11日)
原著論文:Suzuki et al. Progress in Earth and Planetary Science (2026) 13:56

https://doi.org/10.1186/s40645-026-00843-6

あわせて読みたい記事

【道路を守る塩が、生態系を変える】融雪剤がアリの食性にまで及ぼす見えない影響

【40℃時代、陸と海をどう守るか】酷暑日とサンゴ白化が示す、気候変動適応の新しいメンテナンス

【ごみ焼却場は「炭素鉱山」になるか】MOFでCO₂を捕まえ、再び原料へ